ぴーぴーMate Episode 2: 閉ざされた扉の先に

Part.2 10分間の絶望

ずっと夢見ていた幸せな時間。
大好きな人と二人きりで過ごす幸せな時間。
これから先、ずっと未来まで続くはずだった幸せな時間。

その時間が、たった10分間だけ止まった。

もう一度時間が動き出した時、そこには今までになかったものが広がっていた。
未来につながる幸せではなく、二度と取り返しのつかない絶望が――。


 夕日射す教室に伸びる二人の影。教室の入口から歩いてくる詰め襟姿の少年を、紺色のブレザーに身を包んだ少女が待っていた。所在なく腰掛けていた机から、長い黒髪と胸元の水色のリボンを揺らして立ち上がる。
 ほぼ同じ高さで視線が数秒交錯した後、少女――宮城はるかは速くなる心臓の鼓動を感じながら口を開いた。
「翔くん、急に呼び出しちゃってごめん。どうしても、聞いてほしい話があって…………」
「いいよいいよ、特に用事なんてなかったし。どうしたの?」
「……………………あの……………」
 次に言うべき言葉は何度も頭の中で繰り返したにも関わらず、口に出すだけの勇気が出ない。はるかは一度下を向いて目を閉じた。
「はるちゃん?」
「翔くん、あのね……」
 はるちゃん、翔くん、と呼び合う、幼馴染の関係。仲の良い友達としていつも一緒に過ごしていた二人。はるかは顔を上げ、その日々の中でずっと心に秘めていた思いを告げた。
「私…………翔くんのことが……好きなの」
「え………………えっ!? うそ!? はるちゃんが? ぼくを?」
 好きだという告白。一瞬の沈黙の後、はるかが思いを伝えた相手――最上翔太は驚きを顔全体に浮かべた。
「うん。……嘘じゃないよ。私、本当に翔くんのことが好き」
「で、でも…………ずっと一緒にいたけど、それは幼馴染だからで、特別な気持ちなんて…………」
 慌てる翔太の戸惑いの言葉を遮るようにはるかは言った。
「うん。翔くんがそう思ってるの、知ってた。……でも、私はずっと、特別だって思ってたよ」
「……ずっと…………!?」
「うん。小学校の頃から……ずっと。本当はね、もっと早く言いたかった。でも、断られたら一緒にいられなくなると思って、怖くて……」
「そんな……ぼくはそんなひどいことしないよ」
「……うん……翔くん優しいからそう言ってくれると思ってたけど、それでもやっぱり勇気が出なくて…………でも、私どうしても、この気持ちを伝えたかった」
 少しうつむいていた顔を上げ、はるかはじっと少年の目を見つめた。
「はるちゃん…………」
「翔くん。私、あなたのことが好きです。私と、……恋人として、付き合ってください……!!」
「……………………」
「……………………」
「…………うん。ぼくも……ぼくも、はるちゃんのことが好きだ」
「…………っ……ぁ……!!」
 数秒の緊張の後、少年が優しくつぶやいた言葉に、はるかは嬉しさのあまり涙をにじませた。ずっと、ずっと聞きたかった言葉だった。
「ごめんね、ずっと一緒にいたから、それが当たり前だって思ってて…………でも、嬉しいよ。はるちゃんが、そんなにぼくのことを好きでいてくれたなんて」
「ぁぁ…………」
「ぼくも、はるちゃんとずっと一緒にいたい。ただの幼馴染じゃなくて、恋人として。……好きだよ、はるちゃん」
「翔くん…………嬉しい……!! 私、こんなに嬉しいの初めて……!!」
「…………はるちゃん」
「……ぁ…………」
 翔太はそっと右手を差し出して、はるかも右手を伸ばしてその手に触れた。お互いのぬくもりを感じた後、左手もそれに添えてそのぬくもりを消さないようにする。
「………………」
「…………翔くん…………私より、背が高くなってたんだね」
「…………ぼく、背が低いの気にしてたんだよ。はるちゃんとつりあわないかな、って思ってた」
 今までで一番近い距離で見つめ合う二人。はるかは、視線を合わせるために首を上げた事に気づいた。今までは、首を下げないと視線が合わなかったのに。
「そんなことないのに。…………ごめんね、もっと早く、伝えてればよかった」
「ぼくの方こそごめんね。ずっと気づかなくて…………大丈夫だよ、これからもずっと、一緒にいよう」
「うん……!!」
 少年が差し出した手を、はるかは両手で握りしめた。
 幼馴染としてではなく恋人として触れる指先のぬくもりは、今まで感じたことがないほど温かかった。

 中学3年生の夏。幼い頃からずっと思い続けた幼馴染の少年に告白し、受け入れられた、生まれてから今までで一番幸せだった日。その日から学校でも休みの日もずっと同じ時間を過ごし、幸せいっぱいの日々を送っていた。もっとずっと一緒にいたい、もっと深く触れ合いたいと思うのは自然なことだった。


「ねえ翔くん、早く行こうよ!!」
「ま、待ってよはるちゃん……!」
 残暑が遠く去り秋の風が感じられる10月。はるかと翔太は遊園地にやってきていた。休日ではあったが、二人は学校の制服を着ていた。周りの友達も休日に制服で出歩く子が多く、そうするのが自然だった。
「ほら見て、観覧車……これ、私ずっと乗りたかったんだ」
「うん、そうだね……ぼくもこれが一番楽しみだった」
 はるかと翔太は観覧車の列に並び、上を見上げた。中心から放射状に伸びる支柱の先に色とりどりのゴンドラが取り付けられ、青空を背景にゆっくりと回転している。高さ60mの大観覧車はこの遊園地のシンボルであった。
「あっ、所要時間10分間だって。……その間、ずっと二人きりだね」
「そ、そうだね」
 さほど長くない列の中には家族連れも多くにぎやかな声も聞こえていたが、はるかは翔太と二人きりで乗る観覧車のことだけを考えていた。
(……ずっと観覧車の中で二人きり…………もしかして、キスとか………してくれるかな…………)
 はるかはドキドキする胸の鼓動を感じながら、観覧車に乗った後の光景を思い浮かべる。二人きりの空間、丘の上のさらに高いところから見下ろす景色、見つめ合う瞳と瞳、少しずつ近づく唇――。
(今日はお腹も比較的調子良いし…………朝の電車も薬が効いて遊園地の駅で降りるまで大丈夫だったし…………うん、今日こそ絶対キスしてもらうんだ。…………そしたら、次はもっと先まで…………)
 気の早いことに、はるかはさらに次の段階を想像してしまっていた。大好きな人と結ばれて幸せな家庭を築く。幼い頃から憧れていた夢を叶えるためには、キスよりも深く結ばれることが必要だった。深く抱きしめ合い、生まれたままの姿になり、そして――。
「楽しみだね、はるちゃん」
「……えっ? あ、そ、そうだね」
 すぐ横に並んで立つ少年の言葉に我に返るはるか。周囲の賑やかな声が耳に飛び込んでくる。先走った考えに浸っていた事に気づき、はるかは顔を赤らめた。
(…………うん、そんなに急がなくてもいいのかな)
 慌てる必要はなかった。一足先に誕生日を迎えた翔太は15歳、はるかはまだ14歳だった。大人の階段を大急ぎで駆け上がる必要はなく、少しづつ距離が近づいていくその過程も楽しみながら一歩ずつ歩いていけばいい。この幸せな時間は尽きることはないのだから。
「……はるちゃん?」
「なんでもない。ほら翔くん、つぎ私達の番だよ」
 はるかはわずかな気恥ずかしさを見せないよう、観覧車の乗り場を指さした。

「お待たせいたしました、足元にお気をつけてお乗りください」
「はるちゃん、行こう」
「うん……楽しみだね」
 二人は手をつなぎながら、ゆっくりと時計回りに回転している観覧車に乗り込んだ。いくつもの色がついたゴンドラの中で二人が案内されたのは白のゴンドラだった。
 両側に付けられた硬い椅子のそれぞれ中央に、向かい合うように座る。

(何話そうかな……それと、ちょっと目を閉じてみたりとかして……一番上まで行ったらかな……)
 はるかは翔太の顔を見ながら、約10分間の時間をどう過ごすか考えていた。目を合わせたまま考えるのが恥ずかしく、視線をわずかに逸らした瞬間だった。

 カシャン。
 外からゴンドラに鍵を掛ける音が響いた。

「あ…………」
 一瞬、他の音が遮断されたかのように、はるかの聴覚にはその音だけがフォーカスされていた。
(鍵の音…………)
 ゴンドラを外から施錠する音。
 中に鍵を開けるための機構はない。

(そ、そうだよね。高いところで間違って開いたら大変だから。扉が開かないように…………)
 扉が開かない。
 このゴンドラに乗っている間は扉が開かない。
 このゴンドラに乗っている間は、途中で自由に降りることはできない。

「…………!!」
 体の中が震えるような感覚。
(だめ……考えちゃだめ、上に行ったら降りられないのは当たり前なんだから……)
 この扉が開くまではトイレに行けない。
 もし、お腹が痛くなってもトイレに行けない。
(大丈夫……電車じゃないんだから……そんなに長くトイレに行けないわけじゃ……長く……あれ、これって……?)
 観覧車の所要時間は10分。普段乗っている各駅停車の電車は2分程度で停車してくれるのに、その5倍もかかる。快速でも5分から8分くらいで次の停車駅に着く。10分は、普段彼女が怖くて乗れない特急電車の駅間時間に近かった。はるかの明晰な頭脳は、知らないほうがいい情報をどんどん計算していってしまう。
 10分間トイレに行けない。それは普段乗っている電車よりずっと厳しい状況だった。

(……だめ、だめだよ、こんなこと考えたら…………お腹が…………!!)
 下痢になって便意が切迫してもトイレに行けない。
 お腹をさすりながら必死に我慢してもトイレに行けない。
 下痢便が今にも漏れそうになってもトイレに行けない。

(だめっ……今、お腹が痛くなったら…………!!)
  ギュルルゴロッグルルルゴロロロロロッ!!
  ギュルルゴロピーーーッギュリグルルルルルルルルルルッ!! グギュゥゥゥゥゴロロロロロッ!
「あ…………あぁぁ……っ!!」
 はるかの思考回路が、開けてはいけない扉を開けてしまったのとほぼ同時に、激痛が彼女の下腹部を貫いた。
「……? どうしたの、はるちゃん?」
「あっ…………な、なんでもない、なんでもないよっ」
 思わず声を上げてしまったはるかを心配する翔太。その驚いた表情を目にして、はるかは慌てて何でもないふりをした。

