ろりすかS Story.1
夏の日の下り列車
白岡 翠(しらおか みどり)
10歳 足立区立綾瀬小学校4年1組
身長:128cm 体重:26kg スリーサイズ:63-47-62
おなかの強さ -70(下痢体質)
我慢強さ +10(ふつう)
特殊体質 冷え冷え2
最近の排便回数 当日6/前日4/3/3/5/10/11/4
平均排便回数 3.8回/日
おもらし回数 8回(過去1年) 66回(小学校入学以降)
平成12年8月12日。JR東日本東北本線下り普通列車565Mは、定刻11時05分に上野駅を発車した。大宮発11時31分。蓮田発11時41分。帰省客で100%以上の乗車率を保ちながらも、列車は各駅を定刻に発車した。久喜発11時57分。
久喜駅で北武鉄道からの乗り換え客を加えた車内は、短距離の帰省客が5割、レジャーの客が4割、その他1割。家族連れの姿が多く見受けられる。靴を投げ出して椅子の上に立っている少女もいれば、携帯ゲーム機で対戦を続けている兄弟もいる。そして、おなかをさすりながら小さく震えている少女の姿もあった。
列車は国鉄115系電車の15両編成。車体中央がオレンジ、上下が緑の湘南色と呼ばれる塗装で、20世紀最後の年となってなお昭和の香り漂うカラーリングである。座席は4人がけのボックスシートが8組、ドアの両端に窓と平行なロングシート(2人がけだが)がある。
10号車前方ドアの横のロングシート、その手前に、その少女は立っていた。
「…………あの……」
小さな声。肩口で切りそろえられた眺めのおかっぱ髪、その黒髪がわずかにかかるまぶたが、時折ぎゅっと閉じられる。可愛らしい顔には汗がにじんでいる。混雑しているとはいえ、冷房が効いており気温は高くない。汗をかいてるのは、彼女の体の中の異状が原因だった。涼しげな水色のワンピースに包まれた、起伏のない体。その中心、やや下のおなかを、祈るようにさすっている。
「どうしたの、翠?」
母親が応える。その反対側に立っていた、おそろいのワンピースを身に着けた妹も、くいっと顔を上げる。翠と呼ばれた少女は、一瞬のためらいの後に次の言葉を続けた。
「…………おかあさん、おトイレ行ってきていい?」
トイレ――。
そこで何をするのかは、彼女の苦しげな格好を見ればすぐにわかる。慎ましやかにちょろちょろとおしっこをするのではなく、激しい音を立てて排便をするのだ。激しい腹痛と猛烈な便意――下痢の苦しみが彼女をせきたてる。汗びっしょりの姿は、すでに我慢の限界を示していた。
「……また? ねえ大丈夫? 一緒に行こうか?」
「……だ、だいじょうぶ……一人で行けるから……」
母親の心配は嬉しくはあるが、下痢の排泄をするときに近くにはいてほしくない。翠は慌てて首を振った。一瞬遅れておかっぱの髪が揺れる。
「そう……えっと、おトイレどっちだったかしら……」
「あ、あの、向こうだから…………行ってきますっ」
母親の返事を待つことなく、翠は駆け出した。おなかに刺激を与えないよう慎重に、そしてできるだけ速く。
「あっ……もう、気をつけてね!」
(…………はやく、はやく、おトイレ……!!)
