LSLさんよりの投稿作品

シグリアへの道

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登場人物

ミレニア姫
 14歳(女)、ヴェルデン王国の王女。
 身長148cm、スリーサイズはB71、W55、H74。
 前国王ヴェルデ7世と、第3王妃ソフィアとの間に産まれる。王位継承順位は高くなかったが、今は亡き母親が国力のあるシグリア王国出身であったため、政争に巻き込まれてしまう。淡く明るい茶色をしたセミロングの髪に、白く透き通る肌と、やや灰色がかったエメラルド色の瞳が印象的な、愛らしい美少女である。

ヘルゼリッツ
 24歳(女)、ミレニア姫付きの筆頭侍女。
 身長168cm、スリーサイズはB84、W61、H86。
 下級貴族出身で、13歳の時に王宮へ侍女として出仕し、当時3歳であったミレニア姫付きとなる。幼いミレニア姫に気に入られたことにより、常にその側に仕え、22歳の時に筆頭侍女となる。赤茶色の髪をまとめてアップにしており、凛としたところのある美人で、かつスタイルも抜群である。

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【序】
 大国であったが、国王を中心に良くまとまっていたはずのヴェルデン王国で、内紛が起こった。発端は、それまで国を治めていた国王ヴェルデ7世の急死であった。王には何人かの后がおり、それぞれに子があったため、誰を後継者とするかで国内が大きく分かれてしまったのである。本来ならば王位継承権第1位である、第1王妃アントワーヌの産んだシィルナス王太子で文句のないところだが、ヴェルデン王国を取り巻く状況が悪すぎたのだった。
(・・・こういっては何だが、陛下も悪い時に亡くなられた・・・)
 それは心ある者たちの、率直な印象であった。ヴェルデン王国は、周辺国の盟主としての地位をめぐって、もう一つの大国アズート共和国と対立関係にあったが、ここ数年はその対立が特に激しくなっていた。つい2年ほど前にも、周辺国で代理戦争の様相を呈した紛争が起こり、半年ほど前にようやく休戦協定が結ばれたばかりで、ヴェルデ7世の急死も、この紛争収拾をはじめとする外交政策の激務の中、過労が祟ったことが原因だったのである。
(・・・国民は、シィルナス王太子殿下を求めているが・・・)
 シィルナス王太子は、優しい性格の持ち主で、優美な外見と相まって、国民からの人気は絶大なものがあった。その内政手腕には定評があったが、対外的にはその優しさが仇となって、この難局を切り抜けられないのではないかと、国内タカ派の諸侯から突き上げられていた。そんな中、折悪しくシィルナス王太子が非常に強いストレスで体調を崩し、公式の場で倒れるという事件があった。
(・・・陛下がお倒れになった跡を継がれる御方が、あのようなご様子では心許ない・・・)
 タカ派は好機到来とばかりに、シィルナス王太子に対して、ますます後継者としてふさわしくないという烙印を押し、国民の淡い期待を押さえつけてしまったのである。
(・・・では、一体誰が?)
 俄然勢力を持ったタカ派は、王位継承権第2位の、第2王妃グラニエの産んだメラニア王女を立てて活発に活動を始めた。メラニア王女は、明晰な頭脳と才覚に恵まれ、先の周辺国の紛争でも、王の名代として前線に視察に出たほどであった。やや勝ち気な性格と合わせ、いざという時には戦も辞さない王女の姿勢は、タカ派にとって、錦の御旗として掲げるのに相応しかったのである。
(・・・後継者は・・・シィルナス王太子殿下か・・・メラニア王女殿下か・・・)
 ヴェルデン王国国内では、二人を軸に後継者争いが進められていたが、ヴェルデ7世には他にも子があった。そのうちの一人が、第3王妃ソフィアの産んだミレニア姫である。ミレニア姫は、母親が外国出身ということで王位継承順位は高くなかったが、母親が周辺国の中では大きな勢力を持つシグリア王国の王女であった。ヴェルデ7世は、シグリア出身ということもあってか、第3王妃を第1王妃と並んで大事にしていたのである。しかし当然のことながら、ミレニア姫を担ぎ上げることは、どだい無理であった。それ故第3王妃を支えていたグループは、基本的にシィルナス王太子寄りの立場を取っていたのである。
(・・・返す返すも、時期が悪かった・・・せめてソフィア様が生きておられたら・・・)
 第3王妃グループも国際情勢の厳しさは判っていたし、シィルナス王太子が本調子でなく、第3王妃ソフィアも既にこの世を去っていた。そこで第3王妃グループは、シィルナス王太子を国王に推すのを諦め、メラニア王女を国王とし、シィルナス王太子を宰相として内外政のバランスを取った上で、両者を支えるという提案をしたのだった。
(・・・甘い・・・この情勢の中、それで保つと思うのか?)
 しかしこの提案は、タカ派の行動によって、烏有に帰すこととなった。タカ派の諸侯は掌握した軍を動かし、シィルナス王太子を病気療養と称して、母親の第1王妃共々離宮に軟禁した。そしてタカ派は、シィルナス王太子派の諸侯も、鞍替えに応じない場合にはあらぬ罪を着せて次々と更迭し、時に処刑や国外追放といった強硬な処分まで行ったのである。・・・その結果、メラニア王女が、ヴェルデ8世女王として即位した。
(・・・これで、タカ派がますます増長する・・・)
 心ある者たちの懸念通り、一旦勢力の均衡が崩れると、タカ派の勢いを止められるものは何もなかった。メラニア女王の即位自体には反対していなかった、第3王妃グループにまでその影響は及び、タカ派の圧力に屈して解体を余儀なくされたのである。ミレニア姫は支持勢力を失って孤立化し、シィルナス王太子ほど行動に制限がかけられてはいなかったものの、王都郊外の小さな城に事実上押し込められてしまったのだった。
(ソフィア様縁(ゆかり)の姫君に、何ということを!・・・ヴェルデンは、一体何を考えているのだ!?)
(・・・そこまで大事か・・・ならば・・・。)
 このミレニア姫への仕打ちに、第3王妃の故郷であるシグリア王国は、両国間の友好関係にひびを入れる行為であると激しく非難した。しかしヴェルデン王国のタカ派は、逆にミレニア姫を人質として利用し、シグリア王国に影から圧力をかけようとしたのである。ここに及んで第3王妃グループ残存勢力の一部が、シグリア王国と極秘に連絡を取り、ミレニア姫をシグリア王国に脱出させるべく行動を起こしたのであった。
(・・・しかし・・・これは賭だ・・・。)
 それは第3王妃グループのみならず、シグリア王国にとっても大きな賭であった。ミレニア姫を良いように使われては、シグリア王国の自立性を保つことが難しくなるが、一方で公に関わったことが露見すれば、シグリア王国の国際的な立場が、極めて悪くなることを意味していたからである。・・・このような状況の中、ミレニア姫の脱出作戦は、ひっそりと水面下で進められていった。

【脱出】
「さ、姫様、こちらです。」
 暗闇の中、若い女性の声がする。そしてそれに続くように、軽い足音が響いた。二つの影が茂みの中を抜けていくと、カンテラの明かりがその先に待ちかまえていた。
「お待ちしておりました。こちらです、お急ぎ下さい。」
 カンテラの主の案内で、二つの影は茂みの先にある岩場を降り、用意されていた小さなボートに乗り込んだ。小さなボートはもともと乗っていた一つの影と、岩場を降りてきた三つの影とを乗せて、静かにさざ波立つ水面を進んでいった。
「・・・この辺りが会合点です。」
 しばらくボートが進んでいくと、もともとボートに乗っていた影が口を開いた。するとボートから数十メートルほど離れたところに、急に泡が立ち、水面がざわつき始めたのである。
「・・・!・・・来ました。」
 カンテラの主が言うやいなや、水面を割るように何かが現れ、次いで巨大な物体が水面下から姿を現したのである。
「・・・!・・・潜水艦?・・・」
 巨大な物体を目の前にして、少女の声がした。
「はい、姫様。これからこの艦(ふね)に乗って、お祖父様の所へ参るのです。」
 若い女性は、少女にそう答えた。ボートがその艦に近づいていくと、艦からライトで信号が送られた。間もなくボートは艦に接舷し、若い女性と少女は、乗組員の手を借りて、ボートから潜水艦の甲板に乗り移った。
潜水艦への乗り込みは、甲板に設けられた丸いハッチから、長い梯子を降りて行くというものだったが、思いの外梯子は高く、下を見ると足がすくんでしまいそうな高さがあった。少女は、ボートに乗っていた者と乗組員との手を借りて梯子に取り付き、少女が下の司令所を見ると、若い士官が待ち構えているのが見えた。
「お気を付けてお降り下さい。」
 若い士官に促されて、少女は下を見ると怖いので、出来るだけ甲板上の乗組員の姿を見るようにしながら、恐る恐る梯子を降りていった。少女は膝丈ほどのフワリとしたスカートを履いていたため、梯子を中程まで下りてくると、若い士官の位置からは、スカートの中が丸見えになってしまった。出来るだけ上を向かないようにとは思うのだが、少女は足下が覚束無くて、いつ梯子を踏み外さないとも限らない。若い士官は上を向かざるを得なかったのだが、白いシルクの下着に包まれた丸いお尻が揺れながら近づいてくる光景に、目のやり場に困るものを感じていた。
「・・・きゃっ!」
 そうしているうちに、案の定、床まであと2、3メートルほどというところで、少女は足を踏み外した。
「おっと!」
 若い士官は素早く反応すると、落ちてきた少女を、両手でしっかりと抱き止めた。
「お怪我はありませんか?」
 目をきゅっと閉じて身を固くしていた少女は、声をかけられてハッと我に返り、声のした方を向いた。すると間近に、心配そうに覗き込む整った顔があった。
「・・・!・・・は、はい・・・だ、大丈夫です。」
 少女はどぎまぎしながら答え、頬を赤らめたが、それは失態に対する恥ずかしさだけが理由ではなかった。一瞬、若い士官の深く澄んだ瞳に、吸い込まれてしまいそうな気がしたためでもあったのである。
「良かった・・・立てますか?」
 そう言われて、少女が首を縦にぶんぶんと振ると、若い士官は優しく少女を床に降ろし、手を取って立ち上がらせた。ようやく司令所のしっかりとした床に立つと、少女はほっとした気持ちになった。ただ改めて艦内の空気を吸うと、機械油と軽油の臭いの中に仄かなカビ臭があり、中は少しむっとしていた。
「ライオット、時間がない。急げ。」
 30前後でさわやかな感じのする士官が、若い士官に短く指示を飛ばす。
「アイ・サー(了解しました)!」
 若い士官は、指示を出した士官に短くはっきりと答えると、上を向いて甲板上の乗組員に合図を送った。
(あのお方・・・ライオット様と仰るんですね・・・)
 少女が改めて若い士官を見ると、彼は年が22〜3くらいで、身は細く引き締まった体つきをしており、品のある整った顔立ちが印象的であった。そしてきびきびとした若い士官の様子に、少女は胸の奥に、上手く言葉に出来ない感情を覚えたのだった。
「少尉殿、次の方が降りられます。」
 甲板にいる乗組員が若い士官に声をかけると、若い女性が梯子を降りてきた。若い女性は少女に比べてしっかりとした足取りであり、あまり心配はなかった。若い女性は長めのスカートを履いており、中こそ見えなかったが、スカートの上からも、その丸くむっちりとしたお尻のボリューム感が感じられた。若い女性が司令所の床まで降りきると、次いで女性の荷物とおぼしきトランクが一つ降ろされた。その後甲板上では数人の乗組員がてきぱきと動き回り、若い女性と少女の乗ってきたボートを収納スペースにしまい込んだ。
「端艇(カッター)の回収、終了しました。」
 甲板で作業をしていた乗組員が、ハッチから司令室に向かって告げた。
「良し、急速潜航、潜望鏡深度、両舷半速。」
 艦長が指示を出すと、乗組員が一斉に動き始めた。
「ベント、キングストン、開け。」
「アイ、サー!ベ〜ント、キングストン、開け〜。」
 先任士官(副長)の指示に、乗組員がてきぱきと機器の操作をしていく。ゴウンという音と共にベント(空気抜き)弁とキングストン(注水)弁が開き、メインタンクの空気と入れ替わるように注水が開始され、ゴボゴボッという水音のような音が回りに響いていった。同時に見張り員や乗組員達がハッチを閉め、上から梯子を滑り降りてくる。
「モーター起動、両舷半速。」
「アイ、サー!モーター起動、両舷半速。」
 乗組員が司令室のレバーを操作すると、機関の状態を示すモーターオーダーテレグラフの針が、機関半速の所を指し示した。同時に艦がゆっくりと動き始めた。
「潜横舵下げェ。」
「アイ、サー!潜横舵下げ〜。」
 先任士官の指示に、操舵員が復唱しながら機器の操作を的確に行っていく。すると艦は、地響きのような音を立てて水面下に姿を消していった。
「潜横舵戻せ、潜望鏡上げェ。」
「アイ、サー!潜横舵戻せ、潜望鏡上げェ。」
 潜望鏡の準備が出来ると、艦長は帽子のつばをくるっと後ろへ回し、潜望鏡を覗き込んだ。
「・・・潜望鏡降ろせ、取り舵15、深度50。」
 そしてぐるっと一周してあたりを確認すると、また短く指示を飛ばす。
「潜望鏡降ろせ、取り舵。」
「アイ・サー!潜望鏡降ろせ〜、とぉ〜りかぁ〜じ。」
 先任士官の指示に合わせて潜望鏡が格納されていき、船は舵を切って左に旋回していった。
「取り舵、宜候(ようそろ)、潜横舵下げェ。」
「アイ・サー!取り舵、よ〜そろ〜、潜横舵下げェ。」
 船は、水という流体の中を進んでいるため、常に滑りながら移動しているようなものである。艦長と先任士官は、その船の動きを予測しながら、先手を打つように指示を出していく。
「深度30、・・・40、・・・潜横舵戻せ。」
「アイ・サー!潜横舵戻せ。」
 深度40を越えたあたりで潜横舵を戻させると、しばらく慣性で艦は沈み込んでいき、ちょうど深度50の辺りで姿勢が安定した。
「進路、深度、そのまま、両舷微速。」
「アイ・サー!進路、深度、そのまま、両舷びそ〜く。」
 艦は水平を保ち、水面下をゆっくりと進んでいった。潜航開始の艦長の指示からここまでわずか2分弱であり、その手際の良さに若い女性は驚き、また好感を持った。
「艦長のコレジオです、潜水艦T13へようこそ。むさ苦しいところですが、しばらくご辛抱のほどを。そしてこちらが先任士官(副長)のウォーレンです。」
「先任のウォーレンです、よろしく。」
 艦の動きが安定すると、まず体格の良い30半ばくらいの男が、若い女性に挨拶をした。続いて先ほど若い士官に指示を飛ばした、30前後でさわやかな感じの男が挨拶をした。
「筆頭侍女のヘルゼリッツです。コレジオ艦長、ウォーレン先任、よろしくお願いいたします。」
 ヘルゼリッツと名乗った若い女性は、年は20代半ばくらいで、赤茶色の髪をまとめてアップにしており、姫様付きの筆頭侍女だけあって、凛としたところのある美人でスタイルも抜群であった。
「・・・それで、こちらがミレニア姫様でございます。」
 ヘルゼリッツは二人の士官に挨拶した後、連れていた少女を紹介した。
「ミレニアと申します。コレジオ艦長、ウォーレン先任、よろしくお願いいたします。」
 少女は、侍女のヘルゼリッツから紹介を受けると、恭しく二人の士官に挨拶した。年は10代前半くらいで、淡く明るい茶色をしたセミロングの髪に、白く透き通る肌と、やや灰色がかったエメラルド色の瞳が印象的であった。
「我々は、貴女方を国まで無事お送りするべく、全力を尽くします。」
 コレジオは微笑みを浮かべ、自信に満ちた表情でそう答えた。
「とりあえず最初のヤマは、ジョシュア水道を抜けて、公海に出られるかどうかです。現在の速力で約2時間ほどかかりますが、その間は探知されるのを防ぐため、出来るだけお静かに願います。」
 それに続くようにウォーレンが、注意を付け加えた。

