ろりすかZERO vol.4

「聖地に咲いた華」


池ノ上 晴美(いけのうえ はるみ)
 14歳  中学2年生
体型 身長:150cm 体重:42kg 3サイズ:77-51-77

 肩までの黒髪セミロングに小さな眼鏡が印象的な、おとなしい少女。
 勉強はそんなに得意ではないが、歌とお絵描きが趣味。
 幼稚園からの親友、志遠にそそのかされコミケに参加することに。


近衛坂 志遠(このえざか しおん)
 14歳  中学2年生
体型 身長:156cm 体重:51kg 3サイズ:83-54-82

 晴美の親友。
 育ちは普通だがなぜか使う言葉はお嬢様風。
 学校では2年生にして漫画研究部長を務める筋金入りのおたく女。
 実は全世界やおい化計画東京支部長を務める歴戦の猛者でもあったりする。



「ええっ…………!?」
 その場所に降り立った瞬間、晴美は目の前の信じられない光景に……大人しい彼女にしては、めったに出さない大声を発した。

「こ……こんなに……人が……?」
 目の前に広がる人の海。
 何人いるのかもわからない。学校の全校集会での数百人程度の集まりしか知らない彼女にとっては、これだけの人数など想像がつかなかった。

「うふふふ……いかが? 初めて聖地に足を踏み入れた感想は?」
 そう言って、隣に晴美より一回り上背のある少女が並ぶ。フリルのついた黒系統の服、いわゆるゴスロリファッションに身を包んだ彼女は、優雅な語調で目の前の親友に呼びかけた。

 その親友は、整然と並ぶ数万人の人の列を目の当たりにし、言葉を失ったままだった……。

 ……2003年8月17日、東京国際展示場北1駐車場。
 いや、こう言い換えた方がわかりやすいかもしれない。
 コミックマーケット64、3日目……ビッグサイト東一般待機列でのことであった。


「はー……やっと入れたよぉ……」
 少女の口から、今日何度目かわからないため息が漏れる。
 飾らない黒のセミロングに、服装はソフトデニムのジャンパースカート。鼻の上にちょこんと乗った眼鏡がまた、おとなしい印象を抱かせる。池ノ上晴美は、そんな女の子だった。
 学校でも目立つことはないし、友達と話している姿より、一人でノートに絵を描いている姿のほうが印象深い。
 そんな引っ込み思案の彼女が、何事にも積極的……いや、暴走しまくる志遠に引きずりまわされるのは、今に始まったことではなかった。

 始発で地元けやき野市の駅を出てから、電車に揺られること数時間。
 小学校の修学旅行で一度しか来たことのない東京駅からバスに乗り、やってきた先がこの巨大建造物だった。
 何万という人の列の最後尾に並んだ二人。晴美は、志遠からこのイベント……コミックマーケットの何たるかを聞かされながら、開場までの長い時を過ごした。

 10時きっかりになると、周りの人たちが突然拍手を始める。横を見ると、志遠も同じように手を叩いていた。彼女に促され、晴美もわけのわからないままその拍手の波に加わった。
 やがてこの列が大移動を始める。スタッフ……と呼称される人の指示に従って、整然と並んだ8人の横一列が、これまた整然と前に進んでいく。気づいたときには、人波でごった返す近代的な建物の中を、志遠に手を引かれて歩いていた。

「やっと入れた……ですって? 甘いわね。戦いはこれからですわよ?」
「え……ええっ!?」
「さあっ、今こそこの衣装にドレスアップするのです!!」

 じゃーん。
 ……脳内でそんな効果音を響かせながら、志遠が取り出した衣装が晴美の目に飛び込んできた。

「こ、これって……」
「ギルティギアXX一番の人気キャラ、ブリジット……通称鰤たんの1Pカラー衣装ですわ!!」
「……ぶ、鰤……たん……?」
 当然ながら、晴美には何のことだかわからない。
 手にした鮮やかな青色の衣装を凝視しながら、彼女は途方に暮れていた。

