つぼみたちの輝き Story.13

「Another Eye」



 けやき野市立桜ヶ丘中学校。

 校名に背負う桜ヶ丘は、その名の通り桜の木々が並び、春には一面に色づいた姿を見せる、けやき野市のささやかな名所である。
 中でも有名なのが桜ヶ丘の中腹に、その三方を囲むように建つ公立学校、桜ヶ丘小学校、中学校、高等学校それぞれの象徴でもある古木。
 小学校には小振りながら最も鮮やかな花をつける『雛桜』。
 中学校には空を一杯に覆うばかりの、数多くの花びらを散らす『姫桜』。
 高校には枝を一杯に広げた姿で、真っ白に近い澄んだ色の花をまとう『宮桜』。

 春には、それぞれの卒業式に合わせるかのように満開の花をつける桜に見送られ、少年少女たちは新たな舞台へと旅立っていくことになる。

 そして今は夏。
 姫桜はまだ新たな花をつける兆しもなく、眼下に繰り返される桜ヶ丘中学校の日常を見守っている――。


「はぁ……はぁ……っ!!」
 朝の澄み渡った空気の中。
 制服のセーラーカラーをなびかせ、本校舎の廊下を駆けていく小柄な少女の姿があった。

 別に珍しい光景ではない。
 桜ヶ丘中学校では、教師が朝のホームルームで教室に入ってきた瞬間が遅刻のボーダーラインであり、鳴り響くチャイムの中、教室に駆け込もうとする生徒のロスタイムの攻防戦は、毎朝の恒例行事でもある。

 だが、始業のチャイムにまだ20分近くを残したこの時間帯に、遅刻寸前の生徒たちよりもはるかに切迫した表情で、さらに教室以外の場所を目指して走る女子生徒の姿は、さすがに毎日お目にかかれるものではない。


「ふぅ……んうぅっ……!!」
 苦しみに唇をかみ締めながらたどり着いた場所――本校舎1階の女子トイレ。
 そこが、彼女の目的地だった。

 学校の名前と同じ淡い色のタイルの上、左右に並んだ白木の扉。いずれも閉じられた様子はなく、その内側の空間を彼女のために開放している。
  キュル……キュルルルルルッ……。
 その空間の中に響く音。
 発生源はもちろん、今入ってきた1年生の少女。その小さなおなかが、焼けつくような激しいうねりを生み出す、聞くだけでも苦しげな音であった。

(も、もう少し……もう少しだけ……)
 自分の身体に向けて祈る。
 彼女は、始業ベルよりもさらに重大な自分だけのタイムリミット……便意と戦っていたのだった。
 学校が丘の上に見えた瞬間にもよおし始めた便意。学校につく頃には腹痛を伴う強烈なものに変わっていた。消化器官の弱い彼女には日常ともいえる、急性の下痢の症状である。
 教室に鞄を置く余裕すらなく、昇降口からそのまま廊下の突き当たりにあるトイレに直行。一面に開いた個室の並びに安堵感を覚える余裕すらなく、一番近い左側の個室へと駆け込んだのだった。

「あ……っ…………ん…ーーっ!!」
 扉を閉める、鍵を閉める、鞄を置く、スカートの中に手を入れる、下着を下ろす、便器にしゃがむ……。
 身体が覚えてしまっている一連の動作を、その落ち着いた印象からは想像できないほどのよどみない早さで行い――わずか一瞬だけ、静止と静寂が個室の中を支配したあと。

  ブビビビビビブビブビビビッ!!

 文字通り空気を引き裂く強烈な噴射音が、彼女の真っ白なお尻の中央、小さな窄まりから吐き出された。
 腸内ガスと未消化物と液状便が交じり合った強烈なにおいの汚物が、飛沫を撒き散らしながら和式便器の中に注ぎ込まれていく。

「うぅ……ぁっ……はぁっ……」
 痛むおなかをさすりながらも、排出のためにそのおなかに力を加える。
 早く出してしまいたい、でも腹痛が激しくて出し切れない……そんなジレンマを抱えながら、彼女は苦渋の排泄を続ける。
「んくっ………」
  ビチチチッ……ブリュビブッ……ブビュルッ!!
  ブビビチビチビチッ!! ジュルビィッ!!
  ビチ……ブリリリリリリリッ……!!


「…………はぁ……っ……」
 便器の中に茶色の海。
 その中に落とされた真っ白な……もとい、汚れきったおしりの穴を拭いた部分以外は真っ白な紙が、一瞬にして茶色の液体に染め上げられる。これを見るだけでも、彼女のおなかの具合の悪さを察することができようというものだ。
 そして個室内を埋め尽くし、その外にまであふれだす強烈な異臭。
 下痢便の海から立ち上るその臭気は、発生源の排泄物が未消化なわりには鼻の奥を突く酸味は弱く、大便特有の鼻の曲がるような臭気を十分に含んでいた。もっとも、いずれにせよ「悪臭」という言葉でしか表現できないのではあるが……。

  ジャアアアアアアアア……。
「ふぅ……」
 便器を埋め尽くした汚物の海を清浄な水で流し、空気中に舞い上がった悪臭の微粒子のみを残して彼女の排泄は終わった。
 今日はたまたま登校と同時ではあったが、彼女の日常生活、学校生活はトイレと切り離すことができない。授業中、給食中、昼休み中、部活動中、登下校中……時と場所を選ばず襲い掛かってくる流動性を極めた便意。その苦しみから唯一解放される場所がトイレである。
 ……いや、トイレでない場所でその苦しみを解き放ってしまうことも決して少なくはないのだが……その場合、排泄の後にやってくるのは爽快感ではなく下着を埋め尽くす汚物の嫌悪感と、おもらしという行為の恥ずかしさである。
 とにかく、今はその最悪の事態には至らずに済んだ。
 これで、おもらしの心配からは解放される――次に便意をもよおすその時までは。