 ヴェルデン王国の王都は、大きく入り組んだ湾の奥に位置し、ジョシュア水道は、その湾と外界とを隔てる部分であった。そこは王都への玄関口とも言える場所であり、王都への艦船の出入りを監視するため、両岸に要塞が設けられていたのである。それ故水上を航行することは、極めて危険だったし、水中でも安全だとは言い切れなかった。パッシブソナー(水中聴音機)に捉えられるのを防ぐため、全員が音に敏感になって、なるべく音を立てないように気を遣い、遠くで低く唸る推進モーターの音だけが、かすかに聞こえるという状況がしばらく続いた。相手が王都の門と門番ともいうべき、要塞とそこに配備された軍艦であったことと、最初の関門だったということもあって、ミレニア姫とヘルゼリッツも緊張感を保ち続けることが出来た。
「・・・艦長、そろそろジョシュア水道を抜け、公海へ出ます。」
 ちょうど2時間ほどしたあたりで、航海長を兼ねているウォーレンが、海図に潜水艦の進路を書き込みながら報告した。潜水艦は潜航後、そのまま水中を航行していたが、海図によれば、まず一つめの難所を抜けたようであった。途中、潜水艦のパッシブソナーには、何度か船が通過するのが捉えられた。しかし、音源は一般の民間船であったり、時には大型の軍艦であったりしたが、いずれも潜水艦の存在には気が付かなかったようで、特に危険を感じるような動きは見られなかった。
「よし、ここらで良かろう。メインタンクブロー、深度20、潜望鏡上げ。」
「アイ・サー!メ〜ンタンクブロ〜、深度20、潜望鏡上げェ。」
 当面の危険水域を離れたと判断したコレジオは、艦を浮上させて潜望鏡を上げさせた。そして潜望鏡を覗き、ぐるりと一周すると、表情を緩めて短く指示を出した。
「良し、辺りに艦影なし。浮き上がれ。」
「アイ・サー!」
 穏やかな波間を割って潜水艦が水面下から姿を現し、緩やかに水上航行をした。乗組員が軽やかに梯子を上がっていき、ハッチを開けると、潮の香りを含んだ涼しい風が吹き込んできた。まだ空は暗く、ハッチの丸い穴からは、星の瞬きが見て取れた。
「しばらく充電のために水上航行する。見張り員は警戒を厳にせよ。」
「アイ・サー!エンジン始動〜。」
 潜水艦はディーゼルエンジンを始動し、繋がれた発電機を回し始めた。艦の奥から、モーターの時に比べて大きく響く、エンジンの回る低い唸りが聞こえてきた。この当時の潜水艦は、潜水艦といいながら、蓄電池の性能や、艦内の酸素や二酸化炭素の濃度といった空気環境に制限され、水中を航行できる時間が限られていたのである。そのため潜水艦といえど、多くの時間は水上を航行しており、潜水艦というよりは可潜艦といった方が適切かもしれなかった。また敵の姿を認めれば急速潜航をしなくてはならないので、多くの時間浮上しているといっても、監視当番以外の乗組員達が甲板に上がれる機会は、そう多くはなかった。とはいえ当面のヤマ場を越えたため、艦内の緊迫した空気はずいぶんと緩んでおり、ミレニア姫は緊張が途切れたためか、急に強い尿意を覚えた。
「・・・ヘルゼリッツ、私・・・」
 ミレニア姫が顔を少し赤らめてもじもじしているのを見て、ミレニア姫が小さな時から仕えているヘルゼリッツは、その意味するところを正確に感じ取った。
「あの、申し訳ございませんが、お手洗いをお借りしてよろしいでしょうか?」
 ヘルゼリッツはミレニア姫に代わり、ウォーレンにそう尋ねた。
「おっと、失礼いたしました。そういえばまだ、艦内のご案内をしておりませんでしたね。ライオット、案内して差し上げろ。」
「アイ・サー!・・・では、こちらへどうぞ。」
 ウォーレンはライオットに指示を出し、ライオットはそれに軽く敬礼して答えると、二人をトイレへと案内した。
(・・・え?・・・よりによってあの方に、案内していただくなんて・・・)
 ミレニア姫は、自分が生理的欲求に苛まれている様子を、他人に見られることを恐れていたが、その相手がよりによってライオットであることに、少なからぬショックを受けた。ミレニア姫は自分の尿意をライオットに悟られないように、極力平静を装おうとしたが、意識をすればするほど尿意が高まってしまい、かえって歩き方がぎこちなくなった。
「こちらがトイレになります。」
 トイレは司令所から、3つほど部屋を挟んだ奥に設置されていた。トイレは簡易なドアが付けられているだけで、狭い室内に何本もの配管が走り、薄暗い照明に金属製の腰掛け式便器が照らされているという、実用重視のものであった。一応ピカピカに磨き上げられてはいたが、表面の一部に結露が見られ、乗組員と共用であるために、前に誰が使ったか判らないという欠点があった。
「ご使用になった後は、こちらのレバーを降ろして水を流して下さい。その後こちらのランプが光りますので、光ったらランプの下のボタンを押して下さい。すると排水が、ポンプで艦外に排出される仕組みとなっています。ただ水圧とポンプの能力との関係で、潜望鏡深度よりも深いところを潜航中は、排水に制限があってトイレの使用ができなくなりますので、ご注意下さい。・・・では、何かございましたら、またお聞き下さい。」
 ライオットは手短に操作方法や注意点を伝えると、女性がトイレを使用するのに側にいては失礼と感じ、司令所の方へ戻っていった。
「・・・さ、では姫様、どうぞ。」
 ヘルゼリッツは、ライオットが離れたことを確認すると、ミレニア姫をトイレの中に入らせてドアを閉め、その前に門番のように立った。ドアが閉められてようやく一人になったことを確認すると、ミレニア姫はホッと息をつき、スカートをたくし上げてショーツを引き降ろし、便座に腰を下ろした。
「・・・っ!・・・冷た・・・うっ・・・うぅ〜ん・・・」
 結露をしているのも道理、洗浄用の海水が通っているために冷やされていたのか、便座は思いの外冷たく感じられ、ミレニア姫は一瞬飛び上がるようにお尻を浮かせた。とはいえ尿意が我慢の限界を迎えており、冷たさを我慢して再び便座に腰掛けると、放尿を始めた。
・・・チッ、ヂャアアアアアアアアアアアァァ・・・チョボヂョボジョボジョボ・・・ピチョッ、ピチョン・・・ピチョン・・・
(・・・んっ、ふううううぅぅ・・・はぁ〜っ・・・)
 淡い茂みがうっすらと生い始めてきているものの、まだ幼さの残るミレニア姫の割れ目から、小水が溢れ出した。便器が金属製のため、放たれた小水が当たると、特有の音を立てた。ミレニア姫は、ようやく尿意から解放されて大きく息をつくと、城を抜け出してからずっと続いていた緊張感が解け、全身から力が抜けていくのを感じたのだった。
「姫様、大丈夫でございますか?」
 小水だけにしては時間がかかっているので、ヘルゼリッツが少し心配になって、ドアの外から声をかけた。
「・・・!・・・だ、大丈夫です。」
 思わず便器に腰掛けたまま、ぼ〜っと放心しかかってしまったミレニア姫は、声をかけられてハッと我に返ると、あわてて返事をした。
ガラッ、ガラガラガラッ、ビィッ・・・ガサッ、ガサガサ・・・
(・・・あッ・・・この紙、固くてゴワゴワしてて・・・少し痛い・・・)
 ミレニア姫は、トイレットペーパーを巻き取って前を拭いたが、王宮に備えられていた上質でふんわりとしたそれとは異なり、質の悪い固くガサガサしたものであった。そのため肌へのあたりが全く違い、デリケートな部分を拭うには抵抗感が感じられる程であったが、他に代わるものがなければ、それを使うしかないのもまた事実であった。
ガコン・・・ガッ、ザシャアアアッ・・・
 教わったとおりにレバーを降ろすと、水が流れ、小水と拭いた紙とが洗浄水と共に排水口に吸い込まれ、流されていった。そして流し終わると説明された通りにランプが点灯し、ランプ下のボタンを押すと、ゴボゴボという音がして、今し方流れていった排水が艦外に排出されたようであった。
「ヘルゼリッツ、心配かけてごめんなさい。・・・何か急にふっと力が抜けてしまって・・・。」
 ミレニア姫はトイレから出てくると、少し恥ずかしそうにしながら、ヘルゼリッツにわびた。
「いえいえ、今まで緊張のし通しでしたから、無理もございませんわ。・・・では今度は、私が失礼させていただきます。」
 ヘルゼリッツはミレニア姫と入れ替わるようにトイレに入り、今度はミレニア姫がドアの前に立った。すると程なく、ミレニア姫は便器の立てる特有の金属音がするのに気が付いた。
(・・・え!?・・・意外と中の音が聞こえる・・・そ、そんな・・・)
 ミレニア姫は、意外に音が聞こえることに驚き、ますますトイレに対する抵抗感を募らせてしまったのだった。そしてトイレットペーパーを巻き取る音と水を流す音とが聞こえ、ヘルゼリッツが出てくると、二人は再び司令所に戻った。
「さて、ついでといっては何ですが、今の内に艦内の設備の位置を把握された方がよろしいかと思いますので、彼に案内させましょう。・・・ライオット、引き続き済まんが、ご案内してくれ。」
「アイ・サー!」
 ライオットは再びウォーレンに敬礼して答え、ミレニア姫とヘルゼリッツを伴って司令所を後にすると、居住区画の方に移動した。
「足下や頭上にはご注意下さい。なにぶん軍艦の中でも、潜水艦は特に狭いものですから。」
 ライオットの言う通り潜水艦の中は、あちらこちらに配管やらケーブルやらが走り、通路一つとっても、どちらかが体を横にしなくてはすれ違えないほど狭いものであった。等間隔に付けられたランプのみが艦内を照らしており、狭くて暗くて閉鎖的という表現がぴったりの空間であった。除湿と冷房はかかっているとのことであったが十分ではなく、少し動くとじっとりと汗が滲んでくるような環境でもあった。
「航海中はこちらの部屋をお使い下さい。」
 ミレニア姫とヘルゼリッツには、士官用の部屋があてがわれた。狭くはあったが二段ベッドが備えられていて、二人で一部屋となっており、通路よりは除湿と冷房が効いているようで、中に入るといくらかマシに感じられた。
 そしてその奥が倉庫や兵員室となっており、突き当たりが魚雷発射管室となっているとの説明があった。また下の層は機械室や電池室、さらには弾薬庫などもあるので、あまり下には降りない方が良いとの説明がされた。その後ライオットは、また司令所の方へと戻り、司令所の奥の方にある食堂へと案内した。
「こちらが一応食堂になります。」
 食堂は、狭いところに作り付けのテーブルが備えられたもので、木の椅子が並べられていた。奥の方にカウンターがあり、その奥では、厨房担当とおぼしき、白い前掛けをした乗組員が作業をしていた。
「飲み物などが必要な場合は、あちらの厨房に当番がおりますので、申し出てください。ただ飲み水以外の真水の使用、例えば顔を洗ったり、口をゆすいだりすることは、真水の搭載量との関係で制限がございますので、ご不便をおかけするかと思いますが、ご了承下さい。あ、漉した海水なら、手を洗ったりするのに使用できますので、そちらは適宜お使い下さい。」
 ライオットはカウンターの方を指して二人にそう告げた。ミレニア姫とヘルゼリッツは、艦内のおおよその案内を受けると、あてがわれた士官室に行って、少し休むことにした。
「ヘルゼリッツ、私たちはこれからどうなるのでしょうか?」
 ミレニア姫はベッドの下の段に腰掛け、少し心配そうに聞いた。
「ご心配されるのも無理はございませんが、文字通り乗りかかった船ですので、コレジオ艦長以下の方々に、お任せする他はないでしょう。」
 ヘルゼリッツが落ち着いた声でそういうと、ミレニア姫は小さく頷いて答えた。
「しかし、私はこうして皆さんのおかげで、なんとか国を出られましたが・・・国に残られた方々のことが心配です。」
 ミレニア姫は下を向いたまま、膝の上の組み合わせた両手を見つめてそう呟いた。城を抜けるときに手引きしてくれた者や、シグリア王国と連絡を取ってくれた者など、多くはなかったが、何人かの者がヴェルデン王国に残っているのである。当然その者達の身にも、いずれ災難が降りかかるであろうことは、謀略などに疎いミレニア姫にさえ容易に想像が付いた。
「・・・姫様の御身は、姫様だけのものではございません。姫様が無事シグリアへ着けるか否かで、色々なことが変わってきてしまいます。それ故に、皆が力を合わせているのですから、どうか今は、御身を保つことを第一にお考え下さいまし。」
 ヘルゼリッツは姫の横に腰掛け、ミレニア姫の心の痛みに理解を示しながらも、そう答えた。どういう形であれ、全てはミレニア姫が、ヴェルデン王国の「手を離れる」か否かにかかっており、多くの者がそれに賭けているのである。
「ですが・・・やはり割り切れないものを感じてしまいます。」
 視線を床に落とし、沈んだ表情で呟くミレニア姫を見て、ヘルゼリッツはそっとその背に手を当て、ミレニア姫をいたわったのだった。

 しばらくすると食堂の方に案内され、ミレニア姫とヘルゼリッツは、コレジオとウォーレンと同じテーブルに着いた。出された食事は、一応皿に盛られていたものの、缶詰のパンと肉とジャガイモという、保存食中心の質素なものであった。テーブルの上にはバターとジャムの入れ物が置かれており、ミレニア姫とヘルゼリッツには、特別に小さなリンゴが付けられていた。周りを見ると、乗組員達も交代で食事を取っており、缶から直接食べていたが、食べることは乗組員の数少ない楽しみであったようで、思ったよりも嬉しそうに食べていた。
「戦艦なら、将官向けに専属のシェフとかが乗ってて、まともな食事が出るそうなんですがね。こちらはお恥ずかしながらこんなものしかございませんので、お口に合わんかも知れませんが、どうぞ。あ、飲み物はコーヒーと紅茶とどちらが宜しいですか?」
 ウォーレンは、ミレニア姫とヘルゼリッツに食事を勧め、飲み物について聞いた。
「・・・では姫様と私には、紅茶をお願いいたします。」
 ヘルゼリッツは、ミレニア姫にどちらが良いかを尋ねた後、ウォーレンに答えた。
「艦長はいつものように、コーヒーでよろしかったですか?」
 ウォーレンは、コレジオの方を向いて確認した。
「あ、あぁ。・・・ウォーレン、俺の分までとは済まんな。」
 コレジオは軽く片手を上げてウォーレンに答えた。
「いえいえ・・・アイ・サー、紅茶をお二つとコーヒーをお一つですね。少々お待ち下さい。」
 ウォーレンは片目を閉じ、少しおどけて敬礼すると、厨房奥のカウンターの方へ取りに行った。そして少しするとコップを4つ持って戻ってきた。どちらかといえばあまり良い臭いのする方ではない艦内に、ふわっと紅茶とコーヒーの良い香りが漂った。
「ありがとうございます・・・あぁ・・・いい香り。」
 ミレニア姫は礼を言って受け取った後、その立ち上る香りに頬を緩ませた。
「ウォーレン先任、ありがとうございます。・・・あぁ、この香り・・・やっぱり落ち着きますね。」
 ヘルゼリッツも、コップを受け取って礼を言うと、目を閉じて仄かな香りを楽しんだ。
「お、済まんな。」
 コレジオはコップを受け取ると、すぐに一口含んだ。
「葉も豆も、あまり上等なもんじゃありませんが、この艦の中だと良く感じてしまいますね。」
 三人にコップを渡すと、ウォーレンは席に着き、笑いながらそう言った。
「・・・今回何故潜水艦が選ばれたのでしょうか?いくつもの国をまたいで陸上を行くのは、危険なことと想像がつきますが、航空機や水上艦艇でも良かったように思うのですが・・・。」
 互いに飲み物を口にし、少し食事が進んで落ち着いたところで、ヘルゼリッツが口を開いた。
「・・・?・・・そうですね、確かに航空機は一番速いのですが、現状では信頼性や航続距離の面で問題があります。まだまだ落ちる可能性も高いですし、上手くいっても、途中で給油する飛行場が必要になります。途中の飛行場となると、わが国とその勢力圏だけではカバーできず、他国の協力も必要になってきます。しかし今の国際情勢では、中立の立場を取る周辺各国に、無理強いは出来ません。」
 ウォーレンは手にしていたフォークを置くと、真面目な顔でヘルゼリッツの疑問に答えていった。ヘルゼリッツはその的確な説明に耳を傾け、時折頷きながら聞いていた。
「一方水上艦艇ならば、航続距離には問題がありませんが、いざという時に逃げも隠れも出来ません。商船を装ってやり過ごす手もないではありませんが、民間船では軍艦を振り切れませんので、先ほど抜けたジョシュア水道などで臨検を受け、拿捕される可能性が高いでしょう。かといって戦艦でも回そうものならば、武威の誇示による内政干渉と喧伝され、わが国の国際的立場が微妙なものとなってしまいます。それこそ最悪・・・周辺各国を巻き込んだ戦争を引き起こしかねません。」
「・・・それで隠密行動に適した、本艦が選ばれたのです。」
 最後に付け加えるように、コレジオが口を開いた。
「なるほど・・・それで、この先はどうなるのでしょうか?」
 ヘルゼリッツは、ミレニア姫の不安を代弁するように、コレジオとウォーレンに聞いた。
「・・・今は公海上に出ましたので、ある程度安全ではあります。ですがこの先、ヴェルデン王国の勢力圏下を通過せざるを得ない海域がありますので、そこが最大のヤマになるかと思います。」
 しゃべり終えてコーヒーをすすっていたウォーレンが、コップから口を離して答えた。
「シグリアまでは、一体どのくらいかかるのでしょうか?」
 それまで黙ってやりとりと聞いていたミレニア姫が、不安そうな顔をしながら尋ねた。
「・・・順調にいって、凡そ、10日ほどかと。」
 コレジオが、落ち着いた声で答えた。
「10日・・・長いといえば長い時間ですね・・・。」
 ヘルゼリッツはミレニア姫を見やった後、コレジオの方を向いてそう答えた。

