ろりすかコレクション vol.14

「ドタバタでP」


塚本千紗
(「こみっくパーティー」より)
 16歳 高校2年生
体型 身長:152cm 3サイズ:76-54-78

 主人公が利用する同人誌印刷所の一人娘。
 栗色のショートカットと薄紅色のリボンが可愛い、子供っぽい純粋な女の子。
 ドジっ子だが学校の成績は極めて優秀。



『一般、サークル、企業、スタッフ、全ての参加者にお知らせいたします』
 スタッフ長に昇格した牧村南さんの声。お昼の一斉放送だ。
 前回のこみっくパーティーで爆発物テロ未遂事件があったため、注意を呼びかけるために行われる放送で、その前の歌とともにもう定着してしまっている。

『身の回りに不審な荷物、または不審な人物などを見かけましたら、お近くのスタッフまで……』

 ……何度聞いても思うんだけど……。

「まいぶらざぁ! 見るがいいこの写真を! なんとカードマスターピーチ全話衣装勢ぞろいの図だっ!! ふはははは!!」
「しまったでござる、キャッタで手間取ったせいで次々と作戦に遅れが生じているでござる。作戦は一刻を争うでござる!」
「こ、こここうなったらワープ航法を使うしかないんだな。たとえ亜空間に永遠に封じられることになろうとも……」
「ふ、愚民どもが……さっさと往ね」

 …………。
 南さん、不審な人物ならそこら中にウヨウヨしてる気がするんですけど……。


「お兄さーーん☆」
「お」
 そんな怖くて怪しくて暑くて臭い野郎どものオーラを一瞬でかき消す、さわやかな響き。
 猫なで声と言うようにわざと作っているわけではなくそれでいて保護欲をそそるこの子猫のような声は。

「お兄さん、千紗、お仕事終わりましたです☆」
 塚本千紗ちゃん……。
 俺がいつも利用している塚本印刷の一人娘だ。

 ちっちゃな体に大きな瞳、栗色のショートカットとリボンがとても可愛らしい。ちょっと子供っぽいところはあるけど、わがまま一つ言わずに今日も印刷所の配送作業を手伝っていたんだ。今時ほんとに珍しい「よい子」だと思う。

「お兄さん、今からお手伝いします☆」
 俺が時々印刷所に行って印刷の手伝いをしてるせいか、千紗ちゃんも即売会で時間が空くと俺のサークルで売り子をしてくれている。
 ……しかし休むって考えはないのかこのコは……。
「千紗ちゃん、今までずっと働きづめだったんだろ? もうお昼だし、少し休んでからでいいよ」
「そう……ですか? あっ!」
「どうしたの?」
「千紗、またお兄さんにお弁当を作ってきたです、はい☆」
「お……」
 もしかして……。
「おなか一杯食べてくださいです☆」
  ずんっ……。
「…………」
 やっぱり、海のときと一緒の焼きおにぎり……しかも前回比1.5倍くらいの大きさになってるし。
「あ、ありがと。でも、店開けとかなきゃいけないから、千紗ちゃん先に食べていいよ。俺はもうちょい店番してる」
「で、でも、お兄さんより先にお食事をいただくなんて千紗……」
 いつの時代の話ですか。

  きゅーーーー。
「にゃあっ……!?」
 お。
 千紗ちゃんのおなかから可愛らしい音が。
「千紗ちゃーん、今の音は何かなぁ?」
「にゃあ、にゃああああっ、な、なななんでもないですっ」
  きゅるるるるーーーー。
「にゃあああっ!?」
 いくら会場が騒がしいといっても、この至近距離じゃ、おなかが鳴る音くらいはっきり聞こえる。
「ほら、やっぱり走り回っておなかへってるんだよ。食べ終わったらたくさん手伝ってもらうから、まずは腹ごしらえしといてよ」
「にゃあー…………ありがとうございますですぅ」

「あれ、千紗ちゃん……おにぎり食べないの?」
「あ……千紗はこれをいただきますです」
 そういって千紗ちゃんが取り出したのは、プラスチックの容器に入った市販のお弁当。
「どうしたの、このお弁当?」
「印刷所の詰所に行ったら、スタッフさん用のをもう捨てちゃうって言うから、余ってるお弁当をいただいてきたです。千紗、こんな豪華なお弁当見たことないですぅ」
 いやそれ、ごく普通の幕の内弁当なんだけど…………。
「千紗はこれをいただきますので、お兄さんはおにぎりを全部食べちゃってくださいです☆」
 え゛っ。
 この当社比1.5倍サイズを全部ですか。
 …………。
 …………午後はしばらく身動きがとれなそうだな……。

「いただきますです」
 ちょこんと椅子に座って膝の上に置いたお弁当に手を合わせる千紗ちゃん。
 ほんとにいいコだなぁ……。
  ぱくっ。
「にゃああああっ!!」
「ど、どうしたの千紗ちゃん!?」
 ま、まさかお弁当が傷んでたとか!?
 確か捨てる前のだって言ってた……ありうる話だ、く、どうしよう、医務室に……!?

「にゃあああ…………こんなおいしいお弁当食べたの、千紗初めてですぅ☆」
「………………」
「お兄さん? どうしたですか?」
「………………い、いや、それはよかった。遠慮しないでゆっくり食べてね」
「はい、ありがとうございますです☆ ふにゃぁ〜〜〜☆」
 …………まったく、心配させてくれるぜ……。
 …………でも、本当に幸せそうだな……。

 はっきり聞いたわけじゃないけど、塚本印刷の経営が苦しいってことはなんとなくわかってる。値段も安いし、品質も一流だし、なにより中1日でオフセット印刷が仕上がる驚異のスピードがあるから、ちゃんと宣伝さえすればもっと繁盛すると思うんだけど……。
 家がそんな状態だから、千紗ちゃんは普通の女の子みたいに、学校帰りに喫茶店に寄ったり、新しい服を買ったりということも満足にできない。それでも、文句一つ言わないで家のお仕事を一生懸命に手伝って、今だってもらい物のお弁当一つでこれだけ感動している。とってもいいコなんだ。
 俺もこんな島中でくすぶってないで、もっとサークルを大きくしてたくさん発注できるようになれば、少しは楽にしてやれるかもしれない…………いや、もっと直接的に、何かできることがあるかもしれない。

「にゃあ〜〜……おいしいですぅ……」
 …………。
 この無垢な笑顔を守るために。



「さて…………千紗ちゃん、ごちそうさま」
「どういたしましてです☆」
 俺の顔より大きいサイズの焼きおにぎりとの、まさに格闘だった。
「この前よりおいしかったよ。何か隠し味でも入れたの?」
「はいです。でも隠し味ですから、中身は秘密です☆」
「気になるなぁ……」
「秘密ですぅ」
「教えてくれないと気になって仕事できないよ、俺……」
 ちょっと意地悪かもしれないけど、ここはしつこく訊いてみよう。
「にゃ、にゃあ………………え、えっと、お砂糖です、お砂糖をお醤油にちょびっと混ぜたです」
 …………やっぱり素直なコだなぁ…………。
「そうだったのか、ありがと、教えてくれて」
「にゃあ……ど、どういたしましてです……」
 …………やっぱり、俺ももっとがんばらないとな。

「さて、よっ…………と!!」
 …………ぐあ、やっぱり体が重いっ……。
「休憩終わりっ。じゃんじゃん売っていこう!」
「はいです…………っ!?」

  びくっ。
「…………?」
 千紗ちゃん……なんか今一瞬動きが止まったような。
「千紗ちゃん、どうかしたの?」
「あ……にゃ、にゃあ………………な、なんでもないですぅ」
 …………千紗ちゃんらしくない言葉の詰まり方だな……何かあったのか?
「ご、ごめんなさいです、ちょっとつまづいただけです」
「そ、そっか」
 ………………。
 顔色もおかしくないから、熱中症というわけじゃなさそうだ。怪我するようなことはしてないし…………。
 …………。
 俺の気のせいか…………。
「じゃあ、始めようか」
「は、はいです……」


「ありがとうございましたー」
「すみません、新刊3冊、それからこれとこれとこれ1冊ずつください」
「はいっ……えーと、千紗ちゃん、計算おねがい」
 千紗ちゃんはこう見えて、都立の有名進学校で学年1位を取るほど頭がいい。計算速度も俺の数倍、というよりほとんど見ただけで答えを出してしまう。だから、こういった忙しい時には千紗ちゃんの計算力がとっても頼りになる。
「は、はい…………えっと…………1500…………3900円です」
「………………ちょっと、500円多いんじゃないですか?」
「え…………?」
 千紗ちゃんがそんな間違いをするはずが……。
 ………………。
 …………。