 そんな始業前のハプニングこそあったが、今日も桜ヶ丘中学校は平和である。

「おはよー」
「おはよーっ」
 校舎内に響き渡る元気な声の余韻を残して、始まるホームルーム、そして学業の時間。

 1時間目。
 2時間目。
 試験前とあって、ほんの少しだけ張り詰めた雰囲気で授業は進んでいく。

 とはいえ休み時間になればその緊張も解け、友達との楽しいおしゃべりの時間となる。
 その舞台はそれぞれの教室であり、また――。

「ほら、早く出てこないと置いてっちゃうよ?」
「あーん、まってよー……」
 女子トイレの扉越しにさえ、楽しげな会話は行われる。

 朝早くにはがら空きだった個室も15分の休み時間には埋まり……中では、少女たちの排泄行為が行われている。そのほとんどはおしっこで、便器をたたく細い水流の音と局部を拭く紙の摩擦音、そして便器の水を流す音が次々と響いていく。

  プスゥ〜〜〜……。
 まるで小学生のように小さく可愛らしいおしり、その中心にある穴から乾いた空気の音が響く。
「ほらー、出ないんだったら早くっ!!」
「ちょっとまってよー……さっきまで出そうだったのに……」
 便意をもよおしてトイレに来たものの、並んでいる間にそれがおさまってしまったらしい。
 休み時間になるたびに満員になる女子トイレ。築十年を数えたこの本校舎には、各階、すなわち各学年ごとにトイレが1箇所ずつしかない。もちろん1箇所とはいえ、個室は多めに設置されているのだが、それでも7個。約180人いる1学年の1/10をもまかない切れない数、ましてや一人当たりの個室占有時間が長い女子ともなれば、トイレの混雑は必至であった。

 それゆえ、その数分の待ち時間すらも我慢できないほどの危機に陥った時……頼みの綱となるのが旧校舎のトイレであった。

「くっ………」
(ま、まだ……まだだめっ……)
 そして今日も……そんな危機に陥ってしまった少女がいる。

  ギュルッ、ゴロッ、グギュルルルルッ……!!
(ど、どうして……? どうしてこんな……試験前の大事な時にっ……)
 試験前の大事な授業……集中しなければならないのはわかっていたが、激しい腹痛とすさまじい便意がそれを許さず、ノートを取るのもままならぬ有様であった。しかも授業が少しではあるが伸び、教室が遠いこともあってトイレ争奪戦に出遅れた彼女は、旧校舎のトイレまで足を伸ばさねばならなかったのである。
 足を伸ばす、といってもぶらり散歩というのどかなものではない。授業時間を耐え抜き、限界も間近となった便意をこらえながらの必至の行軍である。旧校舎1階のトイレに駆け込んだ時にはもう、息も絶え絶えという状況だった。
 個室の前……片手でおなかを押さえ、もう片方の手で震えながらドアを開ける。

「あっ……」
(いけない、こっちの個室は確か……)
 以前同じような状況でこのトイレに駆け込んだ時、手前側の個室に入ったはいいが水が流れなくて途方に暮れた経験がある。
 旧校舎のトイレを使うなら奥側……彼女が身をもって体験した教訓だった。

  ギュルゴロロロロロロロロロッ!!
「ひ……っ!!」
 一歩後ろに下がった瞬間、その本能への裏切り行為を咎めるかのように、彼女のおなかがものすごい音を立てる。もちろん音だけではなく、駆け下った便意が決壊寸前のおしりの穴にさらに強烈な圧力を加えてもいた。

(だめ……あと少し、少しだけでいいからっ……)
 おしりを押さえる。おしりの穴をスカートの上から圧迫し、今にもあふれそうな便意を食い止める。
 そのまま前かがみになって隣の個室へ。短髪に凛々しい眼差し、そして硬さを感じさせる眼鏡という外見のイメージからかけ離れた、あまりにも弱々しい少女の姿がそこにあった。

「んぁ………はぁぁぁぁぁ……っ!!」
  ブビブビビビビブボブビビチチチブジュッ!!

 便器にしゃがみショーツを下ろすなり、待ち構えていたかのように液状の汚物が噴出した。

「はぁ……はぁ……っ、くぅっ!!」
  ブピュルーーーッ!! ブジュジュジュジュッ!!
  ジュルブビビビビビブボッ!! ビチブリュリュリューーッ!!
 文字通り息もつかせぬ下痢便の噴出。
 固形物の消化こそかろうじて済んでいるものの、水分はほとんど吸収されていない茶色に濁った液状汚物が、気泡となって弾ける腸内ガスと一緒に便器に叩きつけられていく。
 そのにおいや音は、発生源である彼女自身はもちろん、個室の隙間を通って壁の向こうにまで届いている。行列の待ち時間とは別にして、この下痢便を同級生たちの集まる本校舎のトイレで吐き出すことは、恥ずかしさという点からもできるものではなかっただろう。

(も、もうすぐ期末試験なのに……このままじゃ……)
「んう、……ん、くぅっ!!」
  ブビシャーーーーーーーーッ!! プジュブププププッ!!
 下痢便、そして高らかなおならの音。
 彼女にとってはこれまでに経験したことのないひどい下痢だった。
 いや、今も……排泄を始めた瞬間より、吐き出されるものはさらに水気を増している。現在進行形でこの下痢は悪化しつつあるのだった。

(もし試験中にしたくなってしまったら……)
  グギュルルルルルッ!!
 胸の中によぎった不安。それに呼応するかのように、下りきったおなかが再びうなりを上げる。
「うぅっ……」
  ブブッ……ビチャビチャビチャビチャッ!!
  ブジュルッ!! ビビビビビビブビィィィィィーーーーッ!!
 さすがに当初ほどの勢いはないものの、ガスを多量に含んだ茶色の汚水が幾度となく弾け飛ぶ。
(ううん、このままの調子じゃ絶対試験中に……)
 渦巻く不安はさらなる不安を呼び、彼女の思考はどんどん自分を追い詰める方へ向かっていく。

  キーンコーンカーンコーン………
「え……っ!?」
 3時間目開始のチャイム。
 トイレに来るのが遅れた上に、なかなか下痢便を出しきらない渋り腹と格闘していては、通常の5分休みより長い休み時間といえどあっという間に過ぎ去ってしまう。