(だめ、お腹壊してるなんて、ぜったい翔くんに知られたくない…………)
 はるかは明るく物怖じしない積極的な性格であるものの、内心はとても繊細で恥ずかしがりであった。大好きな男の子の前では綺麗な女の子でいたい。トイレに行くことを知られるだけでも恥ずかしかった。
 しかしそう思っていても、下痢をしてしまうとどうにもならない。おまけにはるかは、過敏性腸症候群というだけでなく、もともとお腹が弱い体質だった。翔太の前でお腹が痛くなってしまったことも何度もある。それを、はるかは鍛え抜かれた我慢能力でなんとか乗り切っていた。あと何分我慢できるか正確に見極め、立ったまま気づかれないように体を後ろに反らせて最大限の我慢を続ける。何事もなくトイレに行ける状態になるまで必死に耐え、平静を装いながらちょっとお手洗いにという何気ない雰囲気でトイレに入り、翔太から見えなくなるともう必死で個室に飛び込んで下着を下ろして下痢便を一気に吐き出していた。そして、下痢していると気づかれないよう短時間で出し切り、急いで着衣を整えて戻る。女の子の尊厳を守るための涙ぐましい努力を重ねて、はるかは今まで翔太の前では下痢を隠し続けることができていた。

「…………っ…………」
  ゴロログルルゴロギュロロロッ!! ギュルルルッ!
  グピーーーーグルルルルルルルルグギュルーッ!! ピーーグギュルルルルッ!
(ど、どうしよう…………お腹痛い……こんなの、我慢できない……トイレ……トイレ行きたいっ…………)
 観覧車のロマンチックな雰囲気に酔おうとしていたはるかの心が焦燥と苦痛に埋め尽くされていった。お腹の痛みだけでなくおしりに水っぽい圧力が押し寄せ始めていた。普段の下痢と異なり、過敏性腸症候群が発動した時の下痢は強烈な腹痛を伴う。腸が内容物を絞り出すかのように猛烈に蠕動して、そのたびに激しい痛みに襲われる。
 はるかは今すぐにでも痛むお腹をさすりたかったが、翔太と向かい合っている状態ではそんなお腹を壊していることが丸わかりの所作はとてもできない。しかし全く平静を保ちきることもできず、はるかはそっとお腹に右手を当てた。
「はるちゃん、さっき乗ったコーヒーカップがもうあんなに小さく見えるよ」
「あ…………う、うん、そうだね…………」
 翔太の言葉に気のない相槌を打つはるか。あれほど楽しみだった観覧車なのに、とても楽しむどころではない。地上から1/8回転。経過したのは約1分半に過ぎない。はるかはお腹を小さくさすり、便意が高まるのを少しでも遅らせようとした。
(お願い…………治まって…………)

  グピィィィギュルグルルルルルルグギュルッ! ギュロロッ!
  ギュロロッ! ギュルッゴログルルゴロロッ! グギュゥゥゥゥゥゥゥグピィーーーーーーーーーッ!!
  ゴロッギュルルギュルルゴロロロギュルルルッ!! グギュルルルルピーーーーーーグピィーーーーーーッ!! ゴログピィーッ!
「っああ…………」
(だめ…………全然治まらない…………このままじゃ…………)
 お腹をさすっても全く楽にならないどころか、一層腹痛が強くなっていく。完全に下痢してしまっている。あとどれくらい我慢できるか……。
「はるちゃん、どうしたの?」
「あ、あっ…………だ、大丈夫。ちょ、ちょっとその…………た、高すぎて怖いかもって……で、でも慣れてきたから」
 必死に取り繕うはるか。顔は青白くなり、脂汗が浮かんでいる。
(こ、このままじゃ我慢できなくなっちゃうかも……お薬飲まなきゃ……でも…………)
「そうだったんだ……ごめん、もう少し小さい観覧車の方が良かったかな。まだ上がるけど、大丈夫?」
「う、うん…………大丈夫」
 心配して体を寄せてくる翔太。その優しい気遣いが今はもどかしい。翔太の眼の前で下痢止めの薬を飲むことは、下痢していることを知られることになる。はるかは翔太の呼びかけに大丈夫と答えた。だがそれは高さの話で、お腹の具合はとても大丈夫な状態ではなかった。
 動き始めてから1/4回転。高さはちょうど半分。はるかが恐怖するような高さではない。恐怖しているのは、自分が我慢できず漏らしてしまうことだった。時間はあと7分半もかかる。待ち遠しかった観覧車の時間が、ずっと二人だけの空間にいたいと願っていた時間が、今は早く過ぎ去ってほしいとしか思えなかった。

(だめっ…………もう…………お腹が…………)
  ゴロッピィィィィィィピィーーーーーゴロロロッ!! グギュゥグギュルーッ!!
  グギュゥゥピィィィィィギュルーーーーッ!! ゴロッゴロロロピィーーーーーーーーッ!!
  ゴロロロロロロロロロロピィーーーーーーーーッ!! ギュルルルルギュリリピーーーーーーーーーーーーグウーーーーーーッ!!
 翔太にも聞こえてしまいそうなほど大きな音と腹痛。はるかはもう耐えられず右手で大きくお腹をさすり始めた。このままの勢いで便意が高まっていったら、観覧車を降りる前に漏らしてしまうかもしれない。それだけはなんとしても避けなければならなかった。はるかはポーチの中に左手を入れ、下痢止めの錠剤を包装から押し出した。
「あ、翔くんほら、あれ見て!」
 はるかはやや大げさに窓の外を指さした。つられて翔太の顔が窓の外に引きつけられる。
「あれ……? あっ、本当だ。ぼくらの街があんな小さく見えるんだ、すごいね」
 翔太ははるかの狙い通り窓の外を眺めている。タイミングは今しかない。
(今のうちに……!!)
 はるかはポーチの中で包装を外しておいた下痢止めの錠剤を素早く口に入れた。唾液を含ませるのを待てず、喉に引っかかるのを無理矢理に飲み下す。錠剤が食道を通り抜け胃に到達するのを感じながら、はるかは天に祈っていた。
(…………お願い、効いて……!! 今だけでいいから……!!)

「あ、はるちゃんこっち。富士山も見えるよ」
「……あっ…………ほ、本当、だ……すごいね…………」
 回転軸の真横にいたゴンドラが、斜め45度上方へと上ってきた。はるかが薬を飲んでから1分。
「っぅぅぅ…………!!」
  グギュルピィーーギュルギュロロッ! グギュゥゥゴロロギュルゴロロロッ!!
  グピィィィィィィィィィィゴロゴロピィーッ!! ギュルルルルルゴロゴロゴロッッ!
  グギュルルルピーーーーーーーーーーーギュルルルルルルルルルルルギュルッ!! ゴログルグウーーッ!!
 はるかのお腹は急降下を続けていた。腹痛はいっそう強くなり、さらにお腹の痛みよりもお尻の切迫感の方が苦しくなってきていた。下痢便が肛門をこじ開けようとする感覚が持続している。
(お腹痛い……どうして…………どうして効かないのっ……このままじゃ……本当に……!!)
 薬を飲んだにも関わらず下痢が悪化している。病院でもらっていた薬は全然効かなかったが、この市販の薬は効くこともあって、腹痛や便意が消えるわけではないが半分くらいの確率で進行がゆるやかになり、うまく効けばかなり我慢に余裕ができることになる。しかし全く効かないこともまた多く、さらにその時には薬を飲んだことでお腹の不調を強く意識してしまい余計にお腹が痛くなってしまったこともある。今もその時に近い状況だった。

「…………っ……く…………」
  グピーーゴロギュリリリリリリリッ! ギュルギュルギュルピィーッ!!
  ギュルルルルギュリリリリリリリグギュルルルルッ!! グギュゥグギュルルルッ!!
  ゴロッゴロロロロロログウーーーーーッ!! ギュルルルギュルピィグピィィィゴロロロログギュルッ!!
(だめ…………全然効かないっ…………がまん、我慢しなきゃ…………)
 はるかはお腹をさすりながら必死に便意をこらえ続けていた。もうすぐゴンドラの回転は頂点に達する。
「……はるちゃん」
「…………な、なに? 翔くん」
(お腹痛い……トイレ行きたい…………我慢できない…………)
  グピィィギュルギュリリリリゴロゴロッ!! グギュルルッ!!
「あのね。今日、はるちゃんと一緒に来られて本当によかった」
「う、うん、私も……」
(…………トイレ行きたい……降りるまで我慢できないかも…………)
  ギュルルルルルピィーグギュルーーッ! ギュルーッ! ピィーーッ!
 真剣な目で語りかける翔太の目を見ようとするが、焦点が合わない。はるかの意識はその先にある観覧車を降りた後のトイレのことしか考えられなくなっていた。
「この観覧車、小さい頃一緒に乗ったの覚えてる?」
「……う、うん……覚えてるよ」
(………あと6分くらい……? ううん、もうちょっと……7分くらいは…………)
  ゴロゴロピィィギュルグルルッ!! ギュルグルピーグウーッ!
「あの時ははるちゃんのお父さんとお母さんが一緒だったけど、ぼく、いつかはるちゃんと二人で乗りたいなって思ってたんだ」
「うん…………わ、わたしも……」
(もう半分は過ぎてるから、あと5分すれば降りられる……。残り2分、トイレは手前の曲がり角にあったから…………)
  グギュゥゥゥゥゴロピィーーーグギュルーッ!! グルルッ!
 小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしていたはるかと翔太は一緒に遊びに出かけることも多かった。はるかの記憶にもしっかりと焼き付いている。だが今はそれよりもトイレの白い便器にしゃがみ込むことしか考えられない。
「それでね、そしたら、はるちゃんと…………」
「………………っ……」
(降りたらすぐトイレにダッシュすれば1分以内に、そこから個室に入って30秒…………だいじょうぶ、ぎりぎり間に合う…………)
  ギュルルピィーーーーーーーグルルルルルルルグギュルッ!! グピィーーッ!
 はるかはトイレに駆け込むシミュレーションを頭の中で完成させる。本当はこんな事考えたくなかった。ずっと一緒に乗りたかった観覧車の時間を一秒でも長く楽しみたかった。