「あ…………!!」
 ……ほんとだ、間違ってる……!!
「し、失礼しました!! すみません、3400円です」
 深々と頭を下げる俺。
「あ…………ご、ごめんなさいですっ……にゃあっ!!」
  ゴツッ。
 千紗ちゃんもほとんど直角になるくらい頭を下げて、机におでこをぶつけてしまった。
「いや、そんな謝らなくていいけど……気をつけてくださいね」
「は、はい…………すみませんでした」

「ぅ……ん…………」
 …………?
 千紗ちゃんが頭を上げようとしない。
「ほら、千紗ちゃん、そんな気にしないで」
「っく…………」
 千紗ちゃん……何かおかしいぞ。
 さっき頭ぶつけた時に……!?
「千紗ちゃん、大丈夫!?」
「あ…………だ、大丈夫です」
 ぴょこっと上体を起こす。
 …………。
「えへへ……ちょ、ちょっと頭ぶつけちゃいました……」
 前髪の真ん中の部分を片手でなでている千紗ちゃん。
 別にこぶになっているわけではないし……。今のはなんだったんだろう。
「んっ…………」
 手を戻して……体を抱えるみたいにして震えてる……。
「千紗ちゃん、寒気がするの?」
 風邪で熱があったりしたら、周りの温度が低くて寒く感じるのかも…………。
「だ、だいじょうぶです、ほら……」
 手を離してくるりと回ってみる。
「……ならいいけど…………。具合が悪かったらすぐ言ってね」
「は、はいです」


「あ、ありがとうございましたです……」
  ギュルルルル……
「……にゃあっ!!」
 ……?
 千紗ちゃん?
 …………今の音。
 さっきは、おなかがすいた音だったけど、今はもしかして……。

「千紗ちゃん、おなか痛いの?」
「!!」
 びくっと千紗ちゃんの体がひきつって、顔がぽっと赤くなる。
 …………やっぱり。
「い、いえ、千紗は大丈夫です。ほらほら、千紗はこんなに元気……」
 その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる千紗ちゃん。
 確かに、大丈夫にも見えるけど…………顔は汗でびっしょりだし、跳び方も、衝撃が加わらないように慎重に着地してるし……。

  グギュルルルルルルッ!!
「あっ………………んぅぅっ!!」
 急激な痛みが走ったのか、千紗ちゃんはとうとうおなかを押さえて前かがみになってしまった。
「千紗ちゃん…………おなか痛いんだね」
「………………はい……。で、でも大丈夫です、千紗、まだまだお手伝いします」
「無理しないで。これまで手伝ってくれただけでも十分なんだから」
「でも、でも…………」

  ゴロゴログキュルルルルルルゥゥゥゥッ!!
「にゃあああ…………っ……」
「ほら、とっても辛そうだし…………もう、店番は大丈夫だから、ね」
「………………はいです…………うぅ…………」
 …………。
 認めたから隠す必要がなくなったのか、認めたせいでよけい痛みを感じるようになったのか、千紗ちゃんは両手でおなかを押さえて、何度もおなかをさするのと体を硬直させるのを繰り返している。

「大丈夫? 歩けないなら、医務室まで俺がおぶってくよ」
「だ、ダメです、そんなことしたら、お店が……」
「それより千紗ちゃんの体の方が大事だって」
「で、でも………………」
  グルルルルルゴロロロロロロッ!!
「あ、あ、あっ……!!」
「ほら、早く医務室に」
「…………ち、ちがうです、その…………」
 違う……?
 おなかが痛いのは間違いない。じゃあ……医務室が嫌なのか?
「でも、お医者さんに診てもらわないと……」
「あ、あのそうじゃなくて、千紗…………」
「…………??」
 千紗ちゃん…………顔が真っ赤だ。

「!!」
  ゴロロロロロロログギュルルッ!!
 ひどい音が響いて……。
 千紗ちゃんの手が、おなかからおしりに……。

 ………………。
 そうだったのか…………。


「…………ご、ごめんなさいお兄さん、千紗、千紗…………」
 少ししておなかが落ち着いたのか、千紗ちゃんが口を開いた。
「…………」
  ゴロゴロ……。
「ち、千紗…………おトイレに行ってきますですっ!!」
 またおなかが鳴っておしりを押さえたまま、千紗ちゃんがついに言った。
「あ、ああ、行っておいで」
 さすがに今度は事が事だけに、一緒に行こうとは言えなかった。

「……ご、ごめんなさいですっ!!」
  タタッ…………。
 片手をおしりに当てたまま、千紗ちゃんはその場を走り去った。

「………………」
 ほんとは、ずっと前から行きたかったんだろう。でも、やっぱり恥ずかしかったんだろうな。
 おなかが痛いってのは、おなかをこわしてたってことで……。トイレに行きたくなったのは、下痢でうんちを我慢できなくなったわけだから……。
 あの可愛い千紗ちゃんが、トイレで…………。

 ………………。
 とと、いかんいかん。
 トイレですることを知られたくないから隠してたわけだろうし……。
 帰ってきたら、気にしないって顔をしてあげないと……。


「元気にやってる?」
「お、瑞希か」
 現れたのは高瀬瑞希。高校時代からの腐れ縁が今でも続いている。
 スポーツだけが趣味の一般人パンピーだったはずが、俺を追ってこみパに通っているうちにいつのまにかコスプレ売り子までするようになってしまった自称被害者である。

「あれ、千紗ちゃんは? 今日は一緒じゃないの?」
「あ、ああ、今トイレに行ってる」
「え? トイレって……すぐそこの?」
「ああ、そっちに走ってったからたぶん。…………どうしたんだ?」
「あ、その、えーとね…………今、そこのトイレすごく混んでて……実はあたしもちょっと危なかったんだ」
「え……!?」
 じゃ、じゃあ千紗ちゃんは……トイレの前でさらに待たないといけないのか……!?
 おいおい。さっき、ここにいた時点でもう限界だったのに、さらに……。
「瑞希、どれくらい並んでたんだ?」
「え、えっと…………10分くらい、かな? あ、で、でもほんとはもっとかかるかも……」
「ほんとは、ってどういうことだよ?」
「…………そ、その、我慢できなかったから、先に入れてもらおう、って」
「…………じゃあ、ほんとはもっと……?」
「うん…………20分以上はかかるかも…………」

 ちょ、ちょっと待てよ。先に入れてもらうって…………千紗ちゃんがそんなこと言い出せるわけがない。待ってるみんなを飛ばして先に入れてもらうなんて、よい子の千紗ちゃんには思いつきもしないだろう。
 だとすると、全然進まない列をずっと待って…………。
 今も、まだ……!!

「和樹……?」
「…………」
 行かなきゃ。俺が行って、先に入れてもらえるように言う……あるいは、男子トイレのほうに連れてく手もある。俺が助けてあげなきゃ、きっと千紗ちゃんは……。

「瑞希! 店番頼むぞ!!」
 俺は机の間を縫ってスペースを飛び出した。
 一刻も早く、千紗ちゃんの所へ!!
「ちょ、ちょっと和樹!?」
「埋め合わせは後でする! 座ってりゃいいから!!」
「ま、待って、あたしまだ、ちょっと…………」
「頼むぞっ!!」

「ちょ、ちょっと和樹!!」
「新刊を一冊欲しいんだな」
「新入りに布教するから旧刊もまとめていただくでござる」
「ちょ、ちょっとあの…………」
「早くするんだな」
「早くするでござる」
「…………もうっ…………和樹のバカぁぁぁっ!!」
 和樹のバカ、だけが走り去る俺の背中に届いた。

 そうだ、俺はバカだ。
 千紗ちゃんについていってあげていれば。
 いや、もっと早く千紗ちゃんの不調に気付いてあげていれば。

 まだ、我慢できているだろうか。
 ひょっとしたらもう……。
 もし…………もし、おもらししてしまっていたら。
 …………。
 子供っぽく見えるけど、千紗ちゃんはもう高校生だ。それが、下痢でおもらししたとなれば……きっと、千紗ちゃんの心は深く傷ついてしまう。
 なんとか……なんとかしてあげなきゃ。

「っ……!!」
  ザワザワザワザワ。
 くそっ、こんな時に限って人の壁が!!
 隣のブロックに迂回……いや、状況は同じか。
 強行突破、やるしかない。

「ていっ!!」
 人を押し分けるようにして進む。
 千紗ちゃんがおもらしする前に、何としてもたどり着くんだ。

「うおおおおーーっ!!」
 間に合え、間に合え、間に合え、間に合えーーーっ!!