「これを身に付けてコスプレ広場を闊歩し、世の男どもの視線を釘付けにするのですわ!!」
「コスプレ広場って……それに男の人の……って……えぇぇぇぇぇっ!?」
 志遠の発した言葉の意味を理解し、絶叫する晴美。
 当然も当然である。内気で知られる彼女は、クラスの男子とすらまともに会話したことがない。それが世の男性の視線を釘付けにするなど、考えることもできなかった。
「よくて? これは私たちの大切な計画の第一歩ですのよ?」
「け、計画って……い、いつも話してるあれのこと?」
「そうですわ。晴美さん、あなたは全世界やおい化計画の尖兵となって、男どもに美少年の魅力をとくと知らしめるのです!」

 雄弁に演説を繰り広げる志遠。
 やおい、という言葉がどういうものか、晴美にはおぼろげにはわかっていた。
 毎日毎日朝昼晩問わず、親友の志遠からその素晴らしさを説き続けられたのである。
 とはいえ、男女間の恋愛についてすらキス程度までしか知らない彼女に、実際に描かれる行為などは想像もつかなかった。
 とはいえ、そんな話は今は関係ない。

「で、でも、やおいって、男の人と男の人なんでしょう……? 私がこんな女の子っぽい格好してても、ぜんぜん役に立たないと思うし……」
 必死にその役目を逃れようとする。
「かまいません。その服のキャラは男の子なのですから」
「え……でも、これスカート……」
 裾の部分をひらひらさせながら、晴美が言い訳を続ける。
「いいのですっ! そのキャラは特殊な事情があって、女の子として育てられた男の子なのですから!」
「え……そ、そうなの……?」
「ええ。ですから、普段どおりに女の子らしく振舞っていらっしゃい」
「そ、それなら……でも、そんなことしたって、やおいなんてできないと思うけど……」
「ふふ。まだわからなくてもいいの。これは全世界を巻き込んだ、とても遠大な計画なのですから……」
「そ、そうなの……?」
「ええ。さあ、早くお着替えなさい。そして、愚民たちにあなたの姿を見せ付けてくるのですっ!!」
 ビシっ、と上を指差す志遠。

「わ、わかった……じゃ、じゃあ、着替えてくるから、ちょっと待ってて……」
 晴美はそう言って、その場を離れようとする。
「……お待ちなさい。どこへ行くのかしら?」
「え……? あ、だから、着替えるから、おトイレあたりで……」
「トイレでの着替えは禁止されていますわっ!! 仕方ありませんね……更衣室まで連れて行って差し上げます」
「え、あ、わぁぁぁっ!?」
 そのまま、晴美は志遠に引きずられていった。
 向かう先は……西地区4階、コスプレスペース。


「……完璧ですわ」
 目の前に自信なさげに立つ晴美の姿を見て、志遠は感嘆のため息をもらす。
 細身の身体をぴったり覆う、中央に白のラインの入った青い超ミニのワンピース。その裾からちらちらのぞく黒のホットパンツが、その露出のきわどさを強調する。
 それでいて決して破廉恥な雰囲気を感じさせないのは、頭からすっぽりかぶった、十字架の模様入りのフードの印象もあるだろうが、彼女自身の清楚な振舞いによるところが大きいだろう。

「あの……」
 小さな胸に手を当てて、少しずつ後ずさる。周りにはもっとおかしな格好の者も多いが、普段の控えめな格好とは比べ物にならない派手な格好に、鏡で見なくても不安を感じてしまっているのである。
「や、やっぱり、私……」
 最後の抵抗を試みる晴美。
 だが、志遠は黙って首を横に振った。
「さあ、後はもう、言葉は要りませんわ」
 そう言って、志遠が晴美の背中を押す。

 一歩、二歩。
 踏み出した先には……渦巻くような熱気が待っていた。


「おぉぉぉぉぉっ!!」
「ブリたんだ! かわいーっ!!」
「すみませんっ!! 写真一枚お願いしますっ!!」

「えっ、えっ……えぇっ……!?」
 チェンジという登録証を見せてその会場内……といっても屋外で、屋上の一角に人がごった返しているだけなのだが、その中に入ると同時に、晴美はあっという間に押し寄せる歓声と人波に囲まれてしまった。
「すみません、写真よろしいですかっ!」
「こっちにもお願いしますっ!!」
「え……あ、あの……志遠ちゃん……ど、どうしよう……あれ?」
 周りを見渡す。
 志遠の姿は、人垣の向こうに見えなくなってしまっていた。


