つぼみたちの輝き Story.11
「漆黒の満月」
紀野里 瑞奈(きのさと みずな)
13歳 桜ヶ丘中学校2年1組
身長:152cm 体重:40kg 3サイズ:77-52-78
陸上部に所属する、ボーイッシュなスポーツ少女。
身体は小さいが運動能力は一級品。
部活の先輩・徳山御琴をお姉さまと呼んで慕う。
梅雨の晴れ間に、月がぽっかりと浮かんでいる。
その形状は、真円と言うにはわずかに欠けている。
雲さえかかっていなければ、数日後には完全な満月が夜空に浮かぶことだろう。
「はぁ……」
家のベランダからそんな夜空を眺め……ため息をつく。
(やっぱり、お姉さまがいないと学校ってつまらないなぁ……)
3年生が修学旅行に旅立ったその日。
紀野里瑞奈は、親友の澄沢百合と一緒に桜ヶ丘駅まで出向き、3年生の乗る電車を見送った。
百数十人の人ごみの中ではあったが、目指す人影はすぐに見つかった。
「おはようございます、お姉さま」
「あら……おはよう、瑞奈さん」
徳山御琴。
すらりと伸びた長身に、りりしい顔立ち。
制服を着ていなければ、モデルにも間違われそうなその姿は、遠目にも一瞬でとらえることができた。
瑞奈にとっては、尊敬すべき陸上部の先輩であると同時に、この人のためなら何でもできる、という絶対的な存在である。
いつからこんなに大好きになったのかはわからないが、今でもはっきりと覚えていることがある。
去年、陸上部に入部して、最初の活動日のことだった。
新入生は、この日に歓迎と称した通過儀礼を受けなくてはならない。
「桜めぐり」という名前こそ美しいが、その内容は地獄の走り込みである。桜ヶ丘の中腹よりややふもと寄りにある桜ヶ丘中学校から出発し、同じく名物の桜の木がある桜ヶ丘小学校、同高校をぐるりと回り、最後にその頂上の護井神社にある「姫桜」の木まで坂道を駆け上がるという、総延長3kmのランニングである。
小学校時代から運動は得意だった瑞奈だが、中学に入ったばかりの少女にはあまりに酷な試練である。小中高校を回る段階ですでに息は上がり、上り坂に差し掛かる頃には脚が棒になりかけていた。
一緒にスタートした新入生も次々と脚と肺活量が限界に達し、その速度を落とし、最後には歩くのがやっとの状態になった。「歩いてもいいから必ずゴールしなさい」と、スタート前に先輩に言われていたため、速度を緩めることにさしたる抵抗はなかった。
だが瑞奈は、限界を感じ始めても速度を緩めなかった。
(ボクが一番得意なのは走ることだもん……それで弱音を吐いちゃダメだよ……)
プライド……と言えば格好はいいが、実際は子供っぽい意地に近い感情だった。
とにかく、瑞奈は走った。
登るにつれて坂は急になる。
全身が限界を訴え、休息を求めてくる。
それでも精神力を振り絞って、瑞奈は走った。
やがて、その精神力も尽き果てようとしていた時……。
目の前がぼやけ始め、脚がもつれかけたその時……。
「よく、頑張りましたわね……」
「え……」
突然響いた声に、かすんでいた視界が一つの像を結ぶ。
「最後まで走りつづけたのは、去年はわたくしだけ……そして、今年はあなただけのようですわ」
その姿は、神々しいまでに美しかった。
自分と同じ距離を走ったはずなのに、息一つ乱れていない。
「わたくしは、2年生の……徳山御琴と申します。あなたは?」
「あ、え、えと……き、紀野里瑞奈ですっ!!」
御琴の落ち着き振りとは正反対に、パニック状態の瑞奈。
「そう……」
体操着姿の御琴。
汗も肌ににじんではいないが、わずかに半袖の肌に長い髪が添い付いている。
その髪を、片手でそっと払いのけた。
ぱさっ……
その瞬間、瑞奈の世界はスローモーションになった。
「紀野里さん……よろしくお願いしますわ」
「は……はいっ!!」
それが、出会い。
今となっては運命にも思える、憧れの人、完璧な女性、徳山御琴先輩との出会い。
「……はぁ」
またため息。
その表情まではっきりと思い出せるだけに、その人が今そばにいないことがつらい。
あれ以来、御琴のことを考えない日はなかった。
日曜日でも、夏休みでも、林間学校の時も、学校を休んだ時も……
(あっ……)
もう一度、空を見上げる。
限りなく満月に近い、上弦の月。
(どうしよう……明日……それとも明後日……?)
視線を落として、目を伏せる。
別に、天体観測が趣味なわけではない。
1年の理科の授業でやった天文分野も、ほとんど覚えていない。
……いや、ただ一つだけ、覚えている……いや、忘れられない事柄がある。
月の公転周期が28日であること。
(おねがい……せめて、先輩が帰ってくる時まで……)
ひそかな願い。
その対象は、夜空に浮かぶ月。
月の輝きは、誰にも同じ光を見せ……。
その満ち欠けは、同じリズムで時を刻む……。
大切な人のいない時間がどれだけ長く感じられようと、時は同じ速さで流れるのだ――。
「あの、ご、ごちそうさまでしたっ……」
ひかりの小さな身体が、静かに席から離れる。
「あら、もういいの?」
「ひかりちゃんも手伝ってくれたんだし、遠慮しないで食べてくれよ」
声をかけるのは、美典の父と母。
淡倉家のダイニング。
3年生の修学旅行中、ひかりは美典の家に泊めてもらうことになっていた。
「自分の家だと思っていいのよ」と言われたものの、泊めてもらう上に食事洗濯まで任せきりというのは気が引けて、食事の準備くらいはと手伝いを申し出たのだった。
「ご、ごめんなさい、あの……わたし、もうおなかいっぱいで……」
そっと、おなかに手を当てる。
「そうか……もったいないな、この和え物なんて、すごく美味しくできてるんだけど……」
「あなた、ちょっと……」
上機嫌でひかりを褒め始めた美典の父・智義を、母・紀子が止める。
「ひかりちゃん……もしかして……」
「あ、あの、ごめんなさい……その、わ、わたし……お家に忘れ物してきちゃって……ちょ、ちょっと取りに行ってきますっ……」
そう言って、食卓に背を向けて駆け出そうとする。
「……ひかりちゃん」
「え…………す、すぐ戻りますから……その……」
「……自分の家だと思って、って言ったでしょ?」
「あ……で、でも……」
「いいのよ。私たちは、嫌だなんて絶対思わないから」
真剣な表情の紀子。
智義も、さっきまでと変わった顔つきでうなずく。
「……すみません……ごめんなさいっ……」
「謝らなくていいの。ほら、早くいってらっしゃい」
「は……はいっ……」
そう言って、ひかりはダイニングを飛び出す。
行く先こそ誰も口に出さなかったが、誰もが理解していた。
風呂場の横にある小さな個室……トイレだった。
「うぅっ……」
ギュルルルルルルルッ……。
おなかに当てた手からは、かすかなうなりとともに、その振動が伝わってくる。
料理の手伝いと言って、長時間立って作業したのが響いたのだろうか。
朝、家でやわらかめの便を排泄して以来、授業、昼休み、部活動と何とか持ちこたえていたおなかは、再び下痢の様相を呈していた。
(もうちょっと……もうちょっとだけ……出ないでっ……)
すぐにでもおしりの穴を全開にしたい欲求を、がんばってこらえる。
閉じられた洋式便器。
その座る部分につけられた綺麗な便座カバーを、震える片手で外す。
(せっかく気を遣ってくれたんだから……汚したりしたら絶対だめ……)
おなかの具合からして、肛門を緩めた瞬間に下痢便が噴出するのは目に見えていた。
相当な初速度を持って落下する茶色の液体は、便器一面に汚い水飛沫を撒き散らすだろう。
その時、この便座カバーがついたままだったら……想像したくもない事態になる。
「うくっ……!!」
グキュルルルルルルッ!!