「おりゃ!!」
 抜けた!!
「……………………」
 野郎どもの壁を抜けた向こうに、女の子の行列が見える。
 …………ぐあ、なんだこりゃ……。
 トイレの入口から何メートル……じゃすまないぞ……。一段、二段に折れて……20分じゃすまないんじゃないのか……。

「…………」
 千紗ちゃん……千紗ちゃんはどこだっ?
 背はちっちゃいけど、いれば絶対にわかるはずなのに……。

 あれは…………彩ちゃん?
 うつむいて…………前を押さえてる……?
 そ、そっか……いつも一人で出展してるから、なかなかトイレにも出られなかったんだ……。
 ………………。
 も、もう入口の近くまで来てるから、大丈夫だと思うけど……。
 あ、前の方が一歩進んだ。
 …………ちがう、今はそれより千紗ちゃんを…………。

「!!」
 一歩また一歩と列が動いて行くのを目で追った。
 その動作が止まったところ。

「あ…………う……っ…………」
 右手で力いっぱいおしりを押さえながら。
 左手で繰り返しおなかをさすりながら。
 真っ赤な顔で目をぎゅっと閉じ、唇をかみしめて。
 倒れそうなほど前かがみになりながら、千紗ちゃんはそこに立っていた。

「千紗ちゃん!!」
 間にあった、という喜びはない。
 あまりにも苦しげな我慢の姿は、もう一刻の猶予もないことを示していた。

 千紗ちゃんが立っていたのは、列の折り返し地点から一人分後ろの場所。腹痛で前かがみになっていたせいで、前の人に隠れていたんだ。

 そこまでの間に人はいない。全力で駆け寄りながら俺は叫んだ。
「千紗ちゃんっ!!」
 おそらく我慢に必死で周りを見る余裕なんてなかっただろうけど、俺が出した大声が届いたらしい。
「お、お兄さん…………」
 真っ赤な顔。目には涙が浮かんでいる。
 …………ほんとに、限界まで我慢してたんだ……。

「千紗ちゃん」
 言いながら千紗ちゃんの手をとった。
「先に入れてもらおう、このままじゃ千紗ちゃんが……」
「だ、ダメです…………みんな並んでるのに、横入りしちゃダメです…………」
「でも、もう我慢できないだろ? おもらししちゃったら大変なことになるから……」
「ち、千紗……だいじょうぶです…………まだ我慢できます…………うぅ!!」

  ゴロゴロゴロギュゴゴゴゴゴグゥゥゥゥ〜〜〜〜ッ!!
 雷が落ちたみたいな音。もちろん、千紗ちゃんのおなかが発した音だ……。
「んううううっ!!」
 …………。
 両手でおしりを押さえて、びくん、びく、びくっと体を痙攣させた。
 …………もれそうになるうんちを、指先で押さえてせき止めてるんだ…………。

  グギュルゥゥゥゥゥ…………。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁああああ…………」
 重苦しい音が響いて、それでもすこし便意は楽になったのか、千紗ちゃんが荒く息をする。
 ……息を止めてないと出ちゃうほど苦しかったのか…………。

 と、とにかくもう時間がない……。
 男子トイレは…………げ。
 こっちも大混雑かよ!!
 しかも列が二つあるってことは…………個室にも並んでるってことか……。
 ………………。
「千紗ちゃん、やっぱり先に……」
「だめ、ダメです……ダメですっ…………だめ、っ!!」
  ゴロギュルグルルルゴロロロローーーーーーーッ!!
「あぁぁぁ…………」
 また、おしりに指を突き刺すような限界の我慢。
 倒れそうな千紗ちゃんの体を、肩をつかんで支える……。服が汗でびしょびしょになっていた。

 ど、どうしたらいいんだ、どうしたら…………。

  ガラガラ…………。
「……!?」
 あんなとこから人が…………。
 あれは…………。
 多目的トイレ……!!
 注意書き……スタッフおよび体調の悪い人のための緊急用トイレ、って書いてある。

「っ……うぅぅ……んっ……!!」
  ゴロゴロゴログギュルルルルルルルルゥゥゥーーーーーッ!!
 ……どう見たって体調最悪の緊急事態だよっ!!

「千紗ちゃん!! 具合が悪い人用のトイレがあるから、早く!!」
「にゃあ……ああああ…………」
 千紗ちゃんが薄く目を開けて俺を見上げる。
  グギュルルルルギュルルルルルルルルルッ!!
「…………」
 もう限界、と言葉以外の全てで表現していた。

「歩ける? ダメなら俺がおぶって……」
「あ、あるけ……ますぅ…………」
 よろよろと。
 でも、一歩一歩地面を踏みしめて。
 最後の希望に向けて、千紗ちゃんは歩き出した。

 長い時間をかけて、ようやく10歩目。
「ふぅぅ…………」
「がんばって、千紗ちゃん……」
 でも、この調子なら、なんとかあのトイレまで…………。

  ドドドドドド……
「え……!?」
「どいてください、列通りまーーす!!」
 な、なんだって!?

「げ……!?」
 う、うそだろ、もう昼回ったのにこんな列なんて…………!!
 あ……!?
 向こうにあるの、詠美のスペースかっ!?
 でも、あいつの「超売れっ子」は自称じゃない。午前中にとっくに完売してるはずなのに、なんで……?
「限定コピー誌の数は十分あります、押さないで、急がないで、ゆっくり進んでくださーーいっ!!」
 限定コピー誌だってぇ!?
 よ、よりによってこんな時に……大バカ詠美めっ!!

「道を開けるでござる!! 開けぬならば力ずくでござる!!」
「わ、我を阻むものなし、なんだな!!」
  ズドドドドドドドドドドッ!!

 ちょ、ちょっとまて、おい……。
 そんなこと言ったって、今の千紗ちゃんは急には……!!
  グギュルルルルルゴロロロロロロローーーーーーーッ!!
「う、っ、あ…………あぁぁぁぁ……!!」
  ビクンッ、ビクビクビクッ、ビクッ!!
 だ、だめだ、我慢だけで精一杯で、もう一歩も動けそうにない……!!

  ドドドドドドドドドドドドッ!!
「くそおおおっ!!」
 こうなったら、俺が壁になって千紗ちゃんを……!!
「お兄……さん……っ!!」
 両手でおしりを押さえたままの千紗ちゃんを、抱きすくめるように抱える。

  ゴオオオオオオォォォォォォォォーーーーーーッ!!!
「ぐぅっ……!!」
「うああ…………あぁぁ…………!!」
 駆け抜ける人の嵐。
 俺の体を右に左に弾き飛ばしながら、脇目も振らずにシャッターの外へと突き進んで行く。
 俺はボロボロになってもいい、千紗ちゃんには……。

 千紗ちゃんには指一本触れさせてたまるかっ!!

 ………………。

  ドドド………………ッ………………。
 嵐が止んだ。
 俺と千紗ちゃんは、嵐が始まる時と同じ体勢のまま。
 千紗ちゃんは、俺の腕の中で震えながら、ずっと我慢を続けていた。

「う…………」
 俺の上体が後ろに傾いた。
 打たれ強いのが自慢の俺とはいえ、さすがにダメージを受けすぎたらしい。
 まあ…………千紗ちゃんを守って倒れるなら、本望というものか…………。

「………………ぐふ…………っ」
 ……ダメだ。
 立ってられそうにない。
 あー、床コンクリートだったっけ……。
 頭打ったらちょっと痛いかもしれないな……。

 ……ま、いいか…………。


「お…………お兄さんっ!!」
 え…………。

 千紗ちゃんが……我慢に必死だったはずの千紗ちゃんが、俺の目を…………。
 いいんだ。
 俺はどうなってもいいんだ。
 俺の屍を越えて、千紗ちゃんは一刻も早くトイレへ……。


「お兄さああんっ!!」

 千紗ちゃんが――。

 倒れそうな俺の体を逆に抱きしめて――。

 はるかに軽い体重を一杯にかけて、引き戻す――。


 だ、ダメだ……。
 そんなことしたら……。
 抱きしめるってことは、おしりから手を離すってことじゃないか……。

 千紗ちゃんがいま、そんなことしたら……!!


  ブビビビビビブジュブジュブジューーーーーーーーーーーゴポポポポポポポッ!!