隣の車両への連結部のドアを開ける翠は、トイレで排泄することしか考えられなくなっていた。
翠はもともとおなかが弱い方で、毎日ゆるゆるの便を何度も排泄している。だが、今日は普段以上におなかの具合が悪かった。
翠の両親は共働きで忙しく、泊りがけの外出は一年でこの夏休みくらいしかない。列車を乗り継いでいくおばあちゃんの家で、同じように帰省してくる従兄弟と山や川で遊ぶのが、毎年夏休み一番の楽しみだった。
昨晩お風呂に入った後準備を始めたが、もともと慣れていない上に、妹の分を手伝っているうちにだいぶ夜更かししてしまった。いくら夏とはいえ、夜の涼しさの中で数時間を過ごせば湯冷めするのは避けられなかった。
冷えたおなかは急激に下ってしまい、目覚しより早く起きてトイレでぐちゃぐちゃの下痢便を排泄する羽目になった。それだけでは終わらず、1時間よりも短い周期でトイレ通いを続けている。さっきも、発車時刻を気にしながら上野駅のトイレで和式便器の底を埋め尽くすほどの液状便を出したばかりだった。
にもかかわらず、電車に乗って間もなくおなかがしくしくと痛み始めた。おなかの中のごぼごぼという音が自分にだけ聞こえるたびに、おしりに圧力がかかりおもらしの予感が高まってくる。
ここまで我慢してしまったのは、やはり便意を訴えるのが恥ずかしかったからだ。朝から何度もトイレに駆け込んでいるから、おなかを下していること自体は両親にも知られているだろうが、それでもやはりトイレにうんちをしに行くと言うのは恥ずかしいものである。
「……っく!!」
ギュルギュルギュル〜〜ッ!!
連結部に入った瞬間、翠のおなかが激しく音を立てる。これまでは列車の振動にかき消されていたおなかの音が、ついに外に聞こえるほど大きくなってきたのだ。
「うぅ……うぅぅっ……」
おなかを両手で押さえ、前かがみになって耐える翠。水っぽい、というより水そのものの間隔がおしりの内側に押し寄せてくる。一瞬でも気を抜けば漏れてしまう強烈な便意を必死にこらえる。
「…………っ」
グギュゥゥゥ……
腸の中を下痢便が逆流する音が小さく響く。嫌な音だが、翠にとっては我慢しきった証である。軽くおなかを撫で、切迫したおしりの圧迫感が去ったことを確認してから、翠は隣の車両へと踏み出す。
(……混んでる……もう一つ次のとこなのに……)
トイレのある車両の位置はわかっている。列車に乗り込む時に、小さく開いた白い窓がついている車両の位置を覚えておいたのだ。翠たちが乗り込んだのは10号車で、トイレがあるのは8号車。この9号車を通り抜けなければトイレにはたどり着けないのだが、これも10号車と同様に混雑しており、ボックスシートの間の通路にも人が立っている。
「…………あの…………すみません…………」
通路を塞いでいる人たちに道を空けてもらう。たいていの人は近寄れば通してくれるが、中には声をかけないと空けてくれない人もいる。トイレに行きたいと母に伝えることすら限界まで我慢してしまう翠にとっては、トイレに行くために道を空けてもらうというのはかなりハードルが高い行為である。
なんとか車両の端までたどり着いたが、ちょうど連結部のドアにセーラー服を着た高校生と思われる女子が寄りかかっている。
「…………あの…………」
「え?」
「…………」
「……?」
グギュルルルッ!!
「あ、ごめん、トイレね、はい」
「…………うぅ…………」
激しいおなかの音が鳴り、それで事情を察した女子生徒が道を空ける。目的は達したものの、これでは恥ずかしさ倍増である。
「あれ、でもまだ使ってるかも……おかしいなあ、もうだいぶ経って……」
ゴロゴロギュルルルーーーッ!!
「っ!!」
女子生徒の言葉を遮るようにおなかが鳴る。さっき必死の思いで耐えたのと同等、それ以上の圧力が翠の肛門を内側から襲う。翠はたまらずスカートの上から左手でおしりを押さえた。震える右手でドアを開け、連結部に滑り込む。
ゴロッ!! グルルッ!! グギュゥゥゥゥーッ!!
「あ、あああ、っ!」
左手で押さえているおしりの穴が膨らみ始める。慌てて右手も添えて全力で押さえ込みにかかるが、それでも盛り上がった肛門は元に戻らず、さらにその圧力を増していく。
(だ、だめっ、出ちゃうっ!!)