(晴美さん……この場所で一人で生きていくのは試練かもしれないわ)
(でも……これを乗り切ってこそ、貴方は私たちの真の同士となれるのよ)
(はるか遠くから、心の目で見守っているわ……がんばって、晴美さん)

 心の中でそうつぶやきながら、志遠はコスプレ広場を離れた。
 ……ガンダムSEEDのキラ×アスラン本を探しに。


「すみません、一枚でいいんで、写真撮らせてください」
 若い男が声をかけてくる。太ってはいないが、着古したジーパンにTシャツという、センスの欠片もない格好だ。
「え……あ……あ、あのっ……」
「ダメですか……?」
「い、いえ、そのあの……」
 錯乱状態になっている晴美。
「わ、私なんかでいいんですか……?」
「はい。じゃあ行きまーす!!」
「あ、は、はい、えっと……」
「何かポーズお願いしまーす!」
「え……ぽ、ポーズ……?」
 手を胸の前で合わせておろおろする。
「ご、ごめんなさい……私、あの、友達に言われて……その、全然知らなくて……」
「え……そ、そうなの?」
「はい……ごめんなさい……」
「じゃ、じゃあ、そのまま、普通にしてていいから……撮りますよ?」
「あ、は、はいっ……」
 おどおどしながら、なんとか顔をカメラに向ける。

 パシャッ!
「ありがとうございましたー!」
「あ……ご、ごめんなさい……私こそ、何もわからなくて……」
「コスプレ、初めてなの?」
 写真を撮り終えた男が、話し掛けてくる。
「え……あ……え……」
 その言葉に、再びしどろもどろになる晴美。
 学校の同級生の男子とさえまともに話せないのだ。ましてや、初対面の男性と会話ができるわけがない。
「そ、その……あの……」
「え、えーと……」
 相手の男も、これにはさすがに困ってしまう。

「あれ? 何してんの?」
 そこへ、横から助け舟が入った。晴美と色違いで同じ格好をした、やや背の高い女の子。
「え、えと、あの……」
「ちょっと。この子になんか変なことしたわけ?」
「い、いや、ただ写真を撮っただけで……この子、コスプレ初めてらしくて……」
「そうなの?」
「あ、は、はい……」
「じゃあ、あたしがいろいろ教えたげるよ。ちょっと来て」
「え、あ、あの……」
「あ……ちょっと…………」
 呆然とするカメラ小僧を置いて、晴美はその女の子に連れられていった。


 目線の合わせ方。
 ポーズのとり方。
 決めゼリフ。
 カメラ小僧のあしらい方。

「……ま、こんなもんかな?」
「あ、ありがとうございます……」
 一通りの講義を受けた晴美が、ぺこりと頭を下げる。
「あ、美星さん、どうしたの?」
「うん。こっちの初心者さんにいろいろ教えてあげてたとこ」
「へー、キミもブリたんなんだ」
 ぞろぞろと同じ格好の女の子が集まってくる。色こそ違うが、同じ模様の服装だ。
「せっかくだから、集合写真撮ろうよ」
 晴美を引っぱってきた、美星と呼ばれた少女が呼びかける。
「おっけー。じゃあ、新入りちゃん、真ん中に来て?」
「え、で、でも……」
「いいからいいから。でもすごいなー。初めてでこれでしょ? 衣装もちゃんとできてるし……」
「あ、そ、その……衣装は友達に作ってもらって……」
「そっか。でも、ちゃんと中身も似合ってるしね。自身もっていいよ」
「……っていうか、あたしたちももっとがんばらないとねー」
「そうだね。新入りちゃんに負けちゃうからね」
「あ、あの、私、そんなに……」
「自信もっていいよ? たぶんこの中で一番可愛いのってキミだから」
「そ、そんな……」
 顔を赤くする。
 面と向かって可愛いなどと言われたのは、初めての経験だった。

「はーい、撮りますよー!!」
「あ、あわ……」
 さっき教えられたばかりのポーズを取る。

 パシャッ!