「…………」
 千紗ちゃんのおしりから……。
 ぐちゃぐちゃのものが…………パンツの中にあふれ出す音が…………。

「!!」
 一瞬遅れて漂ってきたにおいで、俺の意識が完全に引き戻された。
 俺は千紗ちゃんを抱きしめたまま立っていた。千紗ちゃんのおかげで、俺は倒れずにすんだ。でも、それと引き換えに千紗ちゃんは……。
 俺の背中に手を回して、互いに抱きしめあった姿のまま……。

 千紗ちゃんは……下痢便をおもらししていた。


「お兄……さん……」
「ち、千紗ちゃん……」
 言葉が出ない……。
 千紗ちゃんは……俺のために……!?
「よかった……です…………」

 汗と涙だらけの笑顔で…………千紗ちゃんは確かにそう言った。

  ゴロギュルグギュルゥゥゥゥゥーーーーーーーーッ!!
「あぁぁっ……!!」
  ぎゅ……
  ブビィィィィィィーーーーーーーーーーーーッ!!
  ブチュブチュブチュビジュジュジュジュジュゴボボボボッ!!

 おもらししてしまったにもかかわらずさらに激しく襲ってくる腹痛に悲鳴をあげ、もう一度おしりを押さえようと両手を後ろに回した千紗ちゃんだったが……一度開いてしまったおしりの穴はもう、閉じてはくれなかった。
 両手で押し付けられたキュロットの中、パンツの中に、ものすごい音を立てて下痢便が次々とあふれ出していく。おしりの外側が、熱い下痢便のどろどろ感で満たされていく。汗で衣服が張り付くのとは桁違いの不快感を、今千紗ちゃんは味わっている。

  グギュウウウウゥゥゥゥゥーーーーッ!!
「ふうっ、うぅぅぅぅぅっ!!」
  ブピブピッ!! ブブブブビィーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
  ブジュボボボボゴボゴボゴボビチビチビチビチビチビチッ!!

 震える小さな体が、さらに俺の体に押し付けられてくる。
 ただ押し付けられるのとは違う。下痢便がおしりからあふれ出す時に、普段の排泄に近い体勢、足をまげてかがみこんだ姿勢をとろうと体が勝手に動いてしまうんだろう。でもしゃがみこむのを両足の力で必死に耐えているから、上体だけが前に倒れる形になる。
 つまり……千紗ちゃんの体が押し付けられてくるのは、今まさに下痢便があふれ出しているという合図なんだ。

「んっ…………うぅぅ!!」
  ブビブビブビブブブブブブブブッ!!
  ブピィーーーーーービチビチビチブーーーーーーッ!!
  ビチチチブビブビブジュルルルルルルビューーーーーーーーッ!!

 …………。
 もっとも、たとえその震える体の圧力がなくても、下痢便がもれ出ていることは簡単にわかる。
 まず、音。
 キュロットの中、パンツの中、二重の布に覆われた中で、しかも今はもう下痢便の中に下痢便をしている状態のはずなのに、はっきり排泄の音とわかる大きな音がおしりから響いている。必死の我慢の間におなかの中に溜まった空気が飛び出して行く音、新しい下痢便に押されてどろどろのものがパンツからあふれ出す音が、おしりの穴が震えるのと変わらぬぐちゃぐちゃの音を生み出している。

「んうぅっ!!」
  ビュルビュルブビィィィィーーーーーーーッ!!
  ブチュブチュブチュブピピピピピブリリリリリリッ!!
  ゴボゴボゴボゴボブビブビブビブビィーーーーーーーーーーッ!!
 それから、キュロットの染み。
 前かがみに近くなっているせいで、千紗ちゃんの頭越しにキュロットのおしりが見える。おしり、と言っても谷間の部分がはっきりと膨らんでいて、その部分の色が周りと明らかに違う。千紗ちゃんにとっては幸いなことに、キュロットの色は濃い茶色だった。だから、下痢便の色がはっきり表面に浮かんでしまうことはない。でも、かなり液状に近い下痢便をおもらししているせいで、その水分で生地の色が黒ずんでしまっているのだ。その色が今も少しずつ上下左右に広がっている。

「うぅぅ……うぅ…………」
  ビチャビチャビチャブチャブチャベチャッ!!
  グチュグチュゴポゴポゴポギュゴボボボボボボッ!!
  ブビビビブジュルルルルルルビシュゥゥゥゥゥーーーーーーッ!!
 においも、相当ひどくなっている。もうずっと強烈なにおいがあたりを満たしているけど、音とともに体が押し付けられた時に、ひときわ密度の濃いにおいがむわっと鼻に飛び込んでくる。下痢便がパンツからあふれ出して、新たに空気に触れたビチビチのものが撒き散らすにおいが、あたりの空気をかき回して鼻を突いているんだろう。


「やだ、あの子……」
「おもらししてる……」
「しかも、大きいほう……」
「下痢よ下痢……ひどいにおい……」
「なに食べたらこんなにおい……うっぷ……」
「いくら子供でもちゃんとトイレくらい……」
 列を作っていた女の子達が次々と、千紗ちゃんの姿を見てささやきを交わす。
 おもらししたのは事実だけど……でも…………千紗ちゃんはただでさえ苦しんでるのに、そんなこと言わないでくれよ……。

「おい、あれ……!?」
「うそだろ、おい」
「下痢もらしてる……!?」
「あんな子が……?」
「げ、ひでーにおい……」
「女の子が下痢もらすなんて……」
 詠美のスペースに向かっていた男連中の第2陣も足を止め、千紗ちゃんのことを噂している。
 たのむ……やめて……やめてくれ…………。

「……ねえ、あの子、つかもと印刷って……」
「!!」
 塚本印刷、という言葉が、見知らぬ女の子の口から飛び出した。
「な、なんで…………あ!!」
 自分の胸のすぐ前……。今も強く押し付けられている千紗ちゃんの小さな胸との間に、綺麗なままのクリーム色のエプロンが引っかかっていた。

 そこに書いてある文字は、つかもと印刷……。

「そ、そんな……」
 下痢でおもらしをしてしまった、というだけでも恥ずかしくてたまらないはずなのに、その上目撃者に名前まで知られてしまったら……。千紗ちゃんは、二度とこみパに来られなくなってしまうかもしれない……。

 と、とにかく早くトイレへ……。
「千紗ちゃん、歩ける? 早く、トイレで……」
「っううう!!」
  ブピブピブピブピビチィィィィーーーーーーーーーーッ!!
  ブジュブジュブジュブバブバブバーーーーーーーーーーッ!!
「!?」
 千紗ちゃんがひときわ大きな声を上げ、がくんと前に沈み込んだ。それだけじゃない、さっきまでやや開き気味だった両足を、膝でぴったりと閉じている。
 どうしたんだ……!?


  ビチャ、ベタッベタベタッ……!!

「ああ……」
 ………………。
 とうとう……キュロットの裾から…………床に…………。
 こぼれそうだったから……脚を閉じて耐えようとしたのか…………。

  ボタボタボタッ、ビチャッ!!
 色……茶色じゃなくて……黄色っぽい黄土色だ…………。
 千紗ちゃん……こんなに…………こんなにおなかこわしてたんだ…………。

「ふぅぅ……ふぅっ……っ……!!」
  ブチュブチュブチュビーーーーーーッ!!
  ツーーーーー……。
 ……だ、だめだ、脚にも垂れてきてる…………。
 どろどろのポタージュスープみたいな液体の筋が……何本も…………脚の外側にまで……。

「う、うわっ、床にこぼれてるぞっ!!」
「汚いっ、やだ、離れましょう!!」

 ダメだ……完全に大騒ぎになってる…………。
 どうしたら、どうしたらいいんだ……!!


「どうしたんですか!?」
 この声は…………南さん!?
「み、南さん、あの…………」
 ど、どう説明すればいいんだ……?