便座カバーが外れた瞬間……強烈な便意がひかりを襲った。
(だめ……まだ……もう少しだけっ……)
おしりの穴をきゅっと締めて、最後の抵抗をする。
その一瞬の間に、腰を落としながら下半身を覆う衣服をずり下ろす。
コンマ一秒を争う事態に、ひかりはスカートごとショーツをずり下ろすという荒業に出た。制服とは違う、締め付けの弱い部屋着用のスカートに着替えていたことが、わずかに功を奏した。
だが、おしりの穴を締め付ける意思力は、限界まで高まった排泄欲求の前に、今にも屈しようとしている。
毎日何度も……ひどいときは一日に十回以上も繰り広げてきた、まさに瀬戸際の攻防。
そして――。
「はぁ……ぁぁぁぁぁっ!!」
ブビビビビビビビビビビッ!!
ビリュブピブリビチビチビチブシャァァァッ!!
ブジュビジュプビュルルルッ!! ビブブビチブリビチビチビチィィィッ!!
間に合った……その言葉を思い浮かべる余裕すらかき消す、圧倒的な排泄の快感。
わずかに遅れて、まだ消えない腹痛と、跳ね返ってくる水飛沫の冷たさ。
「く……っ……」
ビチビチビチブブブッ!! ビシャブリュビィィィィッ!!
ブリュビチッ!! ブプッブリブリブリビチチチチチブボブバッ!!
ひかりの小さなおしりから放たれる排泄物は、いつものように未消化物の小片が混じった流動体。黒の混じった茶色の汚物が、便器の水を一瞬にしてその色に染め上げる。
肛門で抵抗を受けない液体と、わずかに引っかかる未消化物が微妙な時間差を生み、そこに混じった腸内ガスが猛烈な破裂音を奏でる。
「はぁ……うぅぅぅっ!!」
ブリュブチュチュチュビシャァァァァァァァァーーッ!!
ブジュルビリュブピュルルルルルルルルルルルルルルルッ!!!
そして、そんな破裂音の余裕すら与えない、滝のような奔流が二度、三度……まだ繰り返す。
すでに底が見えないどころか、水面の外、便器の側面、果ては便座の裏にまで茶色の水滴は飛び散っていた。ぴったりと閉じた両足のために外からは見えないが、便器の中はそれはもう惨澹たる有様である。
「んっ……んく……っ……」
ブチュブボボボブバッ!!
ブリュビチチチチチブリブリブリッ!!
ビリュブピピブピブピブピッ!! ブジュルビシャァァァッ!!
ジュブブブブブビチッ!! ビィィッ!! ブリブビビビビビビビビビビビッ!!
ブリュビチビチビチビチビチッ!! ブピュルルルルルルルルルルルルルーーーッ!!
すでに汚物溜まりと化した便器の中に、ひかりは……そのかわいらしい身体の中に秘められた、おぞましい臭いと形状の排泄物を注ぎつづけた……。
ジャァァァァァァァァァァァァ………。
パタン。
「あの……す、すみませんでした……」
部屋に戻ってきたひかりは、真っ先に頭を下げた。
食事中に排泄のために席を立ってしまったうえ、他所の家のトイレで、外に音が響くほど激しい勢いで下痢便を放出してしまった。
紙を何度も巻き取り、充血したおしりの穴を拭いた後に、便器の中360度に飛び散った汚れをぬぐい取ったが、完全に元通りにできた自信はない。便座カバーを復元しても、トイレ全体に染み付いた下痢の鼻を突く臭いが、ひかりの罪悪感をさらに刺激する。
「いいのよ、ひかりちゃん……ひかりちゃんは、何も悪いことしてないんだもの……」
「おなかは……もう大丈夫かい? まだつらいようなら、薬を飲んだ方が……」
「い、いえ……もう、大丈夫ですっ……」
身体の中の苦しみに苛まれるひかりを、二人の言葉が癒す。
それは、いつも隆が示している態度と同じだった。もっとも、隆の場合は言葉にするのが恥ずかしいのか、行動で示すことが多いのだが……。
(お兄ちゃん……わたしは、大丈夫だから……)
はるか遠い地にいる兄に、思いを伝える。
(おじさんとおばさんが、いつもみたいにやさしくしてくれてるから……)
(だから、心配しないで、楽しい思い出を作ってきてください……)
出発前、心配そうな顔をしていた隆。
その気遣いに応えるための、ひかりの小さな願いだった……。
「ふぅ……」
風呂で一日の汗を流した潤奈は、火照った顔で自分の部屋に戻った。
「…………」
途中、兄の部屋の前を通過する。
兄……弓塚江介。
あらゆる面において、潤奈と対極をなす人物。
生真面目な優等生である潤奈に対し、江介は斜に構えた変人。
授業の態度などは言うまでもないが、学級活動に関しても学級委員長として自分にも他人にも厳しい潤奈に対し、江介はいつのまにか入っていた放送委員会で自分の趣味の曲ばかり流している。入学してからわずか2か月で、放送室に怒鳴り込んだ回数は早くも二桁を数えようとしている。
日常生活においても、江介の奇行ぶりは目に余る。目隠しや膝かっくんなど、子供じみたいたずらの数々。しかもその対象はもっぱら潤奈である。とにかく、放っておくと何をしでかすかわからない。
何とも手のかかる厄介な兄……間違いなくそうなるはずだ。
(そうね、兄さんがいない今こそ、普段の勉強の遅れを取り戻すチャンス……)
そう思って、潤奈は鞄から筆箱と数学のノートを取り出した。
「…………」
わずかな間。
「……何も…起こらない………………あ、当たり前よね……」
そう考えた。考えずにはいられなかった。
江介がいるときはいつも、いざ勉強を始めようとした瞬間に、隣から大音量で変な声が聞こえてきたり、階下から怒鳴り声が聞こえてきたりするのだ。そのせいで、どれほど学習効率が低下していることか。
だが、今はその張本人がいない。自分との戦いの邪魔をするものは誰もいないはずである。
「……こんなに順調に進んで、いいのかしら……」
……そこに、一抹のむなしさを感じることを除けば……。
(……ううん、そんなことを気にする暇があったら勉強しなさい潤奈。余計なことを考える余裕はないはずよ……)
自分で自分にプレッシャーをかける。
勉強の遅れ……と言ったが、潤奈の能力を持ってすれば、授業をきちんと聞くだけで中学1年程度の内容などすぐに理解できるのだ。
ただ、今度の試験は今までとは違う。生まれて初めて出会ったかもしれないライバル……。その小さな姿に、潤奈はかすかな重圧を感じていた。
「今度は絶対、完全な形で勝つわ。そのためには、この数学で……」
シャープペンを握る手に力がこもる。
その瞬間だった。
キュル……ッ……
「え……」
身体の中に感じた違和感。
ギュルッ……ゴロロロ……
「ど、どうして……」
痛みと認識するのも難しいものだった下腹部の予兆は、あっという間に急激な便意となって潤奈のおしりの穴に襲いかかった。
(さ、さっきお風呂の前にしたばかりなのに……)
夕食で腸が刺激されたためか、おしりに圧迫感を感じた潤奈はトイレに十分近くもこもり、昨日の夜から溜まっていた大便を排泄したのだった。その時、多少残便感を感じないではなかったが……。
グルルルルルルッ……グギュルッ!!