「……じゃあ、またね。冬もたぶん同じ格好でいるから、見かけたら声かけてね」
「は、はいっ……」
 そう言って、ブリジットのグループと別れた。
 同じ作品、同じキャラのコスプレをしている人たちは、よく集まって写真など撮っているらしい。

「…………」
 こんなたくさんの人に囲まれたのも、たくさん話をしたのも、晴美には初めての経験だった。
 だが、緊張こそしたものの、決していやな感覚ではなかった。

「あ……写真撮らせていただけますか?」
「は……はいっ!!」
 そう返す声が上ずったのは、緊張のため以上に、嬉しさによるものが大きかった。


 そろそろ昼を過ぎようかという頃。
 晴美は、大勢の男たちに囲まれていた。
「すみません、写真おねがいします!!」
「こっちに目線ください!!」
「こっちにもお願いします!!」
「あ、は、はい……」
 いくらか慣れてはきたものの、こう人が多いと対応のしようがない。
 曇り空にもかかわらずあふれる人間たちが放つすさまじい熱気の中、晴美は目を回し始めていた。

 ……そんなてんてこ舞いの時間を送っていたからだろうか。

 晴美が、自分の身体の中で起こっていた異変に気付いたとき、身体はすでに切迫した危険信号を発し始めていた。


  ギュルグルルルルルルッ……!!
「えっ……?」
 自らの下腹部から発せられた異音に、思わず顔をしかめる。
(こ、これって……)
 その音の正体を考える間もなく、次の衝撃が彼女を襲う。

「うぅ……っ!!」
 突然襲ってきたすさまじい腹痛。
 思わず、おなかを抱え込んでしまう。

「どうしたの?」
「大丈夫っ!?」
 カメラを向けていた観衆から声がかけられる。

「は、はい……」
 鋭く差し込むような痛みは一時で収まった。
 鈍く続く痛みの残留をこらえながら、必死に体勢を立て直す。

 ……再び、変わらぬペースでの撮影会が始まった。

 だが、数分も経たないうちに、晴美の動きが鈍り始めた。
 原因は……彼女を苦しめ始めた、強烈な便意だった。

(うぅ……うんち……でちゃう……)
 腹痛と競い合うように高まってくる排泄欲求。
 彼女の小さなおしりの穴をこじ開けようと、すさまじい圧力を内側から押し付けてくる。

(お……おトイレ……)
 急激な便意の高まり。長い時間我慢できる見込みはなかった。
 今すぐにトイレに駆け込んで便意を解放しないと、おもらしという最悪の事態に陥ってしまうかもしれない。
 だが……。

「すみませーん、こっちに目線くださーい!!」
「ポーズお願いしまーす!!」
 撮影のために晴美を囲んでいる人の数は、減るどころか増えてさえいる。
「あ……あの……」
 何とかその場を辞しようとするが、続く言葉が出て来ない。
(おトイレに行きたいなんて……言えない……)
 この期に及んで、生来の内気さが災いしてしまっていた。

  グルルルルル……ゴロゴロゴロゴロッ!!
「ひっ……」
 限界を越えて高まり始めた便意に、晴美の背筋に悪寒が走る。
  ギュルルルルルルルルルルッ!!
「…………っ!!」
 彼女の意思に反して開きかける肛門。
 晴美はとっさにしゃがみこみ、右手をおしりに当て……汚物の噴出を寸前でせき止める。

  ググググ……。
 内側から、おしりの穴を押し広げてその姿を現そうとしている排泄物。
 それを押しとどめる、晴美の小さな手。
 絶望的に見えた戦いだったが……晴美はこの危機を乗り切った。
(おもらしなんて恥ずかしいこと、絶対にできない……)
 羞恥心という名の、強い精神力。
 内気な彼女にとって、最も強い感情かもしれない。
 彼女の細腕に力を与えたのは、トイレに行くのを妨げたはずのその羞恥心だった。

 しゃがみこんでいた晴美が、そっと立ち上がる。
「だ、大丈夫……?」
 苦しげな表情、浮かび上がる汗。
 どう見ても普通ではない状態に、観衆も写真を撮る手を休め声をかける。
「そ、その……ごめんなさい、失礼しますっ!!」
 事情を説明するなどできはしないが、もうこれ以上この場で我慢などしていられない。
 彼女が取った手段は……その場から全力疾走で逃げ出すことだった。

「はぁ……はぁ……」
(お、おトイレ……早く行かなきゃ……)
 屋外のコスプレスペースに、トイレはただ一つ。
 そこへ向かって、彼女はひたすらに走った。
 痛むおなかをさすりながら、波打つ人の群れをかき分ける。