「あ、うあああっ!!」
ブブッ!! ブジュッ!! ブピィーーーッ!!
(…………お、おならだけ……?)
盛り上がった肛門が弾けて爆音にも似た摩擦音が響く。おもらしの感覚とは違う、ガスの放出……おならが出てしまった感覚。しかし、おならというにはあまりに水っぽい音が響いていた。少しちびってしまった可能性はある――いや、たぶんちびってしまったのだろう。朝から液状便を繰り返し排泄している状態でのおならが、乾いた気体だけのはずがない。
(と、とにかく早くおトイレに……)
少し湿った感じが残る指先で5号車へのドアを開け放つ。窓の位置からしてトイレはこちら側。ドアを開ければすぐ右側に目に入るはずだ。
「え…………そんな…………」
すぐ目に入った。
赤色の『使用中』の表示が。
グルル……ギュルルルルルッ!!
「あ、あぁっ…………!!」
閉ざされた扉を目にしたためか、去ったはずの便意の波が再び押し寄せてくる。
(も、もうだめっ…………おもらし……しちゃうっ……)
一瞬にして茶色に染まるパンツ。汚れが滲み出てくるスカート。パンツの脇から流れ落ち、ぼたぼたと床に落ちて飛び散る液状便。立ち上る悪臭。パニックになる車内。非難と好奇と哀れみの視線……。
翠の脳裏に、あまりにも鮮明にその光景が浮かび上がる。それは単なる想像ではなく、過去の自分の姿だった。1年生の時、トイレのない電車の中で急な下痢に襲われ、あえなく限界を迎えてしまったのだ。
(もう4年生なのに……またおもらしなんて……でも……もうだめ……!!)
おしりの穴が再び盛り上がっていく。両手で押さえてはいるが、もう止められない。あと数十秒か、数秒か……おなかの中にある液状便がパンツの中に吐き出される瞬間はすぐそこに迫っていた。
ガチャ。
「あ…………!!」
空いた。
使用中の表示が「あき」に変わる。同時に列車が止まる。どこの駅かはわからないが、振動がなくなっただけで、体勢を整えるのは楽になった。
(お……おトイレっ!!)
膨らみ続ける肛門を押さえたままトイレに飛び込む。
「あっ、このトイレ水が――!!」
「ごめんなさいっ!!」
トイレから出てきた女子学生が翠に向けて何か声をかけたが、それを認識する余裕はなかった。小さな体をトイレに滑り込ませ、左手でドアを閉め鍵をかける。
プジュッ!!
(!! 間に合ってっ!!)
すでにコントロールを離れてしまっているおしりの穴から右手を離す。同時に左足を段差の上へ持ち上げる。
ブジュビビビッ!!
左足に力をかけたためか、おしりからの噴射が激しくなる。気体か液体かははっきりしないが、おそらく両方。これはもう確実にちびってしまっているだろう。でも悲しむ余裕はない。右足を持ち上げると同時にスカートを跳ね上げ、パンツをずり下ろす。
脚の付け根、太もも、膝上……。
ブバッ!!
「!!」
肛門が決壊を始めた。薄茶色の、ほとんど液体の便が飛沫となって飛び散っていく。まだパンツは下ろしきっていない。
(おねがい、あと、あとちょっと!!)
ビチィッ!! ブリリッ!! ブジュビビビッ!!
「あ、あ、あっ……!!」
翠の願いもむなしく、斜め下を向いているおしりの穴から液状便が弾け出て行く。射線の先には壁、床。それらを容赦なく汚していく。さらに、肛門で絞られて細かい飛沫となった液滴が四方八方に飛び散り、段上段下の床に茶色の点々を作り上げていく。
ギュルルルルルッ!!