 食事をしてしばらくすると、ミレニア姫は軽い便意を覚えた。
(・・・?・・・あ・・・少し、したい感じが・・・!・・・そ、そうでした・・・あのお手洗いは・・・)
 食べれば当然、出るべきものが出る。それは当たり前の生理現象であったが、先ほどの様子からトイレを使用するのには抵抗感があり、ミレニア姫は我慢してしまったのである。
「・・・姫様、申し訳ございませんが、少し外させていただきます。」
 ヘルゼリッツがそういうと、ミレニア姫は頷いてそれに答えた。侍女がそういう時は、たいていトイレに行く時であった。ヘルゼリッツはミレニア姫に少し礼をして士官室を出て行った。
(・・・ヘルゼリッツは気にならないのかしら?・・・それとも、しっかりしているから、そのあたりは割り切っているのかしら・・・)
 ミレニア姫はそんなことを考えながらヘルゼリッツを送り出した。一方のヘルゼリッツも、潜水艦のトイレに全く抵抗がなかったわけではなかったが、彼女には彼女なりの理由があったのである。
「・・・ふっ・・・ふっ・・・うっ・・・く、うぅっ・・・んはぁ・・・はぁ・・・」
 トイレの中ではヘルゼリッツが眉根を寄せ、その美しい顔を時に歪めながら苦悶していた。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・んうっ・・・う・・・んんんッ!・・・っ!!・・・く、ふ〜っ・・・ふ〜っ・・・」
 ヘルゼリッツは、額には汗を、目尻には涙を浮かべ、丸くむっちりとしたお尻から、その美貌に不似合いな汚物を生み落としていく。しかしただ一点、排泄孔だけは赤黒く腫れ上がり、産み落とされる汚物に相応しい醜怪な姿を晒し、強い痛みを放っていた。そう、ヘルゼリッツは痔を患っていたのである。
 ・・・王宮とは、華やかな外見とは裏腹に、強度のストレスに曝され続ける場でもある。またそんな場で泳ぎ続けねばならない主人達を、日に影に支える侍女達の負担も、また想像を絶するものであった。過度のストレスで下痢や便秘に悩まされ、行きたい時にトイレにも行けず、漏らしてしまう者さえいた。そうなった者を待っているのは多くが侮蔑と嘲笑であり、故に侍女達は皆、無理に我慢し、短い時間で無理にひり出すことを繰り返していた。結果、精神病と胃腸病、そして痔とが、侍女の三大疾病と密かにいわれていたのである。
「・・・んっ・・・つっ!・・・う・・・くぅ・・・」
 ヘルゼリッツは、トイレットペーパーを巻き取り、丹念に揉んで柔らかくすると、そっとお尻の穴を拭いた。便がやや固めであったため、排泄時の痛みは強かったものの、幸いにして汚れはすぐに拭き取ることが出来た。そして立ち上がって便器の中を見ると、黒みを帯びた汚物がどっさりと横たわっていた。
(・・・たくさん出てよかった・・・出せるときに出しておかないと、下手に溜め込んでしまおうものなら・・・想像するだに恐ろしいわ・・・)
 ヘルゼリッツは大きく息をつくと、トイレに持ち込んだポーチに手を入れて、中からこじゃれた化粧品の瓶のようなものを取りだした。瓶には「ルソワンプルペシュ」と書かれたラベルが貼られ、中には薄い赤紫色をした、やや粘性のある液体が入っていた。ヘルゼリッツは、ポーチから取り出した脱脂綿に、瓶に入った液体をたっぷりと染み込ませると、中腰になってお尻を突き出すという、へっぴり腰のような格好をとった。そしてその脱脂綿をお尻の穴に持って行き、優しく丁寧に拭っていったのである。ルソワンプルペシュ・・・ある国の言葉で「桃のお手入れ」と言う意味の名を付けられたそれは、各種のハーブエキスが調合されて消毒・消炎・鎮痛効果があり、王宮の女性達に重宝されていた、痔疾用の外用水薬であった。
・・・クチュ・・・ニチュッ・・・ニチッ・・・
(・・・痛っ!・・・ううっ・・・また出ちゃってる・・・)
 指先の感覚と痛みから、腫れ上がった痔が、少し脱肛を起こしているのが感じられた。ヘルゼリッツは、拭うようにして水薬を痔全体に塗っていきながら、次の難事業に備えた。それは飛び出した痔を、一つずつそして注意深く、お尻の穴の中に押し戻していくというものであった。
・・・グニッ・・・ズヌウゥッ・・・グ、ググッ・・・ズヌウゥッ・・・
「・・・うぅ・・・くううぅっ・・・う、いっ!・・・くううぅん・・・はぁ・・・はぁ・・・」
 両手の人差し指と中指とを器用に使って、ブドウの実のように丸く腫れ上がった痔を、強い痛みに耐えながらゆっくりと押し込んでいく。ヘルゼリッツは、全部の痔を押し込み終わると、新しい脱脂綿に再び水薬をたっぷりと染み込ませた。そしてそれをお尻の穴に、栓をするようにゆっくりと詰め込んでいくと、ツーンとした染みる感覚と引き替えに、強い痛みが引いていくのが感じられた。
(・・・はぁ・・・はぁ・・・痔が出ると辛いのよね・・・変な時に出なければ良いんだけど・・・)
 ヘルゼリッツはトイレットペーパーで指を拭き、便器の中に放り込むと、レバーを降ろして洗浄水を流した。そして着衣を整えると、ランプのついていたボタンを押して排水し、ドアを開けて出る前に、スカートの上から、今一度お尻をさすった。
 蛇口から出る漉した海水で手を洗い、ふと顔を上げると、手洗い台に備えられた湿気と塩気で映りの悪くなった鏡の中には、暗く沈んだ表情の女がいた。
(・・・疲れたし、お尻も痛い・・・でも、私が頑張らなくては、誰が姫様をお支えするというの?・・・)
 ヘルゼリッツは、鏡の中の自分に言い聞かせるように表情を引き締めると、ミレニア姫の待つ士官室の方へと戻っていった。

 しばらくすると、ミレニア姫とヘルゼリッツのいる士官室のドアを叩く者がいた。
「・・・はい、何方ですか?」
「おくつろぎ中、済みません。先任のウォーレンです。」
 ヘルゼリッツが問いかけると、ウォーレンが答え、ヘルゼリッツは鍵を開けてドアを開いた。するとウォーレンは何枚かのタオルを持ち、その後ろにライオットがバケツを持って立っていた。
「これは・・・一体?」
「少ないですが真水と新品のタオルです。潜水艦じゃあ風呂はご用意できませんので、せめてこれで体を拭くなどしていただければと思いまして。」
 ヘルゼリッツが少し驚いて聞くと、ウォーレンがタオルを見せながら答えた。
「あぁ、ありがとうございます。・・・お気遣い痛み入ります。」
 そういってヘルゼリッツはバケツとタオルを受け取り、バケツを士官室の床に、タオルをベッドの上に置いた。城を抜け出してから茂みを駆け抜けたりしたが、当然のことながら風呂に入ったり、身だしなみを整えたりということはしていなかった。そこでミレニア姫とヘルゼリッツは体を拭かせてもらうことにしたが、水を無駄にしないようにするため、ヘルゼリッツは空のバケツをもう一つ借り、それに使う分だけの真水を移して使うことにしたのだった。
「ではご厚意に甘えて、体を拭かせていただきましょう。さ、姫様お先にどうぞ。」
 ドアの施錠を確認すると、ヘルゼリッツはミレニア姫に、真水を含ませたタオルを差し出した。
「ありがとう・・・でもヘルゼリッツは?」
「私は姫様の後で使わせていただきますので・・・さ、どうぞ。」
 ミレニア姫は、ヘルゼリッツの心遣いは嬉しかったが、それまでも姉のように慕ってきたわけであったし、ここまでも苦難を共にしてきたのだから、この際主従などどうでも良かった。一方のヘルゼリッツは、それはそれとして、主人であるミレニア姫に、まずさっぱりとしてもらいたかったのである。
「せっかくだから、一緒に拭きましょうよ。」
「そんな、もったいのうございます。」
 ミレニア姫にしてみれば、そんな水くさい、というところなのだが、ヘルゼリッツにとっては、10年以上にわたって染みついてきた習性を変えるのは、容易なことではなかった。
「ヘルゼリッツだって、私とお城を抜けて、丘を越えて、茂みを抜けてここまで来たんだから、一緒よ。だから、ね。・・・あんまり意地張ると、命令しちゃいますよ。」
 ミレニア姫はにっこり笑ってそういう。
「・・・姫様・・・ありがとうございます。・・・判りました、ご一緒させていただきます。」
 ヘルゼリッツは命令する、とまでいってくれたミレニア姫の気持ちに感謝し、共に身を清めることにした。そうと決まると、まずミレニア姫が着衣を脱ぎ始め、ヘルゼリッツもそれに続いて、二人は程なく産まれたままの姿となった。ミレニア姫は、白くきめ細やかな白磁のような肌をしていて、膨らんではいるもののまだ固さのある乳房に、剥き立てのゆで卵のような丸く張りのあるお尻をしていた。また、まだ痔の洗礼を受けていないお尻の穴は、綺麗な放射状の皺を刻み、慎ましやかに閉じていた。一方のヘルゼリッツは、餅のようにしっとりと柔らかな肌をしていて、ふっくらと成熟した乳房を持ち、丸く大きなお尻は理想的な曲線美を見せていた。ただ、その奥に潜むお尻の穴は、幾度となく痔の洗礼を受け、歪に腫れ上がっていた。
「あぁ、さっぱりする・・・。」
 まず顔を拭いたミレニア姫が、開口一番そういった。ただ埃と汗の混じったものを拭き取っただけなのであろうが、ミレニア姫にとっては、皮一枚剥けたような清々しさがあった。次いで二人は互いに手伝いながら髪や背中を拭き、首や肩、腕と続いて体も拭いていって、普段からすれば最低限という感じではあったが、何もしないよりは遙かにさっぱりした気分になった。特に痔を患っているヘルゼリッツにとっては、濡れたタオルでお尻の穴が拭けるというのは、何よりも有り難かった。
 こうして体を拭き終えると、ヘルゼリッツはトランクから、ミレニア姫の着替えを取り出し、ミレニア姫に着せていった。一方のヘルゼリッツは、自分の分までは着替えを持ってきていなかったため、そのまま元の服を身につけ、真水の残りでミレニア姫の下着や服、そしてタオルの汚れをざっと落とすと、持ってきていた紐を士官室に張って干したのだった。
「今日は・・・さすがにいろんなことがあって、疲れてしまいましたね。」
 ミレニア姫は体を拭き、着替えをしてさっぱりすると、急に疲れが出てくるのを感じた。
「そうですね・・・さ、お疲れでしょうから、姫様はもうお休み下さい。」
「えぇ・・・ヘルゼリッツ、お休みなさい・・・。」
 ヘルゼリッツはそういってミレニア姫をベッドに横たわらせ、薄いタオルケットを掛けてあげると、ミレニア姫は、程なく沈み込むように眠りに落ちていった。ヘルゼリッツは、ミレニア姫が眠りに落ちたことを確認すると、バケツを片付け、荷物の整頓などを行った。そしてもう一度痔疾薬の瓶を取り出し、お尻の穴に詰めた脱脂綿を取り替えると、自分も床に付いたのであった。

 翌朝になってミレニア姫が失踪したことが判り、その情報は公にされぬまま、すぐにヴェルデン王国の王都に伝えられた。そして既にタカ派の諸侯のみで構成されていた最高評議会が下した決定は、次のような過酷なものであった。
「ミレニア姫をヴェルデン王国の勢力圏から出すな。手段は問わない。」
 一人の高級将校が、軍靴の音を響かせながら長い廊下を行き、重厚な扉を開けて部屋に入った。
「失礼いたします。・・・お呼びでしょうか、閣下。」
 部屋の中には、恰幅の良い初老の男が、窓から外を眺めるようにして立っていた。
「うむ。最高評議会の決定が出た。そこに命令書があるが、直ちに国境および領海における検問・臨検を強化し、従わない場合は射殺・撃沈も辞すべからず、と全軍に通達したまえ。」
 その初老の男は、ヴェルデン王国の宰相を務めるタカ派の上級貴族であったが、外を眺めたまま、部屋に入ってきた高級将校へ命令内容を伝えた。
「・・・しかし閣下、命令は命令でありますが、将兵の中には、射殺・撃沈も辞すべからず、とまでの厳戒態勢に、疑問を感じる者も出ましょう。その理由は、如何いたしましょう。」
 高級将校は、テーブルから命令書を取って命令文に目を通すと、想定される懸念を伝えた。
「なに、理由なんぞは、適当に付ければよい。対外的には、内乱状態による非常措置のため、対内的には、国を売って逃亡した輩がいるため・・・などとな。とにかく今は、ミレニア姫の身柄を確保するか、闇に葬るかするのが先決だ。・・・急ぎたまえ。」
 宰相は、相変わらず外を眺めたまま高級将校に答え、最後にちらりとだけ彼の方を見て催促した。
「・・・判りました。国境警備隊や駐屯軍に加え、周辺の精鋭部隊を送って固めさせましょう。・・・失礼いたします。」
 高級将校は踵を返して命令書を手に部屋を出て行った。再び一人となった宰相は、窓からどんよりとした空を眺めながら、ポツリと呟いた。
「・・・ふん。シグリア風情が、小賢しい真似しおって・・・。」

【鋼の檻】
 ヴェルデン王国の王都で決定が下されてから4日後、潜水艦は最大巡航速度で水上を航行していた。空はうっすらと曇り、やや風が強く感じられた。
「どうだ、何か見えるか?」
 ライオットが、帽子を風で飛ばされないように押さえながら、艦橋の上で双眼鏡を覗いている見張り員に、後ろから声をかけた。
「いえ、辺りには敵影はおろか、民間船も見えません。・・・かえって不気味なくらいです。」
 見張り員は双眼鏡を覗いたまま、ライオットに答えた。
「そうか・・・じゃ、引き続き頼むぞ。」
「アイ・サー!」
 ライオットは見張り員の肩をポンと叩いて後を任せると、梯子に飛び移って司令所の方へするすると滑り降りていった。
「・・・辺り一面、敵影どころか、民間船も見えないそうです。」
 梯子を滑り降りてきたライオットは、コレジオとウォーレンに報告した。
「ん?そうか、ご苦労。・・・あれから5日目・・・今のところは、順調にいってますね。」
 ウォーレンが、ライオットの方を振り向いて答え、再び海図に視線を戻すと、潜水艦の進路を書き込みながら、コレジオに声をかけた。海図に引かれた赤い線は、かなり延びてきており、艦が全行程の半分くらいまで来ていることが見て取れた。
「今のライオットの報告じゃないが、これといって動きが見えんからな。・・・逆にそこが怖くもあるんだが。」
 コレジオは、こめかみの辺りをポリポリと掻きながら、ウォーレンに答えた。
「そうですね・・・主な艦艇をガルーツ海峡に集めてくるってことも、考えられなくはないですからね。」
 ウォーレンも持っていた赤鉛筆で、海図のガルーツ海峡の部分を突っつきながら答えた。
「そういえば、今し方の定時通信によれば、アズートの艦隊が動いたらしいですね。・・・それも、デカい奴が。」
 ライオットが表情を厳しくし、通信兵から受け取ったメモをコレジオに渡しつつ、報告した。
「やはり動きましたか・・・デカいってことは、例の戦艦ですかね。」
 ウォーレンは、帽子を脱いで髪に手櫛を通した後、再び帽子を被り直しながら、コレジオに問いかけた。
「あぁ、おそらくな。連中、シグリアとヴェルデンの仲にひびが入るのが、嬉しくてしょうがないらしい。・・・ちょっかいかけてくるかもしれんぞ。」
 コレジオは、受け取ったメモをぱしっと叩き、皮肉っぽく笑ってそういった。
「・・・ふぅ・・・困ったもんですね。」
 ライオットは短い溜息をつき、天を仰ぐようにしながらそう呟いた。
「・・・全くだ。」
 コレジオは腕を組みながら、ライオットに同意した。