「……あらあら、やっちゃったのね……」
「…………すみません、俺がちゃんとついててあげれば…………」
「……ぐすっ…………うぅ…………」
  ブチュブチュブチュ…………。
  ブビブビ…………ゴポッ…………。
 ずいぶん勢いは弱くなったけど、でもまだはっきり聞こえる排泄の音が千紗ちゃんのおしりから……。

「しちゃったものは仕方ないわ。気にしないで、早くトイレに連れてってあげましょう」
「はい…………すいません、俺がちゃんと気付いてやれれば…………」
「……気にしないで。もちろん、千紗ちゃんもですよ。こみパではよくあることなんですから」
 え?
「そ、そうなんですか?」
「そうですねぇ……やっぱり、トイレの数に比べて人がたくさんいますから、毎回何人も間に合わない人が出てくるんですよ。なにせ私も初参加の時に……」
 えっ?
「あらあらあら、いけません和樹さん、女の人にこんなこと聞くものじゃありませんよ」
 い、いや、南さんが勝手に話し出したんですけど……。

  ブチュブチュブチュッ!!
「ぐす……うぅぅ…………」
 っと、だめだ、南さんの天然オーラに引きずられている場合じゃない、千紗ちゃんが……。
「大変……和樹さん、早くトイレに入れてあげてください」
「はい。でも、この床…………」
「私に任せてください。着替えも後で持っていきますから、早く」
「は、はい……」

「千紗ちゃん、大丈夫? トイレまで歩ける?」
「はい……です…………ぐすっ…………」
「よし、行こう」

  ポタッ…………ポタポタポタッ……。
 キュロットの裾から下痢便を垂らしながら、千紗ちゃんが歩き始める。
 倒れないようにしっかり肩を支えている手に、びくびくという震えが伝わってくる。

「みなさん、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 南さん……。
「今回のことは、十分な数のトイレを用意できなかったスタッフの責任です。ですから、どうかあの子を責めないであげてください……」
 南さん、そこまで…………。
「彼女にとってこみパの思い出がつらいものにならないように、あたたかい目で見守ってあげてください……お願いします」
 ありがとう…………南さん…………。


「はぁ…………はぁっ……」
 着いた…………。たった20歩くらいの距離なのに、こんなに息が上がるなんて……。

  ウィィィ……ピタッ。
 よし、ドアも閉まった、これで……

「千紗ちゃん、もう大丈夫だよ、早く脱いで座っ……」
「ああぁぁぁぁっ!!」
 えっ……!?
 千紗ちゃんの下痢まみれの脚が震えて、その場に崩れるようにしゃがみこんだ……。
 だ、だめだ、今しゃがんだりしたら……!!

「ふぅうぅぅぅぅ!!」
  ビチビチビチブジューーーーーーーーーーッ!!
  ビュルビュルブビビビッブーーーーッ!! ブピピブピブピブジュビーーーーーッ!!
  ブビチッ!! ビュリリリリリリリリリブチャブチャッ!! ゴポゴポゴボボボブビビビビビビーーーーッ!!

 …………。
 千紗ちゃん……。あんなにおもらししたのに…………まだ、我慢してたんだ…………。

「うぅっ…………うぅぅぅっ…………」
  ピチャ、ピチャピチャ……シュルルルルル…………。

 千紗ちゃんのおしり……キュロットを履いたままだから、変色した部分に覆われたままのおしりが、膨れ上がる…………いや、垂れ下がっている。おしりから直接出たものじゃなく、パンツからあふれた下痢便を受け皿のように集めて、下に引っ張られているんだ……。
 その垂れ下がりの頂点から、黄土色の水滴が一つ二つと落ち、その間隔が徐々に短くなり、ついには一続きの水流になった。
 …………本当に水。
 千紗ちゃんのおなかの中は、大腸をあっという間に駆け抜けた水状の便で一杯だったんだ。

「んっ…………ふああああっ………………」
  ブピィーーーーーーッ!! ブジュブジュブジュブッ!!
  ビュルルルルルビチビチビチビチビシャーーーーーーーッ!!
  ブピーーーーーブピピピピピブビビビブビゴポポポポポポポポポッ!!
  ブピブピブジュルルルルビュブブブブブジュビィーーーーーーーーーーーッ!!

「…………」
 苦しげにおなかを押さえたまま、液状の便をキュロット越しに垂れ流し続ける千紗ちゃん。
 ……便器まで我慢して、とは言えなかった。
 もう、気が遠くなるくらい我慢して、おもらししてからも我慢して、ここまで歩いてきて力尽きたんだ……。
 もう一度立たせるなんて、可哀想すぎるよ……。


「ぐすっ……お兄さん……お兄さん…………ごめんなさい…………」
 …………やっとおなかが楽になったのか、千紗ちゃんが汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。足元では肩幅ほどに開いた両足を完全に覆うほどの大きさになった黄土色の水たまりが、強烈な刺激臭を立ち上らせている。
「…………いいんだよ、そんな泣かなくって」
「でも、千紗、千紗ぁ…………」
「大丈夫だから。外も南さんがなんとかしてくれるし、着替えも用意してもらえるから。ほら、早く脱いで後始末しよう」
「…………はい…………あの…………千紗……一人じゃ…………これ…………」
「うん。俺も手伝うから、さあ、立って」
「はい……です…………」

  すくっ…………。
  ビジャアアァァァァァァァァッ!!

「!!」
「あ…………」
 し、しまった……。
 キュロットの中……水状の下痢便がずっと溜まったままだったから……立ったらこうなるって、わかってたはずなのに…………。
 全部…………中の下痢便が全部……両足の膝の上の裾から……こぼれて…………。

「うぅ…………」
 膝から下……全部、下痢便をかぶって……靴下も……靴の中も…………きっと…………。
 足元の水たまりが…………飛び散ったのも含めて、千紗ちゃんの身長ぐらいの直径に…………。

「ごめん、千紗ちゃん…………」
 もっと慎重に、って言うべきだった……。

「う、うぅ…………うあああああああん……!!」

「………………ごめん…………」
 また…………泣かせちゃった……。
 もう……悲しい思いをさせないって、誓ったはずなのに。
 …………千紗ちゃん……ほんとに……ごめん……。

  ちゃぷ……。

「え…………」
「…………」
 夏こみの日、あの公園でやったのと同じように、千紗ちゃんの涙を俺の手で拭ってあげる。
 ……手が触れると同時に、千紗ちゃんはぴたりと泣き止んだ。

「……あ……だ、ダメです、お兄さん、来ちゃダメです、汚いです……」
「汚くなんかないよ」
 鼻の感覚は足元から立ち上るにおいを悪臭だととらえている。
 だが、人間は理性の動物だ。千紗ちゃんの体の中にあったものだと思えば、ちっとも汚くなんかない。

「とりあえず、ここじゃ脱ぐこともできないから、こっちへ。紙も一杯あるから」
「……はいです……」

 俺は千紗ちゃんの手を引いて、下痢便の海……もとい、千紗ちゃんの生み出した液体の中から歩み出る。


「じゃあ……まずは靴と靴下を脱がないと」
「はい……」
 千紗ちゃんの下半身はもう、余すところなく汚れてしまっている。全部脱いで、つま先からおへそまで徹底的に拭くしかない。

  グチュッ……。
「…………うぅ……」
 脱ぐために靴の中で足をずらすだけで、その中に溜まった液体がぐちゅぐちゅと音を立てる。
 ……これ……制服の時も履いてた…………通学用の靴、だったのか……。
 革靴だから洗えば大丈夫かもしれないけど…………。

  ジュプッ…………ゴプッ…………。
「…………」
 両足の靴を脱いだ中から現れたのは、ぐちゃぐちゃになった靴下。
 もとが黒地とはいえ、ところどころ液状便を完全に吸収し切れなくて、黄土色の滴がぽつぽつと浮かんでいる。

  ジュル……ズジュル…………。
 その靴下を下ろす、わずか数秒のはずの作業が、液便によって靴下の布地と肌がぴったり貼り付いて滞ってしまう。何度か弾力に押し戻されながら、なんとか千紗ちゃんは靴下を脱ぎ終えた。
 …………。
 くるぶし、土踏まず、指先、指の股……あらゆる凹凸が、肌の色より一回り黄色っぽい下痢便の色に彩られていた。


「………………」
 下痢便まみれとはいえ、つま先からふとももまでの素肌があらわになった。
 次は…………。
 キュロットの中。
 パンツの中。
 この悲劇を生み出したおしりの穴……。

 ……この時、千紗ちゃんの裸を見られると興奮する気持ちはほとんどなかった。ただ、この汚れてしまった体を綺麗にしてあげたいという気持ちが、できるだけのことをしてあげようと、そのことだけを考えさせてくれた。

「あ、あの……お兄さん…………」
「なに?」
「その…………これ……引っ張ってもらえませんか……」
 キュロットの胴回りのゴムをつまみながら、千紗ちゃんが俺を見上げる。

 一人でこれを下ろすためには、前かがみの姿勢にならないといけない。そうしたら、まだパンツの中に残っているどろどろの便がこぼれ落ち、やっとたどり着いた安全地帯を失ってしまうことになる。
 そのためには、千紗ちゃんが胴回りを外向きに引っ張りながら、俺が真下に力をかけるのが一番安全だ。……と、俺の思考経路に自信はないが、落ち着きを取り戻しつつある千紗ちゃんの考えはより信用できる。

 ならば。
「じゃあ…………いくよ」
「はい…………」

  ずず…………。
 少しずつ、慎重にキュロットを下ろしていく。外側を持って引っ張るのだけれど、引っ張りすぎると内側の布地が腿の内側に触れてしまう。うまく力のつりあいをとりながら、一秒間に一センチほどの速さで下ろしていく。