「ひ……だめっ……」
水っぽい便意がものすごい勢いで押し寄せてくる。
余計なことを考えている余裕はない。トイレに直行しなければ間に合わない。
まさにおなかの急降下だった。
数週間前、あの体育祭の日に経験した忌まわしい感覚と同じ……。
ギュルルルルルル……。
「あ……あぁぁぁっ……」
潤奈は、かすれた悲鳴をあげながら階段を駆け下り、トイレに駆け込み、そして……。
「ふぅぅぅっ!!」
ブビチチチチチチッ!! ブブブブブピュッ!! ブボッ!!
ブリュブボブブブブブビッ!! ブチュッブチュチュチュッ!!
完全に液状ではない、しかし水気と粘着性にあふれたゲル状のうんちが、大音響のおならを伴って肛門から弾き出された。
ブブッ!! ブリュブブブブブピッ!!
ブピピピッ!! ブプスビチュビチュッ!!
「くぅ……あぁぁぁぁっ……」
おなかを締め付ける腹痛に苦しめられながら、潤奈はガスと軟便の混合物を断続的に出しつづけた。さっきの排便の後とあって汚物の量こそ多くないものの、おなかとおしりの痛みは筆舌に尽くしがたいものであった。
ブチュッ!! ブボブポポッ!! ブプププッ!!
ビチュルッ!! ブジュジュッ!! ブビビビビビッ!!
ブジュッ!! ブププブリブピピッ!! ブジュルジュブブッ!!
「はぁ……はぁ……」
結局……潤奈がおなかの中の便意を吐き出し、ふらふらとトイレから出てくるまでには、十数分の時間を要した。
この後も断続的な腹痛に悩まされた潤奈は、たびたびトイレに駆け込むことになり、この日の学習効率は江介にちょっかいをかけられるときよりもはるかに悪かったという。
「あ……瑞奈ちゃん……こんばんわ」
「百合ちゃん……」
瑞奈が佇んでいた隣のベランダに、親友の百合の姿。
中学に上がる際に引っ越してきた瑞奈は、お隣さんが学校で一番の友人になるとは思ってもいなかった。もちろん、嬉しい誤算ではあったのだが……。
「どしたの百合ちゃん? 元気ないよ?」
「うん……放課後、部活に行ったころからかな……やっぱり、さびしくって……」
「そんなのボクも同じだよ。朝ちょこっとお話ししただけだもん……授業中から、お姉さまの顔ばっかり考えてたんだ」
「……ふふっ……」
無邪気な瑞奈の発言に、相好を崩す百合。
「あー、笑うなんてひどいよ。百合ちゃんだって、先輩さんのことばっかり考えてたんじゃないの?」
「わ、私は……べつに……そ、その……」
そう答える百合の頬は、月明かりの下でもはっきりと赤く染まっていた。
「でも……早く帰ってきてほしいよね」
「……うん……」
二人、空を見上げる。
待つ者の願いは、いずれも同じ。
一刻も早い再会の時を――。
「ふにゅ…………」
情けない声を上げながら体操着に着替えている、少女の姿。
「せっかくの部活なのに……」
女子陸上部の部室の中。
「おねーさま……ボク……とってもさびしいです……」
部屋の中に自分しかいないとはいえ、こんなことを口に出す女の子はこの中学校には一人しかいない。
もちろん、紀野里瑞奈である。
とぼとぼと集合場所である正門まで歩く。
「はぁ……」
いつもなら、このくらいの距離で、憧れの姿が見えてくるはずなのに。
その美しい長身は、集まっている部員たちの姿の中にはない。
「はぁ……」
また口をつくため息。
普段の元気一杯の姿とは比べもつかない小さな影が、そこにはあった。
(このまま……帰っちゃおうかな……)
お姉さまのいない部活なんて……。
そう思った瞬間、昨日の朝の光景がよみがえる。
「紀野里さん……わたくしたちがいない間の練習、任せましたわよ」
駅から旅立つ御琴に、その言葉で託されたのだ。
卓越した実力で部長に選ばれた御琴。
そして、2年生のエースである瑞奈がその後任を務めるであろう……というのは、新入部員が慣れ始めたこの時期において、早くも暗黙の了解になりつつある。
御琴に言われるまでもなく、自らが先頭に立たなければならない立場なのだ。
(…………)
目を閉じて、精神を集中する。
………。
………………。
「……よしっ!!」
ぱっと開いた目。
その目には、さっきまでと違った生気が宿っている。
(ボクはお姉さまに信頼されてるんだ。だから、お姉さまがいなくても頑張らなきゃ!!)