 潜水艦の狭い艦内では、巡航時にはこれといってすることがなく、おまけに艦内の酸素を無駄に消費しないように、非番のものは寝ていることが多かった。また、当番のものも同じ理由で、持ち込んだ本を読んでいたり、トランプをしたりして適当に時間をつぶしていることが多かったのである。食事も単調で、ミレニア姫はだんだん時間の感覚が麻痺していくような感じがあった。・・・潜水艦内での単調な暮らしには、訓練された海軍軍人ですら、初めて体験する時には身や心を蝕まれ、悩まされるものである。ましてミレニア姫は、重大事を背負わされた身とはいえ、そのような訓練すら受けたことのない、弱冠14歳の少女なのである。それ故ミレニア姫は、精神状態を乱され、軽いうつ状態に陥ってしまっていたのだった。
「・・・ヘルゼリッツ、今何時頃かしら。」
 ミレニア姫は少しうんざりしたような様子で、ヘルゼリッツに聞いた。
「そうですね・・・15時を5分程まわったところです。」
 ヘルゼリッツは、手にはめた腕時計を見てそう答えた。
(同じような所で、同じようなことばかりしていると、何だか時間の感覚が狂ってきてしまいそう。・・・檻に入れられた動物たちも、こんな気持ちなのかしら?・・・)
 城に押し込められていた時には、まだ窓から外も見えたし、庭に出ることも出来た。空の色や流れる雲、生い茂る木々や咲き誇る花々、そこに遊ぶ鳥の囀りや蝶の舞など、日々の話題には事欠かなかった。それがここは、何処を向いても鋼の壁、薄暗くじめじめとしていて、油とカビの臭いが漂い、機関の唸りだけが響いている。ヘルゼリッツとの話も途切れがちになってしまい、城にいた時は不遇であったとはいえ、まだ変化に富んだ世界にいたのだと思われた。他の人と話をしてみれば・・・と思わなかったわけではない。しかし自分を無事に送り届けるため、頑張ってくれている人々の邪魔は出来なかったし、非番の乗組員達と話すというほど、うち解けているというわけでもなかった。コレジオやウォーレンも、艦を指揮するためにいつも忙しそうにしており、声をかけるのが躊躇われていた。
(・・・はぁ・・・できればライオット様とお話したい・・・でもお忙しそうだし・・・。)
 ミレニア姫はライオットと話をしている時、この鬱屈とした気分が一番晴れるような気がしていた。しかし彼もまた通信長という立場から、水上航行中は常に忙しくしていたのである。
(外の見えない世界というものが、こんなに味気ないなんて・・・。)
 ミレニア姫は、両手で頬を支えながら士官室のドアを見やり、溜息をついた。そうしているうちに、ミレニア姫の気分をさらに沈ませる信号が、体から発せられた。
・・・ゴロッ・・・ゴロ・・・
(・・・?・・・あ・・・また少しお腹が・・・今度も我慢できるかしら・・・。)
 ミレニア姫は、グル音がするほどではなかったが、お腹の中で圧力を伴った何かが動いたのを感じた。潜水艦に乗ってからというもの、あのトイレを使うことに抵抗感があったため、極力行かないように努めていた。小水ばかりは一日中全く出さないという訳にはいかなかったが、それでもその回数を減らすために、水分をとるのを控えてまでいたのである。ミレニア姫は、本来毎日お通じがあるという健康的なサイクルであったが、城を脱出する前あたりから、さすがに緊張のためにお通じが止まってしまい、潜水艦に乗ってからも、トイレへの忌避感から一度も出していなかったのだった。
・・・ゴロッ・・・ゴロゴロ・・・
(・・・う・・・今回は少し、強い・・・)
 先ほど右脇腹を上がってきたように感じられた圧迫感が、今度は軽い痛みと共に、お腹を横切っていくような感じがあった。それまでに比べて今回の便意は、ガスを伴っているのか腹部に張りが感じられ、強いもののようであった。今まで通り、意識を集中して便意を押さえようとするが、今回は物理的な圧迫が強く、思ったようには治まってくれない。
・・・ゴロゴロッ・・・グギュルルッ・・・
(・・・!・・・さ、さすがに今回は、我慢が・・・)
 お腹を横切った圧迫感は、今度は左脇腹を降りていこうとし、それに合わせるように腹痛と便意が一段と高まっていく。
「ヘルゼリッツ、わ、私、・・・お、お手洗いに・・・。」
 とうとう便意が明確に我慢を上回るようになり、ミレニア姫は渋るお腹を押さえて、トイレに行くことにした。ヘルゼリッツは小さく頷いて立ち上がり、トイレのドア番をすべく、ミレニア姫と共に士官室を跡にした。
 トイレに向かうと、ちょうどトイレの前あたりに若い乗組員がいて、ミレニア姫とヘルゼリッツに敬礼した。乗組員は敬礼したまま横に避け、ミレニア姫とヘルゼリッツが通過するのを待とうとしたが、かえってトイレのドアを塞ぐ形になってしまった。
「・・・あの・・・そこ、済みません・・・。」
「・・・!・・・し、失礼いたしましたぁッ!・・・自分もちょうど入ろうと思っておりましたのでッ。」
 ヘルゼリッツがトイレのドアを手で指してそういうと、乗組員は緊張のあまり、バネ仕掛けの人形のように飛び退いて、また敬礼した。
「あ・・・。」
 ヘルゼリッツはかえって悪いことをしたと思い、口に手を当てて言葉を詰まらせた。
「いえ、どうぞお先にッ。自分は、まだ大丈夫でありますッ。・・・し、失礼いたしますッ。」
 乗組員はそういうと、あわてて兵員室の方へと戻っていった。
「何か、申し訳ないことしてしまいましたね。」
 ヘルゼリッツは気の毒そうな顔をして、去りゆく乗組員の背中を見ながら、ポツリと呟いた。
(・・・でも、私の後にあの方が入る、ということは・・・!・・・そ、そんなよりによって、こんな時に・・・。)
 自分の後に、乗組員が使うと言うことは、臭いなどが残るといった問題がある。それを理解していたからこそ、大便の排泄に忌避感を感じていたのである。にもかかわらず、これから溜めに溜めていた大便をしようとしているのに、あとがつかえているのである。
(・・・我慢できれば、我慢したい・・・でも・・・ううっ、ダ、ダメ・・・お、お腹が・・・。)
 少なからぬショックをうけたミレニア姫は、最後の抵抗を試みたが、圧迫感がもう左脇腹を駆け下って、左下腹のあたりにまで迫っていた。
「・・・!!・・・へ、ヘルゼリッツ、お願いッ!」
 いよいよ決壊が間近に迫り、ミレニア姫は意を決してトイレのドアを開け、中に飛び込んだ。ヘルゼリッツは、ミレニア姫が中に入ると同時に素早くドアを閉め、その前に立ちはだかった。
(・・・!!・・・戻しておいて下されば良いのに・・・)
 ミレニア姫は切羽詰まった状況に、すぐにも便座に腰掛けようとしたのだが、便座が上がっていた。それは、前に使っていたのが異性であることを見せつけてられているようで、ミレニア姫は何とも言えない嫌悪感を覚えた。しかし便意がせっぱ詰まっている中、あれこれ考えている余裕はない。ミレニア姫はあわてて便座を降ろすと、スカートをたくし上げ、ショーツを降ろして便座に腰掛けた。
「・・・うっ!・・・つ、冷た・・・うッ・・・うぅ〜・・・」
 腰掛けると相変わらずの冷たさがある。しかしこの状況で下手に腰を上げようものなら、ひり出したものを便座に引っかけかねない。また便座が冷たいということは、しばらく座ったものがいなかったことを示しているので、それはそれで有り難いことではあった。
・・・ブゥッ!・・・ブゥ〜、ブッ!・・・プゥ〜ゥ・・・
 ミレニア姫が便座に腰掛けるやいなや、息むまでもなくお尻の穴からガスが噴き出し、トイレの中に下品な放屁の音が大きく響いた。そして少し間をおいて、この艦内においてもはっきりと感じられるほどの、得も言われぬ腐敗臭のような悪臭が立ち上ってきたのである。溜め込んでいたので当然といえば当然であったのだが、ミレニア姫は自分のことながら強い嫌悪感を覚えた。
(・・・ううっ・・・なんて臭い・・・それに先ほどの音・・・あんなに大きくては、聞こえてしまいます・・・あぁ、恥ずかしい・・・うッ・・・ううっ!)
 ミレニア姫は恥ずかしさを感じたが、次いで襲いかかった便意にそれどころでなくなっていた。急激にお腹の中の圧力が上がり、直腸内をはっきりと大きく固い物体が移動していき、お尻の穴の裏側で引っかかったのが感じられたのである。
「ううっ・・・く、うぅ〜っ・・・はぁ・・・はぁ・・・んくうぅ〜っ・・・」
 便意は猛烈にあり、下腹部からは中からの圧力で、耐え難いほどの痛みが発せられているのだが、いざ出そうとしても、お尻の穴に蓋をされたようで出てこない。
・・・ニチッ・・・ミチ・・・ミチッ・・・ミ・・・チッ・・・
「・・・くうっ・・・んっ・・・ん、ん〜っ・・・ん・・・くっ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
 かといって高まる一方の便意はいかんともし難く、便意に任せて無理矢理息むと、黒々としてゴツゴツと固い便塊が、ミレニア姫のお尻の穴から顔を出した。ようやく顔を覗かせた便塊は、内側からお尻の穴をゴリゴリとこじ開け、粘膜をジリジリと蹂躙していく。
・・・ミチッ・・・ミリッ・・・ミ・・・リッ・・・ミリ・・・
(・・・ううっ・・・あ・・・あぁっ・・・お、お尻が・・・お尻が、切れてしまいそうっ・・・)
 慎ましく閉じていたミレニア姫のお尻の穴は、今や醜怪な便塊によって、全ての皺が伸び切って限界にまで押し広げられていた。ここまで来ると最早便塊を戻すことは叶わず、かといってこの固さでは絞ることも出来ず、ミレニア姫は広げられた痛みに苛まれ続けた。
・・・ミ、ヂ・・・ミヂッ・・・ミヂ・・・
「・・・ううっ・・・ふ〜っ・・・ん・・・ふぅ〜っ・・・く、あぁぁ・・・」
 口で息をして力を抜きながら、なんとかジリジリと出していくが、少しでも気を抜くと、お尻の穴が裂けてしまうのではないかと思うような緊迫感があった。ミレニア姫は額に汗を滲ませ、拳を握って体を震わせながら、便塊との格闘を続けた。
・・・ボチャン・・・ポチャ・・・
 本体から離れた固い便塊が、便器の水溜まりの中に落ちて時折音を立て、大きめの塊が落ちると、水が跳ね返り、お尻を濡らしていった。ミレニア姫は、その冷たさと嫌悪感を感じながら、前進するしかない営みを続けねばならなかった。
・・・ズッ・・・ズ、ズズ・・・ズ・・・ズズッ・・・
「う・・・ううぅっ・・・ん・・・あ、あぁぁ・・・あぁ〜っ・・・」
 固い便塊がミレニア姫の肛門粘膜を刮げ落とすように通過していき、肛門からは軽い痛みを伴う危険信号が発せられる。しかしゆっくりではあったが、確実にそれは姿を現していき、ミレニア姫のお尻の穴にぶら下がったような形となっていた。
・・・ボチャン!・・・ボチャ・・・ドサッ!
「・・・くうぅぅっ・・・うぅ〜っ・・・はぁっ・・・はぁ、はぁ・・・」
 かなりの固さを持ち黒々とした一本糞が、途中で大きな塊を剥離させながら、ミレニア姫の白いお尻から吐き出された。その巨大な物体は、便器の水溜まりに収まりきらず、その後端を便器の上に重々しい音を立てながら横たえた。切れるかと思う程広げられたお尻の穴は、ようやく緊張感から開放され、ヒク付きながら少しずつ元の窄まりに戻ろうとしていった。
・・・ムリッ・・・ムリッ、ムリムリムリムリムリッ・・・
「はぁ、はぁ・・・んんっ!・・・ん、んんん〜っ・・・」
 ところがいったん栓が抜けると、圧力が高められていた腸の内容物が、出口を求めて一気に殺到した。元の窄まりに戻ろうとしていたお尻の穴は、再び内なる圧力によって大きく押し広げられ、黒みを帯びた粘土のような便が、かなりの太さをもって次々と吐き出されていった。
・・・ムリッ、ムリムリムリムリッ・・・ブッ!・・・ブウッ!!・・・
「・・・んっ・・・ん、くううぅ〜っ・・・ん、くっ・・・ん〜っ・・・ん、はぁっ・・・っはぁ・・・」
 まるで見えない手で、便を引きずり出されているのではないかと思うほど、黒みを帯びた便がしばらく吐き出されていった後、ようやく一時停止を告げるように、大きな音を立ててガスが放出された。ミレニア姫は肩で大きく息をして、額の汗を握りしめていた手で拭った。
・・・ゴロッ・・・ゴロゴロゴロッ・・・
「・・・くうっ!?・・・ん、あぁぁっ・・・」
 だがようやく一息つけるかと思いきや、便意は容易にはミレニア姫を休ませてはくれなかった。すかさずお腹が大きなグル音を立て、再び圧力が高まっていったのである。
・・・ブプッ!・・・ブッ、プリプリプリッ、ブリブリブリブリブリッ!!・・・
「・・・んぁっ!・・・ん、ぁっ、うあぁぁっ・・・」
 高まった圧力はミレニア姫の腸内を駆け下り、その小さな出口から一気に放出された。ガス混じりの軟便が勢いよく排出されていき、既に排泄された便の上に叩き付けられていく。
・・・ブリッ・・・ブッ・・・ブリブリブリブリブリッ!!・・・
 軟便はさらに緩さを増しながら大量に吐き出され、なかなかその勢いを衰えさせない。お尻の穴から軟便を吐き出す度ごとに、ミレニア姫は体を震わせ、握った拳に力を込めた。
・・・ゴロゴロッ・・・グギュルルッ・・・ブウッ!・・・ブ〜ッ・・・ブブゥッ!・・・
「・・・うくぅっ・・・くっ、くうぅ・・・うっ!・・・うぅっ・・・うぅ〜っ・・・はぁっ、はぁっ・・・」
 派手にお腹が鳴ったかと思うと、大きなオナラが放出され、ようやく長々と続いた便意が収まった。ミレニア姫は汗をびっしょりと掻き、息は荒く、頭は朦朧として、のしかかるような疲労感が感じられた。お尻の穴は、締まる力を失ってしまったかのように開いてひく付き、熱っぽさのようなものまで感じられていたのである。
(っはぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・お、お尻を、拭かなくては・・・)
・・・ガラ、ガラ、ガラッ・・・ビイィィッ・・・
 少し息が整うと、ミレニア姫はトイレットペーパーに手を伸ばし、ゆっくり紙を巻き取って、お尻を拭き始めた。
・・・ニチャアッ・・・
 独特の粘りのある感じが紙越しに手に伝わり、トイレットペーパーのごわついた感じが、激しい排便に晒されたお尻の穴には、余計不快に感じられた。紙を見ると強い臭気のある粘性便がべったりと付いており、ミレニア姫は、自分のひり出したものながら、その顔をしかめて便器の中に投げ捨てた。そしてトイレットペーパーのザラザラとした感じに耐えながらようやくお尻を拭き終えると、大仕事を終えた感じで、便器に座ったまま、しばらくぼ〜っとしていたい気分に駆られた。
(・・・あ・・・でも、お待ちの方が・・・んっ・・・あぁっ!?)
 まどろみに落ちかけたミレニア姫は、ふと後がつかえていることを思い出して立とうとしたが、足に力が入らず危うく転びそうになった。腰掛け便器であったにもかかわらず、長時間息み続けたために足がしびれており、足下がふらついたのだった。
(・・・ん、んぅ〜っ・・・あ、足が・・・足が・・・しびれて・・・)
 何とか壁の配管に掴まって立ったものの、足がジ〜ンとして歩けないばかりか、ショーツを上げることもままならなかった。壁の配管に掴まってスカートを捲り上げ、ショーツを膝まで降ろし、お尻を半ば突き出して立つ姿は、まるで悪いことをしてお尻をぶたれる時のような格好であった。暫しの間その格好で足のしびれに耐え、ようやく感覚が戻ってくると、ミレニア姫はようやくショーツを上げ、スカートを降ろすことが出来た。そして改めて振り返って便器の中を見ると、水溜まりが完全に埋まるほどの茶色い排泄物が目に入った。
(・・・えっ・・・こんなに・・・)
 ミレニア姫は、一週間近く溜めていた結果生み出されたものを見て、さらに嫌悪感を覚え、すぐに視界の外へと放り出すべく、洗浄レバーを降ろした。
ガコン・・・ガッ、ゴボッ・・・ゴボ、ゴボ・・・ズゴッ・・・ゴゴゴゴゴギュゥッ・・・
(・・・ええっ!?・・・そ、そんな・・・!・・・ふぅ〜っ・・・良かった・・・)
 水は流れてきたのだが、便の量が多いためにすぐには流れていかず、逆流するかのように水位を上げていった。しかしすんでの所で流れて事なきを得、ミレニア姫はホッと胸をなで下ろした。そして全身に倦怠感を感じながら、ようやくトイレを後にしたのであった。
「姫様、大丈夫でございますか?」
 かなり長時間であった上、トイレから出てきたミレニア姫が憔悴し、すっかり生気を失ったようになっていたので、ヘルゼリッツは心配して声をかけた。
「え?・・・あ、はい、大丈夫です・・・す、少し、疲れただけです。」
 ミレニア姫は、まだ足の感覚が完全には戻っていないため、少し覚束無い足取りで手洗い台の所に行き、漉した海水で手を洗った。
(・・・あ、さっきの方・・・ずいぶんお待たせしてしまいました・・・で、でも、あんな風にすぐに入られたら、あの臭いを嗅がれてしまう・・・そんな・・・あぁ、恥ずかしい・・・)
 手を洗っていると、兵員室の方から乗組員があわててトイレに駆け込んでいくのが見えた。ミレニア姫は、乗組員を待たせたのを申し訳なく思うと同時に、自分の出したものの臭いが強烈なのを思い出して、改めて得も言われぬ恥ずかしさを感じたのだった。