「つっ……!!」
 下端がふくらはぎのふくらみを越えたところで、つかんでいる部分よりやや上がそのふくらみに触れてしまった。一様に下痢便を吸収している、というより下痢便漬けになっているキュロットは、俺の指先にも冷たさを伝えている。それがいきなりふくらはぎに触れては、冷たさに驚くのも当然だ。
「あ、ご、ごめ…………」
 謝る言葉を言い切ることはできなかった。
 身長が二回りほど低い千紗ちゃんのキュロットを下ろすために膝をついて作業をしていた所で、千紗ちゃんの声を耳にして思わず視線を上に上げてしまった。
 そして上げ切る前に、俺は言葉を失ってしまったのだ。

 パンツ……。
 もちろん、千紗ちゃんの下着を見るのは初めてだ。小学生のはくような真っ白なふくらみのあるコットンパンツを想像していたのが、ティーン向けのしましまパンツだった。それだけでも一つの驚きだけど、言葉を失うほどの驚きはやはりそのパンツの状態だった。
 このパンツを正面から見て、腰周りの布がある高さの輪っかとそれより下の三角形に分ければ、三角形の部分は残らず内側から黄土色を塗りたくられていた。腰回りの高さをわずかに残して、その下は液状便で濡れ湿り、表面に黄土色の水滴をいくつも浮かべ、内側にどろどろの下痢便を抱え込んでいる。その色は股の下に向かうにつれて濃くなっていく。半分より下では、しましま模様は見る影もないほど黄土色一色に染まってしまい、さらにその布地の淵からどろどろの便が今も足に伝い、また地面にこぼれ落ちている。

 下痢便をおもらしした女の子のパンツ。
 その光景は、あまりにも衝撃的だった。

「あ、あの……お兄さん……あんまり……みないで……」
「あ……ご、ごめん」
 千紗ちゃんが真っ赤な顔をして、上着の前の部分をエプロンごと抱え込んで立ち尽くしている。
 そうだな、早く何とかしてあげなきゃ……。

  ストン…………ビチャッ……。
 わずかに力を加えるだけで、キュロットは簡単に足元に落ちた。その瞬間に響いた水音が、千紗ちゃんがおもらししてしまった下痢便の量と質感をはっきり示している。

「あの……お兄さん…………」
「?」
「その…………パンツも………………おろして……ほしいです……」
「え……!?」
 い、いくらなんでもそれは!!

「あの……手、離すと……服……汚れちゃうから…………」
 今抱えている上着とエプロンのことか……。確かに、それはそうだけど、でも……いいのか?
「おねがいします……」
 瞳を涙で輝かせて見つめてくる千紗ちゃん。
 ………………わかったよ。

「じゃあ……いいね?」
「…………は、い……」
 そう言いながらも言葉を詰まらせた。顔は下痢を我慢してる最中より真っ赤になっているかもしれない。

  ぐっ……。
 パンツの腰の部分に手を差し込み、下向きに引っ張る。
 ……股の下の部分はもらした物でぴったりと張り付いてしまっているのか、動く様子がない。
 さらに引っ張る。下痢便が侵食している高さまでおろすと、パンツの上の端に鮮やかな黄土色がのぞいた。ぐちゃぐちゃの下痢便……。水気が中心ではあるもののかろうじて粘性を残した下痢便は、わりと最初の頃におもらししたものだろう。こんなものをおなかの中に抱えて、千紗ちゃんはずっと我慢していたんだ。

「あ、あのお兄さん、はやく……」
 千紗ちゃんが急かす。パンツの中でぴっちりと閉じ込められていた下痢便が表に現れ、その強烈な刺激臭が辺りに広がった。千紗ちゃんの嗅覚も麻痺しかけていると思うが、それでもやっぱり臭いものは臭いんだろう。
「うん……」
 パンツを引きずりおろす手が重い。ためらいからではなく、純粋に物理的な抵抗力が加わっていた。もちろん、パンツの中を一杯に満たした下痢便の粘着力だ。ガムテープを引き剥がすような感覚とともに、内側の黄土色を少しずつ現しながら、パンツが上側からめくれていく。
「うぅ…………」
 本来なら幼い一本のすじが見えるはずの部分は、一面の黄土色だった。パンツを剥がすときの力の加減をそのまま残した凹凸をそのどろどろの表面に浮かべ、千紗ちゃんの股間は下痢便おもらしの跡をはっきり示していた。

 パンツをそのまま下ろす。
 ……パンツの内側はさらにひどい状態だった。外側ではなんとか見えたしましま模様が、内側からはまったく見えない。パンツの底にはどろどろの下痢便がセンチ単位の厚さで溜まり、その周囲にも数ミリ単位でパンツの生地をコーティングしている。おしりに近かった背中側に至っては、パンツの一番上まで下痢便が達し、前方から見たときは三角形だった下痢便の汚れが、最上部の直線を含めて五角形になってしまっている。

「うわ……」
 その様子に慌てて後ろに回ると、その五角形がそのまま下痢便の模様となって千紗ちゃんのおしりにこびりついているのが見えた。

「お、お兄さん…………あ、あの…………」
 もう、見ないでと言うだけの気力も残っていないのかもしれない。

「まって、今ふいてあげるから……」
 パンツを足から完全に抜いて、下痢便を直接床につけないように慎重に置く。俺はトイレットペーパーのロールを丸ごと取って、千紗ちゃんの足元に膝をついた。

 …………どこから拭こうか。
 あまりにも圧倒的な下痢便の汚れを前にして、俺は足がかりもロープもなしに絶壁に挑む登山家の気持ちを味わっていた。

 まだ、下痢便が残るおしりからはぽたぽたと黄土色のしずくが垂れている。ということは、上から拭いていかないとまた汚れてしまうかもしれない。
 そう思って俺が一番最初に手を伸ばしたのは、やはりその汚物の源たるおしりの穴だった。一番ひどい汚れをまず拭いてあげようと、そう思った。

 紙をいっぱいに取って手を伸ばす。

  ……べちゃっ。
「ひゃうっ!!」
 千紗ちゃんが甲高い悲鳴を上げる。
 紙越しゆえに指先にこびりつく感覚はないが、ぐちゃっとどろどろの便を押しつぶす感覚は指を通して伝わってきた。
  ……ぐちゃっ、ぐちゅ……。
 それを二度三度と繰り返し、地面に広げた紙の上に置く。本当なら便器に直接放り込むのが良かったのだと思うが、千紗ちゃんにまた歩けと言うのはあまりに残酷に思えたからだ。

「よし……」
 二枚目というかニかたまり目の紙を手に取って千紗ちゃんのおしりに近づく。拭いた場所はちゃんとおしりの穴をとらえていたようで、汚物を吐き出したばかりとはいえ、あまりにもかわいらしい小さな穴がのぞいていた。しかし、そのまわりの肛門のしわには、一つ残さず黄土色のどろどろが詰め込まれている。
  …………ぴちゃっ……
「ひゃ…………ふうううっ!!」
「!?」
 その小さな穴に触れた瞬間、びくん、と千紗ちゃんの体が大きく震えた。

「お、お兄さん…………どいてくださいっ!!」
「え…………?」
 千紗ちゃんの口調にただならぬ緊迫感を感じたが、その一瞬後に起こることは予測できなかった。


  ブジューーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
「!!」
「あ…………ああ…………」

 指先の紙が溶けている、と感じた次の瞬間には、手首までがあたたかい温もりに包まれていた。
 そのぬくもりが千紗ちゃんの下痢便だということに気づくのには、時間はかからなかった。
 千紗ちゃんはまた、おもらしをしてしまったのだ。さっきの震えは、おしりを刺激されて急に襲ってきた便意に対する、ささやかな抵抗だったんだろう……。

  ブビジャーーーービチチチチチビシャアアアアァァァァーーーーーーーーーッ!!
「お、お兄さん……ごめんなさい、千紗……まだ、たくさん…………」
 あふれ出した下痢便は止まりそうにない。
「ちょ、ちょっと待って、こっちの便器で……!!」
 俺は千紗ちゃんの正面に回り、両腕を千紗ちゃんの肩の下に回して持ち上げるようにして便器のそばまで引きずって行く。ちょっと待って、と言ったにもかかわらず、千紗ちゃんのおしりからは絶えず下痢便が流れ出続け、体が動いた軌跡を床の上に黄土色の絵の具で描き殴っていた。

「千紗ちゃん、ほら、あとはここで……」
「は、はい……」
  ビュルルルルルブピューーーーーーーーッ!! ブピブピブピッ!!
 千紗ちゃんは下痢便を垂れ流しながらかろうじてその言葉だけを絞り出し、便器に…………便器の上でしゃがみこんだ。