そう、気持ちの整理をつける。
その高まった気持ちのまま、地面を蹴る。
速い。
視界の奥、こぶし程度の大きさだった部員たちの影が、あっという間に目の前に近づく。
「ごめん、遅れて……さ、ランニング始めるよっ!!」
「それじゃ、コースはいつもの一周プラス神社のコース。お姉さ……じゃなかった、先輩たちがいないからってサボったら、ボクが許さないからねっ!」
そう言って、先頭を切って走り出す。
桜ヶ丘中学校において、運動部はほぼもれなく校外ランニングが練習メニューとして組み込まれている。そのコースは、丘の中腹にある中学校から、頂上にある中央公園を横切り、そのすぐ脇にある神社の古い桜の木を回って帰ってくる、通称「神社コース」である。
だが、準備運動としてのランニングを行う他の部活とは異なり、活動の中心こそが走ることである陸上部においては、これだけで済ますわけにはいかない。そのために、等高線上で結ばれた桜ヶ丘小中高校を回ってから、神社への上り坂に挑むというハードなものになっている。瑞奈が陸上部に入るずっと前からの伝統だった。
もちろん、瑞奈にとっては、憧れのお姉さまと出会えた、思い出のコースでもある。
(お姉さま……)
瑞奈は、後を追って走り出した部員たちより早く、その先頭を駆けた。
ちょうど……出会ったあの日と同じように。
あの場所に……一番にたどり着けるように。
「すぅっ……はっ、はっ……」
規則正しい呼吸。
躍動する四肢。
身体の上下動に一瞬遅れて、たなびく髪がそれを追随する。
本来なら同様の上下動を見せるはずの胸のふくらみはしかし、その動きを示すだけの大きさと柔らかさを備えていない。真っ白な体操着の下、かき始めた汗でわずかに透けて見える小さめのスポーツブラの中に、しっかりと収まっていた。
それだけに、その走る姿は、長く伸ばしている最中の栗色の髪と、その髪を結ぶピンクのリボン、腰部を覆う鈍角三角形の紺色の布地という三つの記号を備えてなお、少女というよりは少年に近い印象がある。
その意味では、隣を走る一つ年下の少女のほうが、よほど女らしい格好をしている。
「瑞奈せんぱいっ……!!」
「はっ、はっ…………どしたの、堀川さん?」
堀川いずみ。長距離走専門の1年生である。新入生歓迎校外走の、今年のトップである。正式に入部する前から活動に参加し、その成長は極めて著しい。短距離走専門の瑞奈は、1500mを越えるともうこの子には勝てなくなってしまう。もちろん、御琴のタイムとはまだまだ差があるのだが……。
「御琴せんぱいが帰ってくるのって、明日の夕方くらいですよねっ!!」
「うん、そう……聞いてるけど?」
その差は、この会話にも現れている。息継ぎの合間に言葉をつなげる瑞奈に対し、いずみの方は呼吸一つ乱れない。
それ以外に二人の運動の不規則性に差があるとすれば、確かな揺れを見て取ることができるいずみの胸の上下動であるが、これを指摘したところで瑞奈にとっては悲しい現実を認識するだけだ。
「みんなで駅までお迎えに行きませんかっ? もちろん走って!!」
「あ……い、いいねーそれ。きっと……お姉さまも喜ぶと思うよ」
「ちょっと、あたしのいないとこで御琴さまの話しないでよね」
「あ……ごめん、このえちゃん」
「特にいずみは、御琴さまファンクラブ会員番号2番のあたしを差し置いて。ひどいんじゃない?」
「あ……す、すみませんこのえせんぱい……」
その二人の間に割って入った2年生。桜ヶ丘中では学年色が決められており、上履きや体育着など、見ればすぐ学年がわかる形で配色されている。夏型の半袖体育着の場合、袖口のラインがそれにあたり、このえと呼ばれた少女は瑞奈と同じ青のラインが入ったシャツを身に着けている。ちなみに1年のいずみは赤色、この場にはいないが、3年生は青色である。
「だいたい、帰ってくるのは夕方っていっても7時過ぎよ? ちょっと遅すぎるし……それに、あんたたちこの格好で商店街のど真ん中走る気?」
少しきつめのシャツ、ブラのひもが通っているちょうどそのあたりをくいくいと引っ張る。
腰のくびれや胸のふくらみは御琴ほどのインパクトはないが、身長だけならそれにかなり近いくらいまであり、ベリーショートに切り上げられた髪型にさばさばした性格とくれば、彼女こそ「お姉さま」といわれても不思議ではない。だがそんなこのえも、御琴の前ではご主人様にじゃれつく子猫ちゃんのようになってしまうのだから、世の中は不思議というほかない。いや、世の中というよりは、それだけの魅力を持った御琴の存在が、というべきか……。
「そ、そうですね……確かに、この格好はちょっと……」
あっさりと引き下がるいずみ。元気はいいが、聞き分けもいいようだ。
「えっ……別に、ボクは平気だけど……?」
「そりゃあんたは男の子っぽいから気にしないかもしれないけどね……」
「あー、ひどいなー……ボクだってちゃんと女の子なんだからねっ!!」
「はいはい、わかりましたよ瑞奈くん」
「く、くんって言うなーっ!!」
もはや呼吸法も何もあったものではない。
ただ一つ、少年というにはあまりに可愛らしいその顔を真っ赤にして、瑞奈は一生懸命に自らが女の子であることを主張した。
その一生懸命さが通じたのか、瑞奈にはほどなくして、自身が女の子たる証拠を示すことができる機会が訪れる。
ただしそれは、苦痛と、苦悩と、苦渋に満ちたものではあったが……。
はしゃぎながら小学生たちが校門から下校していく桜ヶ丘小学校。
自分たちより一回り以上大きい生徒たちが部活動に、あるいは勉強に励む桜ヶ丘高校。
その二つの校舎をぐるりと回る。
桜ヶ丘の公立学校3校はほぼ同じ高さにあるとはいえ、それらを結ぶ道は決して平坦ではない。上り下りを繰り返し、そのたびごとに別の筋肉と神経を酷使する。平地を走る何倍もの負荷が、瑞奈の身体にはかかっていた。
普段ならどうということはない。入学当時は息も絶え絶えになりながら踏破したこの道も、今ではおしゃべりをしながらでも完走できる。積み重ねた走り込みの成果は確実に現れていた。筋肉、運動神経、そして感覚神経の一部くらいまでは、オーバーロードの原則と言い、許容量を越えた刺激を繰り返し与えることにより鍛えることが可能である。
だが、それらと違って、自律神経に支配される内臓器に関しては、自分の意志で刺激を与えることはできず、意のままに鍛えることなど不可能である。
とはいえ、外的な……それもランニング程度の刺激によって内臓器が被る影響は微々たるものである。刺激自体によって、何らかの体調不良が発生するという事態は、そうそう起こるものではない。考えられるとしたら、不調が起こりうる時間が多少前後する……その程度である。
そして今……瑞奈の身体に、その負荷が作用した。
ある身体活動の発現を早める方向へと。
ずきゅ……っ……。
「――っ!?」
声にならない悲鳴をあげると同時に、瑞奈の脚が止まる。
言葉では形容しようのない痛み。
それが、身体の一番奥から生み出されてきた。
(き……来た……っ……?)
初めてこの痛みを感じたときには、その痛みを発している場所も、そのメカニズムも全くわからなかった。ただ痛みに苦しみ、うめき、助けを求めていただけだった。
今は、きちんと教えてもらった分、その理由もわかる。もっとも、わかったからと言って痛みは全く軽減されることはないのだが……。
(やっぱり……あれから、28日……)
急速に身体を覆い尽くす痛みを発している部分は、身体のちょうど中心、左右の中央、上下の重心……「子宮」、そう呼ばれる器官だった。
瑞奈が、女の子である証。
身体的成熟に達した女性に月に一度訪れる、受精卵が着床しなかった胎盤の排出。
月経が始まったのである。
じゅく……っ……
「うぁ……ぁっ……」
かすれた悲鳴。
波打つ脈動に合わせて、強烈な痛みが瑞奈を襲う。
数秒前までの躍動感は、一瞬にして吹き飛んでしまった。
走るどころか、直立の姿勢を保つことすらおぼつかない。
それほどの苦痛だった。
「瑞奈、どうしたの?」
「瑞奈せんぱい!?」
急に脚をもつれさせた瑞奈に、並走していた二人が寄り添う。
「え……えと……」
苦しみに顔をゆがませたまま、言葉に窮する瑞奈。
………………。
「あ、ちょ、ちょっと足をくじいちゃったみたい……」
ようやく、その言葉を絞り出した。
「だ、大丈夫!?」
「う、うん……ごめん、ちょっと走れなそうだから、先に行ってて……」
「でも、せんぱい……歩けないんじゃ?」
「ボ、ボクはだいじょうぶだから……それより、ちゃんと練習しないと、お姉さまに怒られる……よ……」
「そ、それはそうだけど……」
「ごめんね……ボクが……しっかりしなきゃいけないのに…………ごめん……今だけ……お願い」
「うん……わかったよ」
そう言ってこのえが走り出す。
足を止めていた部員たちもそれに倣う。
路上には、瑞奈一人だけが取り残された。
(ごめん……みんな……)
足が痛い、などというのは嘘もいいところだ。
言い訳をして練習をサボっているにも等しい。
望んでやっていることではない。
走ること自体大好きだし、上級生の目がなくてもサボろうなどという思考自体が瑞奈には存在しない。
だが……そうせざるを得ない理由が、瑞奈にはあった。
(早く戻らなきゃ……もし……もしこんな場所で……)
痛みにうち震える身体を起こし、きびすを返す。
一刻も早く学校まで戻らないといけない。
(もし……こんな場所で……おなかが……)
そう思った瞬間。
グギュルッ……。
「あ……っ!!!」
下腹を撃ち抜かれるような猛烈な痛み。
ついさっき始まったばかりの、身体の中心から染み出すような痛みとは違う。
おなかを押さえて前かがみにならないと耐えられない、そんな激痛だった。
ギュルギュルギュルギュルゥゥッ!!