「はるちゃん。キス…………してもいい?」
「え…………あっ…………」
 青ざめていたはるかの顔がぱっと赤くなる。
 はるかが観覧車に乗る前に思い描いていた未来が目の前にあった。
(翔くんも…………同じこと考えててくれたんだ…………)
 一瞬だけ、腹痛と便意の苦しみを忘れ、喜びの表情を浮かべる。
「うん……いいよ………………」
「……ありがとう。…………はるちゃん…………」
 勇気を出して伝えた翔太に、迷わずに応えたはるか。彼女の名前を呼び、翔太が顔を近づける。はるかはうつむいていた顔を上げ、そっと目を閉じた。
  ゴロロロギュルピィーーギュルルルルッ! グルルッ! グピィーーッ!
  ゴロロロロロギュルーーーーーーーッ!! グピーゴロロロロロロロロッ!!
(お願い……あと、あとちょっとだけ…………このまま…………)
 下り続けるお腹を必死になだめながら、はるかはその時を待った。
 ちゅっ……。
(あ…………)
 唇が触れる。乾いた唇の先端が触れ、そのまま少しずつ押し付けられていく。伝わってくる湿った感覚。唇の内側の粘膜が触れる。体と体がつながっている。
(……私……翔くんと、キス……してる………………)
 このままでいたい、という思いと、もっと深く繋がりたい、という思いが数秒間交差する。わずかな逡巡の後はるかは、自らの体が求めるままに、繋がっている唇と唇の間に舌を差し入れようとした。
「っ……!!」
  ギュルルルルルルルルルピィーーーーーーギュルギュリリリリリリリリリリリリッ!! ギュルーッ!
  ゴロピィギュリリグルルッ! ゴロッギュルルルギュルピィィィィィギュリリリリリギュルーーーーッ!!
 体の奥を貫くような腹痛とともに激しい便意が押し寄せ、はるかは一瞬体を強張らせた。差し出そうと思っていた舌が引っ込んでしまう。
「あっ……」
 そのまま唇が離れ、唾液が細い糸をひいて音もなく切れる。はるかと翔太の初めてのキスは、わずか10秒で終わった。
「ご、ごめん、嫌だった……?」
「そ、そんなことない……嬉しい…………嬉しいよ…………私、翔くんと、キス…………ずっと、してみたかった…………本当に……嬉しいよ…………」
 はるかは噛みしめるように思いを口にした。
 お腹の中の状態は最悪だったが、彼女の心は幸せで満たされていた。
(うん…………続きは今度、お腹痛くない時に…………!!)
 はるかはそう思い直し、おしりが開いてしまわないように気を引き締めた。電車の中で立って我慢するときと異なり、後ろに反り返ってお尻の肉を寄せるように我慢することは、座っている今の状態ではできない。肛門括約筋の締め付けだけが頼りになる。
 ゴンドラは下降を始め、時計回りの2時の角度に達していた。あと3分半で地上に着く。我慢できる予想時間は5分半。我慢しにくい姿勢を考慮してもぎりぎり間に合うはず。絶対に気を抜かないように――。

 ガクン!
「え……」
「な……っ!?」
 その瞬間、ゴンドラが大きく振動した。
「はるちゃん、大丈夫!?」
「う、うん……!」
 翔太は素早くはるかの手を握りしめた。振動は少しずつ収まっていき、ついに収束した。
 振動が止まった時、ゴンドラは回転をやめて静止していた。
「…………止まってる…………?」
「えっ………………そ、そんな……!?」
 ゴンドラが回転を停止した。はるかがその現状を理解した時、心の中を言いようのない不安が埋め尽くし始めた。
(そんな…………今、止まっちゃったら…………降りるまで時間がかかったら…………間に合わない…………!?)
 観覧車が動かなければ、予想していた時間が経ってもトイレに行けない。そうしたら、トイレに間に合わない。もし、この観覧車の中で我慢できなくなって、漏らしてしまったら――。

「う、うぅ…………」
  ゴロッグルルルルルルピーーーーグギュルーーーッ!!
  ゴロッギュルギュリリリリリリリギュルーーーーーーーッ!! グピィーッ!
  グギュゥゥゥゥゥピィーーーーーーッ!! ゴロピィィィギュロロロロロロロロッ!!
 トイレに行けないとわかった瞬間、思い出したかのように腸が激しく動き、痛みと便意を増幅させていく。
「だ、大丈夫だよはるちゃん。地震とかじゃなさそうだし、きっとすぐに動くから……」
「……………………」
 安心させようと手を握って励ます翔太。だが、はるかが恐れているのは高所に取り残されることではなかった。翔太の目の前で下痢便を漏らしてしまうことだった。

(早く、早く動いて、お願い…………!!)
 もともと余裕は1分もなかった。その前に観覧車が動かなければ、トイレまでは間に合わない。いや、降りた後でトイレにたどり着けず漏らすのならまだ耐えられる。もし、3分以上止まっていたら、ゴンドラから降りる前に漏らしてしまう。やっと思いが通じた大好きな人の前で、念願のキスを交わしたばかりの恋人の前で、汚い下痢便を漏らしてしまったら。

『――お客様にお知らせいたします』
「っ!!」
 わずかなスピーカーのノイズが耳に入り、はるかは顔を上げた。今ならまだ間に合う。はるかは祈りながら続く放送の声を待った。
『先ほど観覧車の安全装置が作動し、運転を停止いたしました。大変申し訳ありませんが、安全の確認を行ってから運転を再開いたします。ゴンドラの中は安全ですので、立ち上がったりせず、着席してお待ち下さい。およそ10分後に運転再開の見込みです』

「え……………」
 はるかは、最後の一言を聞いた瞬間絶句した。
 10分。
 動き出すまでに10分。
 地上に着くまでにはさらに3分で、13分。
 はるかが我慢できるのは、あと5分。

 絶対に間に合わない――。

「10分か…………それくらいなら待ってればすぐだね……っ、はるちゃん?」
「そんな…………10……分…………!?」
 はるかの体は震えだしていた。これから起きてしまうことへの恐怖に。翔太に握られている手が振動し、その震えが翔太に伝わっている。
「…………はるちゃん、どうしたの…………っ!! 顔、真っ青だよ……」
「…………………」
 ついに、翔太ははるかの異変に気づいてしまった。
「気分が悪いの?」
「…………そ、そうじゃない……けど…………」
「大丈夫? めまいがする?」
「ち、ちがう…………」
「もしかして、息が苦しいとか?」
「ううん……違うの…………」
 揺れで酔ったとか、めまいがして倒れそうとか、怖くて過呼吸になったとか、そんなか弱い女の子らしい体調不良であったらどれだけよかっただろう。
 はるかは下痢をしていた。腸の中で渦巻いている汚く臭い下痢便が肛門からあふれそうだった。綺麗で可愛いという女の子としてあるべき姿からかけ離れた、汚く恥ずかしい体調不良だった。
「で、でも、すごく苦しそうだよ…………救急車呼んで、降りたらすぐに病院に……」
「違う……………そうじゃないのっ……………!!」
 はるかは翔太の手を振り払った。下痢をしていることは知られたくなかった。だが、命に関わるような病気だと思われて救急車を呼ばれたりしたら人が集まってきて余計大変なことになる。はるかは、本当のことを話さざるを得なかった。
「………………………………トイレ……」
「え………」
「…………………トイレ……行きたい…………………」
 はるかは、真っ青な顔で下を向き、つぶやくように言った。自由になった手は、お腹を強くさすっていた。そうしないと痛みに耐えられなかった。お腹をさすりながらトイレと言ったら下痢していることがわかってしまうと思いつつも、それ以外の選択肢ははるかにはなかった。1秒でも長く我慢できるように、少しでも腹痛を和らげたかった。
「そ、そうだったんだ……ごめん、気づかなくて。10分くらいって言ってたけど、我慢できる?」
「…………………」
「はるちゃん?」
(あと…………4分は我慢できる……でも、10分なんて…………無理…………)
 はるかはお腹を激しくさすりながらじっと考えた。予想通りの便意の高まり方。全く効いてくれない腹痛の薬。お尻を閉じにくい座った姿勢。すべての要素が、10分なんて我慢できないと訴えていた。でも、絶対我慢できないということは、漏らしてしまうということ。それを告白することははるかにはできなかった。
「…………わかんない………………やばい……かも…………」
 はるかは涙をうるませながら、絞り出すように危機を訴えた。切迫した言葉と表情と振る舞いを前に、翔太も慌て始める。
「えっ……そ、そんなに……? た、大変だ…………何か、インターホンとかないのかな、下に電話して、早く…………」
「うぅ…………」
 翔太は観覧車の車内を見渡すが通信機器は見当たらなかった。天井のスピーカーは一方通行で放送を流すだけの機能しか持たない。はるかは、もう声を上げることすら辛く、前かがみになってお腹をひっきりなしにさすっていた。
「そ、そうだ携帯で遊園地の事務所にかければ! はるちゃん、ちょっとだけ待ってて」
「………………ぁ……」
 翔太は急いで遊園地の名称を検索し、出てきた電話番号に電話をかける。はるかはかすかな希望を覚え、閉じかけた目で翔太の動きを追いかけた。もし、事情を話してすぐに動かしてもらうことができれば、せめて下に降りるまではぎりぎり……。
 だが数秒後、ツー、ツーという機械音とともに翔太の携帯電話に無情な表示が現れた。
「…………話し中……!? そ、そうか、みんな同じこと考えて…………」
「……………うぅ………ひぐっ………………」
 かすかな希望の扉が目の前で閉ざされ、はるかは涙をこらえられなくなった。
「ま、待ってはるちゃん、もう一回…………っ、……………だめか……。どうしよう……他になにかできることは…………」
「……………………」
 はるかは涙を流しながら必死に耐えていた。
 もう、どうしようもなかった。絶対に間に合わないと思いながら、我慢が限界を迎える瞬間が訪れるのを待つしかない。
「はるちゃん、大丈夫……? もうちょっとだけ、我慢できる……!?」
「………………………………」
 はるかは答えられなかった。止まってから2分。動くまで8分。はるかの我慢が保つのはおそらくあと3分。もう無理なことは自明だった。肛門が膨らみ始めるのが伝わってきている。
「はるちゃん……!?」
「だ、大丈夫…………がまん…………するから………………………」
 はるかは両目いっぱいに涙を浮かべ、我慢すると宣言した。絶対我慢しきれないことを覚悟しながら。

 はるかの地獄の時間が始まった。

「っ………………っぅぅ……」
  ゴロロロギュルルルギュリリリギュリリッ!! ギュルゴログギュルーーッ!!
 痛むお腹を抱え込むように前かがみになる。すると、おしりが開いてしまいそうになり慌てて体勢を戻す。するとまたお腹の痛みが激しくなり、また前かがみになる。
「……っ…………………だめっ……………」
  ゴロッグルルルルルルルギュルーッ!! グピィィィギュルギュリリリリリリリリグウーーッ!!
 肛門の内側が熱い。どろどろの下痢便が今にも溢れ出そうとしている。圧力が肛門を左右に押し広げようとするのを括約筋で押さえ込む。外側に広がろうとするのを、わずかに腰を浮かせてお尻を寄せ必死に押し止める。
「………………んっ………………っ…………」
  グギュゥゥゥゥゥゥギュルピィーーーーーーーーッ!! ゴロッピーーーーグピィーーーーーーッ!!
 少し波が引くとお尻を椅子の上に下ろし、掻きむしるようにお腹をさする。前屈みと言うよりも体を二つ折りにするように上体を前に倒し、痛みに耐える。その間も強烈な便意が続き、一瞬たりとも油断できない。
 はるかの主観では永遠に近い時間を我慢して耐えたにもかかわらず、時計の針はまだ1分しか進んでいなかった。

  ゴロッピィーーーーーグルルルルルグギュルーーーーーーーッ!! グルルルルギュルルルルギュロロロロロロロッ! ピィーーッ!!
「ぅっ…………!!」
 また強烈な便意の波がはるかを襲う。上体を起こし肛門を閉じる。体中を強張らせてびくびくと震えている。

「…………はるちゃん…………」
「……………………………………はぁっ、はぁっ……………」
 もう翔太の呼びかけにも応える余裕がない。翔太が見ていることを意識する余裕もなかった。全力で肛門を締め、必死にお腹をさすり、一秒でも長く我慢を続けようとする。漏らしてしまう瞬間をわずかでも遅らせようとする。
 観覧車が停止してから3分が経過していた。はるかの体はあと2分しかもたないと言っている。