「ぅあああっ!!」
準備が整っていない状態での排泄――おもらしと同様の事態に混乱していた翠のおなかを、さらなる激痛が襲った。かろうじて便器をまたぎ、膝下までパンツを下ろしていた翠は、崩れ落ちるように便器にしゃがみ込む。同時に、おしりの穴が締め付けを失い、その奥からすさまじい勢いの濁流があふれ出す――。
「んくっ!!」
ブバビュルビュルルビチビチビチビシャァァーーーーーーーッ!!
しゃがみ込みながらの噴射。
便器の後ろ淵に着弾した下痢液が前後に飛び散り、さらに弧を描いている便器の外側を垂れ進んでいく。
途切れることなく降り注ぐ便が、やっと銀色の便器の内側を捉える。飛び散る茶色い飛沫が、一瞬のうちに便器後方をその色に染め上げる。
「はぁっ、くぅっ!!」
ブビブビビシャーーーーッッ!! ビチビチビチブビィーーッ!!
ブリッブジュビチャーッ!! ジュビビビビビブシャビシャーーーッ!!
全開になった肛門をさらに押し広げるかのように茶色い水流が飛び出してくる。両目をぎゅっと閉じ、両手でおなかを押さえつけながら、下腹部と肛門の痛みに耐える翠。
膝下に下ろされたパンツには、ちびったという表現を超える量の液状便が塗りつけられているが、それを確認することすらできず、ひたすら排泄に集中している。
「うんっ!!……うううっ!!」
ビュルルルルルブピィ!! ブジュビジュビチビチビチブパパパパッ!!
ブビッ!! ビチビチビチブバッ!! ビビィッ!! ブボォッ!!
滝のような排泄がやっと収まりを見せ始めたが、それに代わって今度は液状便にガスが混じり始める。おしりの穴を出たところで弾け飛ぶ液状便は、便器の底だけでなく側面、淵、さらには足元の床、靴や靴下までも汚していく。
「はぁ、はぁ………………っ、あ、あぁぁ……!!」
やっと目を開けることができた翠の視界には、予想以上の惨状が飛び込んできた。
まずは両脚の間にあるパンツ。白い厚手のコットン生地、おしりに当たっていた部分にはっきりと茶色い染みができていた。決して小さいものでなく、翠の握り拳ほどの大きさがあるだろう。さらに染みだけでなく、まだ吸収されていない液状便が茶色い光沢を放っている。かなりの量をちびって……いや、もらしてしまったのだ。
さらに便器と床。この列車のトイレは、ゴム製の排水溝を通して汚物が下の汚物処理層に流れ込む仕組みであるから、便器の中に出した液状便はほぼその中に流れ落ちてしまっている。問題なのは外にしてしまったもので、しゃがむ途中に出てしまった便、ガスと同時に飛び散った便が、立ち上る悪臭とともにその存在感を強く主張していた。
「うぅ…………ぐすっ…………」
もう少しだけ長く我慢できていれば。もう少しだけ早くトイレに行きたいと言っていれば。何度も繰り返した後悔にまた、心が捕らわれていく。
ギュルギュルギュルゥゥーーッ!!
「っ!! あ、うぁぁ……」
体の中が震えるような感覚の後、一段と激しい腹痛が翠を襲う。さらなる排泄の前触れであった。不調を極めたおなかは、おもらしを後悔する時間すら与えてくれない。
ゴロゴロゴロッ!!
「んっ……んーっ…………」
腸の中を液状便が駆け下る感覚に耐えながら、震える足を一歩ずつ前に出す。強烈なおなかの痛みが、次の噴射の勢いがすさまじいことを伝えている。これ以上便器の外を汚してしまうわけには行かない。おしりの穴に残った液状便が、静かにぽたぽたと零れ落ちた。
ギュル……ゴロゴログギュルゥーーーーッ!!
「ふあっ……ぅぅっ!!」
一瞬の間をおいて、おしりの穴に襲い掛かる激しい圧力。飛び散らないように慎重に出そうとした彼女の心遣いは、無情な力学的作用によって打ち砕かれた。
ガタンッ!!