「え…………!?」
 便器に座り込んだんじゃない。便器の上に素足を乗せ、和式便器にしゃがみこむようにして、便器のふたに手をかけてしゃがみこんでいる。俺の立っているところからは、汚れの残ったおしりの穴と、まだべっちゃりと汚れがこびりついているおしりの二つのふくらみが丸見えになっている。

「ご、ごめんなさい、千紗、洋式のおトイレって使ったことないんです…………っく!!」
  ゴロロロロログギュルルルルルルルルルーーーーーーーーーーッ!!
 千紗ちゃんがおなかをひどく鳴らしながらも、その理由を説明してくれた。
 確かに、千紗ちゃんの家のトイレは和式だった。学校も昔からある公立だから洋式のトイレなんてないだろうし、外食やデパートに買い物という機会もほとんどない。が、洋式を一度も使ったことがないというのはさすがに想像できなかった。

「で、でも…………」
 ちゃんと座った方がいい、と言おうとして思い直した。千紗ちゃんの下半身は、わずかに拭いたおしりの穴を除いて全部、おもらしした状態のままだ。そんな状態で便座に腰掛けたら、便座を汚してしまうだけでなく、出し続けている間ずっと、おもらしと同じ不快感を味わってしまう。便器と体を汚さない排泄体勢……。一見非常識に見える千紗ちゃんの行動は、実は最良の選択だったのかもしれない。

「…………いいよ。気にしないで、そのまましちゃって」
「は、は…………っぐ!!」

  ブピブピブピブピブーーーーーーーーーーッ!!
  ブビビビビビビビビッ!! ブジュビジャブビュルルルルーーーーーーーーーッ!!
 はい、と言い切ることもできず、千紗ちゃんのおしりから完全に液状の汚物が噴射した。
 汚れたおしりの中心から、同じ色の液体が止まることなく飛び出していく。


  グギュルルルルルルゴロロロロロロローーーーーーッ!!
「ふぅうううぅ……ぅうっ!!」
 下痢便の噴射はさらに勢いを増し、おなかの痛みもいっそう強くなったのか、千紗ちゃんは前かがみでおなかを抱え込んでしまった。

  ブビビビビブビブビブゥゥゥッ!! ジュビブリリリリリリビシャァァァァァッ!!
  ブピブピブピブピピピピピブブビビビビビビッ!! ブジュビジュブジャビチビチビチビチビチッ!!
「あ…………」
 その結果、おしりの穴が斜め後ろを向く。
 そこから途切れることなく吐き出されている下痢便は、当然便器の後ろの床にびちゃびちゃと叩きつけられていった。

「ち、千紗ちゃん、後ろ、こぼれてるから……反対向いて!!」
「え…………あ、あぁぁっ!?」
 うなりを上げる腹痛の中、苦しげに目を開けて後ろを確認した千紗ちゃんは、その痕跡に衝撃を受けていた。O字型の便器の最前部、そしてその下の床に、黄土色の液体が飛び散りまくっている。高い所から注ぎ落とされた分、便器や地面に達した時に飛沫が飛び散って、さっきのおもらしより量は少なくてもはるかに凄まじい汚れ方になってしまっていた。

「ち、千紗、どうしたら…………」
「おしり、向こうに向けて!!」
「は、はい…………うぅぅっ!!」
  ブジュブジュビシャァァァーーーーーーーーッ!!
  ビュルルルルルーーーーーーーーービチャビチャビチャベチャベチャベチャベチャッ!!
 千紗ちゃんが小刻みに足を動かして体の向きを変えようとする間にも、下痢便が容赦なくおしりから飛び出していく。あっという間に、便器の周りに黄土色の扇形が描かれた。


「うんっ…………!!」
  ビチビチビチビチブピィーーーーーーーーーーッ!!
  ブビビビビビブビブビッブビィーーーーービチャビチャビチャビチャッ!!
  ビーーーーーーーーッ!! ブビビビッビビビビビビブチャブチャブビィィィーーーーーーッ!!

 向きを変えた千紗ちゃんのおしりの穴から、ものすごい勢いで下痢便が便器の中へ注ぎ込まれていく。一段高い洋式便器の上にしゃがみこんだ千紗ちゃんの下半身を隠すものは、まだ肌に貼り付いているどろどろの下痢便だけしかない。痛々しく盛り上がったおしりの穴から、ホースをつぶしたような勢いで黄土色の水が便器の中に降り注いでいる。便器の中だけではなく、便座の後ろ側や蓋の下端にも飛沫が飛び散っているが、もうそんなことを気にする気力は千紗ちゃんには残っていないんだろう。

  グギュルルルルゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロッ!!
「ん、っ…………く!!」
  ビュルルルルルブピーーーーーーッ!! ブジュビチチチチチッ!!
  ビシャビシャブビィーーーーッ!! ブボビジュルルルルビジャァァァーーーーッ!!
  ブビッブビッブビィーーーーーーッ!! ドポポポポポポブジュブジュビチチチチチチチッ!!

 千紗ちゃんは、残った気力の全てを使って、おなかの中にまだ大量に残っている下りきった汚物を吐き出そうとしている。でも、まだ激しく音を立てているおなかは、力を入れるたびにひどい痛みを生み出しているんだろう。千紗ちゃんの青ざめた顔に、じっとりと汗の滴が浮かんでいる。
 便意を我慢するのにあれだけ苦労したのに、おもらしをして、トイレでの排泄を始めてもまだ腹痛に苦しまなければいけないなんて……。

  ギュルルルグギュルーーーーーーーグルルルルルルゴロロロロロロロッ!!
「あ…………あぁぁ……うぅ…………んっ!!」
  ブピピブピィーーーーーーブジュボボボボボボッ!!
  ビチビチブゥゥッ!! ブピッブリリリビシャビシャァァァァッ!!
  ブピピピピブジュブジュブボッ!! ビィィーーーーーーーーーブビブビブビブブブッ!!
  ブピピピブリリリリリブジュビチビチビチブゥーーーーーーッ!! ベチャベチャベチャドボボボボボボッ!!
  ビチビチビチビチブピブピブピーーーーーーーーーーーッ!! ビチャビチャビチャビチャブビビビブビブビビビビビブビビビーーーーーーーッ!!


 千紗ちゃんの下痢便は便器の中を一面黄土色に染め上げただけでは飽き足らず、便座の上にも同じ色の飛沫を飛び散らせ、靴と靴下を脱いだ足をもその色で汚していった。

 汚く苦しげな排泄が延々と続く。
 俺は、その光景から目をそむけることができなかった。



「………………ぐす…………ひくっ…………」
 千紗ちゃんのおしりからの噴射が止まり、ぴちゃぴちゃと下痢便のしずくが垂れるだけになるまで、5分以上。
 千紗ちゃんはずっと下痢便を排泄し続けた。
「………………」
「お兄さん…………」
「うん……」
「あの…………もう……出ないです…………」
 行列の中でのおもらし。トイレの入口での大量おもらし。おしりを拭く途中での水便おもらし。便器の上に上がっての後ろ向きの噴射。向きを変える途中での掃射。そして、便器の中にこれでもかと注ぎ込まれた液状便の海。
 千紗ちゃんの小さな体から、これほどの量の下痢便が出てきたということがすでに信じられない。まだ出る、と言われたらめまいがしていたことだろう。

「……じゃあ、拭くから……降りてくれるかな」
「…………はい……です…………」
 さっきのやり直し。
 もう黄土色でない部分が少なくなってしまった床の安全地帯。そこに立った千紗ちゃんのおしりを拭く。

「んっ…………」
 おしりの穴は予想以上に赤く腫れあがっていた。
 無理もない、これだけのものをここから吐き出したんだから……。
 トイレットペーパーを水でぬらしたりして、できるだけ刺激しないように拭いてあげる。


「…………ふぅ……」
 おしりの穴とその周りの汚れを一通り拭き終えた俺は、千紗ちゃんの正面に回った。
 救いようのないほど下痢便で汚れている秘密の部分を、これから綺麗にしないといけない。

 そのかすかな丘のふくらみに、そっと手を伸ばし…………触れる。

  びくんっ!!
「……!?」
 も、もしかして…………また、おなかが?
 …………。
 それなら、それでいいさ。
 何度でも、綺麗にしてあげるから。

「いくよ、千紗ちゃん」
「お、お兄さん、後ろ……!!」
 後ろ……?
 しまった、拭き残しがあったのか……?
 仕方ない、前はちょっとおいといて、もう一度おしりの方を……。

「お、お兄さん……!!」
「……!?」
 千紗ちゃんの顔が真っ赤だ……さっきまで、下痢の出し過ぎで顔色が悪かったはずなのに……。

「あ、あの……」
「え……」
 千紗ちゃんが、まだ痛んでいるはずのおなかから手を離して……俺の後ろを指差した。


「かーずーきーっ……!!」
「げ」
 いつの間にか、このトイレのドアが開いて……入口に立っているのは瑞希。

「な……なん、で、ドア……が……!?」
「それはですね和樹さん、このトイレは体の不自由な人も使うので、何かあったら外から開けられるようになっているんですよ」
 そうだったのか……で、でも何で?
「……着替え用意してあげて、ずーっと待ってたのに出てこないから何かあったんじゃないかと思って、心配して開けてみたら…………あんた、千紗ちゃんに何してんのっ!?」

「え」
 何をしてるって。
 千紗ちゃんのおもらしの汚れを拭くために。
 千紗ちゃんの一番大事な部分に紙を持った俺の手を…………っ!?