  ゴロゴロギュルルルルルルゴログウーーーーッ!! グピーーグルルルルルグギュルーッ!!
「……っぅぅ…………ぁぁ………!!」
 強烈な便意の波が襲ってくる。全身が震えるほどお尻を力いっぱい締める。そのまま全身を硬直させて1秒、2秒、3秒、4秒、5秒……
  ゴログルルピィーーーーーッ!! ゴロロロロロギュリピィーグウーーーーーーッ!! グギュゥゥグルッ!
(だめ、波が引かない、このままじゃ…………)
  グキューーーーーーゴポゴポゴポッ…………。
 漏らすのを覚悟した瞬間、腸内の圧力が急激に減少した。直腸に押し寄せた便が逆流しわずかな余裕ができる。
「…………………………っ…………」
 しかし、もう我慢を緩めることはできなかった。波が引いた状態でも漏れそうな圧力を感じる。この上に次の波が来たらもう無理かもしれない。

「っ…………!!」
 その波はすぐにやってきた。
  グギュゥゥゥゥゴロロピィーーギュリリリッ! グギュルグルルルギュリリッ!
  ゴロゴロロロロゴロロロロロロロロロロロッ!! ピィーーーーピィーーーギュロッ!
「……っ……………もう…………我慢……できない…………っ!!」
 心の叫びが無意識に漏れる。
(だめ、だめっ、本当に漏れそう……あと1分、もたない…………)
 観覧車が止まってから4分。まだ動く気配は全くない。もってあと1分。はるかの当初の予想通りに我慢の限界の時が近づいていた。

「あぁぁぁ…………」
  ゴロロロロピィーーーーゴログギュルッ! ゴロロギュルギュルーーッ!
  グピィィィィィゴロギュルルルルルッ!! グピィギュリリリリピィーーーーギュリリリリリリッ!!
  グギュルルルルギュルゴロロロロロロロッ!! グギュゥゥグルルルルルゴロロロロロピィーッ!!
 強まり続ける便意。限界まで我慢しても開きそうになる肛門。体の震えが大きくなる。限界。漏れる。肛門が熱い。
(出る、がまん、しなきゃ、だめっ…………)
 涙で見えなくなった視界に肌色がにじむ。心配している翔太の顔。彼の前で、大好きな人の前で、漏らすわけにはいかない。はるかは力尽きかけている体と心を奮い立たせ、最後の抵抗を試みた。
  ギュルルゴログギュゥゥゥゥゥゥ…………グピィィィゴポポポポッ…………!!
「あ…………」
 波が引いた。限界を超えた波を耐えきった。観覧車が止まってから5分が過ぎた。はるかは、自分が予想した限界を超えてみせた。翔太への思いと、女の子としての意地が、ささやかな奇跡を起こした。

 だが、それはあまりにささやかな奇跡に過ぎなかった。
  グギュルルルピィィィィグピィーーッ!! グギュルルルルルルルルゴログギュルルルルッ!! ギュルギュルピィィィィィィィィィィグギュルルッ!!
「あ……………っ………………」
 便意の波が引き切るより早く、重なり合うように次の波が襲ってきた。

 もともとお腹が弱いはるか。その体質ゆえに、トイレに行けない恐怖が引き起こす過敏性腸症候群。腸が激しく動き、中身をすべて液体のまま押し出そうとする激しい下痢。
 観覧車に乗ると同時にお腹が痛くなって、12分30秒が過ぎていた。普段電車に乗っていたら、3分も経たずに途中下車してトイレに駆け込むくらいのひどい下痢。その下痢に、はるかは耐え続けてきた。大好きな人の前でトイレに行きたいと告白し、お腹をさすりながら必死に耐え続けた恥ずかしさと苦しみにあふれた時間。
 その時間は、最悪の形で終わりを告げようとしていた。
  ギュルゴロロロロゴロロッ! ピィーーーーーーーーーーーグギュルルルルルルルルルッ!! ゴロッピーギュルギュルルルルルピィーーーーゴロロロッ!!
(だめ、もうだめ、もう…………だめ…………もう………………!!)
 肛門が盛り上がっていく。必死にお尻を寄せても止められない。熱い感覚が少しずつ肛門の中から外側へと押し出されていく。お腹の奥から押し寄せる大波が、はるかの大切な思いも、女の子としての尊厳も、すべてを押し流そうとしていた。

「――――っ……!!」
  ブジュブジュブジュゴポッ!! ブビッ!
  ブジュブビュルルルルルビチビチビチビチッ!!ゴポポブジュブリュブリビチグポポポポポッ!!

 はるかのお尻に、生暖かい感覚が広がった。

(……………………………漏らし…………ちゃった……………)

 こうなることはわかっていた。
 観覧車がもう一度動くまで我慢できないことはわかっていた。
 何百回も下痢我慢を繰り返してきたはるかにとって、あとどれくらい我慢できるか予測するのは当たり前にできることだった。その精度は1分以内の極めて正確なものだった。
 でも、わかっていたからといって、それはなんの救いにもならなかった。

 はるかは漏らしてしまったのだ。
 大好きな恋人の前で、二人きりの空間で、汚い下痢便を漏らしてしまった。ちょっと大人っぽい、レースとフリルの着いたピンクの下着の中に、子供のようにお漏らしをしてしまった。今日初めて穿いた下着の中に、はるかは下痢便を吐き出していた。はるかの制服のスカートの中で、形のない泥状の下痢便が下着を汚していく。

「…………!!」
  ゴプッグポブボォブリリリッ!! ゴポッブジュブビビビビッ!!
  ゴポポポポッブボブリリリリリリブリュブリッ! ブジュブリブリュルルブジューーーッ! ブブブッゴボボビィィィッ!!
  ゴポ…………ブジュ……………ビュルッ…………!!
(だ、だめっ…………止めなきゃ…………!!)
 はるかは開いてしまった肛門を必死に締めた。このままでは全部漏らしてしまう。せめて、扉が開くまで漏らす量を最小限に留めなければならない。

「……………………」
「はるちゃん……!?」
 はるかは必死にお尻を締め続けた。目から涙があふれ出し、紅潮した頬を伝って流れ落ちていく。突然動きを止めたはるかを、翔太は驚きながら凝視していた。
 はるかは、もう自分がやってしまったことを隠すことができなかった。

「……………………ごめん………………………漏らしちゃった……………………」
「はるちゃん…………」
「ごめんっ…………ごめんなさいっ……………ごめんなさっ……っぐっ…………ひくっ…………あぁぁ…………」
 漏らしてしまったことを打ち明けたはるかは、涙を流しながら嗚咽を漏らし始めた。体と精神の限界まで我慢して、ついに力尽きてしまったはるかには、もう言葉を発する気力が残っていなかった。

「大丈夫、大丈夫だよ、はるちゃん」
「あ…………あぁ………………」
「はるちゃんのせいじゃない。事故なんだからしょうがないよ」
「うぅ…………ひくっ…………」
「大丈夫。ぼくは、はるちゃんのことを嫌いになったりしないよ。誰にも言わないから、だから安心して」
 そう言って、翔太ははるかの震える体を抱きしめた。
 抱きしめられるのは初めてだった。
 今この時お漏らしをしていなかったら、下着が汚れていなかったら、どれほど嬉しかったことだろう。

「翔……くん……ごめん…………なさい…………」
「大丈夫。大丈夫だから。ね?」
 翔太は、下痢お漏らしをしたはるかを、嫌な顔ひとつ見せず抱きしめてくれている。
 幻滅されて当然だと思っていた。汚いと蔑まれて当然だと思っていた。けれど心のどこかに、もしかしたら漏らしても許してもらえるかもしれないという希望があった。
 間に合わないことがわかっていたはるかの、それが唯一の希望だった。
 はるかは、その希望が叶ったことに感謝した。

  ゴログルルルギュルルッ! ギュルルルルルルルルルルピィーーーーゴロゴロロッ!!
「あっ…………だめ………………」
  ブーーーッ! ゴボボボボボッブリブジュグボボッ!!
  ブジュゴポポポポポブジューーーーーーーーーブジュビチーーーッ!!
  ブジュブジュブジュブビビビビッ!! ブビビビビビブジューーーーーーーーーーッビチャビチャッ!!
「っ!!」
 お腹が痛むと同時に下痢便が漏れてしまう。かなりの量を漏らしてしまったのに、腸内にはまだ強力な圧力が残っている。そして、絶望的な戦いを続けるはるかは、水っぽい感覚が肛門の周り以外だけでなく、一気にお尻の外側にまで広がるのを感じた。
 下痢便が下着からあふれ出して外に広がってしまっている。はるかが今日選んだ大人っぽいショーツは、お子様用の厚手のパンツとは大きく異なり、布地が少なく伸縮性も乏しかった。故に、その小さな面積が一杯になってしまえば、あとは外に漏れ出すしかない。お尻の下に敷かれていたスカートの布地が下痢便で覆われていく。

「う…………っ…………」
「……………………あっ……ご、ごめんっ、だめ、離れてっ!!」
 はるかの顔のすぐ横で、翔太が一瞬息を呑んだ。
 次の瞬間その理由はわかった。はるかの嗅覚に、とてつもなく臭いにおいが飛び込んできたからだ。
 下着から漏れ出した下痢便が、その形状に相応しい暴力的な悪臭を撒き散らしている。しかも、観覧車は小さな密室だった。臭いの逃げ場はない。
 はるかは翔太を突き放すように叫んだ。こんなおぞましい臭いを至近距離で嗅がせるわけにはいかない。それに――。

「うぅっ…………!!」
  ゴポッブジューゴポブリッ!! ビチゴボグボボッ!
  ブジュグボブボボボボブリリリッブジュジュジュッ!! ゴポッブボォォォグボボボボボッ!!
  ゴプッブリュブリブジュルルルルルルルルルルブリリリリリリリリリリリリッ!! ビチビチビチゴボッブボゴボブボーーッ!!
(だめっ、止まらない…………)
 もうだめになってしまった肛門を下痢便が駆け抜けていく。ショーツの空き容量はもうない。出し始めより水っぽくなった液状便が出した分だけ外にあふれ、スカートに染み込むより早く泥の池を作っていく。
 体を震わせながら下痢便を漏らすはるか。その感覚を至近距離で翔太に感じさせるわけにはいかなかった。

「うぅぅ……………」
 大量に漏らしてしまった下痢便と液状便の凄まじい臭いがゴンドラを満たしていく。茶色く色づいて見えそうなほどの激臭。それが、はるかの下腹部を中心に漂っている。はるかは恥ずかしさと情けなさで消えてしまいたくなっていた。

「ごめん…………ごめんなさい…………翔くん……………ごめんっ…………」
「……………………」
「…………………翔…………くん…………っ!?」
 さっきまで必死に慰めの声をかけてくれていた翔太の声が途絶えていた。
 異変。
 もうこれ以上の恥辱も絶望もないと思っていたはるかの心がさらなる恐怖で満たされる。
 はるかは恐る恐る、うつむいていた顔を上げた。