「ちょ、ちょっと待って、まだ……」
  ビチュッ……ブリブビビッ……。
 まだ、彼女のおしりからは茶色の汚物が流れつづけていた。

 だが、もちろん時間は待ってくれない。
 ……桜ヶ丘中きっての優等生である彼女が授業に遅刻したのは、これが初めてだった。


 次の長い休み時間は、給食後の昼休み。
 40分間の自由時間ということで、教室にとどまらず、校庭で身体を動かしたり、図書室で読書をしたりと、各生徒ともそれぞれ時間の使い方に余念がない。中には試験前とあって寸暇を惜しんで勉強する者もいるが、大半の生徒はプレッシャーの中のわずかな休息を楽しんでいた。

 ただ、昼食後ということは、それだけ腸の活動が活発になるということでもあり、便意をもよおす子も決して少なくない。ましてや、おなかの調子を崩す要因が他にあったりすればなおさらのことである。

「ご、ごめん……ボク、ちょっとトイレ行ってくるっ!!」
 クラスの友達と鬼ごっこをして校庭中を駆け回っていた活発な少女。
 急激な便意に襲われた彼女は、その恵まれた脚力を、今度はトイレに駆け込むために使わねばならなくなっていた。

「はぁっ、はぁっ…………」
 目指すは校庭の隅。
 体育倉庫の横に並んだ部室棟のちょうど中央に、校庭にたった1つのトイレがある。男子用小便器の反対側、4つ並んだ個室の奥から2つ目が掃除用具入れという変わった造りの共同便所である。
 元来野球部・サッカー部など男子の多い部の部室がある建物だけに、この共同トイレも普段は男子が小用に利用するのがほとんどである。
 とはいえ、耐え切れないほどの便意をもよおした少女にとっては、そんな落ち着かないトイレでも目指す安息の地となるのである。

「うん……っ!!」
  ブリュブリュブリュリュリュリュッ!!

 一番奥の個室に飛び込み、スカートをぺろんと捲り上げてスポーティなショーツを下ろし、おなかに力を入れる……。
 水を含ませた粘土のような軟便が勢いよくおしりから飛び出していくまでには、数秒の時間もかからなかった。

(だ、大丈夫……きっと良くなってるから……)
 決して正常ならぬおなかのゆるさに苦しんでいる彼女だが、数日前はさらにひどい状態だった。生理に伴う下痢で、ほとんど水状の液体便を何度も何度も排泄していた。月経の出血が止まったのが昨日の朝、トイレに駆け込んで下痢便を出し切った後のことだった。
 生理が始まってまだ1年にも満たない彼女だが、生理の前後1日までおなかが極度の不調をきたすことを経験則として覚えているのである。

「んっ……」
  ブリブリリリリリリリッ!! ブチュルッ!!
  ニュリニュルルルルルルッ!! ブビュブリュリュリュッ!!

 しかし健康な便に近づいているとはいえ、中途半端に水気を含んだ便は、異様に強い粘着力を持っている。そのため、肛門から排出される際にその皮膚にべっとりと名残を残し、新たな排出のたびにいびつな黒いつららのような垂れ下がりが彼女の肛門を覆うのである。


  プチュ……ッ……
「ふぅ……っ……」
 おなかの中のわだかまりを全て便器の中に吐き出し、やっと一息つくことができた。
 トイレットペーパーをくるくると勢いよく巻き取り、前方から股の間に差し込みおしりに当てる……。

  べちゃっ。
「ひゃっ!?」
 あまりにも可愛らしい悲鳴がトイレの中に響き渡る。
 無造作におしりの穴に当てたやわらかな紙は、そこにべっとりとへばりついていた軟便のかたまりを、おしりの後方にまで塗りたくってしまったのだった。

「うぇぇ……」
 情けない声。
 だが、そんな声を上げたからと言って誰も助けてはくれない。
 数秒の沈黙の後、個室内には再びおしりを拭う音が響き始めた……。


 食後の運動、ともなれば便意をもよおして当然の行為ではあるが、そうでなくてももよおしてしまう少女も少なくはない。
 一例をあげれば、冷房に当たっておなかを冷やしてしまうなど……。

「ふ……うぅ……っ……」
  ブシューーーーーッ……ジョボジョボジョボボボボッ!!

 和式便器にしゃがみこんだ少女の股間から、指先よりもさらに細い黄色の水流が便器に向かって流れ落ちていく。
 便器に叩きつけられるその音は濁りのない水音。

 だが、彼女が今いたしているのは小便ではない。
 おなかを冷やしたことによる下痢、水分を含み過ぎる便が完全に水状となり、肛門で抵抗も受けずに噴出していく、まるで小便のような大便なのである。
 この水流の濁り具合、そして立ち上る消化不良の刺激臭がその事実をありありと見せ付けている。

「うぅ……うん……っ………」
  ジュルビシャーーーッ……プピュルッ!!
  ビジューーーーーーッ!! ビシャビシャビシャッ!!

 断続的な流出は続く。
(は、早く……早く戻らないと……)
 旧校舎のトイレ……そのすぐ側にある図書室、その冷房でおなかが冷えたのが彼女の下痢の原因であった。
 図書委員の職務を果たすためにはすぐにでも戻らないといけないのだが、止まらない下痢がそれを許してくれない。

 ピュピュッ! ブビチュッ! ビジュルーーーーーーーッ!!