「え、あ、っ!!」
列車の振動が翠の重心を揺らす。おしりの穴がわずかに斜め横を向いたのと、おしりの力を緩めたのはほぼ同時だった。
「あ、あぁぁ、あっ!!」
ブボブボボボブバブビビビッブババババババブーーーーーーーッ!!
腸内に残っていたガスを圧縮して撃ち出したかのような轟音。同時に、おしりの穴を中心にほぼ半球形に茶色い飛沫が飛び散る。その向きは便器の中心より右側。便器の右側面が一瞬で汚物の色に染まる。それだけでなく、よそ行きの靴や真っ白な靴下にまで汚い飛沫が飛び散ってしまう。
「あ、あぁぁ……あぁっ……」
ブジュブジュビシャシャシャシャーーーーーッ!!
ブビビュルルルルルブジュッ!! ビチチチブバビシャーーーッ!!
体勢を立て直した翠のおしりから、今度は滝のような液状便が迸る。便器の前の方を叩き、半円筒の曲面を茶色に染め上げていく。もはや便器の中にもともとの銀色は見えなくなってしまった。
「あぁぁぁぁ……」
ブピピピピピビシャーーーーッ!! ブビブリリブシャーーッ!!
ビュルルルブパビチチチブビィッ!! ビッブリブリブリブジャーーーッ!!
ブジュビジュッブビビビビビッビィッ!! ブリリリビチビチビチビチィーーーーッ!!
止まらない。嗚咽とも驚愕ともつかない翠の声をかき消しながら、おしりからすさまじい噴出が続く。汚物層に流れ落ちるより早く液状便が便器の中に溜まり、強烈な刺激臭を個室中に満たす。個室の外までも汚染してしまいそうなひどいにおいだ。
グギュルゥゥッ!!
「うぅぅっ!!」
さらに高まりを見せる腹痛。おなかをこわすという言葉通り、翠のおなかは完全に制御を失っていた。限界まで絞った雑巾をさらに絞るような激しい腹痛に見舞われ、翠の肛門は反射的に全開になってしまう。
「っはあぁぁぁっ!!」
ブビビィーーーッビチビチビチブバッ!!
ブジュビチビチブビビビビビブッブリリリリリブジュッ!!
ブバビチィッ!! ブビビブビブビブビブーーーッ!!
ブジュルジュルブビィ!! ビチビチビチビシャーーーーーーーーッ!!
全開になったおしりから液状便が噴出する。水道の蛇口より径の大きい濁流が、翠のおしりと便器の底とを一直線につなぐ。同時に大量の飛沫が辺り一面を汚す。しかし、もう止めることはできない。おなかの中に残る下痢便を出しつくすまで、翠は爆音と悪臭を生み出し続けなければならないのだ。
「っ……はぁ…………ふぁぁ…………」
ブジューーッ……ビチュルルルッ……!!