「う…………っく………………うぅ……………」
 翔太は反対側の椅子にもたれ、制服の襟を片手で握りしめていた。苦しげに顔をしかめ、口をぴったりと閉じて上半身を震わせている。
「翔くん……!?」
 はるかは一目でわかる異様な様子に絶句した。
 胸が苦しいのか。息ができないのか。いや、それならそう訴えるはずだ。体の不調を訴えられない理由があるとしたら――。

(気持ち悪い……!? 私が……私が漏らしちゃった……臭いのせいで……!!)
 気持ち悪くならない方がおかしいくらいの悪臭。逃げ場のない密室。至近距離で嗅いでしまった、そのおぞましい臭い。
 翔太は、あまりの悪臭に吐き気をもよおし、今にも嘔吐しそうな感覚を必死にこらえていた。

「あ、あぁぁ…………ご、ごめんなさいっ……」
「だい…………じょぶ……………だから…………気に……しないで……」
 翔太は顔面蒼白になり、口を開けるのも苦しい状況ながら必死にはるかを気遣っていた。
「わ、私の…………私のせいで………………っ!!」
  ゴロギュルゴロロギュリリリッ!! ギュルルルルルルピィーーーーーーーーーーーーーーーッ!! ギュルルギュルギュロロッ!! グピィィギュルギュルーーッ!!
 必死に謝ろうとするはるかをその瞬間、また強烈な腹痛が貫いた。同時に感じる圧力――いや、もう圧力は感じなかった。肛門を駆け抜ける熱さが――。
(だめ、これ以上は、絶対だめっ……!!)
  ギュルルルルルルゴロロロロロロロロロロロロログウーッ!! ギュルピィィィピィィィグルッ! ギュルルルルギュルゴロロギュルルルルルルルルルルルッ!!
「あぁぁぁああぁあ……!!」
 腸を直接ねじられるような激痛。はるかは、思わずお腹を両手で抱え込み体を前傾させてしまった。
 体が前に傾くと、その分お尻が開いてしまい、我慢する力が落ちる。立って体を後ろに反らして必死に耐えていた時に、腹痛に耐えきれず前かがみになった瞬間漏らしてしまった記憶が蘇る。
(だめ――――)
  ブブブブブブブッブジュルルルルルッ!! ブリッ!
  ブジュブボォゴボボボボボボッ!! ゴポポポッブボォォォォォォビチチチブボーーーーーーッ!!
  ゴポッブボォォォォォォォォォビチチチチチチチチチチチッ!! ゴボボッブジュルルルルルルルゴポブジュルルビチビチビチッ!!
  ビチャブジュルーーーーーーッビチビチブビーーーーーーーーーーーーッビチャァァァァァァァァッ!! ブジュブジュブビィィィィィッ!!
 また、漏らしてしまった。しかも大量に。
 悪化を続けていたはるかのお腹の具合は、内容物を泥状から粘性の少ない液状へと変化させていた。広がりやすく表面積も大きい汚物の液体が、凶悪な臭いを撒き散らしながら肛門の外へ、下着の外へと吐き出されていく。
「あぁぁぁ…………ごめん……ごめんなさいっ………………」
「………………………」
  ベチャ……ポタ、パタタタ、ビチャビチャビチャ……………
「…………!? ……………っ、あ……………………あぁぁぁぁぁ!!」
 はるかは今までと違う水音を感じ、視線を下に落とした。
 スカートの裾から、床に向かって液状便が流れ落ちていた。最初はいくつかの雫でスカートの布地を滑り落ちきれずに止まっていた茶色は、すでに作られた水跡を伝って抵抗なく流れ落ち、水流となって床に降り注いでいた。

「っぐ…………」
 汚物が目に見えた瞬間、視界全体が茶色くなったかのごとく、嗅覚だけでなく頭全体が悪臭に包まれたような感覚を覚えた。はるか自身も吐き気をもよおしそうな悪臭だった。
「あ…………あぁ…………ごめ――」

「おえええええええっ!!」

 慌てて顔を上げたはるかの目の前で、翔太が口を両手で覆った。それとほぼ同時に喉の奥底から絞り出すような声が響き、胃液と消化途中の食物が混ざりあった黄白色の粘液が口から飛び出した。覆った両手でその吐瀉物の大半を受け止めたが、指のわずかな隙間から飛び出した飛沫はそのままの勢いで斜め前方に飛び、はるかの膝上のスカートと床面にいくつかの汚れの跡をつけた。

「あ、ああ…………あぁぁぁ…………」
 激しく嘔吐する翔太の前で、はるかは顔を覆って震えていた。翔太はもともと体が丈夫ではなく、強い運動をしただけで気分が悪くなり吐いてしまったことも何度かある。はるかは何度もその光景を見て、背中をさすってあげたこともあった。翔太の体のことははるかが一番知っていたはずだった。
(私…………私のせいで……!!)
 それなのに、今やってしまったことは何か。凄まじい悪臭に包まれながら吐き気を必死にこらえる翔太の内蔵を抉るかのように、さらに大量のお漏らしをして悪臭を増幅させた上に、流れ落ちた汚物を見せつけてしまった。
 翔太は、はるかに嘔吐させられたのだ。

「うええええっ……げぽっ……………げええええええええっ!!」
 一度だけでは嘔吐は終わらなかった。両手いっぱいに受け止めた吐瀉物の中に更に新たなものが吐き出され、もはや手では受け止めきれずあふれ出し、重力に従って落下して翔太の制服の裾とズボンを吐瀉物で塗りつぶしていく。さらにまた少量の吐物を吐き、息をつく間もなくまたまとまった量の吐瀉物を戻してしまう。
 翔太の膝の上は黄色い吐瀉物の湖になっていた。

「ごめん……………ごめんなさいっ…………私の…………私が……こんな……!!」
「だいじょう……ぶ…………はるちゃんの……せいじゃ…………」
 翔太は口元を押さえていた手を離し、息を整えながら、必死に言葉を紡ぎ出した。
 口元はぐちゃぐちゃに汚れていた。唇の色が見えないほどに。
 つい数分前、口づけを交わしたばかりの愛しい唇が。
 汚く刺激臭を放つ吐瀉物で汚れていた。
 自分が漏らしてしまったせいで。その下痢便の悪臭のせいで。漏らしても許してくれようとした翔太の心と体を汚してしまった。

「うっ…………ぐ…………」
 翔太が再び口元に手を当てた。自らが汚れても、はるかの体に吐物が飛び散らないようにしてくれている。

  ゴロロロロロゴロギュルルッ!! ゴログギュルルルルルルッ!! ギュルルルグギュルーーッ!
  ギュルルルルルルルルルルルルルルルルルピィィィギュリギュルルルルギュルルルルグギュルルルルルルルルルルッ!! ゴロッギュルピィーーギュルッ!!
「あ…………だめ…………だめっ……………」
 はるかの下腹部を、何度目かわからない腹痛が襲う。止めなければ。これ以上漏らしたらもう取り返しがつかない。はるかはスカートの両側に手を差し込み、お尻を無理矢理に寄せて我慢しようとする。液状便が染み込んだスカートの冷たい感触が薄茶色の膜となって指先を包む。
  ビュルッ……ブビュッ…………ビューーッ……!!
(だめ…………止まってっ…………!!)
  ブジュブジュブジュ…………ビチッ……ブジュビチビチゴポッ…………!!
 はるかの切実な願いと必死の抵抗。それをあざ笑うように、肛門からは液状の汚物が漏れ続ける。
  ブビーーッ……ビィッ……ビュブブブブブブブブジュルーーーーーッ……!!
  ブバッ……ビチチチチチビチィィィィィ…………ビチィィィーッ!! ブピピピピブバーーッ!!
(お願い…………もう…………もうだめ…………)
 はるかの願いは、ついに自らの身体には聞き届けられなかった。
「あぁぁ…………!!」
  ブピピッビチブピピピピピピピブビーーーーーーーーーッビィーーッ!! ブジュルーーッ!
  ブビィィィビチーーーッ!! ブビチチチチチチチブビィブバーーーッブピーーーッビィィィィィィィィィィィィィィッ!!
  ブビチチチチチチチブジューーーーーッビチチチチチチチチチチチビチチチチチチチチチビチャァァァァァァァァァッ!! ブビチチチチブジュルーーーーッブジュルーーーーーッビチチチチチッ!!
  ベチャベチャベチャベチャッ………ビチャビシャビシャビシャ……!!

 はるかはまた、大量の液状便を漏らしてしまった。スカートの中で行き場をなくした液状便が洪水となり、両脚を汚しながら観覧車の床に流れ落ちていく。すでに飛沫や水流ではなく、液状の汚水の池ができ始めていた。
 大量の液状便が大気のもとにさらされる。臭いが、広がる。もうこれ以上臭くならないと思っていたほどの悪臭を更に上書きする猛烈な汚物臭。

「あ――」
「げええええぇぇぇぇぇっ!! げぼっ!!ごぷっ……うおえええええええええええっ!!」
 はるかの目の前で、必死に吐き気をこらえていた翔太がまた限界を迎えた。前かがみになりながら必死に両手で口元を押さえる。
 新たな吐物は翔太の制服ではなく観覧車の床の上に落ち、はるかがが作り出した液状便の海と混ざり合いながら黄白色の食物残渣混じりの池を作り上げていった。


 はるかが漏らし始めてから、4分が経過していた。
 その後1分の間にも、はるかのお尻からの破裂音と、吐瀉物が翔太の口から流れ落ちる音が2回ずつ響いた。


『……大変長らくお待たせいたしました。点検が完了いたしましたので運転を再開いたします。地上につきましたら係員の指示に従ってお降りください。体調不良の方がいらっしゃいましたら係員にお申し出ください。この度は大変ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした』

 運転再開を告げる放送。想定通り、停止してから10分での運転再開だった。

 10分前、このゴンドラの中は、幼くも深く愛し合う恋人たちの幸せに包まれていた。
 それから10分が過ぎた今。

 ゴンドラの中は、消えないどころか更に深まった悪臭に包まれていた。
「…………………」
 はるかは、直腸に押し寄せた下痢便を、全て出し尽くしてしまっていた。
 ほとんど障壁にならない薄く布地の少ない下着からあふれ出したどろどろの下痢便。スカートに染み込み、脚を汚し、床に降り注いだ液状便の海。過敏性腸症候群で下痢をしてしまった少女が、下痢便を漏らした痕跡が全てそのままに残っていた。
「…………………」
 翔太は胃の中の食物を全て吐き出してしまっていた。
 必死に抑えようとした両手と何度も至近距離で反射を受けた口元は嘔吐物にまみれている。膝の上と床の下には、胃液と未消化の食物が混ざりあった黄白色の吐物の海。悪臭に耐えられず吐き気をもよおしてしまった少年が、耐えきれず嘔吐した痕跡が全てそのままに残っていた。