「……うくっ……」
 冷え切ったおなかをさすりながら、彼女はひたすら苦痛と自らの生み出した悪臭に耐えつづけるのだった……。


 昼休みが終わる。
 昼食後の便意……と言ったが、消化器官の活動については個人差があり、その個人の中でも時間的なずれは毎回異なってくる。
 昼休みにトイレで大便をするのは、どこのトイレを使ってもいつ誰が入ってくるかわからないという意味で、少女たちにとっては避けたいものであることに変わりはない。
 だが、もし昼休みの後の授業中に便意をもよおしてしまったら……。

  ブプスッ!!
「――っ!?」
 トイレの前の廊下に、軽妙な破裂音が響いた。

(い、いけませんわ……もう少し、もう少しだけ……)
 発生源となったのは中学生離れした長身の少女。
 人間の身体から発せられるこの種の音と言えば原因は決まっている。
 おしりから放出されるガス……おならである。
 廊下という公共の場所での放屁……その恥ずかしさから逃れようと、彼女はおしりの穴を一層強く締め付け……。

 プスッ、プブブッ、ブプゥッ!!
「ひっ!!」
 さらに強烈な勢いで噴き出す高圧ガス。
 それだけではない。出す前、出す瞬間、出した後……ものすごく熱い感覚が継続しておしりの穴に浮かんでいる。
(も、漏らすわけには……)
 彼女はまさに、昼食後の消化活動で便意をもよおし、5時間目の授業をやっとの思いで乗り切り、トイレに駆け込もうとしている最中なのであった。
 すなわち、このおならもたまたま出てしまったものではなく、排便の前兆としてのそれなのである。

「はぁ……っ……」
 ついに個室内までたどり着く。
 だが……もし彼女が最寄りのトイレに駆け込んでいたなら、このような苦しみを味わう必要はなかっただろう。
 はるばる3階の教室から1階までやってきた理由……それは、彼女が使うことのできるトイレがここにしかないからであった。

 桜ヶ丘中学のトイレは基本的に全て和式である。
 ただ、校内に1箇所、本校舎1階隅の職員便所にだけは、1個だけ洋式の個室が用意されている。
 来客用に作られたこのトイレは、本来なら生徒が使用することは禁止されているのだが……特別な事情を抱えた彼女は、養護教諭からその使用許可を受けているのだ。

「くぅっ……」
 今にも破裂しそうなおしりの穴を気遣いながらストッキングとショーツを下ろし、便座に腰を下ろす……。

  ブビブブブブブブッ!!
  ブッ! ブブブッ!! ブビブプブビビビブブブブッ!!

 濁った空気の音。
 大便そのものの排出はまだ始まっていないにもかかわらず、個室の中は甘くて苦い便臭で一杯になっていた。

「く………っ………」
  ブボビチャッ!!

 初弾。
 柔らかめとはいえしっかり形を保った便塊が、肛門から発射……そう、発射される。
 エアガンもかくやという勢いで発射される、その数倍もある質量の物体。
 当然便器内の水面を直撃し、まだ透明な水を跳ね上げる。

  ブジュブボボボッ!! ブピブチャッ!!

 水気を含んだ便が便器の底に沈み、透明だった水が徐々に濁っていく。
 その水をさらに跳ね上げる第2射、第3射。

「はあぁ…………ぁぁっ!!」
  ブボブボボボッ!! ブジュビチュッ!!
  ブビブビブビブビビビビィィーッ!!

 爆音とともに連射される軟便の弾丸。
 その勢いはまるで機関銃……ただ、その照準は一定しない。
 収縮する肛門によって様々な方向に飛び散った軟便は、あっという間に便器の底面を真っ黒に塗りつぶした。
 これが和式便器だったら便器内外はすさまじい惨状になっていることだろう。
 彼女は洋式便器が使える幸せを噛み締め…………。

「くふっ!!」
  ブボボボボボボボ!!

「うぅ……くぅぅっ……」
 ……噛み締めることすらできず、ひたすら壮絶な排泄を続けるのであった。


 彼女が我慢の苦しみを強いられたのは、授業中にもよおして我慢を続け、なおかつ遠くのトイレへ向かったがためのものである。
 だが……桜ヶ丘中学校の女子の中には、もよおし始めてすぐ、一番近くのトイレに駆け込もうとしてさえ、限界との戦いを強いられる少女もいるのだ。

(だ、だめ……今度はもうっ……)
 長い髪をなびかせてトイレに駆け込もうとする少女。
 片手はスカートが翻らないよう、ふとももの付け根に添えられている。

 用事があって職員室に顔を出そうとした瞬間に便意を感じ、慌てて最寄りのトイレ……1階にある1年生用のトイレに駆け込んだのである。
 本来、上履きの学年色からわかるように3年生である彼女が使うべき場所ではないが……彼女にとっては緊急事態なのだから仕方がない。

 廊下からトイレに駆け込む。そして手近な個室へ……。
「えっ……」

 使用中。
 スライド式の鍵が使用中の赤色を示している。
 慌ててその脇の個室へ踏み出す。
 今はもう、わずか一歩の時間ですら惜しい。

「うぅっ……」
 必死に閉めているはずのおしりの穴は、あふれ出ようとする内容物に対してあまりに無力だった。少しずつではあるが、その穴が広がっていく感触を覚え始めている。

(は、早く……)
 ドアの隙間から個室内に身体を滑らせ、ドアを閉める。
 鍵をかける。
 便器にしゃがみこむ。
 下着を下ろす――必要はなかった。

「っ!!」
  ブリュリュリュリュッ!!

 排泄。
 広がった肛門から、さほど太くないやわらかめの茶色い物体があふれ出てくる。
 彼女の我慢が限界に達し、大便が勝手に漏れ出してしまったのだ。

 繰り返すが、彼女は個室に入った後、衣服を何一つ脱ぎ着していない。
 当然、勝手にあふれてしまった大便は、彼女のおしりを覆う下着によってせき止められ、その中で無残なおもらしの惨状をさらすはずであった。

 が……。

  ボトビチャビチャッ!!

 彼女が排泄した便は……何の抵抗も受けずに便器に落下した。
 もちろん、下着を透過するなどの超能力を使ったわけではない……。
 ただ単に、彼女が下着を履いていなかっただけである。

「くっ……」
  ブビッ!! ブリブリブリッ!!
  ベチャブリリリッ!! ブチュッ!!