間髪入れず鳴り響く、おなかの奥からの鳴動。
「うぅ……あぁ……うそっ……」
グギュルルルルッ!! ゴロロロロロギュルルッ!!
認めたくない現実。
だが、猛烈な腹痛、それに続く腸蠕動が、さらに残酷な事実を瑞奈に突きつける。
気が狂いそうな排泄欲求……便意である。
ギュルグルルルルルルルッ!!
(なんでっ……なんでこんな急にぃっ……)
急降下を始めたおなかを抱えながら、瑞奈は必死におしりの穴を締め付けていた。
あまりにも強烈な便意ではあるが、予想外の出来事というわけではなかった。
瑞奈にとっては……決して楽なものではないが、毎月の恒例行事である。
女性一般において、生理の時には何らかの体調不良が伴うことが多い。それは微熱であったり頭痛であったり、便秘であったり下痢であったりする。
瑞奈の場合は、たまたまそれが激しい下痢であるということなのだ。
初潮を迎えたのは、およそ1年前。昨年の1学期の終業式のとき……朝から悪かった体調が、ものすごい痛みと共に急激に悪化し、保健室から救急車で病院へと運ばれた。その時にはもうおなかは完全に下っており、付き添ってくれた百合の目の前で、経血に染まった下着に液状の排泄物をもらし続けてしまったのである。
ただ、それ以来、下痢はしてもおもらしの危機に瀕することはなかった。
いつもの生理のときは、まず生理痛が始まって、半日ほどしておなかが下り始める。その後に出血が始まるという具合で、予兆としての痛みを感じたら安静にしていればよかったのである。
だが、今は……運動によって体調の変化が誘起されたためか、痛みを感じると同時に下痢が始まってしまった。
こうなると、どれだけ我慢できるかわからない。
何せ、これだけ強烈な下痢である。押し寄せてくる大便は間違いなく液状。我慢するには最も適さない形状なのだから。
(と、とにかく……はやくトイレ行かなくちゃ……)
頭の中で、トイレのある場所を検索する。
真っ先に思い当たるのは学校だが、今いる場所は桜ヶ丘中学校と高校のちょうど中間点である。いや、どちらかといえば高校のほうに近いが……中学生の瑞奈がそこに駆け込んでトイレを借りるなど無理な話である。
家は中学校のさらに先だから論外。となれば公園などの公衆トイレに頼るしかないが……桜ヶ丘には頂上に中央公園があるためか、児童公園のようなものはほとんどない。反対側のふもとにはあるが……そこまでたどり着くことは不可能だろう。ましてや、坂を登って中央公園のトイレを使うなど夢の話だ。
(や、やっぱり学校に戻るしかないよっ……)
そうと決めたら一秒たりとも無駄にはできない。瑞奈は、きびすを返して来た道を戻り始めた。おなかを刺激しない程度の駆け足である。
幸い、道は緩やかな下り坂。身体への負担も少ない。学校まではまっすぐ向かえば10分もかからない。着いたらすぐに、体育館脇のトイレへ駆け込めば……。
(き、きっと間に合うよっ……)
そう思って、瑞奈は学校への……トイレへの道を走り始めた。
そして……数分後。
瑞奈は、己の誤算を思い知っていた。
ギュルゴロゴロゴロゴロ……グルルッ!!
「も……もう……だめっ…………もれちゃうっ……」
限界。その二文字が目前に迫ってくる。
学校までは間に合う、と踏んでいた……それはあくまで、もよおし始めた瞬間の便意を考慮したものである。
現実には……便意は高まりゆくものなのだ。
緩やかならぬ下り坂になっている腹具合は、腹痛と便意を転げ落ちるような勢いで加速させていく。
そして、その高まりに反比例して、足を進める速さはゼロに近づいていく。
ついには……その歩みが止まった。
「あ……あぁぁ……あっ……」
がくがくと震え始める身体。
容赦なく襲い掛かる便意。
わずかに足を動かしただけで、すべてが終わってしまいそうな、そんな張り詰めた感覚。
その感覚が――途切れた。
「だ、だめっ!!」
ブ、ブブブッ!! ブスススススッ!!
締め付けたおしりの穴の、わずかな隙間。
その隙間を縫って、最も抵抗を受けないものが瑞奈の体内から放出された。
おなら、である。
激しい下痢に見舞われている腸内から送り出されたその気体は、乾いた音に似合わず強烈な刺激臭をあたり一面にばら撒いた。
出した次の瞬間には鼻に臭いが飛び込んできて、しかも何秒経ってもその臭いが薄まらず、出した張本人である瑞奈にまとわりつく。その臭いがまた、瑞奈の排泄欲求をさらに刺激するのだ。
「うぅ……っ!!」
ギュルルルルルルルルッ!!
さらに駆け下る腸内の物体。
再び、おしりの穴が開く感覚。
そして、肛門の内側に感じるのは、乾いた気体ではなく確かな質量。
……おもらし。
「だめぇぇっ!!」
ぐっ……
瑞奈は、真っ白になりかけた意識の中、両手でブルマの上からおしりの穴を押さえつけた。
すでに肛門を抜けて下着にまで達していた先頭部が、外圧によって押し戻される。
(おもらしなんていやだ……っ……)
最後の意地だった。
部活のランニングを抜け出した上、野外でおもらしなどしたら……お姉さまに二度と口をきいてもらえなくなる。
(ボクは……ボクは……こんなことでっ……)
ギュルギュルギュルギュルッ!!
一度押し返した便が、再び肛門に押し寄せてくる。
それを、さらに強い力で押し返す。
グギュルルルルルルルルッ!!
「くっ……くぅぅぅっ……んんっ……」
出そうとする力、出すまいとする力。
その両者のせめぎあい。
(お姉さま……ボク……ボク、ぜったい頑張るからっ……)
もはや神頼みでもなんでもいい。
おもらしせず、無事トイレに駆け込むことができるならば。
ギュルゴロロロロロギュルルルルッ!!
「あ……ぁぁぁぁっ……」
ゴロロロロロ……ギュルッ!!
「くぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
押し寄せる便意との戦い、おしりの穴を押さえる指先が麻痺しそうな、ものすごい圧力。
その圧力に耐える。
ひたすら耐える。
何が何でも……。
「……っ!?」
ゴボボ………キュ……キュクルゥゥゥゥッ……
さっきまでおなかの中で鳴り響いていたのとは違う、軽い音が聞こえる。
「あ……は……ぁ…………っ」
便意の波が、急激に弱まっていく。
肛門近くまで押し寄せていた大便が、腸の奥へと押し戻されていく。
……一時的にかもしれないが、おもらしの危機を免れたのだ。
(こ、このまま、トイレまで……)
震える手をおしりから離し、学校の方向へと足を踏み出す。
一歩、二歩……大丈夫だ。
そのまま加速を続ける。
短距離のスピードとは比べるべくもないが、確かな速さでトイレに近づく。
(これなら、なんとか……)
学校までの距離を計算し始めたその瞬間。
きゅぅぅぅっ……!
「あう……っ……!!」
激しい便意に追いやられていた子宮の痛みが、一気に頭の中を満たした。
ずきっ……じゅくっ……
「あ……あっ……あぁぁっ……」
身体の奥底から湧き上がってくる痛みに、手足の力が失われていく。
もはや、立っていることもままならない。
が、その震えをこらえて、瑞奈は足を前に出す。
「くぅっ……はぁっ、はぁぁっ……」
倒れるわけにはいかない。
ここで走るのをやめたら、トイレまでたどり着けない……待っている結果はおもらし。
それだけは……。
身体と精神の苦痛にまみれた、あんな記憶だけは……。
「もう……い……や……」
言うことを聞かない足を必死に動かしてきた瑞奈。
もう、とっくに限界は越えている。
それでも、瑞奈は歩を緩めない。片手でおしりを押さえながら、必死に前に進む。
その姿はあまりに悲痛だった。
体中に汗が浮かび、その顔は苦痛にゆがんでいる。
そして、今にも崩れそうな体勢……。
ガクッ……。
「あっ!?」
極限に達した震えが、着地の瞬間を狂わせる。
バランスを失った瑞奈は、側面から地面に倒れる。
身体が浮遊する感覚。
重力の意のままに倒れるわずかな時間、瑞奈は重力の、そして身体の中の重みからも解放されていた。
「……もう……ダメ……」
絶望。
……いや、今までそれを感じていなかったことのほうが奇跡だった。
歩くのもままならない激痛と、ほとんど我慢不可能な便意。
それが同時に襲ってきた段階で、結果はもう見えていたことなのだ。
「お姉さま……ごめん……なさ……」
襲ってくるであろう衝撃に備え……同時におしりの穴が緩みかけた、その瞬間。
ぱさっ……。
「え……」
瑞奈の身体は、予想外に柔らかい地面に受け止められた。
瑞奈が倒れこんだ場所は、住宅街にぽっかりと空いた空き地。
手入れもされず、雑草が生い茂っている。
その草が、瑞奈の身体を優しく……アスファルトの固さに比べてではあるが、優しく受け止めてくれた。
「あ……」
その瞬間、瑞奈の目に入ったもの。
打ち捨てられたトタン板。地面に刺さり、道路から反対側を隠している。
(ここなら……)
頭に浮かんだ考え。
ここなら、誰にも見られずに排泄できるかもしれない……。
「で、でも……」
もし誰かやってきたら、そしてその姿を見とがめられてしまったら。
「……そんなのいやだっ……」
最悪の事態に、瑞奈の顔色が一段と悪化する。
ギュルルルルルルルッ!!
「ひぁっ!?」
だが……。
傾きかけた心が、身体の発するシグナルによってまた白紙に戻る。
さっき必死に我慢した水準まで、再び高まってしまった便意。
残された道は二つしかない。
ブルマとショーツを脱いで野外排泄に及ぶか、服を着たままおもらしをするか。
(そ、そんなの……選べるわけないよっ……)
(そんな……恥ずかしいこと……)
青ざめたほほに、わずかな紅潮がのぞいたその瞬間。
グギュルッ!! グルルルルルルルルッ!!
おなかの中で渦巻く便意が……猛烈な圧力で最後通告を発してきた。
(そんな……そんなの……)
考える余裕は一秒もない。
瑞奈の身体は、考えるより先に動いていた。
這うように空き地の奥へ進み、トタン板の後ろに隠れる。
片手が、ブルマの上のゴムにかかる。
(ボク……こんなとこで……)
トイレどころか、建物の中ですらない、完全な野外。
そこで、おしりをむき出しにして、汚らしい下痢便を排泄する。
女の子として、あってはならない行為。
その逡巡が、ブルマを下ろすのをためらわせていた。
だが……おもらしか野外排泄かという究極の選択肢しか残っていないのであれば、もう考えても仕方がない。
瑞奈は、自分の羞恥心……普段はほとんど表に現れないが、それだけに心の中では絶対的な最後の一線となっている羞恥心に必死に言い訳をした。
そして……最後は自らの意思で、ブルマとショーツを下ろしたのだ。
「ん……っ……」
ピュッ……ピュルッ! ビチュッ!!
肛門を緩めただけで溢れ出す、少量の液状便の滴り。
我慢に我慢を重ねた末、もともとあった固形便と新たに送り込まれた液状便が入り混じった状態になっているのだ。
「はぁ……っ!!」
ムリュルブリュリュリュブボボボボボッ!!
ブビッ!! ブニュルルルルルブボッ!! ニュルルルッ!!
褐色の液状便にまみれた黄土色の固形便が一気に押し出され、雑草の上に横たわる。
その上から肛門で飛び散った下痢便の飛沫が降りかかり、さらにそれより小さ目の固形物が吐き出される。
この時点で、瑞奈の足元はもう、見るに堪えない惨状になっていた。
薄目を開けて下を確認していた瑞奈だが、あまりの汚らしさに目を閉じてしまう。
だが……それでも、立ち上る悪臭は、瑞奈にはっきりと今している行為のおぞましさを伝えてくれる。
(ボク……ボク……すごく恥ずかしいことしてる……)
だが……それを認識したからと言って、排泄を止められるわけではない。
むしろ、かろうじて栓の役目を果たしていた固形便を排出してしまったことで、瑞奈にはもう、腸内に溜まりに溜まっている下痢便を押しとどめる術はなくなってしまったのである。
「っ!!!」
ギュルッ!!
おなかが不気味なうなりを上げると、ほぼ同時だった。
ブッ!!
ピュルッ!!
ブビュビュッ!!
ブジュビシャーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
「あっ……あぁぁっ……」
苦しげに息づくおしりの穴から、茶色の水滴が何度か弾け飛んだ後。
ついに……それは始まった。
まるで水鉄砲のような、液状便の大噴射である。
「ふぁっ……あぁぁぁぁぁ……」
ブジュルルルルルルーーーーーーーーーーーーッ!!
途切れることなく肛門からほとばしる、真っ黒の液状便。
水流……いや、その色と質感からして便流と言った方が正しいか。その太さは小指一本にも満たない。ほとんど口を開いていないおしりの穴から、その細さゆえにものすごい圧力で下痢便の茶黒い液体が発射されているのだ。
ビチャビチャビチャビチャッ!!
その「下痢鉄砲」は、さっき排泄したばかりの黄土色の固形物を直撃する。場所を移動する余裕も狙いをつける余裕もない今の状況では、それは必然だった。
そして当然の帰結として、容赦ない直撃を受けた固形便は、その衝撃によって変形し、崩壊し、飛散する。瑞奈の足元は、今や液状便の海の中に固形物の破片が浮かぶ、汚物だらけの異世界と化していた。
「うく……くぁぁっ……」
ブリビジュルルルルルルルルルーーーーッ!!