「・・・ふぅ・・・」
 ミレニア姫は士官室に戻ると、どっと疲れが出るのを感じてベッドに横になった。額に手の甲を乗せると、妙にベタ付いた感じであることに気が付いた。
(・・・あぁ・・・そう言えば、もう5日も経つのですね・・・)
 目を閉じて思い起こせば、艦がヴェルデンを離れて5日という日が過ぎていた。姫様と言うことで、通常の乗組員からすれば特別待遇であったが、それでも毎日体が拭けるわけではなかった。つややかでサラサラだった髪は、つやを失ってゴワゴワとしたようになり、白磁のようにつるつるであった肌は、手の甲と同様、じっとりとしてベタ付くようになっていた。迎えられた時には、さらっとした感じのあったシーツも、汗を吸って妙な密着感が出てきており、おそらく臭ってきてもいたのであろう。おそらく・・・というのは、この艦内のカビ臭の混じった油の臭いで嗅覚が麻痺してきていたのか、臭いというものが、あまり気にならなくなってきていたのである。
(・・・それでもあれだけ臭ったのですから、よっぽど臭いが酷かったのですよね・・・恥ずかしい・・・)
 逆にそれは自分のひり出したものの、臭気の凄さを際だたせる事実でもあった。ミレニア姫は少し顔をしかめ、思い出したくないことを封印しようとしたが、それを記憶に刻みつけようとするかの如く、再び便意が鎌首をもたげ始めたのである。
・・・グギュルルッ・・・ゴロッ・・・ゴロゴロゴロッ・・・
(・・・ううっ・・・そんな・・・ま、また?・・・)
 ミレニア姫はベッドの上で横向きになり、額に当てていた手をお腹の方へやった。そのまま治まってくれるのを待とうとしたが、便意は非情にも急激な高まりを見せ、あっという間に直腸まで降りてきて、圧力を高めていった。
「ま、また、お手洗い・・・」
 ミレニア姫は堪らずベッドから降りると、ヘルゼリッツに短くそう伝えて、士官室を飛び出していった。ヘルゼリッツは、その様子からミレニア姫の状態がかなり切羽詰まっていることを感じ、すぐさまその後を追った。
「・・・!・・・何方かが、お使いになっているようです。」
 ヘルゼリッツはミレニア姫に追いつき、ドアに手をかけて開けようとしたものの、鍵がかかって動かないことに気が付いて、ミレニア姫にそう伝えた。
「そ、そんな・・・あぁ・・・あ・・・っ!・・・ううぅ・・・」
 ミレニア姫は体を震わせ、泣きそうな顔になりながら、小さな声で呻き身悶えた。ヘルゼリッツはそんなミレニア姫の状態を察し、トイレのドアを叩いて次がつかえていることをトイレの中の者に伝えたが、それに対する返答はなく、重苦しい沈黙だけが残った。
(・・・早く・・・早く替わって・・・あぁ・・・も、漏れそう・・・)
 便の量は多くなかったが、ガス混じりであったため、ミレニア姫の感じていた便意の圧力は、非常に高いものがあった。つい先ほど固く太い便にお尻の穴をこじ開けられたため、お尻の締まりが通常に比べて効かないような気がし、ミレニア姫は今にも決壊するのではないかという状態に苛立ち、小刻みに足踏みを始めた。
(・・・あぁ、あぁぁ・・・早く・・・早くぅ・・・も、漏れて・・・漏れてしまいますぅ・・・)
 便意を我慢しているうちに、まるで悪い風邪でも引いたときのような寒気が全身を襲い、鳥肌が立っていくのが感じられた。そしてミレニア姫は、とうとうスカートの上からお尻を押さえ、今にも泣き出しそうな顔をして、体をぶるぶると震わせながら、ドアの開くその瞬間を待ち続けた。
ガコン・・・ガッ、ザシャアアアッ・・・
 ドアの向こう側から、待ちかねた音がし、ドアの鍵を外す音がした。そして先ほど駆け込んでいったのとは違う乗組員が、ドアの向こう側から現れた。
「・・・お、お待たせいたしましたッ。」
 乗組員は、ミレニア姫を待たせてしまったことを申し訳なく思い、ズボンのチャックを上げながら決まり悪そうに飛び出した。ドアを叩くのを無視しようとしたわけではなかったが、彼は彼で我慢を重ねていた小便をしていたために、後ろのドアを叩ける体勢になかったのである。
「急かしてしまったようで、申し訳ございません。さ、姫様!」
 ヘルゼリッツがドアを押さえてトイレへ導くと、ミレニア姫は脇目もふらずにトイレの中へ駆け込み、まだヘルゼリッツがドアを閉めていないにも関わらず、スカートをたくし上げ、ショーツを降ろそうとした。ヘルゼリッツはあわててドアを閉め、乗組員もすぐにその場を離れたが、二人の目には、一瞬純白のショーツに包まれた、ミレニア姫の丸いお尻が焼き付いたのだった。
バタン・・・ブビイィッ、ボヂャッ、ボヂャボヂャボヂャボヂャボヂャボヂャッ・・・
「・・・うっ!・・・うぅッ!・・・う、くうううぅぅッ!!・・・」
 まさに間一髪、ミレニア姫がショーツを降ろし、便座を降ろして腰掛けると同時に、ようやく開放された泥状便が便器の中の水溜まりに叩き込まれた。ミレニア姫は外に聞こえることもすっかり忘れ、大きな声で呻いてしまった。
・・・ブッ・・・ブヂャッ、ブヂャボヂャボヂャッ・・・ブゥ〜ゥ・・・ブビッ、ブォダボダボダッ・・・
「・・・うぅっ・・・う、ぅ〜っ!・・・くっ・・・う〜ッ!・・・」
 次第に排泄物に混じるガスが多くなり、破裂音を伴う湿った音がトイレに響いた。お腹の渋りはなかなか治まらず、ミレニア姫は排泄の圧力が高まり、噴射する度ごとに、苦しそうな声を上げ続けた。
・・・ブウゥッ!・・・ブビッ!・・・ブビビイィィッ!!・・・ポタッ・・・ポタッ・・・
「・・・んうっ・・・く、ぁッ・・・くうううぅぅッ!・・・っは、ぁ〜ッ・・・はぁ〜っ・・・はぁ・・・」
 最後はガスが殆どで、そこに液状便が混じっているという状態であり、オナラを出し切ると、ようやく下腹部の便意と圧力とが解消した。ミレニア姫は度重なる激しい排便に疲れ切り、両膝にそれぞれの肘を突き、その手で額を支えるような姿勢で、大きく息をついていた。
・・・ガラッ・・・ガラ・・・ガラ・・・ガラ・・・ビィッ・・・
 ミレニア姫はふぅっと溜息をつくと、うんざりとした感じでトイレットペーパーを巻き取り、無造作に畳んで無表情のままお尻を拭き始めた。
・・・ヌチャ・・・ニチャ・・・ビッ、ズブウゥッ!
「・・・ん・・・っ・・・っはうッ!」
 水っぽい便の感触を感じながら拭いている内に、いつしかトイレットペーパーが脆くなり、ミレニア姫が真ん中を拭こうとした時に、突然紙が破れて指を突き込んでしまった。しかも、なまじ排便でお尻の穴が緩んでいたために、第1関節を越えた辺りまで入ってしまったのである。ミレニア姫は、反射的に締めたお尻には、紙のごわついた質感と指の存在感とを感じ、突き込んでしまった指先には、直腸内の熱っぽさとお尻の穴の締め付けとを感じた。
(・・・うぅ・・・こ、こんな時に、こんな・・・んっ・・・うっ!・・・あ、あぁぁ・・・。)
 ミレニア姫は、お尻の穴を傷つけないように、ゆっくり引き抜くと、指先にべったりと付いた粘性便と、爪の間に入った便とを目にして、眉をひそめた。その後指先の汚れついでに、お尻の穴に張り付いた紙を取り除こうとしたが、便が接着剤のようになって、一部はどうしても張り付いたまま取り切れず、諦めるしかなかった。
ガコン・・・ガッ、ザシャアアアッ・・・
 ミレニア姫は、汚した指を使わないようにしてショーツを引き上げ、スカートを降ろして着衣を整えると、水を流してトイレを後にした。そして手洗い台に向かうと、嫌な想いまで流してしまうかのように、爪の中までしきりに綺麗にしたのだった。
「姫様、大丈夫でございますか?だいぶ苦しそうにしておられましたが・・・。」
 ヘルゼリッツが手を洗い終えたミレニア姫に、心配そうな顔で尋ねると、ミレニア姫は力なく笑いながら、小さく頷いた。
 再び士官室に戻ると、ミレニア姫は先ほどと同じように額に手を乗せ、ベッドに横たわった。ヘルゼリッツには大丈夫と答えたものの、お尻の穴には、ゴツゴツとした太く固い便とそれに続いた大量の排泄に晒され、まだ締まりきらない感じと、ジンジンとした感じとが残っていた。力を込めてお尻の穴を締めたら締めたで、張り付いた紙がひしゃげ、得も言われぬ異物感と不快感とが鎌首をもたげた。本来ならすぐにでも洗い流し、お尻の穴の隅々まで清めたいところであるが、それが叶わぬことは、頭では理解していた。あのさして大きくはないバケツ1杯の水が、1人の乗組員の10日分に相当すると知っては、無理も言えなかったのである。
(・・・まだ、まだこれで半分なのですね・・・シグリアは、遠い・・・)
 ミレニア姫は、目を閉じて大きく溜息をつくと、まだ半ばに差し掛かったばかりの道のりに、気が重くなるのを感じたのであった。