 おなかに力を入れて排泄を続ける。
 結果として、彼女はトイレに間に合ったことになる。
 このような間一髪の事態に備えて、あらかじめ下着を履かないでおくという用意をしておいた……そうであったならどれほど幸せだっただろう。

(私……2度もおもらしして……)

 自分を責める心の声。
 彼女が下着を身に着けていなかった理由は、もともと履いていた下着を、おもらしで汚してしまったため……。
 それだけではない。
 不本意ながらこんなこともあろうかと持ち歩いていた替えの下着……おもらしをして履き替えたその下着にまた大便を漏らし、いよいよ履く下着がなくなってしまったからであった。
 1度目は2時間目の後、2度目は給食の前。
 懸命にトイレに走ったのもむなしく、個室まであと一歩というところで下着の中にべっとりとした大便を放出してしまったのである。
 その2度のおもらしが……彼女の清楚な雰囲気に似つかわしくない「ノーパン」という状況を作り出していたのである。

「んっ……」
  ブリュブリュッ……ブチュッ!!
  ブニュルルルッ……ブッ!!

 おなかの中にはまだ残便感。
 思えば、先の2度のおもらしの際、後始末に時間を食われてゆっくり便を出し切る余裕がなかったことが、再度の便意……そしておもらしの引き金となったともいえる。この後も生徒会活動に部活動と、学校での時間は続く。同じ過ちを繰り返すわけにはいかなかった。

「ふぅ……んっ……」
 彼女は小さな個室の中で、悲壮な思いで数分間にわたって息みつづけた……。



 そして放課後が始まる。
 事実上の帰宅部の生徒を除いて、生徒たちが授業より楽しげに部活動に打ち込む時間。

 この時間、着替えを終えて部活動に向かう女子たちで、校庭と体育館横のトイレは再び混雑することになる。
 入れ替わり立ち代わり、個室の扉が開き、そして新たな少女が個室に入り……そして水音が響く。
 そんな中に一つだけ……扉の開かない個室があった。

  トタトタトタ……。
 近づいてくる足音。
 音の近づく速さからして、駆け足。

 一瞬、その音が途切れ……カサカサという擦れる音。
 この体育横館のトイレは、下履きでも上履きでも入れるよう、2段ほど高くなった段の上にある入り口にサンダルが備えられている。
 上履きだと履き替えない者も多いが、下履きの場合は必ず履き替えないといけない。

 また走る音が少し。大きくなる……止まった。
 バタン。
 勢いよく開かれたのは、一番手前の個室。

「やっ……んんっ……」
 かなり切羽詰っているのか、思わず声が漏れる。
 温かみとかすかな色気を備えた女の子の声。

  スルッ……
 かすかな衣擦れの音とともに降りてくる真っ白なおしり。

「んっ!!」
 わずかにいきんだ声が聞こえた次の瞬間……

  プシャァァァァァァァァァァァァッ!!

 女の子の股間から勢いよく放出される透明感のある水流。
 わずかに黄色に色づいたそれは、途切れることなく便器を叩き、中にたたえられていた水を少しずつその色に染めていく。
 一瞬遅れて立ち上ってくるアンモニア臭。

  シャァァァァァァァァァ……
  ピチャピチャピチャッ…………

 便器へ向かって流れ続ける黄金色の小水、そしてかすかに震える足首とおしり。
 尿道口から滑り出すおしっこの音、そして便器を叩く水の音。
 大人になりきっていない少女の甘い香りと、刺激的なアンモニアの匂い。
 これらすべてが協奏曲をなす、女の子の排泄シーン……。

  ショロロロ……ショロッ。
  ピチャッ……ピッ、ピチャッ…………。
「ふ……んっ……」

 かすかな余韻を残し、おしっこの放水が終息に向かう。

  カラカラカラ……。
 トイレットペーパーを巻き取る音。
 ちぎりとった紙が局部に当てられ、滴っていた水分が吸収されていく。

  ジャァァァァァァッ……。
 水洗のレバーを倒し、黄色く色づいた水を清浄な水が押し流していく。

 後始末が終わり、おしりが元通り紺色のブルマに覆われ、彼女は立ち上がる……。

(そろそろ……か)
 部活の開始時間。
 目の前の女子も、そのために急いで用を済ませたのだろう……。

 ………………。
 だが、彼女は動かなかった。

 ………………。
 しばしの沈黙が流れる。

「ん…………」
 動いた。
 ドアに手をかけるために一歩踏み出すのではない。
 便器をまたいだまま、一度上げたブルマをもう一度下ろし、再びしゃがみこむ……。

「んぅ……ふっ…………」
 今までのかすかに漏れた声とは違い、絞り出すような息遣い。

 その息遣いに対応して動きを見せたのは、綺麗にぬぐわれた尿道口ではない。
 おしりの穴だ。
 かすかなしわが見えるのみだったそこは、今まさに大きく広がろうとする前兆……かすかな盛り上がりを見せていた。

「ふっ………………」
 ぐっと足腰に力がこもる。
 それに伴い、おしりが便器の近くまで沈みこみ、かろうじて肛門が見えるくらいの高さまで近づいた。

  グググッ……。

 その肛門が広がっていく。
 一つ一つのしわとして縮まっていたやわらかい肉がぷっくりと、膨らんだドーナツのように綺麗な円形を描く。
 光を乱反射する粘膜に覆われた肛門、その中心にわずかにのぞく穴……。

「くぅ……………」

 だが、肛門をぱっくりと広げたまま、彼女の動きは止まっていた。
 ……いや、おそらくおなかには相当な圧力をかけ、腸の中の物質を送り出そうとしているのだろうが……その努力は実る気配をまだ見せていない。

「ふん………ん、んんっ……あっ……」

 彼女の排泄が動きを見せたのは、それから数十秒の後。

 もう十分に盛り上がり広がったと思われていた肛門が、さらにもう一段階の盛り上がりを見せる。
 その姿はまさに逆さを向いた噴火口。

 そして、その噴火口から……。
 茶色いものがのぞく。

 ゆるやかにとがった先端に浮かぶ繊維質。
 便の色としては黒ずんだ感じはなく、鮮やかな赤茶色の健康的な便である。

「ふっ……」
  ズズ……ニュニュッ……
 その便が少しずつ押し出されてくる。
 粘着質の便が肛門と擦れ、その便の外観とは裏腹に水気を含んだ音を立てる。

  ニュルルル………ッ
 だが……途中まで出たところで、便の排出速度が目に見えて落ちる。

  ニチ……………
「うぅ……」
 そしてついに……止まった。
 おしりから大便をぶら下げたまま……いや、下端はもう便器に達しているから、ぶら下げたというよりはくっつけたままという表現がふさわしいが……彼女は静止していた。

「うーん……っ……」
 息む。
 おなかに力を入れる。
 ……だが、便は動かない。

「………………っ!!」
 少しの沈黙のあと、彼女は力を入れた……おなかではなくおしりの穴に。

  ミチッ、ベチャァッ!!