爆発的な噴出でさすがに腸内が空っぽになったのか、やっと腹痛が治まり始め、おしりからの噴出も勢いを弱めていった。もっとも、まだちょろちょろと流れ出るような液状便は止まってはいないが、とにかく腹痛と便意から解放されれば後始末のことを考える余裕ができる。
「………………」
もはや見るのも怖い便器と床。よそ行きの革靴にまで飛び散った便。大量にちびってしまったパンツ。まだ液状便が滴り落ちているおしり。
とにかく、一つ一つ綺麗にしていくしかない。
何をするにも紙がないと始まらない。翠はまだ震える手でトイレットペーパーを探る……。
カチャ……。
「…………えっ…………」
紙がない。
銀色のペーパーホルダーの中には、茶色い芯さえも残っていなかった。
前に入っていた女子学生はこれを警告しようとしたのだろうか。
(じゃ、じゃあティッシュ…………あ……)
おなかの弱い翠にとってティッシュは必需品である。おもらししてしまったときの後始末にも必要だし、トイレでない場所――野外――でしてしまったときにも必要だ。そしてトイレに紙がなかったときの保険としてもきわめて重要である。さっき上野駅でそのありがたみを思い知ったように……。
「………………」
目的のものがないことがわかっていながらスカートのポケットに手を差し込む。上野駅で駆け込んだトイレも紙が切れており、持っていたポケットティッシュ3袋を使い切ってしまったのだ。
(じゃあハンカチ…………あっ……)
慌ててもう一方のポケットを探るが、これまたやや硬いスカートの生地の感触しか伝わってこない。お出かけの準備であたふたしすぎて、普段持ち歩くはずのハンカチを忘れてしまったのだった。これも上野駅で事を終えて手を洗ったときに気づいたことだった。
(じゃあ…………)
翠の手元には、汚れたおしりを、靴を、床を、綺麗にするための道具が何一つないのだった。
ブジュ、ビチュッ、ピュッ……。
(ど、どうしよう…………)
やっと排泄が終わり腹痛から解放されたというのに。もはや途方に暮れるしかない。
おしりからまだ液状便の雫を垂らしながら、翠は体と心を震わせていた。
コン、コン……
「…………っ!?」
突然個室に響いたノックの音にびくりとする翠。
(え、ど、どうしよう、どうしたら……)
困惑。しかし、迷ったからといってどうしようもないのだ。紙がない以上後始末はできず、後始末ができなければ外に出ることもできない。このドアを開けたら、トイレの中の惨状が乗客の目の前にさらされてしまう。
「あ……」
トイレの中をもう一度見渡して気づいた。便器の水洗ペダルが汚れを免れている。最悪床の後始末はできなくても、せめて便器の中くらいは綺麗にしておきたい。パンツを膝に渡したまま後ずさり、片足で器用にペダルを踏んだ。
ガコン。
「……………………」
ガコ、ガコンッ。
「…………………………そんな…………」
ペダルを踏んで流れるはずの水が。
流れてくれない。
(お願い……流れてっ……!!)
翠の願いも空しく、全く水が流れる様子はなかった。
水洗装置が故障しているのだ。直前に入っていた女子学生が伝えようとしたのはこのことだったのかもしれない。
(いや……これじゃ出られないよう……)
おしりを拭くこともできない。水を流すこともできない。翠の排泄した全てはそのままにこのトイレの中に残されている。
コンコンコンッ……
「う、ああ……」
(ど、どうしようどうしようっ……)
さらに繰り返されるノックの音。
翠は立ち上がることもノックを返すこともできず、おしりを出したまま凍りついていた。
(…………どうしよう……!!)
「…………」
結局、翠は全く動けないまま時を過ごしていた。
ここまで絶望的な状態になると、もはや一人ではどうしようもない。
しかし助けを呼ぶことは、誰かにこの惨状を見られることと同義である。
進退窮まるとはまさにこのことだった。
(どうしよう……また、こんなことしちゃったのが知られたら……)
小学校に入って間もない頃、体育の時間中に駆け込んだ共同トイレが故障していて水が流れず、仕方なくそのままにして出てきたことがあった。先生に事情を説明しようと思ったが恥ずかしくてできず、そうしている間に流せなかった汚物を男子に見つけられ、あっという間に翠が犯人だと特定され、散々にからかわれた。
おまけに先生にも叱責され、それ以降学校で排便することが怖くなってしまった。もっとも、いくら嫌でも彼女のおなかはところかまわず下ってしまうため、限界まで我慢して学校のトイレに駆け込む羽目になるのだが。
「…………」
幸いにして、途方に暮れている間にノックは止んでいた。別の車両のトイレに移ったのだろうか。
だが、このままではまた誰かがトイレに入ろうとするかもしれない。母が心配して様子を見に来るかもしれない。何か、後始末に使えるものは……。
「……あ……」
それは翠の膝下にあった。中心部が汚れてしまっているが、比較すればまだ汚れていない部分が多いパンツ。これを使えばおしりくらいは綺麗にできそうだ。パンツでおしりを拭くことに抵抗がないではないが、ここまで汚れたパンツはもう捨てるしかない。だとすれば廃物の有効活用である。
「…………」
これ以上肌や靴を汚さないように慎重にパンツを下ろす。おしりを突き出した中腰のまま片足ずつパンツを脱ぎ、汚れていない前面部を手にする。
ぐちゃ……
「…………う…………」
布とおしりの間で下痢便が押しつぶされる感覚。状況こそ違うが、この感覚はパンツにおもらしした時と全く同じものだった。だが、ためらってはいられない。翠は必死におしりにパンツを押し付け、液状の汚れを少しずつふき取っていった。
だが、おしりが綺麗になっていくわりに、気分は今ひとつ楽にならない。体の中をくすぐられるような変な気分……。
ギュルルルルルッ!!