【狭間】
 翌日、潜水艦は再びヴェルデン王国の勢力圏下に入り、やや荒れ気味の天気の中、警戒態勢を布いたまま水上走行を続けていた。
「いよいよガルーツ海峡だな。」
 コレジオは、海図を見ながら表情を引き締め、海図に進路を書き込んでいるウォーレンに声をかけた。
「ええ、奴さんも艦艇を掻き集めて、我々を捉えようとしてくるでしょうね。」
 ウォーレンは、海図から顔を上げると、コレジオに答えた。事実、厳重な警戒態勢を取ることを命じられたヴェルデン王国の陸海軍は、各地に幾重もの警戒網を張り始めていた。特にガルーツ海峡は、ヴェルデン王国の手の及ぶ最東端に当たり、ここを抜けられると手の出しようが無くなるため、近海に展開していたヴェルデン王国海軍の艦艇が集められ、警戒に当たっていたのである。
「・・・ここが我等の腕の見せ所というところか。」
 コレジオは、腕組みをして艦内の一点を見つめ、表情を引き締めた。
「・・・おい、いよいよガルーツ海峡だってよ・・・。」
「・・・つうことは、こっからがヤマ場だな・・・。」
 士官室にいたミレニア姫とヘルゼリッツにも、乗組員達が緊張した声でやりとりしているのが聞こえた。誰もが最大の難所に来たことを意識し、次第にピリピリとした空気が狭い艦内を支配していった。そして訓練された乗組員達ですら、ソワソワする者が出てきている中、このような状況に置かれたことのないミレニア姫の体は、次第に悲鳴を上げ始めたのである。
・・・ゴロッ・・・ゴロゴロゴロッ・・・
 ミレニア姫はベッドに横になりながらも、やり場のない不安にソワソワとしていたのだが、突然お腹が不気味な音を立てたのに気が付いた。
(・・・え!・・・な、何で、こんな時に・・・)
 昨日大変な思いをしつつも大量に出したばかりなので、当分便意に襲われることはないだろうと思っていたミレニア姫は、急に感じ始めた便意に顔をしかめた。
・・・ゴロゴロ・・・グキュルルゥ・・・
 しかし便意は、ミレニア姫を弄ぶように高まっていく。次第にお腹が痛くなって圧迫感が出始め、便意の主は左の下腹を過ぎつつあって、直腸への最終コーナーへと差し掛かりつつあった。こうなるともう、我慢が限界を迎えるのも時間の問題である。
「ヘルゼリッツ・・・わ、私・・・お手洗いに・・・。」
 ミレニア姫がそう言ってベッドから降りると、ヘルゼリッツは頷いて立ち上がり、士官室のドアを開けてミレニア姫と共にトイレへと向かった。しかし士官室を出ると、ミレニア姫はいつもとは状況が違うことに愕然とした。今まではほとんど乗組員に会うことがなかったのに、いつ臨戦態勢になってもおかしくない状況に、普段なら兵員室や食堂などにいる当番の乗組員が、廊下に多数たむろっていたのである。
「済みません、ちょっと通してください・・・済みません、通ります・・・」
 ヘルゼリッツが露払いをしながら廊下を進み、その後をミレニア姫が下腹を押さえつつヨロヨロと付いていった。乗組員達はすぐに道を譲って脇に退いてはくれたが、ミレニア姫にとってはトイレに行くのを、乗組員達に宣言しつつ歩いているようなものに感じられ、茨の道のように思われた。士官室からトイレまでの距離はさしたるものではなかったが、ミレニア姫は顔を真っ赤にし、下を俯いて出来るだけ乗組員達を見ないように努めたのだった。
「さ、姫様、どうぞ。」
 いつもの倍以上の時間をかけてようやくトイレにたどり着き、いつものようにヘルゼリッツに促されると、ミレニア姫はトイレの中に姿を消し、ヘルゼリッツはドアを閉めてその前に立った。ミレニア姫は一人になると、改めて恥ずかしさがこみ上げてきて、顔を覆って泣きたい気持ちに駆られたが、もう既に直腸まで降り、お尻の穴の裏側まで迫っていた便意に無理矢理奮い立たせられ、ショーツを降ろすと素早く便座に座り込んだ。
・・・ブビイイィッ!!・・・ブバッ、ブビビィッ!・・・ブジャジャアッ!!
「・・・くううっ・・・うっ、うぁぁっ!・・・ん、っいぃッ!」
 息むまでもなく、便座に座り込んで間もなく、ガス混じりの水様便が放出された。お尻の穴を抜けていく感覚で、便はほとんど水に近いものであることが判り、時折未消化のものか、固形物が肛門粘膜を弾いて軽い痛みを与えていくのが感じられた。
・・・ゴロッゴロゴロッ・・・グギュルルゥ・・・グルルッ・・・
 当面の圧力の元が排泄されると、後を追うようにお腹が渋り、はっきりと判るグル音を響かせた。ミレニア姫は不測の事態に備え、少しでも早く出すべきものを出してしまおうと、お腹を時計回りに強くさすり、あえて便意を高まらせた。
・・・プウッ・・・ブジャッ・・・ブビジャジャッ!
「・・・ん、はぁ・・・うくっ・・・う、あああぁぁっ!・・・」
 お腹をさすったのに誘われたのか、音源となったガスと水様便が、程なくお尻の穴から噴き出した。しかし昨日たくさん出したためか、お腹の渋り方の割に出るものが少なく、お腹の渋る感じは一向に治まる気配が無かった。
(・・・ううっ・・・そ、そんな・・・何故?・・・お腹が痛いのに・・・こ、こんなにしたいのに・・・何故・・・何故、出ないの?・・・あぁ、苦しい・・・)
 こういう時、出せば楽になることは経験的に判っていたが、肝心のものが出てきてくれないのである。ミレニア姫は必至でお腹をさすり続け、お尻の穴は裏返らんばかりに広がって、便意の根源をお腹から追い出そうとするが、その努力はなかなか報われなかった。
(・・・したい・・・したいのに・・・何故、何故、出ないの?・・・あぁ、苦しい・・・苦しい・・・)
 ミレニア姫は目には涙を、額には脂汗を滲ませ、地獄のような便意に打ち震え続けたが、その時さらなる苦難を与える悪魔の使者が、潜水艦に近づきつつあったのである。
「・・・ん!・・・2時の方向に艦影!敵艦と思われます!!」
 艦橋の上で双眼鏡を覗いていた見張り員が、声を張り上げた。
「急速潜航、潜望鏡深度、急げ!」
 それを聞いたコレジオは、直ちに命令を下した。
ジリリリリリリ・・・
 艦内にけたたましいベルの音が鳴り響き、にわかに艦内があわただしくなる。
「おぅら、来たあッ!」
「皆、持ち場に急げぇッ!」
 まず当番の乗組員達や、一般乗組員の纏め役であった掌砲長の声が廊下に響いた。それに合わせるように、それまで何となく落ち着かなさそうに、兵員室のベッドで横になっていた非番の乗組員も、飛び起きて持ち場に駆けていった。
(・・・え?・・・な、何?何が起こったのですか?)
 苦しみに打ち震えていたミレニア姫は、突然鳴り響いたベルの音と乗組員達のけたたましい足音に驚き、我に返った。トイレのドア越しなので、全てがはっきりとは聞き取れないが、何か尋常ならざることが起こっているのは理解できた。
「ベント、キングストン、開けェ。」
「アイ、サー!ベ〜ント、キングストン、開け〜。」
 お馴染みのかけ声と共にメインタンクに注水が始まり、それに合わせるかのように見張り員達がハッチを閉め、艦橋上部から梯子を器用に滑り降りてくる。
「エンジン停止、モーター起動。」
「アイ、サー!エンジン停止、モーター起動。」
 機関室では機関長が指示を飛ばし、機関員がそれに応え、水上航行および充電用のディーゼルエンジンを停止し、モーターに切り替える操作を行っていく。
「両舷全速、潜横舵下げェ。」
「アイ、サー!両舷全速、潜横舵下げ〜。」
「潜望鏡深度、潜望鏡上げェ。」
「アイ、サー!潜望鏡深度、潜望鏡上げェ。」
 いつものようにウォーレンの指示に従って各員が各機器の操作を行い、潜水艦は前のめりに傾いて、急速に潜航していった。
(きゃっ!き、急に傾いて・・・!!・・・ふ、艦が潜る!)
 ミレニア姫は片手を下腹に、片手を壁について、激しい便意に耐えつつ、便座から転げ落ちないように踏ん張った。その間、わずか30秒ほどで艦は水面下に姿を消し、コレジオは潜望鏡を覗いて素早く辺りを確認すると、潜望鏡を降ろさせた。
「水測、何か判るか?」
 潜望鏡を降ろさせた後、コレジオは水測長に尋ねた。水面下に潜ってしまえば、頼りになるのはパッシブソナー(水中聴音機)から得られる音と、それから的確な情報を紡ぎ出す、水測員達の耳だけである。
「・・・数は1つ・・・いや、2つ・・・1軸・・・小型艦と思われます。・・・距離約3,000、本艦に少しずつ近づいてきている模様。」
 コレジオの問いかけに、水測長が音から得られる情報を的確に判断し、次々と報告していく。
「1軸の小型艦・・・哨戒のコルベットでしょうか?」
 ウォーレンが、水測長の報告から判断される敵の姿を思い浮かべ、コレジオに聞いた。
「うむ、現状では何とも言えんな。だが、敵の攻撃に備えて深深度潜航に移る。各室に備えさせろ。」
「アイ・サー」
 ウォーレンは了解すると、機関室や電池室へは伝声管で伝え、他の各室へはライオットと掌砲長に、深深度潜航の伝令をするように伝えた。ライオットは、掌砲長が向かった所以外への伝令を行うために司令所を後にし、その途中でトイレのドアの前に立つヘルゼリッツに出会った。
「あ!ヘルゼリッツ殿、本艦は間もなく敵の攻撃に備え、深深度潜航に移ります。トイレや手洗い台はしばらく使用できなくなりますので、姫様にもその旨をお伝え下さい・・・では!」
 ライオットは手短に用件を伝えると、各員に伝令すべく、兵員室や倉庫の方へ向かって走っていった。ヘルゼリッツは伝令を承けてトイレのドアを叩き、外からミレニア姫に声をかけた。
「姫様、お取り込み中、申し訳ございません。艦が深深度潜航するそうですので、出来るだけ早くお出になって下さい。」
(・・・え!?・・・そ、そんな・・・まだ治まってませんのに・・・。)
 トイレの中のミレニア姫は、とりあえず艦が水平になったので、再び便意と格闘を始めていたところであった。しかし、間もなく深深度潜航を始めるということは、今のうちにトイレを流して出なくてはならないということでもある。幸か不幸か、強い便意はあっても便が出てくる気配がなかった。迷っている暇はない・・・そう感じたミレニア姫は、諦めて切り上げることに決めた。
ガラガラガラガラッ!・・・ビイイイィィッ!
 ミレニア姫は、トイレットペーパーを派手な音を立てて巻き取ると、急いでお尻を拭いた。
(・・・うッ!・・・くううぅ〜ッ・・・)
 ミレニア姫はあわてて擦りつけた質の悪いトイレットペーパーに、予想外の痛みを覚えた。息みすぎて飛び出しかかっていたお尻の穴は、充血して敏感になっていたのであった。しかし時間との勝負の今、手間暇をかけている余裕はなく、痛みを堪えてペーパーを擦りつけてお尻を拭き、すぐさま下着を引き上げてスカートを降ろすと、ミレニア姫はトイレの水を流してドアを開け、トイレから飛び出した。
「良し、深度80。」
 ミレニア姫がトイレから出るのを待っていたかのように、コレジオは短く指示を飛ばし、潜水艦は深深度潜航を開始した。
「潜横舵下げ、深度80。」
「アイ・サー!潜横舵下げェ、深度80。」
 コレジオの指示を承けたウォーレンが指示を出すと、操舵手が潜横舵を操作し、艦は再び前のめりとなって暗い海に潜っていった。
「ウォーレン、深度を読み上げろ。」
「アイ・サー!深度・・・30・・・40・・・」
 沈黙の中、ウォーレンの深度を読み上げる声だけが響く。
「・・・50・・・60・・・70・・・潜横舵戻せ。」
「アイ・サー!潜横舵戻せ〜。」
 例の如く先読みによる指示で、艦を狙った深度に落ち着かせる。
「深度80。」
「両舷微速。」
「アイ・サー、両舷びそ〜く。」
 ウォーレンが深度80に達したことを告げた辺りで、艦は水平に落ち着き、水平に落ち着いたところで、コレジオは艦の速力を落とさせ、静音潜航に移った。ジョシュア水道を抜けた時のように、艦内には遠くで低く唸る推進モーターの音だけがかすかに聞こえるという状況となり、ちょっとした咳払いや、それこそ唾を飲み込む音さえ聞こえるのではないかと思われるほど、乗組員全員が音に対して敏感になった。しかし音に敏感になること自体はジョシュア水道の時と同じではあったが、今回は明らかに戦意をもった敵艦が迫って来ており、その緊張感は比べものにならなかった。
(・・・うぅ・・・お腹が痛い・・・苦しい・・・)
 士官室に戻ったミレニア姫は、再び渋るお腹の痛みと、実を伴わない苦しい便意とに苛まれていた。こうした時は、声を出した方が痛みが逃げて楽になることもあるのだが、皆が出来るだけ音を立てないように勤めている中、自分だけ大きな声を上げて迷惑をかけるわけにはいかなかった。実を伴うものではなかったため、漏れそうな切迫感こそなかったが、なかなか治まらない苦しみに、ミレニア姫はどんどん消耗していった。
「姫様、大丈夫ですか?」
 ヘルゼリッツは、額に汗を滲ませながら眉根を寄せているミレニア姫の姿をみて、心配そうに声をかけた。しかしミレニア姫はそれに答える余裕すらなくなっており、ヘルゼリッツは返事がないことで、かえってその苦しみの大きさを察するという状態であった。
(・・・あぁ・・・苦しい・・・え?・・・あ!)
 そんな中、ミレニア姫が待ち望んでいたはずの、実を伴う便意が急激に高まった。熱っぽい何かがお腹の中を駆け下り、直腸に殺到しつつあるのが感じられた。
(・・・な、何故・・・い、今頃・・・)
 深深度潜航をしている今、トイレを使うことは出来ない。さっきは望んでも来てくれなかったのに、来て欲しくないときにずけずけとやってくる・・・そんな便意に腹立たしさを感じながら、ミレニア姫は我慢が出来るかどうかの判断をした。
(・・・お、お手洗いは使えませんし、が、我慢できるかしら・・・うっ!・・・ダ、ダメ・・・も、漏れそう・・・)
 直腸に殺到した便意の主は、あっという間にミレニア姫を、切羽詰まった状態にまで追い詰めた。ミレニア姫はあわてて両手でお尻を押さえ、ヘルゼリッツに小さくではあったが、悲壮感のただよう声で訴えた。
「・・・へ、ヘルゼリッツ・・・わ、私・・・お手洗いに・・・」
「え?・・・し、しかし姫様、潜航中はお手洗いが使えないのですが・・・。」
 士官室のドアの方を見て、表情を強ばらせていたヘルゼリッツは、ミレニア姫の突然の訴えかけに狼狽えた。最良の対応策は既に封じられており、何とかしてあげたいのは山々だが、すぐには良い代案が思いつかなかったのである。
「ヘルゼリッツ・・・わ、私・・・も、もう・・・。」
 ミレニア姫はお尻を押さえて体を小刻みに震わせ、泣きそうな顔をして訴えかけた。少しでも気を抜いたら、少しでも手を放したら、文字通り噴射してしまいそうなほどの圧力を、お尻の穴に感じていたのである。
「わ、判りました。少しだけ、少しだけお持ち下さい。よろしいですね?」
 ヘルゼリッツがそう言って立ち上がると、ミレニア姫は首をぶんぶんと縦に振って答えた。ヘルゼリッツはそれを確認すると、士官室のドアを開け、良い知恵を借りるために素早く外へ出たのだった。
 幸いヘルゼリッツが士官室を出ると、ちょうど少し離れたところにライオットの姿があった。そこでヘルゼリッツはライオットに近づき、小さな声で尋ねた。
「済みません、姫様が・・・その・・・お手洗いを、もう我慢できそうにないのですが・・・何とか、ならないでしょうか?」
 ライオットは少し驚いたような表情をした後、黙って頷くと、司令所の方へ向かった。そしてウォーレンと何やら話をすると、いったん別の部屋へ入った後、バケツや古新聞紙などを手に戻ってきた。
「まことに申し訳ありませんが、ご存じの通りトイレが使用できませんので、バケツをお使いいただくことになります。・・・こちらをお使い下さい。」
 ライオットは申し訳なさそうな顔をして、古新聞紙を適当にクシャクシャにして敷いたバケツと、何束かの古新聞紙、そしてトイレットペーパーを1巻き、ヘルゼリッツに手渡した。
「・・・判りました。では、お借りします。」
 ヘルゼリッツは、ミレニア姫にバケツで用を足させるのはあまりに不憫だと思ったが、艦が深深度潜航をし、戦闘態勢に入っている中では文句も言えなかった。ヘルゼリッツはライオットから一式を受け取ると、踵を返してミレニア姫の待つ士官室の方へと急いだ。
(・・・あぁ・・・ま、まだなの?・・・ヘルゼリッツ・・・お、お願い・・・早く・・・)
 ミレニア姫は既に限界を迎えている便意を堪えるため、スカートの上から両手の先をお尻の穴に突っ込むようにして押さえ、軽く開いた口から熱い吐息を吐きながらヘルゼリッツの帰りを待った。
「・・・っ!・・・姫様、お待たせいたしました。」
 ヘルゼリッツは小走りに士官室へ駆け込むと、後ろ手で素早くドアを閉め、バケツをはじめとする一式を床に降ろした。そして士官室の隅に古新聞紙を広げると、その上にバケツを置き、その側にトイレットペーパーを置いた。
「・・・姫様、申し訳ございませんが・・・こちらで、なさって下さい。」
 ヘルゼリッツは決まり悪そうに視線を落とすと、部屋の隅に拵えた簡易のトイレをミレニア姫に指し示し、ミレニア姫の排便している瞬間をなるべく見ないようにするため、そっと背を向けた。
(・・・え?・・・そ、そんな・・・こんなバケツに・・・)
 ミレニア姫は、潜水艦のトイレにさえ嫌悪感を感じていたのに、寝泊まりしている士官室の中で、こんなブリキのバケツに排便しなくてはならないという事実に、少なからぬ衝撃を受けた。しかしこのままでは漏らしてしまうのは必至であり、それよりは遙かにましではあったが、そのあまりの情けなさに涙が出てきた。
(・・・くうっ・・・で、でも・・・も、もう限界・・・)
 ミレニア姫はまたもや便意によって現実に引き戻されると、お尻を押さえたままヨロヨロとバケツの方へ向かった。そしてショーツを素早く膝の辺りまで降ろすと、片手で壁の配管に掴まり、片手でスカートを押さえながらバケツに跨り、バケツにお尻を挿し込むようにして、お尻の穴を開放した。
ブビィッ、ブリブリブリッ!・・・ブビッ・・・
バサッ、バサガサガサッ・・・バサッ・・・
 さんざん直腸内で加圧されていた便は、勢いよくミレニア姫のお尻の穴から噴き出し、バケツの中に敷かれた古新聞紙に当たって低い音を立てた。
「・・・んくうっ!・・・っ!!・・・んむぅっ!・・・」
 ミレニア姫の口から、くぐもった声が漏れた。苦しみのあまり大きな声を上げそうになったのだが、敵に発見されないようにするためには、出来るだけ静かにしなくてはならないことは重々理解していた。それ故、声を上げそうになった瞬間、配管を掴んでいた手を放し、口に当てて声を押し殺したのである。
(・・・はぁっ、はぁ〜っ・・・っ!・・・え?・・・ま、またこれだけ?・・・そんな・・・)
 あれだけ圧力がかかっていたので、もっとたくさん出て渋り腹が解消するかと思っていたミレニア姫は、たとえようもない無力感に駆られた。今までそれを心の支えに我慢していたのに、あの苦労は何だったのか・・・そんな徒労感を感じながら、新たな便意の襲撃に打ち拉がれた。
(・・・あぁ・・・出したいのに・・・出ない・・・お願い・・・出て・・・)
「・・・姫様、大丈夫ですか?」
 ミレニア姫の苦しそうな息づかいに、いたたまれなくなったヘルゼリッツが振り向くと、ぎゅっと閉じた目から涙をこぼし、眉根を寄せてとても辛そうな顔をしていた。まだ終わったという声がかかっていないのに、ヘルゼリッツの方から声をかけるのは失礼かとも思われたが、あまりの痛々しさに声をかけずにはいられなかったのである。
「・・・ヘ、ヘルゼリッツ・・・た、助けて・・・出したいのに・・・出ないの・・・」
 ミレニア姫はうっすら目を開けると、消え入りそうな声で自分の状態をヘルゼリッツに告白した。ヘルゼリッツは、もらい泣きをしそうになりながらミレニア姫に近より、黙ってミレニア姫をぎゅっと抱きしめたのだった。
ピコォオオオオォン・・・
 その時、静寂の中で、突然外から音が響いた。
「アクティブソナー(音波探信儀)の探信音だ・・・探りを入れてきたな。」
 水中では、電波が急速に減衰してしまうため、レーダー(電波探信儀)が役に立たない。一方音波は空中よりも速く伝わり、減衰も少ない。故に水面下の音を拾うパッシブソナー(水中聴音機)と、探信音を放ち、水面下の目標を捉えるアクティブソナーの出番となる。つまり探信音が響くと言うことは、こちらを積極的に探していることに他ならない。艦内の緊迫感はさらに高まり、士官室の中にいて乗組員達の姿こそ見えないものの、それがひしひしと感じられたのだった。
「遠くで、爆雷投下音。」
 水測長が少し緊張した声で報告する。そして1分ほどの重苦しい沈黙の後、爆発音と振動とが伝わってきたのである。
ズン!・・・ズン!・・・
「きゃあっ!」
 ミレニア姫とヘルゼリッツは、抱き合ったまま悲鳴を上げた。そしてとうとう敵が攻撃をしてきたということで、ミレニア姫は恐怖感が一気にこみ上げてくるのを感じ、ヘルゼリッツの腕の中でガタガタと震え始めた。その敵はついこの間まで、ミレニア姫を守ってくれるはずの、頼もしい艦隊であった・・・それが今、ミレニア姫に牙を剥いていたのである。
「・・・落としてきやがったな。」
「あぁ、いよいよ本番って訳だァ。」
 廊下では、乗組員達が頭上を見上げながら、そんな会話をしていた。彼らはこの攻撃がさしたるものでないことが判っていたのだが、士官室の中の二人、そう特にミレニア姫にとっては、死神が迫ってきているかの如く感じられていた。
ピコォオオオオォン・・・
・・・・・・ズン!・・・ズン!・・・
(・・・い、嫌あぁ!・・・)
ピコォオオオオォン・・・
・・・・・・ズン!・・・ズン!・・・
(・・・ひっ!・・・ひいいぃッ!・・・)
 探信音が響く度にミレニア姫は身を強ばらせ、爆雷が炸裂する度に体をガタガタと震わせた。その後もしばらくは、まず探信音が響き、少し長めの間が空いた後、遠くで爆発音がして艦が揺れる、というのを何度か繰り返した。しかし最初に探知した距離から、接近したかと思えば遠ざかり、攻撃のタイミングもてんでバラバラという状況であった。
「正確に我々の位置を捉え、沈める気で落としてきている、という感じではありませんね。」
「うむ、とりあえず疑わしきには落としておけ、もしくは威嚇・・・というところだな。」
 ウォーレンが、天井の揺れる照明器具を見ながら淡々と語ると、コレジオも眉一つ動かさずに、それに同意して答えた。そうしているうちに、探信音や爆雷の音が聞こえなくなり、再び重苦しい沈黙が艦内を支配していった。
「とりあえず、静かになったようですね・・・。」
 ヘルゼリッツは、辺りを見回しながらそう呟いた。ミレニア姫もこわごわ顔を上げると、元の重苦しい静寂がただよっているのに気が付いた。
「ところで、お腹の具合の方は如何ですか?」
「・・・す、少し治まったみたいです。」
 ヘルゼリッツがミレニア姫の顔を見て尋ねると、ミレニア姫は少し顔を赤らめてそう答えた。爆雷のショックからか、さしもの便意も少し引っ込んだようであった。
「では、またいつ攻撃が始まるか判りませんから、今のうちにお尻を拭かれた方がよろしいかもしれませんね。」
 ヘルゼリッツが少し表情を緩めてそう言うと、ミレニア姫も恥ずかしそうにしながら小さく頷いた。
(・・・あ・・・あら?・・・あ、足が・・・)
 ミレニア姫はいざ立ち上がろうとしたところ、腰が抜けてしまって、足に力が入らない。そこでヘルゼリッツに手を貸してもらい、バケツからお尻を抜くようにして立ち上がった。
(・・・うっ・・・臭い・・・)
 お尻という蓋が開けられたことにより、今度は辺りに下痢便特有の甘酸っぱいような刺激臭が立ち上り始めた。改めてバケツの中を見ると、泥状になったパンとジャガイモをベースに、肉が腐敗臭を、リンゴの果肉が甘酸っぱい臭いを加え、未消化のリンゴの皮が混じった便が古新聞紙にべったりと付いていた。バケツの底にも少し溜まっていて、いずれも水分を新聞紙に吸われて嵩を減らしていたが、臭いは一人前以上に強いものがあった。
(・・・ふぅ・・・お尻を拭かなくては・・・)
 ミレニア姫は自分のひり出した汚物に、うんざりしたものを感じて小さく溜息をついた後、トイレットペーパーを手に巻き取ってお尻の方へ持って行った。
・・・グチャッ・・・ブニュ・・・
(・・・うっ・・・ひっ・・・え?)
 最初の手応えはお馴染みの便の滑る感じであったが、その後に妙な弾力のある手応えがあり、ペーパーで擦ると少しだけ痛みがあった。改めてペーパーを新しいものに変えて押さえてみると、どうやらお尻の穴が少し飛び出たようになっているらしかった。先ほどトイレで拭いた時の痛みは、あわてて擦ったためだと思っていたが、どうやらそれだけではなかったようである。
(・・・うぅ・・・何か拭きづらい上に・・・少し、痛い・・・あぁ・・・)
 ミレニア姫は出来るだけ刺激を与えないように気を配りつつ、少し飛び出たお尻の穴にペーパーを食い込ませるようにして汚れを拭き取っていった。そして少しの不安と違和感のようなものとを感じつつ、ショーツを上げ、着衣を整えた。一方ヘルゼリッツは、ミレニア姫がお尻を拭いている間に新聞紙でバケツに蓋をした後、またそのお世話になることもないとは言えないので、とりあえずベッドの下に押し込んだ。一連の作業が終わると、士官室の中にも再び深深度潜航を始めた時のような、不気味な静けさだけが残った。
「・・・来るな。」
「・・・来ますね。」
 妙な静けさの中に、コレジオとウォーレンは、言葉では説明のしづらい何かを感じ取り、この静けさを嵐の前の静けさと理解して、表情を引き締めたのだった。