「千紗ちゃんの純真さにつけこんで、こんな変態なことをーーっ!!」
「ち、ちがーーーーうっ!!」
 俺は純粋に千紗ちゃんの助けになればと思って……!!

「なんですぐ掃除してあげないのよ!!」
「そ、それは千紗ちゃんが苦しそうだったから……」
 あの状態の千紗ちゃんを放っておいて床の掃除などできる雰囲気ではなかった。便器にしゃがんでいる時でさえも、いつ倒れてもおかしくなかったのだから。

「あの、お、お兄さん……」
 千紗ちゃん、頼む、千紗ちゃんからも一言説明してやってくれ……!!


「千紗…………またおなかが…………」

「え…………」

  ゴロゴロゴロ…………ギュルルルルルゥゥゥーーーーッ……!!
「ちょ、ちょっと……うそでしょ?」
 確かにこの光景を見たらそう思うのかもしれないな……。

「ご、ごめんなさい、千紗、もう…………」
 でも、千紗ちゃんは本当に、また……。
「は、早く、ドア閉めてっ!!」

「う、うん……えい!!」
  ウィーーーー……。
 瑞希が慌てて閉めるボタンを押したものの、自動ドアは一瞬では閉じてくれない。嫌がらせのようにゆっくりと動いていく。

「ち、千紗、もう…………もうダメですっ!!」

  ビチビチビチビチビチビチブピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
  ブビュルルルルルルビュルルルルルビチャビチャビチャビチャブバーーーーーーーッ!
  ビチビチブシャァァァーーーーーーーービチャビチャビチャッ!! ビィーーーーーーーーーーッ!!
  ブビュルルルルルルブビビィーーーーーーーーーーブビブビブビビチビチビチビィーーーービチビチビチビチビチビチーーーーーーッ!!

 ドアが閉じ終わるまで我慢できず……。
 千紗ちゃんは今日……4度目のおもらしをした。



 結局、千紗ちゃんのおなかが落ち着いて、俺と瑞希、南さんの3人がかりで床を綺麗にし終わったのは、それから30分以上後だった。

『ただいまを持ちまして、こみっくパーティーを終了いたします』
「ぱちぱちぱち……」
 外から鳴る拍手の音にあわせて南さんがつぶやく
「すみません、南さんまでつきあわせてしまって……」
「いいんですよ、困っている参加者を助けるのがスタッフの役目ですから」

「ぐすっ……ごめんなさい、千紗、もうこみパに来られないです……」
「そんなこと言わないで、ね」
「でも、千紗……お兄さんだけじゃなくて、みんなの前で……おもらし…………」
「大丈夫だって。みんな、きっとわかってくれるから」
「でも…………」

「…………いい? 開けるよ?」
「………………」
  ウィイイ…………。

「え…………!?」
 ドアを開けた外に、たくさんの人が立っていた。
 見覚えのある人も何人かいる。千紗ちゃんがおもらしをしたとき、周りに並んでいた人たちだ。

「ごめんなさい、ひどいことを言ってしまって」
「迷惑をかけないようにって、我慢してたのよね」
「私もおもらししそうになったことがあるの。気持ちわかるわ」
「騒ぎ立ててごめんな」
「もう来ないなんて言わないでくれよ」
 こいつら…………。
 あの時はパニック状態だったけど、本当はいいやつらだったんだな……。

「め、迷惑かけて悪かったわね」
 ……大庭詠美!?
「おもらししちゃったの、うちの列が突進したせいなんでしょ? ちょお売れっ子の詠美ちゃん様以外の列では、こんなこと起こんないもんね」
「詠美……」
 微妙に自慢しに来ただけのような気もするが、表情には千紗ちゃんへの同情が現れている。こいつは言葉では反対のことを言っても、顔で嘘をつける奴じゃない。

「千紗ちぃ、大丈夫か?」
 由宇……? 詠美のケンカ友達とはいえ、どうしてここに……。
「災難やったなぁ。けど、こんなことでへこたれたらあかんで。こみパを極めよう言う女は、誰でも一度は通る道や。なあ、瑞希っちゃん?」
「な、なんであたしに振るのよっ!!」
「瑞希っちゃんもあるんちゃうか……トイレが大混雑で個室の前で力尽きて……なんてこと」
「そ、そそそそんなことあるわけないでしょっ!!」
 なに恥ずかしがってんだ、瑞希のやつ……。


「…………あ、あの、千紗…………」
「…………」
 俺は黙って、千紗ちゃんの頭をなでた。

「ご、ごめんなさい、千紗、千紗ぁ…………」
「いいんだよ。千紗ちゃんのせいじゃないって、みんなわかってくれたんだ。だからもう、泣かなくてもいいんだ……」
 そう。
 もう、何も心配はない。
 千紗ちゃんはこれからも、こみパに来ることができる。
 みんなも、それを受け入れてくれるんだ。
 だから泣くことはないんだよ、千紗ちゃん……。

「ち、違うんです、千紗…………その…………」
「…………??」
 千紗ちゃんの顔が…………赤い。
 これって…………もしかして…………まさか…………!?

「千紗………………また………………」
 千紗ちゃんの両足の内側…………。はき替えたスカートの内側に…………見慣れた黄土色の水流が……。
 そして、嗅ぎなれてしまったにおいが、かすかに…………。

「………………」
 今なら、俺と千紗ちゃん以外は誰も気付いていない。
 こ、こうなったら……!!

「こっちだ、千紗ちゃん!!」
「にゃ、にゃあああっ!!」

 走るしかないっ!!

「あっ!!」
「どうしたんだ?」
「きっと駆け落ちよ!!」

「あらあらまあまあ……」
「ふふん。これが本当の……」
「クサい仲なんてベタなオチはなしやで」
「…………ふみゅ〜〜〜ん」
「まあ、大バカ詠美にしたらよう考えた方やけどな」
「待ちなさい和樹!! あ、あたしはおもらしなんてしてないんですからねっ!!」

「にゃあ…………お兄さん……!!」
「…………もうちょっとだけ……がんばれ、千紗ちゃん!!」
「にゃああああああーーーーーーっ!!」


 千紗ちゃんと二人でいればどんなことでも楽しい。
 そのことに初めて気付いた一日だった。


 そんな幸せな日々は間もなく崩れ、俺と千紗ちゃんは傾いた印刷所の建て直しに奔走することになる。
 由宇や詠美といった同人仲間の力も借りて、ついにはその試みは成功するのだが…………。
 「"あの"つかもと印刷」という知名度がその成功の一因だったことは、千紗ちゃんには申し訳ないが否定できないのだった。



あとがき

 コミケに行けなくて発散できなかった妄想力をこみパで思い切りぶつけることにしました。ほぼ1週間で書き上げています。
 こみパはDCEをやってから2年くらい何もいじってないのですが、さすがに千紗ちゃんは目をつぶってても描けますね。いつもセーラー服の絵ばかり見ていたのでキュロットverの詳細だけは資料を参照しましたが。

 で、そのキュロットですが、もしかすると下痢おもらしにおいて最強の下半身衣装ではないでしょうか。立った瞬間に水便が流れ落ちてしまうところから脱ぐ大変さまでこれはすごい汚れ方だなと思いながら書いていました。当初はひかりの普段着もキュロットの予定だったんですが、そんなことしたら大変でしたね。

 前回ゆみちゃんのぴーぴーだいありーで一人称をだいぶ極めたので、今回は二人称でがんばってみました。千紗ちゃんのキュロットやパンツを脱がすあたりを楽しんでいただければと思います。和式座りでの下痢排泄といいサービス満点ですね。

 いつの間にか他のキャラにもおもらし体験をつけてしまったので、いつか書いてみようかなと思っております。こみパはやっぱり好きな作品なので、これからも書いていきたいですね。


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