 はるかは、お尻と脚に広がる不快感に包まれながら、それ以上の絶望に心を埋め尽くされていた。
「……………………」
 私のせいだ。
 私がお腹を壊してしまったせいだ。
 私が漏らしてしまったせいで、こんなことになってしまった。
 ひどい悪臭を放つ下痢便を漏らしてしまった。
 翔太が気持ち悪そうにしていたのにお漏らしを止められず一層悪臭を充満させてしまい、耐えきれず嘔吐させてしまった。
 一度吐かせてしまった後も何度も漏らしてしまい、さらなる悪臭に加えて汚物の海が見えたことで翔太の吐き気を悪化させ、そのたびに嘔吐させてしまった。

 翔太は、はるかを責めないでいてくれた。
 漏らしてしまった汚い自分を抱きしめ、嫌いになんかならないと言ってくれた。

 でも。
 翔太の体は、はるかを拒絶した。
 翔太の本能が、はるかの下痢便の臭いを拒絶した。

 その証が、二人の足元に広がっている。
 10分前にはなかった汚物と吐瀉物。

 もしもう一度抱きしめようとしてくれることがあっても、翔太の体ははるかの臭いを思い出すだろう。
 決して受け入れられなかった、あまりにもひどい悪臭を。
 その記憶を本能に刻み込んだまま愛しあうことができるだろうか。
 液状便の染み込んだスカートを掴んだ手と、嘔吐物を受け止めた手を絡め合わせることができるだろうか。
 再び口づけを交わそうとした時、その口から拒絶の証を吐き出してしまったことを思い出さずにいられるだろうか。
 生まれたままの姿を見たいと思った時、手をかけた下着の中身が茶色い汚物に埋め尽くされていたことを想像せずにいられるだろうか。

(………………無理……だね……………)
 永遠に続きそうな沈黙の中、はるかは静かに思った。
 もう、取り返しがつかない。

 二人の心につけられた消えない傷と、二人の間の足元に打ち付けられた汚物の痕跡が示していた。
 幸せな時間は、もう戻ってこないことを。
 未来に待っているはずだった幸せには、もうたどり着けなくなってしまったことを。

 はるかは、大きく開かれていた幸せへの扉が閉ざされる音を聞いた。

 そこに残されていたのは、絶望の二文字だけだった。



 長い長い悲痛な時間が過ぎ、ゴンドラはやっと地上に達した。係員が急いで鍵を開ける。

 カシャン。

 この扉が開くことをはるかは何よりも待ち望んでいたはずだった。だが、もうはるかの望みは消え失せていた。今さらこの扉が開いても、すでに起きてしまった悲劇を消すことはできなかった。

「お待たせいたしました。この度は申し訳ありませ…………うっ!?」
 係員の女性が扉を開けて――次の瞬間、猛烈な臭気に口元を覆った。
「……………………ごめん……なさい…………」
「うそ………………あ、あっ、し、失礼しましたっ!」
 内側からの謝罪の言葉を耳にし、あまりの光景に絶句していた係員が我を取り戻す。
「…………ごめんなさい………………あの…………」
「すみません…………か、かたづけ…………ますから………うっ…………」
 お尻を汚したまま絶望的な表情で謝るはるかと、もう吐くものはないもののまだ気持ち悪さが消えない顔面蒼白な翔太が、生気のない姿で椅子に座っていた。
「…………と、とにかく降りてください。その、お客様の責任じゃないですから。片付けはこちらでやりますので…………」
「あ、ありがとう…………うっ…………」
 足の踏み場もない床面の液状便と吐瀉物を踏みつけながら翔太が降りると、そのままふらついて膝を付いた。
「うぅっ…………」
「お客様! 大丈夫ですか? 医務室に行きましょう……歩けますか?」
「…………」
 臨時に集められてきた男性職員が声を掛ける。翔太は声は出せなかったがうなずき、ゆっくりと立ち上がった。
「お客様も医務室へ…………いえ、それより……」
「……………大丈夫……です……一人で…………トイレ、いけますから……………」
 最下点に達してしまったゴンドラ。一刻も早く降りたかったはずのはるかは、もはやそうするだけの理由を失っていた。我慢していた下痢便はすべて漏らしてしまっていた。
「…………っ…………」
 ビチャビチャビチャバシャバシャッ…………!!
はるかがゆっくりと立ち上がると、スカートの中に池を作っていた液状便が一斉に流れ落ち、はるかの膝から下を茶色に染めていった。靴の中にも液状便が入り込んでくる。一種遅れてゴンドラを満たす激臭。もはや、彼女の下半身は汚物そのものでしかなかった。
 震える脚でゴンドラを降りるはるか。靴の跡が茶色くなる。液状便の水分を限界まで吸ったスカートは、吸収しきれなかった光沢のある液状便をその表面ににじませていた。紺色のスカートだったが、おしりが当たっていた部分は完全に色が変わってしまっていて漏らしたことが丸わかりだった。たくさんの思い出が詰まった制服のスカート。洗ったらきれいになるだろうか。もう一度履くことはできるだろうか。

「あの、これを…………」
 係員の女性が、ダークグレーの薄い毛布をはるかに手渡してくれた。
「………………いいです…………よごれちゃうから………………」
「構いませんから。そのままじゃ…………せめて…………。あの、車椅子用の広いトイレとか、使っていいですから」
 係員は同じ女性としてこのままの格好で歩かせるのはあまりに忍びないと思ったのか、毛布を強くはるかに押し付けてきた。
「……………ありがとう……ございます…………」
 はるかは断りきれず、毛布を腰に巻いて歩き始めた。その端が、液状便にまみれた膝の裏に貼り付くのを感じながら。


「うぅっっ…………ぐすっ……………ひっく……………」
 はるかは、観覧車から一番近いトイレの建物にたどり着き、係員に言われた通り車椅子用のトイレに入った。こんなことで使ってしまうのは申し訳ないと思ったが、後始末用の広いスペースがあり、個室内には水道もあって汚れ物を洗うこともできる。今のはるかは、確かにこの設備を必要としていた。
「えぐっ……………ぐすっ…………………うぅぅっ…………」
 あれほど求めていながら今や必要なくなってしまった便器の前に立ち、蓋を開ける。女の子が普通上げることのない便座も上げた。
 スカートを脱ぐか下着を脱ぐか一瞬迷った後、はるかはスカートのホックを外した。汚れた脚にできるだけ触れないように少しずつ下ろしていくが、前かがみになった瞬間、下着からどろっとした便がこぼれてスカートと床を汚した。はるかは手で下ろすのを諦め、立ったままスカートを床に落とした。トイレの床に落とすには抵抗があったが、むしろ汚いのは床面よりもスカートの方だ。はるかはスカートで作られたサークルから慎重に両足を外に出してスカートを拾い上げ、汚れの少ない前方を内側にしようとした時、茶色ではなく黄白色の汚れが目についた。
「あぁぁっ………っ…………うぁぁぁ…………」
 スカートに残っていたのは、翔太が口元を押さえた指の隙間から飛び出してしまった吐瀉物だった。液状便で汚れたスカートに残っていたその吐物が、さっきの光景が夢ではなく現実だったことを突きつけてくる。はるかは耐えきれなくなり嗚咽を漏らし始めた。涙はもうトイレに入る前から止まらずに流れ続けていた。
「ぅぅっ…………ひぐっ……………うぅ……あぁぁぁぁ…………」
 はるかは泣きながらスカートを手すりにかけ、下半身は下着だけの姿となった。今日初めて身に着けた、ちょっと大人っぽいレースの入ったピンクのショーツ。気が早いと思いながらも、もしかしたらこれを脱がせてもらうこともあるかもと思って新しく買ったお気に入りのショーツ。はるかの年頃の女の子らしい期待が込められたショーツは、無惨な茶色に染まっていた。おしりの当たっていた部分は大量の下痢便が塗りたくられ、脇から脚にこぼれて滑り落ちていた。座った状態で漏らしてしまったはるかの下着の中では、下痢便が前や後ろに押し広げられていた。絶望的なのは前の方だった。敏感な部分がすべてどろどろの下痢便に包まれ、さらに漏らし続けることでうごめいていく。言葉ではとても表現できない感覚だった。後ろも、ある程度のところで脇から漏れ出てしまったものの腰の半分くらいは下痢便に埋め尽くされていた。
 大量にこぼしていながらまだ大量の下痢便を蓄えた重い重い下着を下ろす。押しつぶされていた下痢便が肌から離れる時に感じる粘性の抵抗。どんなに避けようとしても下ろす途中で脚に触れてしまう。下痢便の感触に再び下半身を蹂躙されながら、はるかは何とか下着を体から離した。そのまま、便器の上に持っていって上下に振り、便器の中に汚物を落とす。落としきれない汚物は紙で拭い取り、何とか洗うことのできる状態にした。床の上に紙を敷いてショーツを置く。
「ひっく……うぇぇっ…………ぐす…………あぁ……」
 下半身裸のはるか。肌についた汚物を、トイレットペーパーで拭い取っていく。
 拷問のような時間だった。
 肌の奥まで汚れが染みたかのように、何度拭いても汚れがついてくる肛門。汚してはいけないはずの秘部の汚れは、奥に塗り込まないように慎重に拭いていかなければならなかった。お尻全体に塗りたくられた泥状の便は予想以上に広がっていて、拭く時に何度も手首に付いてしまった。脚にこぼれた下痢便は拭き取ったものの、ぬるっとした液体が内側全体を覆っており、どこまで拭いたのか何度もわからなくなった。靴下も全面が茶色い液状便に染まってしまっていて洗っても落ちそうになく、そのまま汚物入れに放り込むしかなかった。靴を脱ぎ、溜まった液状便を便器の中に注ぐ。紙で中の液体を吸わせ、表面の汚れを拭き取る。膝から下の液体を拭き、足の指の間も何度も拭いた。
 もう一度紙を大量に取り、下半身を撫でるように拭く。茶色い汚れはついてこない。
 でも、はるかは体がきれいになったとは思えなかった。

「ぐすっ………ひぐ……………うぅぅっ…………」
 ぐちゃぐちゃになった紙と汚物が混ざりあった便器に水を流したはるかは、靴を履き直して手洗い場まで移動してスカートを洗い始めた。これを洗わないと外に出られない。流しの栓をしてスカートの上から水を注ぐと、一瞬で水が茶色に染まった。吐物の白いかけらが水面に浮かんだ。生地が傷まないように何度も揉み擦り合わせ、繊維の奥に染み込んだ茶色を追い出そうとする。水を3回汲み直したあと、ようやくシンクの中が茶色く染まらなくなった。もともと濃い紺色のスカートは、表面に浮かんだ茶色の雫さえなくなればほとんど汚れは目立たなかった。
「うぅ………………あぁ……………あぁぁぁぁっ…………!!」
 次にショーツを洗い始めて、スカートより一層濃い茶色の水が流しにたたえられた時、はるかはついに耐えきれなくなって号泣してしまった。
 後始末の間ずっと涙を流し続けていたはるかだったが、おもらしの象徴とも言うべき汚れたショーツに触れた時、ついにその精神は限界を迎えてしまった。
「あぁぁぁぁぁ……………うああぁぁぁぁぁぁっ………………えぐっ…………あぁぁぁぁぁぁっ…………!!」
 下着を洗う手を止めて、子供のように泣き続けるはるか。背伸びした印象の彼女だったが、実際はまだ14歳の少女に過ぎなかった。自分の失敗――それも、小学生でもしないような下痢おもらしのために、よりによって大切な人を傷つけてしまい、二人の絆を修復不可能なほどに引き裂いてしまった。繊細な彼女の精神はそんな悲しみに耐えられなかった。
「う………………うぅ…………っ………」
 涙が茶色く濁った水に落ちる。はるかは。スローモーションのような動きで下着を洗う作業を再開した。いかにも耐久性が低そうな繊維をごしごしと擦り合わせていく。一度水を取り替えたがまだまだ茶色くなる。はるかは再度下着を擦り合わせ、今度は強めに絞って少しでも汚水を追い出そうとした。
 その時だった。