ビチャバシャビチャベチャッ!!
空気がほとんど混じっていないにもかかわらず、肛門が振動するだけで発せられる大音響。その上、噴射される茶色の奔流が、股下に水溜りを形成し出した液状便を跳ね上げ、これまた劣らぬ汚らしい音を奏でる。
もちろん飛び散る茶褐色の滴は、音を立てるだけでは済まない。水鉄砲のごとき勢いをそのままに跳ね上げられた滴は、アスリートの魂ともいうべき白のシューズを、くるぶしまでを覆う綺麗な白色の靴下を、そして、ふくらはぎから足首にかけて美しい流線型を描く、健康的な色の肌に、容赦なく醜い色の汚れを塗りつけていった。
その光景を目にするだけでも、彼女の身体の具合の悪さが見て取れるだろう。
だが、その惨状の中心にいる瑞奈にはもう一つ、あまりにも強烈な悪臭が襲い掛かっていた。
ブビッブバババババビュルーーーーーッ!!
ビチチチブリュリュリュリュリューーーーーーーッ!!
「うぐ……う………ぐぅっ……」
自らが撒き散らした汚物。
瑞奈はその臭いに、吐き気すら覚えていた。
体調が体調だけに、もともと気分も良くなかった。
だがそれを考慮しても、あまりにひどい臭いである。
ただの大便の臭さではない。
汲み取り便所のアンモニア臭に、生ゴミのすえた刺激臭を加えたとてつもない不快な臭いである。
(気持ち……悪いよぉ……)
限界を超えた便意からやっと解放されている瞬間だというのに、瑞奈の気分は晴れ渡るどころか悪化の一途をたどっていた。
とはいえ、文句をいうことなどできない。
不快感を撒き散らしているのは瑞奈自身が排泄した汚物なのだし、その場から一歩も動けずにさらなる悪臭の元を生み出しているのが現状なのだから。
ブリュブピュルルルルルルーーーッ!!
ビチッ!! ブピピピピピブリューーッ!!
「うぅ………えぅぅっ………」
息を止めてもなお全身にまとわりつく汚れきった空気。
あまりの臭さに、喉の奥から何かがせり上がってくる感覚すら生まれ始めた。
(だめ……っ……そんなことまで……)
すでに、野外で下痢便を放出している時点で、見られたら生きていけないほど恥ずかしいのに……。この上、上からも下からも垂れ流しという状態になってしまったら、もう人間として最低限のプライドさえ失ってしまう。
「うん……っ……」
ブピュルッ!! ピュッ!! ビチィィィッ!!
ブジュジュジューッ!! ブビビビビビブピッ!!
ブビュビュビュ……ビチブリュリュリュビビビビッ!!
瑞奈は、こみ上げる気持ち悪さをこらえながら排泄を続ける。
液状便の噴射には大分切れ目が目立つようになり、おなかに力を入れないと出ないほどになっていた。……もちろん、それは足元に池を作るほどに大量のものを出したからなのだが。
「うっ……うぇっ……うぅぅっ……」
苦しげなうめき声。
出しても出しても楽にならない腹痛、出せば出すほどに濃縮されていく悪臭、そして、それらに関係なく周期的に襲ってくる鈍痛。
ブビビビビビビビッ!! ブリュッ!!
ブビブバババビュルルルルッ!! ビチチチチチッ!!
ブジュルルブジュビビビビビビッ!! ブピピピピッ!!
ブリュビチュブプププププブジュッ!! ジュブビビビビビビッ!!
「うぁ……あぁぁっ……まだ…………でるっ……」
そんな苦痛を、瑞奈は10分以上も味わう羽目になるのである。
……プジュッ……。
わずかな、水っぽいおならの音を最後に、悩ましかったおなかの痛みが薄らいでいく。
「……っ、はぁ……はぁ……」
100mの全力疾走を終えた後のような荒い息。
もちろん、彼女が今しがた行ったのは神聖なスポーツである短距離走ではなく、汚濁と恥辱にまみれた排泄行為なのだが……。
「はぁ……あ……!?」
顔を上げる瑞奈。
腹痛と便意が消え去ったことにより、なんとか状況判断をできるだけの余裕が生まれた。
そして気づいたのは、後始末をどうするかという問題。
後始末……液状便の排泄により汚く汚れきったおしりの穴を、どうやってきれいにするかということだ。
通常、その後始末にはトイレットペーパーを使うものだが、それはあくまで排泄がトイレでなされたらの話である。そして、さらに悪いことに、部活中体操着の上下しか身につけていなかった瑞奈は、ティッシュの一枚すら持ち合わせてはいなかった。
(ど、どうしよう、このままじゃ……おしり拭かなきゃ……)
差し迫った便意とはまた異なる焦燥感が生まれる。このままショーツとブルマを履き直すわけにも行かず、かといって拭くものは何も――。
「あっ……」
不幸中の幸い、とでも言おうか。
目の前……空き地のさらに奥に、打ち捨てられたゴミの山が見えた。
その中に、数枚の新聞紙が見える。
日付の部分は読み取ることすらできない。
色も灰色どころか、黄ばみが強くなってすらいる。
数日どころか、数ヶ月に渡って風雨にさらされた紙くずである。
だが……紙は紙だった。
瑞奈が今おしりを拭くのに用いることができる、唯一のもの。
「うぅっ……そ、そんな……」
空き地で下痢便を垂れ流したあげく、そこに落ちていた雨ざらしの新聞紙で汚れたおしりをぬぐう。
まともな神経の女の子なら、決してできることではない……いや、考えることすらしないだろう。
自らを「ボク」と名乗り、快活で奔放な印象すらある瑞奈ではあるが、いざそんな状況に追い込まれるまでは、考えもしなかった事態である。
だが、事実瑞奈のおしりは自らの下痢便で汚れており、その両足の間には今なお強烈な悪臭を放つ液状の汚物が海となっているのである。
この場から一秒でも早く逃げ出すためには、選択肢は一つしかなかった。
だから……その状況において、口にするのも恥ずかしい行為を行ったとしても、誰も彼女を責めることはできないだろう。
苦渋と恥辱に満ち溢れた決断を下した本人を除いて――。
カサッ……。ガサッ……ススッ……
「あっ!? うぅっ………ひくっ……」
瑞奈は、可愛らしい顔立ちの、ぱっちりとした瞳……その目じりに、西日を受けてきらきらと輝く涙をうかべながら……誰も寄り付かない空き地で数ヶ月雨風にさらされ、色も肌触りも変質しきった汚らしいぼろぼろの新聞紙で、自分のおしりの穴の汚れを必死にふき取っていた。
硬い肌触りもさることながら、新聞紙のしわしわが硬いとげとなって、壮絶な排泄に疲れきった肛門の粘膜を刺激し、激しい痛みを生じさせる。おしりを汚す下痢便の滴がぬぐわれるたび、輝く涙の滴がまぶたのふちに生まれるのである。
それはあまりにも美しく、あまりにも惨めな姿であった。
「……っ……」
元通り、ブルマを履き直して立ち上がった瑞奈。
もう一度、足元を見下ろす。
苦痛に満ちた排泄と、恥ずかしさに埋め尽くされた後始末の痕跡が、はっきりと残されていた。
おしりをぬぐった新聞紙を排泄物の上にかぶせたが……下痢便の海はそれより広い面積に飛び散っていたのである。
ずきっ……
「うぅ……」
そんな苦しみの後にもなお、生理の鈍い痛みが残る。
(これじゃ……明日、お姉さまを迎えにいけないかもしれない……)