 同じ頃、コレジオとウォーレンが感じ取ったように、この水域に複数の艦艇が向かっていた。それは哨戒のコルベットが、応援に呼んだ駆逐艦隊であった。しかも向かっていたのは、ヴェルデン王国への出入り口といえるガルーツ海峡を固める、最新鋭の対潜水艦戦闘用の駆逐艦であった。さらに悪いことにその戦隊司令は、先の紛争においてアズート共和国の潜水艦を9隻も沈め、「鮫狩りグラント」と呼ばれ恐れられた、強者の中の強者だったのである。
「こちらは戦隊司令のグラント大佐だ。国内がガタガタしているこの糞忙しい時に、我等の足下を素通りせんとする、不届きな奴がいるようだ。浮上して臨検を受ける気がないようなら、撃沈して構わんとの命令が出ている。全艦その気でかかれ。・・・以上だ。」
 グラントは無線機のマイクに向かってそう言うと、その鋭い目で艦橋の窓から暗い海を睨み付けた。潜水艦T13にとって、もっとも出会いたくない相手が、今まさに向かってきていた。

【深淵】
「・・・!?・・・こちらに再び艦艇が接近中・・・数は、4つ・・・2軸・・・こ、この音は、駆逐艦と思われます!」
 水測長が、出来れば出会いたくない相手を捉えたことを、緊張した声で報告した。
「ふむ、やはり出て来たか。例の新型だな。」
「どうやら、ここが正念場のようですね。」
 コレジオとウォーレンは、言葉を交わし、今一度気を引き締め直した。
「潜横舵下げ、目一杯まで潜れ。」
「アイ・サー!潜横舵下げェ、深度最大。」
 コレジオは艦の限界まで潜るように指示を出した。深く潜れば水圧が上がり、対潜爆雷の爆圧も押さえられ、至近距離もしくは直撃でなければ、撃沈される可能性が下がる。それ故潜水艦が対潜艦艇と対峙する時に、深く潜るのは常套手段でもあった。
「ウォーレン、深度を読み上げろ。」
「アイ・サー!深度・・・90・・・100、安全深度越えます・・・」
 ウォーレンは深度を読み上げる中で、潜水艦の安全潜航深度を超えたことを告げた。潜水艦の安全潜航深度は、かなり余裕を持って設定されており、実際T13も最大150mまで潜ることが可能になっており、艦はそこを目指して潜航中であった。
「あ・・・ま、また傾いていく。」
 ミレニア姫は壁に手を突いて体を支え、士官室の天井を見回しながらそう呟いた。
「深深度潜航をしているというのに、一体どこまで潜るのでしょうか・・・」
 ヘルゼリッツも心配げな声で、ミレニア姫の呟きに答えた。一方司令所では、沈黙の中、ウォーレンの深度を読み上げる声だけが響いていた。
「・・・110・・・120・・・」
ギギッ・・・ギギイィ・・・
 さすがに安全潜航深度を越えると、水圧で船体が軋む音がした。スペック上は問題がないとはいえ、あまり気分のいい音ではなかったが、乗組員達は皆静かにウォーレンの読み上げる声を聞いていた。
「・・・130・・・140・・・潜横舵戻せ。」
「アイ・サー!潜横舵戻せ〜。」
「深度最大、150。」
 再び先読みによる指示を出し、艦を狙った深度に落ち着かせ、潜水艦はとうとう潜航可能な上限一杯までたどり着いた。窓が付いていないので確認のしようはないが、この深度まで潜ると日中でもほとんど日の光が届かず、そこには暗闇にも似た深淵が広がっていた。
ピコォオオオオォン・・・
 そこへアクティブソナーの探信音が響いた。艦内に再び緊張が走り、ミレニア姫は先ほどの恐怖を思い出して、身を強ばらせた。
ピコォオオオオォン・・・
「・・・!・・・探知されました!」
 水測長は、一際緊張した声で報告した。特殊な訓練をされた水測員の耳は、探信音の反射の仕方で、自分が捉えられたかどうかも聞き分けることが出来た。探知されたということは、攻撃を受ける可能性が高まったと言うことなのである。

「潜水艦らしきものを探知しました。対潜爆雷の深度調定は、如何いたしましょう?」
 一方グラントの座乗する駆逐艦では、最新型のアクティブソナーによって潜水艦とおぼしき物体を捉え、艦長がグラントに、爆雷の調定について尋ねていた。潜水艦は水中を3次元に移動しているため、方位や速度だけでなく、その深度も合わせなくては、撃沈することは難しかったのである。
「90で良かろう。・・・まずは不届き者の様子見と行こう。」
 グラントはとりあえず潜水艦の頭の上に、深度を外して投下し、相手が浮上してくるか、それとも徹底抗戦してくるのか、様子を見ることにした。

ピコォオオオォン・・・ピコォオオォン・・・
 探信音の間隔が先ほどよりも短くなった。それは敵艦が近づいていることを表すと同時に、次第に潜水艦の位置を、正確に掴み始めていることをも表していた。艦内では探信音の来る方に乗組員の意識が集中し、司令所では、誰もが水測長以下の水測員の報告をじっと待っていた。
ピコォオォン・・・ピコォオォン・・・
「・・・三連・・・四連」
 探信音が連続で打たれていることを、水測長が報告した。それは攻撃をする直前に、潜水艦の位置を正確に掴むため打たれることを、潜水艦乗りであれば皆心得ていた。乗組員の中には、固唾を飲んで来るべき事態に備えるものが出始めた。
ピコォオン!ピコォオン!!・・・
「・・・五連・・・六連!・・・敵艦直上!!・・・来るぞッ!!!」
 敵艦は突然探信音を出すの止め、少し間が空いた後、潜水艦の頭上を通過していった。水測長の耳は、その駆逐艦の動きを正確に捉え、その意図を察した水測長は、大きな声で次に備えるよう叫んだ。敵の潜水艦を捉えた駆逐艦が、潜水艦の上を通った後にすることといえばただ一つ。
「爆雷投下音!!!」
 水測長の隣でヘッドフォンから聞こえる音に集中していた水測員が、重いものが海中に投下された音を捉え、大きな声で叫んだ。対潜爆雷が投下されたのである。
「総員、振動に備え!!」
 コレジオは潜望鏡の柱を掴むと、大きな声で指示を出した。爆雷が炸裂すると、直撃でなくてもかなり揺さぶられる。悪いタイミングで爆雷が炸裂しようものなら、床や壁に叩き付けられて大けがをしたり、悪くすれば死ぬことすらあったからである。しばらく重苦しい沈黙があった後、艦の上方で突然轟音がした。
ズズン!!ズズゥン!!・・・ギシイッ・・・ギギィッ・・・
「きゃあああぁっ!!」
 轟音と共に船体が大きく揺さぶられ、船体の軋む音が響いた。士官室にいたミレニア姫とヘルゼリッツは、頭を抱えて姿勢を低くし、堪らず悲鳴を上げたが、乗組員は爆雷が炸裂した上の方を見る者はいたものの、1人として声を上げることなく、耳を澄ませて様子をうかがっていた。
「・・・今度は狙ってきたな。」
「我々は本気だ、姿を現さねば沈めるぞ、ということなんでしょうね。」
 コレジオとウォーレンは、艦と爆雷炸裂深度との距離が離れていることから、相手の意図を読み取っていた。またそれは次に続く攻撃が、次第に熾烈なものとなることをも予想させた。
ピコォオオオオォン・・・
「チッ、また探っていやがる。」
 水雷長が舌打ちしながら呟いた。まさにそれは、これから始まる戦いの序章であった。

(・・・う・・・ぁ・・・ま、また・・・くうっ・・・)
 その頃士官室では、探信音にビクついていたミレニア姫のお腹が、不気味に渋り始めていた。先ほどバケツに跨っていたときと同じ、実を伴わない便意が再び襲いかかりつつあったのである。ミレニア姫は下腹部に手を当て、目を閉じて集中することで押さえようとしたが、探信音が響く度に集中を乱され、その度ごとに便意が次第に明確になっていくのを感じた。ミレニア姫はヘルゼリッツに身を寄せ、治まってくれるように祈りつつ、災難が通り過ぎてくれるのを待った。
ズズン!!ズズゥン!!・・・ギギィッ・・・
「やぁあああぁっ!!」
 一隻目の時ほどではなかったものの、二隻目から落とされた爆雷が比較的近くで炸裂し、再び轟音と共に船体が大きく揺さぶられ、船体の軋む音が響いた。ミレニア姫とヘルゼリッツは、互いに抱きつきながら大きな悲鳴を上げた。
(・・・あぁっ・・・嫌ぁ・・・あ、ダメ・・・あぁ・・・くうぅぅっ・・・)
 爆発の振動を堪えるとはっきりと便意が高まり、ミレニア姫の下腹部がキリキリと痛み始め、熱い便意が直腸を扱き降ろした。空になった直腸が熱くうねり、お尻の穴が酸欠になりかかった魚の口のようにパクパクと開閉を繰り返したが、実がなくガスすらも出ない便意のために、それらは全て虚しい営みであった。ミレニア姫はその愛らしい唇をかみしめ、スカートの上からお尻を押さえて、その燃えるような便意にじわじわと体力を奪われながら、声を上げてしまいそうになるのを耐え続けた。
「姫様・・・っ、辛いとは思いますが、こ、ここを越えれば、安全なはずですから、頑張りましょう。」
 ヘルゼリッツは、苦しそうな声で途切れ途切れになりながら、懸命にミレニア姫を励ました。そして眉根を寄せて苦しそうな表情を浮かべると、スカートの上からお尻の穴の辺りを押さえて、身を震わせた。
(・・・よ、よりによって・・・こんな時にッ!・・・)
 爆雷の衝撃に耐えた反動で、少し痔が出てしまったのである。飛び出した痔は激しい痛みを生み出し、その痛みは、冷静なはずのヘルゼリッツを少しずつ狂わせていった。
ピコォオォン・・・ピコォオォン・・・
 そんな二人の神経を逆なでするように、さらに探信音が響き、次第にその間隔を狭めていく。そして探信音が途切れ、暫しの静寂の後に、三度轟音が響く。
ズズン!!ズズゥン!!・・・ギギィッ・・・
「いゃあああぁっ!!」
 ミレニア姫とヘルゼリッツは、共にお尻を押さえながら、恐怖と苦しみのあまり悲痛な叫び声を上げた。
「嫌ぁ・・・もう嫌ぁ・・・。」
 ミレニア姫は恐怖と便意のあまり、とうとう頭を左右に振りながら泣き出してしまった。ヘルゼリッツは痛みを堪えてミレニア姫に這い寄り、その背を優しくさすって宥めようとした。
「っ、・・・姫様、ご辛抱下さい・・・もう少し・・・もう少しでございますから・・・あうぅッ!」
 ヘルゼリッツは何とかミレニア姫を落ち着かせようとするが、自分も痔の痛みに悩まされ、ミレニア姫の隣にうずくまってしまった。
(・・・こ、このままでは・・・は、早く何とか戻さないと・・・っ、仕方ない・・・)
 ヘルゼリッツは、意を決してスカートを引き上げてショーツの中に手を入れると、指先で飛び出した痔を、潤滑剤もなしにお尻の穴の中に押し戻した。
「・・・!!・・・っ、ぐうぅぅッ!!・・・はぁッ!・・・はぁッ!・・・はぁ〜っ・・・」
 押し戻すときの痛みは通常よりも遙かに強かったが、何とか押し戻すことに成功し、ヘルゼリッツは、次第に強い痛みが引いていくのを感じていた。
(・・・ふぅ・・・ふぅ・・・こ、この私が、姫様を置いて倒れるわけにはいかないわ・・・。)
 苦しみの中でも責務を果たそうとするヘルゼリッツの姿は、主人であるミレニア姫よりも痛々しいほどであったが、その驚くべき力の根源は、彼女の筆頭侍女としての自負心と意地とであった。

「・・・ライオット、少し様子を見に行ってやってくれないか?」
「アイ・サー。」
 士官室の様子がおかしいことに気が付いたウォーレンは、ライオットに様子を見に行かせた。そしてライオットが士官室のドアの前に行くと、中からミレニア姫の泣く声が聞こえ、ただごとでは無さそうだと感じたライオットは、ドアを叩いて中に呼びかけた。
「失礼いたします、ライオットです。姫様、ヘルゼリッツ殿、大丈夫でございますか?」
 ミレニア姫は地獄の苦しみの中にありながら、その呼びかけの声がはっきりと聞こえた。それはまるで地獄の業火の中で、天使の呼びかけを聞いたような心持ちであった。
(・・・え!?ラ、ライオット様?)
 一方ヘルゼリッツは、まだ治まりきらない苦しみに喘いでいたが、その声を聞くと歯を食いしばって気丈にも立ち上がり、ドアを開けてライオットに応対した。しかし纏めた髪はほつれ、目にはまだ光が宿っているものの表情は憔悴し、肩で息をするその姿は、見るからに痛々しいものがあった。
「っ!ヘルゼリッツ殿、大丈夫ですか?少し横になられた方がよろしいのでは・・・」
 ライオットは開口一番に、ヘルゼリッツの身を案じた。どう見ても、気力だけでそこに立っているような様子であったからである。
「い、いえ・・・私は、大丈夫でございます。ただ、姫様が・・・」
 ヘルゼリッツはそう言って士官室の方を振り返り、ミレニア姫の方を見た。するとミレニア姫は、ライオットにみっともない姿を見せたくない一心で、ベッドに寄りかかって体勢を立て直すと、戸口に立つライオットの姿を見つめた。今にも折れてしまいそうだったミレニア姫の心は、ライオットの出現によってにわかに奮い立てられ、わずかながら気力が戻ってきたのであった。
「だ、大丈夫です・・・こ、怖いですけど・・・まだ、頑張れます。」
 はったりではあったが、ミレニア姫が胸に手を当ててそう言うと、ライオットは優しく微笑んで小さく頷いた。ミレニア姫はその笑顔に、計り知れない勇気をもらったような気がしたのだった。
ピコォオォン・・・ピコォオォン・・・
 しかしそんなミレニア姫をあざ笑うかのように、もう一隻の駆逐艦から放たれた探信音が響いた。それを聞いたミレニア姫の表情は、みるみるうちに強ばり、その体はぶるぶると震え始めた。
ズズン!!ズズゥン!!・・・ギギィッ・・・
「やぁあああぁッ!」
 四度轟音が響き、士官室にミレニア姫の叫び声が響いた。ライオットはドアの枠に掴まって何とか身を支え、ヘルゼリッツはドアに掴まったまま、そこにしゃがみ込んでしまった。ミレニア姫は床に座り込み、下腹に手を当ててベッドに上体を押し当て、全身で息をしているような状態であった。そしてベッドに押し当てた頭を左右に振り、うわごとのように嫌々を繰り返し、再び泣き出してしまったのである。
「は、反撃しないのですか!?」
 ミレニア姫の見るに堪えない状態に加え、自らの痔の痛みもあって冷静さを欠いていたヘルゼリッツは、ドア枠に掴まっているライオットを見上げると、睨み付けるようにして叫んだ。
「・・・そう仰っても、今ここでは、反撃できないのです。」
 ライオットは、悲痛な面持ちでそう答えた。
「何故っ!?」
 ヘルゼリッツは昂ぶる気持ちを抑えきれず、ライオットにくってかかった。
「ヘルゼリッツ殿、落ち着いてください。今は仮にも平時で、ここはヴェルデン王国の勢力圏下なんです。今ここで我々が撃てば、ヴェルデン王国と戦争になってしまうんですよ?・・・我々の任務は、姫様と貴女をシグリアにお連れすることであって、戦争を起こすことではないんです。」
 ライオットは、ヘルゼリッツの気持ちもわかるだけに、少し困ったような顔をして答えた。
「しかし、このままでは!」
 引き下がろうとしないヘルゼリッツにライオットが何か言おうとした時、ライオットの肩に手を置く者があった。
「・・・っ!・・・せ、先任・・・。」
 肩に手を置いたのはウォーレンであった。ウォーレンはライオットに黙って頷いた後、ヘルゼリッツの方を向いて静かに語りかけた。
「お気持ちは判りますが、本艦のことは、我等にお任せ下さい。」
「・・・うっ!・・・あ・・・ぁ・・・」
 落ち着いた顔、落ち着いた声であったが、ウォーレンに漲っている迫力とその射抜くような視線は、ヘルゼリッツを黙らせるには十分すぎるほどであった。ヘルゼリッツは声を詰まらせて呻いた後、その場にへたり込み、視線を落として取り乱したことをわびた。
「・・・ご、ごめんなさい、私、頭に血が上ってしまって・・・姫様が、あまりに不憫で・・・」
「いえ、仰りたいことは、痛いほど判ります。ですが、ここはご辛抱下さい。必ずや貴女方を、国にお連れいたしますから・・・。」
 ウォーレンはすっとしゃがみ込むと、項垂れているヘルゼリッツの肩に手を置き、気遣うように優しく語りかけた。そして再び立ち上がってライオットの肩を軽く叩くと、短く指示を出した。
「ライオット、ここは頼むぞ。」
「アイ・サー!」
 ライオットは表情を引き締め、ウォーレンに力強く頷いて答えた。
「・・・被害状況は?」
 コレジオは、腕組みをして艦内の一点を鋭く見つめ、そう呟いた。
「後部兵員室と倉庫に浸水がありましたが、損傷は軽微。他に目立った被害はありません。」
 艦内を見回りに行った下士官が答えた。
「よし。水測、敵艦の位置は?」
「・・・10時の方向・・・距離、約1,500・・・本艦の前へ出るつもりのようです。」
 コレジオが尋ねると、水測長がヘッドフォンに耳を押し当て、目を閉じて敵艦の音を探りながら答えた。
「よし、両舷微速。」
 コレジオは腕時計を見て小さく頷くと、艦を前進させるよう指示を出した。
「アイ・サー!両舷びそ〜く。」
 潜水艦はそのまま敵艦に向かってゆっくりと動き出した。