 肛門の圧力で便がちぎられ、重力にしたがって便器の中に落ちる。
 出し始めた側を前方に、ちぎった側を後方にして便器の中を縦断する赤茶色の便塊。
 決して太くこそないが、その長さは相当なものだった。
 普通の女の子が出す便の量としては多い部類に入るだろう。

「ん……」
 またしばしの静寂。
 
 カラカラと紙が巻き取られ、再びの後始末が始まる。
 まだ膨れ上がったままのおしりの穴に紙を押し当て、その汚れを取る。

 最後にブルマを履こうとする瞬間……その内側にある白のショーツに、かすかに茶色いものが見えた。
 明らかに大便の色だ。
 それも決してかすかな色付きではない。離れて見てもはっきり判別できるほど。

 よほどの下痢で少しもれ出してしまったというならともかく、これほどの汚れとは……。
 排泄のあとも肛門がしばらく盛り上がっていた彼女だけに、その内側に残った汚れが下着にその跡を残してしまっているのかもしれない。

(…………あ、は、早く行かないとっ!!)

 部活の開始時間はもう過ぎているかもしれない。

「は、早くしないと……」

 隣の個室からも声が聞こえる。
 個室を出た瞬間に鉢合わせは避けないと……。

 そう思って、彼は急いで個室を飛び出したのだった――。


(僕は……何をやってるんだっ……)

 校庭に向かう。
 野球部員たちはもう集まって、練習を始めているかもしれない。

(見られたってわかったら女の子も傷つくし……それに、見つかったら僕だってただじゃすまない……それはわかってるのに……)

 生徒会役員をも務める彼は、自らの行為の罪の重さをはっきりと自覚していた。
 軽犯罪法違反……そんな法律名を述べるまでもなく、トイレをのぞく……女子の排泄する姿をのぞき見るなどという行為が許されるはずはない。

(でも……)

 彼にはその行為を止めることができなかった。
 やめようと頭では思っているのに、いつも何かにとりつかれたように、トイレの個室で女子の排泄の音に耳を傾け、かすかな隙間から排泄時の下半身をのぞき見ているのだ。

 ……いや、文字通りとりつかれているのかもしれない。
(あの時の……あの子をもう一度、見ることができたら……)

 彼が初めて見た女の子の排泄シーン。
 それは、あまりにも壮絶なものだった。

 放課後すぐ、旧校舎のトイレで彼が個室に入っていた時、壁越しにものすごい破裂音が響いたのだった。
 それだけではない。彼の視界の端には、個室の隙間から飛び込んできた茶色のしずく。

 何事かと思って、いけないと思いつつもその隙間に目を凝らしてしまった……それがすべての始まりだった。
 仕切り壁の向こう……女子トイレの個室には、とんでもない惨状が広がっていた。

 おそらくは限界まで我慢していて、しゃがむ前に便が出始めてしまったのであろう。便器の後方、側方に、ぐちゃぐちゃの軟便が撒き散らされていた。飛び込んできた茶色のしずくは、その軟便が落ちるときに跳ねてきたものだろう。
 そして……便器にまたがった少女は、スカートを前にまとめて小ぶりなおしりをあらわにし……その小さなおしりから、大量の軟便を吐き出しつづけていた。
 吐き出された軟便は便器の中で山をなし、しかもその高さをどんどんと増していく。その間も、彼女の排泄は止まることがない。驚くほどの勢いで、とんでもない量の、すさまじいにおいを放つ軟便を、一秒も止まることなく吐き出しつづけていた……。
 やがてその軟便の山は彼女のおしりの高さまで達し……彼女はそれに驚いて腰を上げ、排泄を一瞬止めたが……その場所を避けて一歩前に出ると、再び同じ勢いでの噴射が始まった。
 結局彼女は、便器の外に半液体の便を撒き散らしただけならず、二つの軟便の山で便器の中を一杯にしてしまったのである。しかも水が流れなかったため、便器の中の汚物の山をそのままにして個室を後にしなければならなかったのである。

 あまりにも衝撃的であったために、彼は少女が去ったあともその排泄の痕跡に見入っていた。衝撃的な光景ではあったが、その汚さと悪臭にもかかわらず、彼はその光景に嫌悪感を抱かなかった。それどころか、不思議な気持ちよさすら感じていた。小さな女の子の身体から、こんなにすさまじいものが出てくるとは……そのギャップに感動すら覚えていたのだった。
 ただ、逃げ出すように個室を飛び出した女子を追いかけることもできず、結局あの大量の便を排泄したのが誰か知ることはできなかった。それ以降、あの時の衝撃を求めて、何度も女の子の排泄シーンをのぞいてしまったが、あの女の子の排泄には出会うことはできなかった。もちろんトイレの隙間からのぞくだけで顔も見えないが、あの子の排泄シーンに出会えば確実にわかるはずだった。もっとも、あの事件は今年の1月のことだったから、その子は3年生ですでに卒業しているという可能性もあるのだが……。
 それでも、もしあの子の排泄をもう一度見ることができたら……その思いだけが、彼を突き動かしているのだった。

(……でも、僕は……)

「藤倉っ!!」
「は、はいっ!!」
 突然名前を呼ばれて縮こまった彼こそ……桜ヶ丘中学校随一の秀才であり、生徒会役員として生徒の模範を示すべき存在であり……それとは正反対の欲求に悩む少年、藤倉学であった。
「お、遅れてすみませんっ!!」
「言い訳はいいから。準備運動の後、すぐ受ける準備をしておいてくれ。この前言ってた球を試すぞ」
「え……は、はいっ!!」

(そうだ、今はとにかく、野球に打ち込むんだ。そうすれば……)