(ううん、外でこんなことしちゃうボクなんか……お姉さまに会う資格なんてないよっ……)
そしてもう一つ残されたのは、深い深い絶望だった。
学校へ戻り、事情を説明する……と言っても、保健の先生に生理であることを訴え、休む許可をもらうだけだ。
そのまま、瑞奈は帰途に着いた。陸上部の部員とも顔は合わせられず、一人家路を急いだのである。
「はぁ……」
あれから、何度出たかわからないため息。
東の空には、まだ明るいにもかかわらず月がその姿を見せていた。
欠けることのないその姿はしかし、瑞奈にはひどくうつろなものに見えた。
「ただいま……」
「あれ? ねーちゃん、今日は早いじゃん」
自分の家……集合住宅の一室に戻った瑞奈を、2歳下の弟・慎太郎が出迎える。
玄関にランドセルが置きっぱなしということは、弟もまだ帰って間もないのだろう。その腕白さ……何も悩みがないその姿は、今の瑞奈にはあまりにうらやましかった。
プルルルルルルル……
「あ……」
まだ瑞奈が荷物も下ろさぬうちに、玄関に置かれた電話が鳴る。
「ごめん……慎太郎、出て……」
「あ、うん……」
受話器を取る音、そして弟の声。
瑞奈には、電話で話をする精神的余裕すらもなかった。
「ねーちゃん、電話、ゆりねーちゃんからだぞ?」
「え……わかった……出る」
「…………」
あまりに元気のない姉の姿に不審を感じながら、慎太郎は受話器を渡す。
「み、瑞奈ちゃん? その……先生から聞いたの。大丈夫?」
「うん……いつものことだから……」
気のない返事。電話の向こうから聞こえる雑音からして、学校からかけているのかもしれない。それほど気遣ってくれる百合の存在が嬉しくはあったが、これ以上明るい声は出せなかった。
「でも……ランニングの途中だったって……」
ランニングの途中。
野糞。
後始末。
二度と想像したくなかった光景が頭をよぎる。
「大丈夫、何もなかったもん……百合ちゃん、心配しすぎだよ……」
とても、本当のことは言えなかった。
本当のことを話すわけには行かず、かといって冷たくあしらうわけにもいかず……。百合の気遣いが、少しだけ痛かった。
キュルッ……。
「あっ……」
そんな気まずい雰囲気を打ち切る……いや、打ち切らなければならない理由が、できた。
「どうしたの、瑞奈ちゃん?」
「ごめん……ボク……またおなかが……」
「えっ……?」
「ごめん、後で電話するから……」
「ちょ、ちょっと瑞奈ちゃん、おなかが、また……って!?」
ガチャ。
受話器を置く。
制服を脱ぐ間もなく、トイレに駆け込む。
壮絶な我慢の末、かろうじて白いまま守りきったショーツを、膝もとまで下ろす。
洋式の便座に座り込むと同時に……。
「――――っ!!」
ブジュビチャーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
透明だった水が、一瞬で茶褐色に染め上げられる。
月経による体調不良は、いくらひどいと言っても病気ではない。数日とおかず、自然に回復するものだ。初潮を迎えてから1年、もう慣れたことと言えばそれまでである。
だが……その間の苦しみは、筆舌に尽くしがたいものである。
「ねーちゃん……」
トイレに駆け込んだ瑞奈の姿を心配げに見守った慎太郎。
「瑞奈ちゃん……」
まだツーツーと音が鳴る受話器を持ったまま、そのつらさを思う百合。
「はぁ……はぁ…………うぅっ!!」
ビチャビチャビチャァァァァァッ!!
その気遣いを受けながらも、決して癒されない苦しみ。
もし、憧れのお姉さま……御琴が、この苦しみを理解してくれるのであれば……と、思ったことは一度ではない。
だが……言えるはずもなかった。
生理のたびに汚らしい下痢をし、学校でのおもらしや、陸上部の活動中での野糞をしてしまったなどと……。
普段は少年のような快活さを見せる瑞奈。
だが、心の奥の秘密はどこまでも深く、誰にも見えないところにある。
「うぅ……っ……」
誰にも見られない、狭い個室の中。
瑞奈の心は、女の子としての苦しさと恥ずかしさに満ち溢れていた。
膝元に下ろされた下着、その中央にわずかに見える真紅の染みが、わずかにその苦悩を物語っていた――。
あとがき
改めて、麻枝准はすごいなと思いました。
陸上部少女の瑞奈を登場させるにあたって、Moon.というゲームをやり直しました。Tacticsのゲームで、うちの情報局に載っていると同時に、ONE、Kanon、AIRと受け継がれる優れたシナリオで有名なゲームです。麻枝准はそのMoon.のシナリオライターです。
そして、今回のシチュエーションは、下痢の原因こそ違いますが、ほとんどMoon.のものと同じです。部活のランニング中におなかをこわした中学生の少女が、便意を我慢しきれず空き地で排泄をし、その場に落ちていた新聞紙で排泄後のおしりの穴を拭く……。オーソドックスといえばオーソドックスなものです。
しかし、そのシチュエーションを排泄を主としないゲームに叩き込み、効果音や排泄物の絵はもちろん、文章でもほとんど直接的な表現を用いないにもかかわらず、そんな直接表現を飽きるほどに見ている私ですら興奮を禁じえない場面に仕上がっているのです。
何とかそれを超えてみようと同じシチュエーションを用意し、必死に表現力を駆使しましたが、なかなかMoon.で感じた興奮を上回るものは得られませんでした。この辺が努力では越えがたいセンスの差というものなのかもしれません。
まあ、良くも悪くも自分の文章の特徴であるしつこいほどの排泄物描写と、盛大な効果音というのは書ききれたので、その辺で少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。今回ばかりは質より量、ということで。あ、もちろん、便のゆるさという意味での質なら負ける気はありませんが。
そうそう、最初の6話でやりすぎたので、ひかりの排泄シーンは12話終わるまで書くまいと思っていたんですが、我慢できずに書いちゃいました(笑) 彼女の意志の強さを見習わねばなりませんね。
そして、次回はようやくキャラ紹介編のラスト、「お姉さま」こと徳山御琴の登場です。白宮さんの対をなすだけあって、隠された秘密も……?
修学旅行最終日。
心地よい疲れを残しながら、残り少ない時間を楽しもうとする生徒たち。
その中には、新たに生まれた思いを整理できずに悩む隆の姿もあった。
そして、そのにぎやかな雑踏から離れた場所に、徳山御琴は一人たたずんでいた。
異性から、同性から、崇拝に近い好意を受けながら、彼女自身は誰にも心を許そうとしない。
それはあたかも、彼女のまとう空気が自ら他人を遠ざけているかのように。
常に他人と一定の距離を置こうとする御琴。
だが、その距離を置くことができない状況にあっては――。
つぼみたちの輝き Story.12「last resort」。
彼女に残されたのは穏やかな安息ではなく、激動の始まりだった。