「す、すみません……通してくださいっ……」
 必死に声を出す。
(どうして……こんな急に……)
 便意を感じ始めてから、十分程度しか経っていないはずだ。
 それなのに、今まで経験したことのないほど強烈な便意に襲われている。
 ……彼女は紛れもなく、おなかをこわしていた。

 夏にしては肌寒い、この曇りの天気。その中、早朝から外で並んでいて、おなかは十二分に冷やされている。
 さらには会場内に入ってからの急激な気温の変化。そして、緊張によるストレス。おなかの調子を崩す要因は、全て揃っていたのである。


「え……」
 やっと、めざすトイレに辿り着いた晴美。
 だが、その口から漏れたのは、安堵のため息ではなく絶望の声だった。
「こんな……」
 トイレに並ぶ人の列。
 その列は洗面所の外、建物の外まで続き、十人近くに達している。
 この列が消え、自分の番がくるまでには、一体どれほどの時間が必要なのか……。
 絶望的な光景に、身体中の力が抜けそうになる。

(だめっ……今あきらめたら……)
 力が抜けて開きかけた肛門を、残された精神力で必死に締める。

(と、とにかく……並ばなきゃ……)
 いくら混んでいると言っても、別のトイレまで歩く体力はもうない。
 おなかとおしりを押さえながら、晴美は列の最後尾に並んだ。

「……ちょっと、そこじゃないわよ」
「……え?」
 前の人からかけられた声。
 その人が持っていた立て札を見ると……。

『ここは最後尾ではありません』

「え……」
「最後尾はあっち。ここは半分くらいよ」
「そんな……」
 後ろには、前に並んでいるのと同じくらいの人の列。
 だが……晴美にはもう、選択肢は残されていない。
 20人近い人の列の最後尾。そこまで歩くだけでも、おなかの苦しみとおしりの圧迫感が彼女の精神力を失わせていく。
「くぅ……っ……」
 再び……絶望との戦いが始まった。


 それから……十数分が過ぎた。
  ギュルゴロロロロロロログルッ!!
「……っ……」
 彼女のおなかは、絶えず大きな音を立てつづけるようになっていた。
 肌には、じっとりと浮かんだ汗。
 青ざめた顔、かたく閉じられたまぶた、そして、噛み締められた唇……。
 前かがみになり、おなかとおしりをを押さえた姿は、激しい便意をこらえているのが丸わかりな状態だった。
 周りからも、心配そうな視線が注がれているが……並んでいる人たちもみなそれぞれの排泄欲求を抱えている。簡単に順番を譲ってくれるわけがなかった。

  ゴロロロロロロロッ!!
「うぅっ……」
 さらに高まる便意に、苦しみのうめき声を上げる。
  プスッ……プッ……!
 わずかずつ、腸内のガスも外にもれ始めていた。
 
 不幸中の幸いは、ここがすでにトイレの建物の中で、外に居並ぶ人たちからの視線にさらされずに済んだことだろうか。よくできた衣装、そして自身の可愛さで人気になっていた晴美は、トイレに並んでいる時でさえも周囲からの視線を集めていたのだ。

 とはいえ、彼女が苦しみから解放されるわけではない。
 個室の中の3人、前に並んでいる5人が用を済ませ、晴美が個室に駆け込み、おなかの中のものを全て出し切ってしまわない限り……。

(あと……5人……)
 前に並んでいる人数を数える。そこから弾き出される時間は……。
「…………」
 考えるのをやめた。
 果てしなく長い時間ではなく、目の前の一瞬との戦いを続ける。

(あと……4人……)
  ギュルゴロロロロロゴロゴロゴロッ!!
 おしりの穴を襲う便意に必死に耐える。

(あと……3人……)
  グルルルルルルルッ……ギュルルルルッ!!
 しゃがみこみ、両手でおしりの穴を押さえて……。

(あと…………2人……)
  ゴロゴロゴロゴロゴロッ!!
 感覚のなくなりかけた指先で、おしりの穴を……。

(あと………………)

 ……それまでだった。


「……っ!!」
  ムリュリュリュリュリュッ!!
 おしりの穴を、固いものがくぐり抜ける感覚。

 必死におしりの穴に力を入れるが、もう遅かった。
 十分な長さを外界に現したそれは、再び閉じられた肛門によってちぎられ、ホットパンツの下、純白の下着の中に横たわった。