 それは免罪符を求めての行為なのかもしれない。
 せめて、自らの負の部分を打ち消すだけ役に立てるようになりたい……皮肉にもそんな思いから、彼はのぞきを始めて以降、野球に真剣に打ち込むようになっていた。もともとのスタートラインが凡人以下の運動神経であった以上、即戦力とまでは行かないが……当たり前の守備やバントができるレベルには到達していた。

 その努力は間違いなく実を結びつつあった。
 期末試験3日前とあって、明日から全部活動が一斉に休みになる。
 野球部ではその前にミーティングとして、夏の中学野球大会けやき野地区大会のメンバーが発表されていた。とはいえ弱小の桜ヶ丘中野球部、ベンチからあふれるほどの人数はいない。レギュラーであるかどうかだけが問題である。
「1番センター、成川!」
「はい!」
 監督の声、続いて返事をする部員の声。
 ………。
「4番ピッチャー、早坂!」
 チームの中心である早坂隆の名が告げられる。
 ………。
「9番キャッチャー、藤倉!」

「え……?」
(僕が……レギュラー!?)

 驚きであった。3年生にもキャッチャーはいるし、当然その先輩が務めるものだと思っていたからだ。
 一種の賭けであった。強豪・高峰中に勝つためには彼の頭脳的なリードは欠かせない。そのために、打撃の未熟さなどには目をつぶって、1回戦から実戦経験を積ませようというプランである。

(が、頑張らなきゃ……)
 これで結果を残せば、先輩の期待に応え、そして……。

(澄沢さんに振り向いてもらえるかもしれない……)
 もともと勉強一筋だった学が野球部に入ったのは、彼女の笑顔のまぶしさが大きな理由になっている。活躍する隆に対しての笑顔ではあったが、自分も結果を出せば、その笑顔を向けてもらえるかもしれない……。
 それは彼が追い求めてやまないあこがれだった。かつて見た大量排泄の少女の姿を求めるのと同じように……
(お、同じにしちゃだめだっ……)
 浮かびかけた想像を振り払う。汚れなきあこがれの象徴と、汚れきった欲望の象徴を一緒にするのは、さすがに申し訳なく思ってしまう。
(澄沢さん……見ていてください……)

 彼がそう念じて送った視線の先。
 その対象である少女は……誰に視線を合わせるでもなく、下を向いてうつむいていた。

「……それでは、解散!」
「ありがとうございましたっ!!」
 声変わりする前、した後の男子たちの声に、マネージャーの淡倉美典の温かみのある声が混ざる。
 ……もう一人のマネージャーである澄沢百合の透き通った声は、その中になかった。


「はぁっ……はぁっ……」
 夕暮れの校舎の横を、一人の女生徒が駆けていく。
 目指す先はプール……の脇にあるトイレだった。

 水泳部ももう帰った後、人気もなく電気だけが灯ったトイレ。
 この共同トイレは、プールシーズンになって生徒たちが使うようになってからは汲み取りが入っていないのか、相当量の汚物が便漕に蓄えられていた。当然まだやわらがない暑さの中とあって、立ち上るにおいも強烈である。

 ……この汚物の大半が、一人の少女によって生み出されたと言ったら……信じる者は誰もいないだろう。
 ましてや、今その便器の上にまたがっている小柄な少女の、ブルマを下ろしてその白さをさらしている綺麗な小さいおしりからこの汚物溜まりが生み出されたと言ったら……ふざけるなと怒る者さえいるに違いない。

 だが……これを見てもまだ否定できるだろうか。

「うん……っ!!」
  ニュルルルルルルルルルッ!!

 小さくすぼまったおしりの穴を一杯に広げて、柔らかくも形を保った便が飛び出してくる。
 数時間前、体育館脇のトイレで同じ野球部のマネージャーが出したものと似たような形状だった。

 ただ、量が違う。
 一本あたりの長さが、通常の便器だったら折れ返してはみ出すほどに長い。

「ふぅ……っ……」
  ブリュルルルルルルルッ……ニュチュッ!!
 さらにそれ以上の長さの物がもう一本。
 肥溜めに落ち込む音がしないのは、ぶら下がった状態で汚物の液面にまで達してしまっているからである。
 長さにしてなんと70センチメートル。この時点ですでに、普通の女の子が出す量とはとても思えなかった。

「あ……っ……」
  ニュルルルル……ブピッ!! ビチチッ!!
 さらにもう一本……の途中で、便の水気が一気に弾け上がっていった。
 一定以上の柔らかさを超え、ついにはおしりの穴を通過する際の圧力で弾け、飛沫を散らせながら便器に降り注ぐようになる。

「んっ……」
  ブリュブリュリュリュリュリュブボボボボッ!!
  ブチュルブビビビブリリリリリリリリーーーーーッ!!
  ニュチュブリリリリリブピピピブジュルーーーーーーッ!!

 あとはもう堰を切ったような軟便の濁流である。
 後から後から、大量の黄土色が彼女の肛門から飛び出していく。
 汚物の海に沈むまでの1秒足らずの時間にもかかわらず、個室中トイレ中を満たした刺激臭をさらに変質させるほどの悪臭を撒き散らしていく水気たっぷりの軟便。
 とは言っても、彼女の体調が特別に悪いわけではない。
 彼女の通常の大便排泄……それがこの大量のものなのだった。

 いくら常識外れの大量の便を排泄する彼女とはいえ、一度きりでこれだけの広さの便漕を満たせるわけではない。何度かの排泄をこの場所で繰り返した結果がこの汚物の海である。
 これほどの量ゆえ、普通の水洗式のトイレでしてしまったら流れないどころか便器からあふれてしまう可能性すらある。学校内においてそれを避けられる唯一の場所がこの汲み取り式のトイレであった。さらにあまり使われないトイレということで、汲み取り式の汚さとにおいを差し引いても、彼女にとっては校内で一番安心できるトイレであった。
 それゆえに彼女は、6月頭に初めてこのトイレに駆け込んで以来、学校で便意をもよおしたときにはここを使うようにしていた。……とはいっても、毎日毎日していたわけではなく、回数としては一桁である。それでこの汚物の量というのだから、その排泄のすさまじさが知れるというものである。

「はぅ……んっ…………」
  ブリリリリリリリリブジュッ!!
  プピピッ!! ブビブビビビビビブリューーーーーッ!!
  ピチュッ! ビチビチブチュルルルルルルルルルルーーーッ!!