「ぅああ!!」
再びの腹痛。間髪いれず鋭い便意。おしりを拭いたのが刺激になってしまったのか、再び翠のおなかは下り始めてしまった。慌ててパンツをおしりから離す。これ以上汚してしまったらもうパンツすら使えなくなってしまう。
(だめ、でる……!!)
ガチャ!!
「――っ!?」
ガララ……。
「え、あ、ああっ!!」
「失礼いたします。長時間出て来られないお客様がいると……」
ドアを開けたのは列車の車掌だった。男性というよりは少年に近い、若い車掌である。見開いた目には、個室の中で便器にしゃがむ翠のおしりが無意識のうちに映っていた。
「あああっ!!」
ビチビチビチブビッ!!
「………………」
「……あ……あぁぁ……」
ブブッ、ブピ、ブブブブッ、ブジュッ……
「…………あ、し、失礼しました。すみません、な、中で倒れてたりしてないか心配だったので……」
「あ…………あぁぁ…………うあああああああんっ!!!」
翠は声を上げて泣き出した。
……泣くなと言う方が酷だろう。ぐちゃぐちゃに汚してしまった個室を見られただけでなく、おもらしパンツで後始末をしようとしていた姿、さらには急な便意の再発に耐え切れず、汚らしい音を立てて排泄をしてしまったまさにその瞬間を目撃されてしまったのだから。
「うぅ…………っぐすっ…………」
……結局、彼女が泣き止んだのは、心配した母親が駆けつけてきた後だった。
涙ながらに紙がなく水も流れないという窮状を説明し、わずかに開けたドアの隙間から替えのトイレットペーパーを差し入れてもらった。
再度の排泄で汚れてしまったおしりを拭く。あらかじめパンツで拭いてあっただけに、比較的すぐ紙に付着する汚れは消えた。だが、おしりが汚れているという感覚はまだ残っている。
そして、床と便器の汚れ――。
これを掃除するにはかなりの時間がかかると思ったその時、車内放送のメロディが鳴った。
『まもなく小山、小山です。東北新幹線、水里線はお乗換えです』
「あっ……!!」
乗り換える駅に到着する。だが、この惨状を放置していくわけにもいかない。
「翠、後は車掌さんが片付けてくれるそうよ。荷物は持ってきたから、降りる準備して」
「え…………でもっ…………!!」
こんなにひどく汚してしまったものを他人に掃除させるなんて。
「ほら、早くしないと駅に着いちゃうわよ」
「うぅ………………………………うん…………」
翠は立ち上がってスカートをぱたぱたと叩き、もう一度だけ足元に視線を落とした。
便器の中の汚物は後始末をした紙に覆われているにもかかわらず、いまだ強烈なにおいを放っている。
これをそのままにして行くのだ。
「…………あ……」
トイレから出ると、雑巾と洗剤を持った車掌が立っていた。
車内にデッキブラシのようなものはない。雑巾越しとはいえ、自らの手で翠の排泄物を処理するのだ。
「あの……あの、ごめんなさいっ……!!」
「気にしないでいいですよ。紙がなかったのも水が流れないのも私たちの点検不足ですから。こちらこそ申し訳ありません」
「でも…………ごめんなさいっ……」
頭を下げる車掌の上半身の傾きより深々と、自分の頭を下げる。本来なら、こんなことではまだ足りないのだ。
「翠、早くしないと発車しちゃうわよ」
「う、うん……」
「本日はご乗車ありがとうございました。お気をつけて。それと、お大事に……」
「………………はい……」
車掌は清掃中の札をトイレに掛け、一旦外に出る。
(おトイレ、そのまま…………あ、車掌さんお仕事があるんだ……)
翠の視線の先で白手袋に包まれた指先がきびきびと動く。
「…………時刻よし、信号よし!」