(うそ……私……おもらし……おもらししちゃった……)
 肛門に残る感覚、そしておしりの肌の粘着感。
 おもらしの事実は、もはや否定できなかった。

  ギュルゴロロロロロロッ!!
 再び襲いかかる便意。
「うぅ……」
 おもらしによってゆるくなったおしりの穴、そして、緊張が切れてしまった精神力。
 彼女にはもう……便意に耐える力は残っていなかった。

「んっ……くっ!!」
  ブリュリュリュリュリュリュリュッ!!
  ブジュジュジュッ!! ブビビビビビビビッ!!
 最初の形を保っていた便とは違い、どろどろに溶けた半液体状の汚物が下着の中に注がれる。

「ふぅぅぅぅっ!!」
  ブビブボボボボボッ!!
  ブバブチュルルルルッ!! ビブブブリリリッ!!
 空気混じりの軟便を、堰を切ったように排泄する。
 おしりの真下のホットパンツは一瞬でふくらみ、放出が行われるたびに膨らんでは張力で戻り、を繰り返している。

「……!!」
 やがて……臭いも感じられるようになってきた。
 熟成された臭さ……というよりは、酸味の強い刺激臭。
 下痢便特有の強烈な臭いだった。

「ちょ、ちょっと……」
「ごめんなさい……っ!!」
  ブビビビビビビッ!! ビジュビジュビジュッ!!
 周りから声がかけられるが、返事をする余裕すらない。
 精一杯におしりを締め、噴出の勢いを抑えるのが精一杯だった。

「と、トイレ開いたから、早く入りなさい!!」
 前にいた露出の多い格好の女性が、晴美の服を引っ張って個室に入れようと促す。
「だ……だめっ……っ!!」
  ブジュブリュビチビチビチッ!!
  ブボボボボボブビブブブッ!!
 少し動いた衝撃だけで、おしりからの噴出の勢いが倍増する。
「……と、とにかく、早くしなさい!!」
「あ……っ……」

 肛門からの噴出もそのままに、半ば無理矢理立ち上がらせられ、よろけるように個室に飛び込む。後ろからドアが閉められた。

「んんんんんっ!!」
  ビチビチビチブブブッ!!
  ブリュビブブブブブブボッ!!
  ブバババブボブボブボボボボッ!!
 無理に動いたせいか、一層ひどい勢いで大便が下着の中に……いや、もう下着はどろどろの汚物であふれ返っており、ホットパンツの中を埋め始めている。

(は、早く……脱がなきゃ……)
 パンツの中の生温かい気持ち悪さを取り除こうと、ホットパンツに手をかける。
 だが……それを下ろし始めた瞬間……。

響き渡る排泄音   ギュルゴロロロロロロッ!!
「だめっ……」
 強烈な便意。
 それを感じた瞬間には、もうおしりから汚物が噴き出していた。

  ブビブビブビブビッ!!
  ビチチチチチブリブビビビビッ!!
  ブバブビュルブリブビビビビビブリュルルルルッ!!
 半分は空気、半分は液状便。
 晴美のおしりから溢れ出した排泄物は、すさまじい勢いの空気に押され、後方一面に飛び散った。
 下ろしかけのホットパンツからこぼれる軟便とともに、便器の後方を汚していく。

「うぅっ……」
  ブチュビチチチチチッ!!
  ブリリリブビッ!!
 おしりから噴出を続けながら、和式の便器にしゃがみこむ。
 下ろしたホットパンツの下からは、ぐちゃぐちゃに汚れたおしりが現れる。
 衣服の圧力で押しつぶされた軟便が張り付き、さらには液状の便が滴り、ふとももを伝って流れ落ちる。
 そんな悲惨な状態の中……晴美に、遅すぎる安息の時が訪れた。


「くぅっ……ふぅぅぅっ!!」
  ビチビチビチビチビチッ!!
  ブリブバババババブボボボブリッ!!
  ジュブブブビチチチチチブジュルビチチチッ!!
  ビブババババババブリュルルルルルルルルルッ!!