  ギュル……ギュルルルルルグルルピーーーグギュルルルルッ! グピィーーッ!
「えっ…………」
 はるかが下腹部に違和感を感じた次の瞬間、猛烈な痛みが蘇ってきた。
  ギュルルルルルルルピィーーーーーギュルルルッ!! ゴロピィィィピィーーーゴロロロッ!!
  グギュルルルルルルルルルルルルギュルピィーーーーーーーッ!! ギュルグルグウーーッ!!
「うぅぅぅっ……!!」
 はるかは思わずお腹をさすりながら前かがみになった。激しい腹痛と一緒に、また水っぽい便意が肛門に押し寄せていた。

「……………………もうやだ…………」
 はるかはそうつぶやいて、下半身裸のまま慌てて便器に駆け寄り、一瞬立ち止まって便座を下ろして座り込んだ。
「うぅっ……!!」
  ブジュッ……ビュッ……!! ビシャーーーーーーーーーーブジュビシャアアアアアアアアッ!! ビュルーーッ!!
  ビュッビュルルルルルルルブシャーーーーーッ!! ビュルッブビューーッ! ブシャッビシャーーージャーーーーーッ!
  ブパッブビューーーーーーーーーーーーーッ!! ビシャビシャビシャブピッビシャーーーーーーーブビビビビビブジュブビブビブビッ!! ブーーーーッブジュジュジュジュッ!!
 間一髪だった。便座に腰を下ろし切るより早く肛門が開いて茶色い飛沫が飛び散り、次の瞬間には完全に水状になった便が迸っていた。便器の中の水を一瞬で茶色に染め、その茶色い汚水を跳ね上げてお尻に茶色い飛沫を塗りつける。まとまった量の水下痢が途切れた瞬間、ものすごい音量のおならが響き渡った。無数の飛沫を飛び散らせながら何度も鳴り響くガスの破裂音。完全にお腹を壊してしまった時はいつもこうなるのだった。恥ずかしくて消えたくなるほどの激しいおならの音と、敏感になった肛門を駆け抜ける水下痢の痛さが、はるかの心と体を更に深く傷つけていった。

「っあ…………」
  ビィィィィッブチュブジュブジュブジュブジュッ!!
  プジュブピーーーーーーーーブジューーーーーーーーッブジュルルルルルッ!! ブププップジューーーーーブピーーーーーーーーーープジュプゥゥゥゥッ!! ブビビビビッブビビピィッ!
 狂おしい便意に肛門を開くと、大量の飛沫とともにおならが炸裂する。広い個室に何度も反響するほどの大音量。
 それでいて水便そのものはほとんど出ず、お腹の痛みは全くおさまらない。はるかは必死にお腹をさすりながら肛門を開き続けた。
「うぅぅぅ…………」 
  プジュビピピピピピピピップジューーーーーーーーーブプーーーーーーーーッ!!
  ブシャビシャビシャビシャアッ!! ブパッビュルルルルルルルルッビチィィィィィィィジャーーーーッ!!
  ブシャッビュルーーーーーーッジャアアアアアアアアッ!! ビチチッビチビチィーーッビシャアアアッ! ブビビビビビブビッブプププププブーーーーーッブジューーーーーーーッ!!
 まとまった量の水便が出たと思えば、すぐに途切れて水しぶきを撒き散らしながらのおならが肛門で爆発する。誰かに聞かれたら逃げ出したくなるほど恥ずかしい汚い音のガス噴出。止めようと思っても止められない。そしてこれだけの苦しみと恥辱にまみれても、まだ水下痢の排泄は終わっていない。はるかはまたお腹を猛烈にさすった。

「……っうぅ………………!!」
  ビシャビチィーーッビィーッジャアアアアアアアッ!! ビュルッブビューーッ!! ブシャーーッビュビィィィィビュルーーーッ!
  ブピッビュブシャーーーーーッビシャーーッ!! ブジャッビューーーブシャァァァァァビシャッビュルルルルルルーーーーッ!! ブビィィィブジュブジュブジュッ!!
  ビシャビュルルルルルルルルジャァァァァァァァァァブシャーーーーーーッブビビビビビブビビッブジュジューーーーーーッブジュブーーーーーーーーーーッ!!
  …………ブピッ……ビジュッブーーーッ…………ブジュブジュグジュグジュグジュ……………
 痛々しくなるほど肛門を開いてやっと激しい水便の噴出と破裂音が途切れ、トイレの中にはまた悲しい沈黙が訪れた。
 はるかが一生懸命拭いたおしりは、また水便の雫まみれになっていた。

(………………私………………翔くんと付き合う資格なんてなかったんだ……………翔くんを、好きになる資格なんて…………)
 はるかはお尻の水便を何度も拭きながら思った。お腹が弱い自分が、過敏性腸症候群でいつもお腹を下してしまう自分が、人並みに恋愛をしようとしたことが間違っていたのだと。初めから、うまく行かない運命だったのだと。そう思わないと耐えられなかった。ずっと思い続けてつかみかけた幸せを、届く可能性があったのに失ってしまったということが耐えられなかった。
「……………………もう……………やだ…………」
 はるかはこの日、生まれてから今までで一番強く、自分のお腹の弱さを呪った。


「……………………っ……………」
 悲しい後始末を終えてはるかが外に出た時、陽はすでに傾いていた。

 その後、どうやって家まで帰ったかは記憶がない。
 ただ、コンビニに寄って飾り気のないパンツをレジに持っていった時の悲しさと、途中の駅のトイレで、何回降りたかわからなくなっちゃった、と思ったことだけを覚えている。

 はるかは自分の部屋に閉じこもり、布団をかぶってずっと泣き続けた。


 次の月曜日、はるかは気力を振り絞って学校に向かった。珍しく通学電車で下痢をしなかったのは、トイレを意識する余裕がないほどの絶望が心を覆っていたためかもしれない。本当は休みたかったが、そうしたら翔太の家と家族ぐるみの付き合いがある両親に「何かあった」ことを知られるのは避けられない。はるかはそのことを言い出せずにいた。

 いつもの学校、いつもの教室。翔太と付き合うようになって幸せの象徴であったその場所は、今やはるかを苦しめる刑場となっていた。翔太も学校には来ていた。自分の席でうつむいていた彼は、はるかの姿を目にするとじっと彼女の方を見つめ、口を開きかけた。
 だが、次の瞬間、翔太は下を向いて顔を覆った。
「………………」
 はるかも、声をかけることはできなかった。
 思い出すことが辛い。話すことによって思い出してしまうのが辛い。

 二人はその日、一言も話すことができなかった。
 次の日も。その次の日も。

(ごめんね…………翔くん…………)
 はるかも翔太も、あの日のことを謝りたいと思っていた。
 話をして、謝ることができれば、許し合えるはずだった。二人とも相手は悪くないと思っていた。幸せな未来に繋がる扉は閉ざされてしまったが、また開けることはできるはずだった。
 でもそのためには、あの日のことに向き合わなければいけなかった。
 はるかはあの日のことを思い出させてまた翔太を傷つけてしまうのを恐れていた。翔太は、もし思い出してまた気持ち悪くなってしまったら、はるかを立ち直れないほど傷つけてしまうと思っていた。
 傷を癒やしたいという思いよりも強い、これ以上傷つけたくないという思いが、二人の言葉を封じ込めていく。
 
 教室で何も話せないまま一週間が過ぎた日、母から翔太と何かあったのかと問われた。翔太の母からも、遊園地に行った日からずっと落ち込んだままだと聞かされていたからだ。
「なんでもない…………」
「ケンカでもしちゃったの?」
「そうじゃないよ…………なんでも、ないから………………」
「そう……………」
「大丈夫だよ…………大丈夫だから…………」
「…………あのね、はるか…………………………漏らしちゃった?」
「っ……!! …………ぅ……………あっ………………あぁぁぁぁぁ……………!!」
 はるかはずっと隠しておこうとしていたが、母に事情を察せられてしまい、ついに耐えきれなくなって泣き出してしまった。はるかのお腹の弱さを誰より知っている母は怒ったり嘆いたりせず、ただはるかの頭を撫でてくれた。
 直接話せなければ代わりに伝えてあげようかという母の助けの手を、しかしはるかは拒絶した。自分が漏らしただけだったらこんなに思い詰めてはいなかった。翔太を傷つけてしまったのが辛かった。
 クラスの友人たちも、あれほど仲の良かったはるかと翔太が一言も口を利かなくなってしまったことを心配し気遣ってくれたが、はるかはその手も取ることはできなかった。

 はるかに残されたのは、何もできないまま、ただ後悔だけを続ける日々だった。

(やっぱり…………もうだめなんだね……………)
 一言も言葉を交わせないまま1ヶ月が過ぎた時、はるかは、閉ざされた幸せの扉に永久に鍵をかけることを決意した。

 転校先はどこでもよかった。はるかは小学生の時に見学に行った明翠学園のことを思い出し、翔太はもちろん、友人の誰にも告げずに編入試験を受けた。精神状態はボロボロだったがはるかの基礎学力は十分に高く、危なげなく高等部への編入が認められた。
 母は何も言わず、はるかの決断を認めてくれた。

 中等部の卒業式を、はるかは欠席した。
 下級生の時に出ていた式では、3年間の様々な思い出が振り返られていた。もう戻ってこない幸せな日々を思い出すのは拷問でしかなかった。
 この日、どうなってもいいからはるかと話をして謝ろうと決意していた翔太は、見えないはるかの姿を探し続け、倒れそうになりながら戻ってきた自分の机の中に、一枚の手紙を見つけた。

「翔くんへ

 翔くんを傷つけてしまって、ごめんね。
 せっかく好きになってくれたのに、あんなことをしてしまって、本当にごめんなさい。
 翔くんは何も悪くないから、自分のことを責めたりしないで。
 
 私は、4月から別の高校に行きます。
 近くにいると、あの日のことを思い出しちゃうと思うから。

 私のことなんか忘れて、翔くんは幸せになってね。
 今までずっと一緒にいてくれてありがとう。
 さようなら。

         はるか」

「………………はる……ちゃん…………………あぁ、あぁぁぁぁっ…………!!」
 翔太は、あの日以来ずっとこらえていた涙を、止めることができなかった。
 それは、物心ついた時から一緒だった二人の、幼馴染としての、恋人としての関係の、終止符だった。
 その終止符を打たなければ、戻る道を閉ざしてしまったはるかは先に進むことができなかっただろう。