 止まらない。
 身体を削って出しているのではないかと思うほどの大量の排泄。
 時折おしりの穴がすぼまって破裂音を立てながら、彼女の軟便排泄は続いていく……。

「…………」
  プチュッ……トポッ……。
  ボタッ……ボタッ…………。

 最後のひとかたまりを吐き出した後、肛門に残った軟便がポタポタと零れ落ちた。
 やっと……やっと終わったという言葉がぴったりである。
 排泄の前後で、便漕の液面の高さが目に見えてわかるほど変わっている……それほどの大量の排泄であった。

 こんな量のものを出せるのは、世界広しと言えども彼女だけだろう。
 これを一度でも目にしたら、排泄という常識が覆ってしまうのも無理もないことである。

「ふぅ……」
 やっと落ち着いて、汚れたおしりを拭きながらため息。

(今日は本当にもれちゃうかと思った……先輩の前でおトイレなんて……美典先輩みたいに言ったりできないし……)
 少しだけ部活に遅れてやってきた美典は「ちょっとトイレに行ってて……」と、隠す様子すらなかった。まあ、幼馴染の間では隠すことでもないのだろうが……。
 その時すでにもよおし始めていたものの、その一言が言い出せなかった彼女は、結局部活が終わるまでずっと我慢を続けることになってしまったのだ。最後のミーティングなどは顔を上げる気力すらなかったほどだ。

 自らが生み出した排泄物の海を残して、彼女はトイレを後にする。
 着替えのために部室に戻ろうと駆け足で急ぐ彼女。
 だが、一回り低くなっている校庭に下りる階段に足をかけたところで、その歩みが止まった。

  ビシッ!
 日がだいぶ傾いてはいるが、闇に閉ざされてはいない。
 そんな中、長い影を校庭に横たえて躍動を続ける男子生徒の姿。
  バシッ!!
 規則正しく鳴る小気味のいい音は、剛速球がミットを叩く音。
 それを受けるのは、彼女の同級生でもある少年。

 野球部バッテリーが居残り練習を続けている姿だった。
 もちろん、強制されたわけではない。どちらが言い出したのか、自主的に始めた投球練習だ。

(早坂先輩……それに藤倉君もがんばってるんだ……それなのに、私は……)
 恥ずかしさのあまり何も言わず逃げ出して、汚物を大量に生み出してきただけ……。生理現象とはいえ、あまりの情けなさに心が沈んでいく。
 もっとも、彼女の前にいる二人の男子もまた、彼女のものと変わらない、あるいはそれより根の深い悩みを抱えてはいるのだが……。

(お手伝いしなきゃ……球拾いくらいでもいいから……)

 好きな相手に気に入ってもらえるほど、自分は完璧な人間ではない。
 だから、せめて自分にできることで役に立ちたい。
 その思いもまた、みんな同じだった。

「せんぱ……」
 そう声を出して、校庭への階段を駆け下りようとした瞬間。

「次、例の球で行く……頼むぞっ!!」
「はいっ!!」

「え……!?」
 夕闇が迫っているとはいえ、遠目でも野球のボールが見えなくなるほどの暗さではなかった。

 にもかかわらず、彼女はボールを見失った。

「うそっ……」
 彼女が予測していた球の軌道……そこから大きく外れて、ボールは捕手である学の後ろを転々としていた。

「これって……」
 少しの逡巡の後、ようやく彼女は起こったことを理解した。
 ボールを見慣れた彼女をして常識外れだと思わせる変化。
 だが……常識外れ、というのは、現実に起こっているからそう呼ばれるのだ。

(すごい……)
 もはや自分のことを責めるのすら忘れてしまう。
 試合で投げたらきっと「魔球」と呼ばれるんだと、彼女はそう直感した。


「……早坂先輩!! 藤倉くんっ!! ……私もお手伝いしますっ!!」
 そう改めて声を出して、彼女は駆け出した。

 悩み多き少年少女たちの、あまりにも純粋な情熱は……まだ燃え始めたばかり。

 今よりももっと熱い夏が……始まろうとしていた。


あとがき

 えー、とりあえず総集編と言うことで、各キャラの典型的な排泄シーンを描いてみました。御琴と美典に関しては学校での排泄を描く機会がなかったので、この機会にやってみようかと。
 あとは、基本的に固有名詞抜きで話を進めてあります(笑) 排泄シーンを見ればキャラがわかるように考えた設定がちゃんと立っているか、という試金石でもありますね。

 それから後半戦は野球部の面々、特に藤倉君にスポットを当ててみました。
 彼ののぞき癖については全面的にいい人ばっかりの世界観に鑑みてどうかな、とも思ったんですが、やはり中学校の女子トイレをのぞき見る、というのは夢ですからね。小説の中でもこういったインターフェースはどうしても欲しかったので、あえてやってしまいました。文中でも伝わるように努力していますが、彼は決して悪い奴ではないのでどうか嫌わないでやってください。

 さて、最後を無理やり青春野球マンガで締めてしまいましたが、ここからいよいよ夏本番、本編の物語の始まりです。

 期末試験。
 弓塚潤奈は苦しんでいた。
 試験問題にではない。自らの身体の中から生まれ出る痛みにである。
 このままでは学年一位の座をあの子に奪われるかもしれない――。
 その緊張が、ますます彼女の体調を悪化させる。
 同じころ、彼女が恐れていた相手……早坂ひかりもまた、同じ苦しみにあえいでいた。
 試験時間が終わるまでは我慢できない、せめて問題を解き終えてから――。

 もよおし始めた時間、限界を感じた時間、教室を飛び出した時間……それらはすべて違っても、徐々にその差は小さくなっていった。
 そして――その時間差がゼロになる瞬間が来る。

 つぼみたちの輝き Story.14「扉越しのめぐりあい」。
 二人の出会いから……新たな物語が始まる。


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