 下り切ったおなかの内容物を全て、便器の中に放出した後……個室にあった紙の全てを使って、おしりの汚れ、床にこぼした下痢便を拭き取った。
 だが……。
 衣服についた汚れは、何度拭き取っても落ちることはなかった……。

(どうして……こんなことに……)
 個室から出るに出られず、途方に暮れる晴美。
 その頭の中では、後悔の念だけが渦巻いていた。

 初めて連れて来られたコミケ会場。
 最初は右も左もわからなかったが、コスプレ仲間と話をすることで、その楽しみもわかりかけていた。
 それなのに……。
 せっかく志遠が用意してくれた衣装まで汚してしまって……。

「うぅっ……」
 彼女の目から……涙が零れ落ちた。

「……晴美さん」
 個室の外から、聞き慣れた声がかかる。
「えっ……?」
 志遠の声。
「貴方のことをスタッフに伝えておいて、正解でしたわね……」
「あ……」
「着替えをお持ちしましたわ」
「うそ……」
 騒ぎをスタッフが聞きつけ、おもらしした女の子が、志遠があらかじめ知らせておいた容姿と一致することから、志音にその連絡が行ったのだった。

「やはり……いきなりコスプレは荷が重かったようですわね……」
「……ごめんなさい……」
「謝る必要はありませんわ。無理矢理連れてきたのは私ですし……それより、コミケはどうでしたか? 楽しかったですか?」
「う……うん…………でも……」
 コミケの楽しさ、その一端は理解したような気がする。でも、それよりもおもらしの衝撃の方がはるかに大きい。
「もう……来たくないのですか?」
「そんなこと……そんなことないけど……でも……」
 こんな恥ずかしい事をしてしまって、もうみんなに合わせる顔が……。
「……なら、また来ましょう」
「でも……」
「大丈夫ですわ。だれも、今回のことは覚えてないでしょうし……それに、たとえ覚えている人がいても、それで差別するほど、コミケの参加者は心が狭くありませんわ」
「…………」
「……落ち着いたら、扉を開けてくださいな」

 そう言って志遠が言葉を止める。

(私……また……来てもいいの……?)
(こんなことしちゃったのに……)
(でも……)
(もし……受け入れてくれるなら……)


 ……ゆっくり、1分ほどの時間が経過した後。

 晴美は、個室の扉をそっと開けた。
 そこには……目を閉じて穏やかに微笑む、親友の顔があった……。


あとがき

 えーと……まず、コミケを知らない方、わかりにくいネタでごめんなさい。知ってる方、ところどころニヤリとされたことと思います。

 コミケは東京で夏と冬に行われる超巨大同人誌即売会のことで、毎日20万人もの人が国際展示場に集まり、同人誌の売り買い、コスプレの発表などが行われるおたくの祭典です。
 これだけの人数が集まることもあって、女子トイレにも行列ができたり、仮設トイレが設置されたりして、その手の妄想にも事欠かない場所であります。

 一応オリジナルということですが、ネタはコミケですし、ブリたんを使ってますし、キャラ設定はこみパから持ってきてるんで、1.5次創作程度に思っていただければ。もしかしたら、コミケの度にこの子で書くかもしれません。季刊連載というところですかね。

 ヒロインの名前は当初は有明晴海ちゃんだったのですが、それではあまりに直接的すぎるのでちょっとひねりました。ちなみに池ノ上は準備会の住所で、申込書の送付先ですね。
 相方の志遠ちゃんは女性版九品仏大志ですね。主人公をコミケに引きずり込む悪友ということで、ぶっ飛んだキャラにしようと考えました。ただ消化してない設定も多いので、次回があればもう少し出番を増やしたいところですね。

 今回のは七さんに鰤たんの絵を見せていただいて、何とか女の子にして無理矢理萌えてしまえというコンセプトで書きました。そしたらその意図を汲み取っていただき、新しい絵を描いてくださいましたので、挿絵として使わせていただいてます。重ね重ねありがとうございます。
 ……ちなみに、筆者は実はブリジットをちゃんと見たことがありません。格ゲーは全くやらないし、ネタを知らない同人誌も買わないので……本来ならもっと二次創作的なネタも仕込みたかったところですが、さすがに断念しました。申し訳ありません。

 前の小説を書いてから半月以上経っていたので、ちょっと小説を書くコツなどを忘れかけていました。今回はリハビリ的な扱いということで、お見苦しい点もあるかと思いますが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
 


戻る