(さよなら…………翔くん………………)
 河川敷の対岸から、川沿いに立つ校舎を見つめるはるか。思い出の詰まった校舎に、少しずつ小さくなった制服に、いつしか見上げるようになっていた少年の顔に、はるかはそっと別れを告げた。
(…………大好きだったよ…………)

 心のどこかに穴が空いたような気持ちで過ごした短い春休み。
 その間に、はるかは髪を茶色に染めた。
 恋人になった翔太が、綺麗だと言ってくれた長い黒髪を。

 あっという間に迎えた新学期。

 はるかは、明翠学園への初めての通学電車に乗った――。




キャラクター設定

宮城 はるか(みやぎ はるか)
「…………うん、今日は調子良さそうだから、きっと大丈夫」
14歳 晶英学園中等部3年2組
身長:158.0cm 体重:48.6kg 3サイズ:73-55-79

―――――
基本設定
 進学校の晶英学園中等部に通う明るく積極的な少女。幼馴染の少年、最上翔太に恋心を抱き、思いが通じて恋人同士となったことで幸せな毎日を過ごしていた。

―――――
外見・服装設定
 身長は平均より高いが細身な体型。胸も小さくAカップ程度である。綺麗な黒髪を長く伸ばしている。
 学校の制服は紺色のダブルボタンのブレザーで、胸元に大きな水色のリボンが着いている。スカートの丈は短め。紺色のハイソックスをよく履いている。

―――――
内面・能力設定
 性格は優しく真面目で、好きな人には積極的な面を見せる。ただ、これは繊細で寂しがりなことの裏返しであり。辛いことや苦しいことがあるとすぐ泣いてしまう泣き虫な一面もある。実は頭を撫でられるのが好き。
 真面目で勉強熱心な性格で、頭の回転も速く記憶力も良い。特に空間認識力が高く地図を覚えるのが得意。部活は吹奏楽部に所属し厳しい練習をこなしている。

―――――
排泄設定
下痢便(-80) 過敏性腸症候群 大量排泄 腹痛悪化 激臭排泄 消化不良(重度) 便質軟化 限界予測 長引きおもらし 後ろ反り我慢
 小学生時代から重度の下痢型過敏性腸症候群を患っており、トイレに行けない状況になると急激に便意が強まる下痢になってしまう。特に電車や車に乗ると確実に激しい下痢に襲われる。通学電車での下痢は文字通り毎日のことで、我慢できず途中下車するのも日常茶飯事。途中の駅のトイレの場所を全て覚えているほどである。授業中や試験中も、電車の中ほどではないが下痢になることがある。あまりに下痢がひどいため中学1年の時に病院を受診し過敏性腸症候群の診断を受けたが、食生活の改善や投薬でも治らず、恥ずかしくて誰にも相談できず一人で悩み続けている。本当は信頼できる人に悩みを聞いてほしいと思っているが、幼馴染であり恋人の翔太には恥ずかしい秘密を知られたくないと思い下痢しているのを隠してしまう。
 毎日のように下痢と限界までの我慢を繰り返しているため、「我慢するのは得意」と言うほどに我慢慣れしてしまっている。そのため、便意の高まり方と肛門にかかる圧力の具合から、あと何分我慢できるかを1分単位で正確に予測できるという嬉しくない特技を身につけてしまっている。普段はこのおかげで先んじて途中下車してトイレに向かったり、授業中に早めに手を挙げてトイレに行ったりすることができるが、アクシデントで電車が止まったりすると、我慢できないとわかっていながら絶望的な我慢を続けるしかなく、力尽きてお漏らしに至ることも多い。電車の中で立った状態で我慢することが多いため、立ったまま後ろに体を反らすような姿勢でお尻を締めて肛門が膨らむのを防ぎ我慢する姿勢をとることが多い。ただしお腹の痛みがひどく前かがみになってしまうこともあり、そうすると我慢しにくくなって漏らしてしまうこともある。座った状態では慣れている我慢姿勢を取れず耐えられる時間が大幅に短くなるが、その事自体は計算に入れて我慢できる限界を割り出すことができる。
 排便の量は毎回かなり多く下痢便が和式便器一面に広がるほど。その日の体調によって便がゆるくなることがあり、黄色っぽい液状便や水状便になってしまうこともある。ただいずれの場合でも臭いはかなり強烈である。脂っこいものなど消化の悪いものを食べると頻繁にトイレに駆け込んで水状便を出しまくるほどの猛烈な下痢になってしまい、翌日まで具合が悪い状態が続く。
 漏らし始めても完全に決壊せず我慢を続けることができるがそのまま出さずに耐えきることも難しく、数分間かけて断続的に下痢便を漏らしてしまうことになる。

当日の排泄内容

1回目 07:12:16-07:17:43 5m27s 起床直後 自宅トイレ(洋式) 下痢便 685g
2回目 09:52:11-09:55:42 3m31s 移動中 京王よみうりランド駅改札内トイレ(和式) 下痢便 435g
3回目 12:55:23-12:59:35 4m12s 昼食後 遊園地レストラン内トイレ(洋式) 下痢便 513g
4回目 15:32:14-15:36:22 4m8s 観覧車乗車中 遊園地観覧車内(おもらし) 液状便 おもらし655g
5回目 16:02:15-16:05:32 3m17s 下着洗い中 遊園地観覧車付近車椅子用トイレ(洋式) 水状便 359g
6回目 16:33:25-16:41:22 7m57s 着替え購入後 駅前コンビニトイレ(洋式) 水状便 520g
7回目 17:02:15-17:05:27 3m12s 途中下車 京王多摩川駅トイレ(和式) 水状便 342g
8回目 17:22:15-17:27:52 5m37s 乗り換え待ち中 調布駅トイレ(和式) 水状便 533g
9回目 17:32:15-17:39:31 7m16s 途中下車 西調布東駅トイレ(和式) 水状便 512g
10回目 17:52:13-17:56:32 4m19s 途中下車 武蔵野台駅トイレ(洋式) 水状便 335g
11回目 18:12:12-18:18:51 6m39s 途中下車 東府中駅トイレ(和式) 水状便 522g
12回目 18:38:22-18:51:25 13m3s 帰宅中 自宅近くスーパーのトイレ(和式) 水状便 便器外102+652g
13回目 20:22:45-20:33:22 10m37s 帰宅後 自宅トイレ(洋式) 液状便 585g
14回目 22:45:15-22:51:22 6m7s 入浴後 自宅トイレ(洋式) 液状便 611g



最上 翔太 (もがみ しょうた)
「…………ぼく、背が低いの気にしてたんだよ。はるちゃんとつりあわないかな、って」
15歳 晶英学園中等部3年2組
身長:160.2cm 体重:50.4kg
 晶英学園中等部に通う少年。はるかの幼馴染だが、背が低くて見た目が子供っぽく、明るく元気だが恋愛などませたことには興味がなく、はるかが小さい頃から思いを寄せ続けていたことには全く気付いていなかった。
 中学2年の終わりごろから急に成長期を迎え、身長が伸びると同時に精神的にも成長して自分のことを見つめるはるかの気持ちに気づき始めていた。何人かの女子に声をかけられるがはるかを一番大切に思って断っていたところ、はるかに放課後に呼び出されて告白され、喜んでこれを受け入れた。これまでに何度かのデートを重ねて少しずつ仲を深めている。
 性格は明るく優しいが、体が小さかったこともあり体力面にはあまり自信がなく、激しい運動をするとすぐ息が上がったり気分が悪くなったりすることがある。




あとがき

 Part.1がかなりいいところで「次回に続く」になってしまい、先が気になるとの声が多かったため、がんばって仕上げてみました。予告通り、今回は回想シーンとなります。実はPart.1よりもこちらの話の方が先に書き進めていたものです。
 デート中観覧車お漏らし、という、ある意味オーソドックスなおもらしシチュエーションですが、今回一番のオリジナリティは「おもらしした下痢便の激臭で恋人が嘔吐してしまう」という救いのないシチュエーションです。はるかちゃんの数あるぴーぴー属性のうち、過敏性腸症候群、激臭排泄、長引きおもらし、限界予測が特に大きな役割を果たしており、単なるフレーバーではなく物語構成にぴーぴー属性を絡めることができる、と実証できたのは一つ大きな成果ではないかと思います。
 前回に引き続き、過敏性腸症候群のスイッチが入る描写を念入りに描きました。また、限界予測によって間に合わないことがわかりきっている状態からの限界我慢というこれも救いのないシチュエーションも見どころです。

 はるかちゃんは実話ベースのキャラクター造形なのですが、今回の話は恋人の翔太くんを含めてほぼ創作です。設定でもともとは他校の制服を着ていることが決まっていたので、私立校に高校から編入するだけの理由付けをしなければいけない、ということでデート中おもらしで絶望してもらうことになりました。単に漏らして嫌われるというのはありがちなので、理性では受け入れてくれるのだけれど、本能的に嫌われてしまうというより可哀想な方向性を目指し、その象徴として恋人に嘔吐させる、という手段になりました。
 ちょっと私の嘔吐描写のレベルが低すぎていまいち盛り上がらないかもしれないのですが、なんとかこれなら絶望して転校してもおかしくないかなくらいにはなったと思います。
 今回唯一実話ベースなのは「もうやだ……」です。消化不良等でお腹を壊してしまった時に漏らした下着を洗っている最中にもよおしてしまい水下痢を撒き散らしてしまった時の言葉とのことで非常に印象的だったため先取りで使わせていただきました。

 今回、話はほぼ完成しているのに時間を要してしまったのは私の未熟さの故で、もともとはるかちゃんの外見や言葉遣いにギャル要素があったのでそれを真面目に文章として描こうとしたらかなりきつい表現になってしまい、ちょっとこれは書けない、となってしまったためです。おかっぱちゃんに象徴される真面目な女の子が大好きなので、対極にあるギャルは自分には無理だ、ということになりました。申し訳ないのですがその要素を完全に諦め、ギャル要素皆無の積極的でちょっと強気な女の子として再構成させていただきました。好みの問題で書くべき文章が書けなかったというのは痛恨ではありますが、無理してキャラクターの魅力を出せなくなるよりは、自分の筆力を完全に発揮できるキャラクターにさせていただき、魅力的なキャラクターを描く、ということで補いたいと考えています。

 いつもと同じようにキャラクター設定と排泄回数を書いてみました。今回の数字的な見どころは体重です。Part1から見て半年前の今回の段階では48kgあったのですが、Part1では44kgになってしまっていて、かなり痩せてしまっています……今回のショックがかなり尾を引いていることを数字的に表すことに挑戦してみました。

 前回不完全燃焼だったはるかちゃんの魅力はだいぶ描けたかと思いますが、しかしトイレ行列我慢がいいところで止まっている状態には変わりないので、引き続きPart.3も書き進めていきたいと思います。はるかちゃんが限界予測の通り立て続けに悲劇に見舞われるのか、それとも奇跡を起こして間に合うことができるのか、お楽しみに。
 次回も応援よろしくお願いします。

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