「乗降終了、発車!!」
プルルルルル……
『ドアが閉まります。ご注意ください』
プシュー…………ガタ、ゴトン、ガタン……。
「…………」
翠は今降りたばかりの車両、自分が下痢で汚してしまったトイレのある車両を見送った。
速度を上げつつある列車の中、安全確認の職務を終えた車掌が掃除のために入っていくのが見えた。
(ごめんなさい……)
もう一度心の中で謝る。
(こちらこそ申し訳ありません)
降車前に謝り返してくれた車掌は、嫌な表情ひとつ見せなかった。
(今度、ちゃんと謝りに行かないと…………)
帰りにまた電車に乗る時にまたあの車掌さんがいたらちゃんと謝ろうと、翠は心に決めた。
ギュル……。
「っ……!?」
おなかに違和感。
ゴロゴロゴロゴロゴロッ!!
「ぅあ……!!」
続いて便意。
「……あ、あの、おかあさん、わたしまたおトイレっ!!」
――結局、この夏の旅行中、翠のおなかの具合はさらに悪化していった。おばあちゃんの家では離れの汲み取り便所に何十回も駆け込み、間に合わないことも何度かあった。無理をして川遊びに出かけたがあっという間におなかを冷やしてしまい、水中でおもらしをした上に帰り道で何度も草むらに駆け込むことになった。帰りの電車の中ではずっとトイレにこもりきりとなり、再び汚さないようにするだけで精一杯だった。
迷惑を掛けてしまったお詫びを、気遣ってくれたことにお礼を――。翠のささやかな願いが叶うのは、1年以上の後。それまでに翠は、自身の体が生み出す試練を何度も乗り越え――時には屈し――なければならなかった。
あとがき
しばらく放置している間にG-spaceサーバが消滅してしまいました。さすがにまた無料サーバを探し回るのも面倒なので、sakuraサーバを借りて引っ越すことになりました。さすがに最終更新日が昨年で復活というのも申し訳ないので、とりあえず新作をと思い本作を書き上げました。
ネタとしては列車内トイレということで、汚してしまったときに逃げ場がないというシチュエーションに一番ぴったりの場所だと思いこの舞台にしました。列車内トイレもたくさん種類がありますが、やはり和式がいいということで古めの車両という設定にしています。あまり車両そのものには詳しくないので、鉄分の高い方はぜひツッコミを入れてください。時刻表に関してはさすがに平成12年のものはなかったので今年のものになっています。また、つぼみシリーズと同一世界にするため、一部接続する路線名が変わっています。
ヒロインの設定はもう「いつもの」で通ってしまいそうなおなかの弱い黒髪おかっぱ少女。つぼみシリーズのメインヒロインであるひかりと同様、ろりすかSシリーズのメインヒロインとして活躍してくれることと思います。つぼみは中学生で連続した物語が中心ですが、ろりすかSは小学生でいろんなシチュエーションを自由に盛り込んでいこうと思います。今後もご期待ください。
なお、今回よりオリジナルの新作は「クリエイティブ・コモンズ 表示-非営利-継承 2.1」のライセンスにて公開することにしました。一定条件下で転載や改変を自由とするものですので、表現の参考にしようという方、二次創作などを作ろうという方はぜひご自由に利用してください。
それでは、今後ともMelty Showerをよろしくお願いいたします。
この作品は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。
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