「・・・出てきませんね。本当に潜水艦なんでしょうか?」
「さっきの反応からいって、ほぼ間違いなかろう。次は沈めにかかるぞ。」
 駆逐艦の艦長がグラントに尋ねると、グラントはその経験から、先ほどの反応が潜水艦であることを確信していた。ただ爆雷の炸裂による反響音で、一時的に潜水艦の位置を見失ったため、各艦共に速度を落として、潜水艦の正確な位置を探っていた。
「・・・この海域には、時間によって強い潮の流れが出る。恐らくはそれを使ってずらかる気でいるんだろう。流れに入られると探知しにくくなるからな。各艦全力で探知し、見つけ次第、爆雷投下。・・・調定は120と150、時間差で行くぞ。」
 ・・・「鮫狩りグラント」の名は伊達ではない。グラントは少しずつその包囲網を狭め、じわじわと獲物を追い詰めつつあったのである。

「敵艦、11時の方向、距離、近づ〜く。」
 ヘッドフォンから聞こえる音により、敵艦との距離が詰まったことを水測員が報告した。しかしコレジオは、無言で艦内の一点を見つめ、腕組みをしたまま動こうとはしなかった。
ピコォオォン・・・ピコォオォン・・・ピコォオン!ピコォオン!!・・・・・・ズズン!!ズズゥン!!
ピコォオォン・・・ピコォオォン・・・ピコォオン!ピコォオン!!・・・・・・ズズン!!ズズゥン!!
 駆逐艦は、探信音波で潜水艦を捉えては爆雷を投下するのを繰り返していた。そして潜水艦の士官室では、床に座り込んだミレニア姫を挟むようにヘルゼリッツとライオットが付き、敵が行き過ぎるのを待っていた。ミレニア姫は、相変わらず探信音が響くと体をビクつかせ、爆雷が炸裂すると身を縮めて怯えるのを繰り返していたが、ライオットが側にいる効果は極めて大きかった。渋り腹に苛まれてはいたものの、その辛さはだいぶ押さえられており、それが故に産まれた精神的余裕は、余計なことまで気にし始める程だったのである。
(・・・ライオット様が側にいてくださるのは嬉しいけど・・・すぐ、そこには・・・さっきのバケツがあるけど、臭わないのかしら・・・)
 ベッドの下には、先ほど自分のひり出したものの入ったバケツが置いてあった。ライオットは全く気にしていなかったのだが、ミレニア姫にとってはその臭いも気になって来ていたのである。しかしそんな余裕も長くは続かず、ミレニア姫が望んでいたはずのものが、再び最悪のタイミングでやって来たのであった。
(・・・!・・・そ、そんな・・・嘘・・・)
 そう、このやるせない渋り腹と虚しい便意を解消してくれるもの・・・はっきりとした実体を伴う便意が、ジリジリと降って来るのが感じられたのである。先頃までなら、恥を忍んで再びバケツに跨ればいいだけの話であった。しかし、今は横にライオットがいるのである。ライオットがいてくれたお陰で苦しみは軽減され、取り乱さずに済んでいるのに、ライオットがいるために今まで心の底から望んでいた、実を伴った便意を解消できないのである。ミレニア姫はジレンマに陥り、自らの運命を呪った。
ピコォオオオオォン・・・
(・・・ええッ!・・・何故・・・何故!・・・)
 そこへ追い打ちをかけるかのように、探信音が響き渡った。終末をもたらす悪魔の使者は、一歩、一歩、確実にミレニア姫に迫りつつあった。
ピコォオオオォン・・・ピコォオオォン・・・
(・・・あぁッ・・・い、嫌ッ・・・ダメ・・・来ないで・・・)
 ミレニア姫は、探信音にその身を強ばらせたが、それは死への恐怖だけではなかった。この音の先に来るものが、自分にとって望ましくない終末をもたらすことが、はっきりと感じられたからである。
ピコォオォン・・・ピコォオォン・・・
(・・・お、お願い・・・来ないで・・・今、来ないで・・・)
 ミレニア姫の願いも虚しく、探信音は間隔を狭め、じわじわとその時は迫りつつあった。そして意識すればするほど、便意がその圧力を高めていってしまう。
ピコォオン!ピコォオン!!・・・
(・・・ダメ・・・来ないで!・・・来ないでぇッ!!)
 立て続けに打たれる探信音のように、お尻の穴の裏側に殺到した便は、早く開けろとばかりに、その肉の門を叩き続けている。ミレニア姫は祈るような気持ちで、敵艦がどこかに行ってしまうのを、ひたすら願った。
ズズン!!ズズゥン!!
・・・ブビイイッ!!
「・・・!!・・・ああぁぁッ!!・・・」
 重苦しい沈黙の後、爆雷が炸裂して艦が大きく揺れ、その直後に湿った破裂音と、ミレニア姫の悲鳴とが士官室に響いた。お尻の穴が限界を迎えつつあったところに爆雷の炸裂が重なり、ミレニア姫は催した下痢便をとうとう漏らしてしまったのである。しかもその派手な排泄音は、隣にいたヘルゼリッツとライオットの耳にも、はっきりと聞こえてしまったのだった。
・・・ブブッ、ブリッ、ブリブリブリブリッ!・・・ブリブリブリッ、ブジュッ、ブジュルルッ・・・
「・・・!・・・!!・・・あぁぁ・・・嫌ぁ・・・嫌ぁ・・・。」
 今まで出てこなかった分がまとまってきたかのように、それなりの量の便がショーツの中に排泄されていった。ヘルゼリッツとライオットの目の前で、ミレニア姫のスカートにみるみる染みが広がっていき、ミレニア姫はお尻の辺りに生暖かい感触が広がっていくのを感じた。
(・・・あぁ・・・私、お漏らしを・・・それも、ライオット様の前で・・・。)
 今まで苦しめられてきた渋り腹と便意が治まっていく中で、たとえようのない喪失感があった。排便が治まると、ライオットの前で失禁してしまった恥ずかしさで、ミレニア姫は床にへたり込み、両手で顔を覆って声を限りに泣き叫んでしまった。
「・・・いやぁあああぁァ!!・・・いやぁあ、むぐうっ!・・・むうっ!・・・!!・・・」
 ところがミレニア姫の泣き叫ぶ声は、途中で不自然にふさがれた。大きな音を立ててはまずいことを、重々判っていたヘルゼリッツが、ハンカチでミレニア姫の口を塞いだのである。
「ひ、姫様、お許し下さい・・・お辛いとは思いますが、なにとぞ、ご辛抱下さい。」
 ヘルゼリッツはそう言ってミレニア姫の背中をさすってやり、ミレニア姫は声を殺されながらも、体を震わせて泣き続けた。ライオットが済まなそうな顔でヘルゼリッツを見ると、ヘルゼリッツはその意を察し、小さく頷いて答えた。その時、何の前触れもなく突然轟音が響き、艦が揺さぶられた。
ズズン!ズズゥン!!
ガシャン、ガラン、ゴワン・・・
「おっと!」
 それはグラントの作戦による、時間差で落とされた爆雷であったが、炸裂による振動で、ベッドの下に押し込まれていたバケツがひっくり返り、ちょうどライオットの近くに転がったのである。敷かれた新聞紙が水分を吸い取っていたので、思ったよりは広がらなかったが、便のべったり付いた新聞が床に散乱し、甘酸っぱいような刺激臭が辺りに立ち上った。
「嫌あああぁッ!!」
 バケツの転がった音と、それに続いて立ち上った臭いとに反応し、ミレニア姫はヘルゼリッツを振り解くようにして立ち上がり、叫び声を上げた。ミレニア姫は、ライオットの目の前で失禁した上に、自分のひり出したものをライオットの目の前に曝され、パニック状態になったのである。そして両手で頭を抱えると、その愛らしい顔を引きつらせて、泣き叫びながら暴れ出しそうになった。ヘルゼリッツとライオットが、あわてて取り押さえて宥めようとしたまさにその瞬間、折悪しく次の爆雷が、先ほどよりもさらに近い場所で炸裂した。
ズズゥン!ズズズゥン!!
「きゃあああぁっ!!」
 爆発の振動で、ミレニア姫ははじき飛ばされ、ヘルゼリッツは咄嗟に手を伸ばしたが、その手は空を掴んだ。ヘルゼリッツの視界の中で、ミレニア姫は悲鳴を上げながら壁の方へと吸い込まれていった。
「ひっ、姫様あッ!!」
 ヘルゼリッツがもう駄目かと叫んだその刹那、何かが目にもとまらぬ速さでミレニア姫の後ろに回り込み、ミレニア姫を抱え込むようにしてそのまま壁に叩き付けられた。
ドガァッ!
 叩き付けられた瞬間、鈍い音が響き、ミレニア姫を抱え込んだ何かが、壁にもたれ掛かるようにして崩れ落ちていった。
(・・・え?・・・)
 ミレニア姫は、予想に反して何かに衝撃を和らげられ、少し驚いた。その何かは、引き締まった弾力があって暖かく、汗の臭いがしたが、次第に嗅ぎ慣れない臭いが混じっていくのに気が付いた。
「・・・っ・・・はっ!・・・ラ、ライオット様!・・・あ、・・・あぁ、・・・」
 ミレニア姫が顔を上げると、焦点を合わせなくてはならないほどの距離に、ライオットの品のある整った顔があった。そしてその顔がみるみる血塗られていくのを目の当たりにし、ミレニア姫は言葉を失った。
「・・・!!・・・ラ、ライオット少尉!し、し、しっかりしてくださいっ!」
 ヘルゼリッツは、ミレニア姫を抱き止めたまま動かないライオットに、這いずりながら近より、肩を揺さぶって問いかけた。
「大丈夫ですかッ!」
 士官室の近くにいた掌砲長が、ヘルゼリッツの声を聞きつけて駆け込んできた。
「ラ、ライオット少尉が!ライオット少尉が、姫様を庇って!・・・っ!」
 掌砲長の声にヘルゼリッツは悲鳴に近い声で答えた。
「少尉殿、少尉殿!お気を確かにっ!」
「・・・つっ・・・じ、自分は大丈夫です。そ、それよりも・・・姫様は・・・」
 掌砲長はライオットを抱き起こし、大きな声で呼びかけた。その呼びかけにライオットは意識を取り戻し、まだ叩き付けられたショックで朦朧とする中、自分よりもミレニア姫の身を案じた。
「わ、私は、私は、大丈夫です。・・・それよりも、それよりも!・・・あぁ・・・血が、血がこんなに・・・ライオット様、ライオット様ぁ!」
 目の前で、しかも自分の所為で、淡い想いを寄せている人が傷つき、たくさんの血を流し、倒れている。ミレニア姫はライオットに縋り、やり場のない複雑な感情を爆発させ、泣き叫んだ。
「各室、被害状況は?」
 コレジオは厳しい顔をしつつも、冷静に指示を出した。
「こちら兵員室!オットー上水(上等水兵)が、崩れた物資の下敷きになって!・・・オットー、オットー!・・・しっかりしろッ、傷は浅いぞッ!!」
「こちら魚雷発射管室!浸水発生!・・・クソッ!何とか食い止めろッ!!」
 被害のあった場所からの悲痛な報告と叫びが、次々と司令所の伝声管から流れ、艦内は騒然となった。
「みんな、落ち着け。予備要員は、兵員室と魚雷発射管室に向かい、手を貸してやれ。他はどうだ?」
 コレジオは、乗組員の動揺を抑えるため、あえて落ち着いた声で各室に呼びかけた。
「こちら機関室、問題なしッ!」
「こちら電池室、問題ありません!」
 落ち着きを取り戻した乗員は、艦長の呼びかけに答え、状況を報告した。
「俺は発射管室に向かう!・・・誰か、オットーの手当をしてやってくれ!」
「判った、オットーは俺に任せろッ!」
 士官室の外の廊下では、あわただしく乗組員が駆けめぐっている。その喧噪の中、ミレニア姫は両手で頭を抱え、気が狂いそうになりながらも、どうしたらライオットを助けられるのかを考えた。
(・・・あ・・・ああぁ・・・ど、どうしたら・・・どうしたらいいの?)
 考えなくては、早くしなくては、と思うのだが、思えば思うほど混乱して何も考えられなくなってしまう。自分が淡い想いを寄せているだけでなく、自分を庇い、傷を負いながらも自分のことを心配してくれるライオットを、どうしても助けたかった。それだけを考えた。
(・・・どうしたら・・・あぁ、どうしたら・・・!!)
 ミレニア姫の脳裏に、一つのことがひらめいた。そして飛び交う乗組員達の怒号を耳にしながら、掌砲長とヘルゼリッツに介抱されるライオットの姿を見て、何かを決心したように立ち上がり、絞り出すように言葉を紡ぎ出していった。
「・・・私を・・・私を、差し出してください。・・・そうすれば、・・・そうすれば、みんなは助かるかも知れません・・・私の・・・私のために、みんな死んでしまうなんて、そんなこと・・・そんなことぉッ!」
 ミレニア姫は、言葉を発する内にどんどん感情が高ぶらせ、最後の方は悲鳴に近かった。
「なッ!何を馬鹿なことを仰るんですかッ!」
 全てはミレニア姫が、ヴェルデン王国の「手を離れる」か否かにかかっており、それを渡してしまっては、今までの苦労が全て水泡に帰すばかりか、シグリアの立場もなくなってしまう。ヘルゼリッツは目を見開き、ヒステリー気味に叫んだ。
「・・・姫様、お気持ちは勿体ないほど有り難いですが、ここで降伏しても、残念ながら誰も助かりません。ヴェルデンもそこまで甘くはないでしょう。」
 掌砲長も幾多の実戦を経験しているために、現実が甘くないことを十分承知していた。それ故に、ミレニア姫を落ち着かせるため、あえて静かな声で非情な答えを返したのだった。
「でもッ、でもッ、これでは・・・コレジオ艦長も、ウォーレン先任も、ヘルゼリッツも、掌砲長も、・・・そして、そしてライオット様も・・・みんな、みんな死んでしまいますぅッ!」
 ミレニア姫は取り乱し、仁王立ちになったまま、大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら叫んだ。
「・・・う・・・ぐうっ・・・ひ、姫様・・・」
 ライオットが、掌砲長に支えられながら体を起こし、ミレニア姫に声をかけた。
「ラ、ライオット様!」
 ミレニア姫は、ハッと我に返ったようになって、ライオットの側に跪いた。
「・・・我々は、艦長以下全員、姫様と、運命を共にする覚悟で来ております。・・・たとえ、死ぬことになったとしても。・・・そうでなくては、あの、厳重な警戒網をかいくぐって、お迎えに上がったりはいたしません。・・・だから・・・だから、そんな、悲しいことを仰らないでください。」
 ライオットは、震える手を伸ばしてミレニア姫の頬を撫で、ゆっくりと語りかけた。ミレニア姫はライオットの手を握り、流れる涙もそのままに、その一言一言をしっかりと聞き止めた。
「・・・大丈夫、さっき先任が仰ったように、艦長と、先任が、必ず、国に連れて行ってくださいます。・・・だから、我々を・・・私を、信じてください。」
 ライオットはその深く澄んだ瞳で、ミレニア姫の潤んだ瞳を見つめ、顔の半分を血で真っ赤に染めながら、とても優しい表情でそう語りかけた。
「・・・はい。」
 私を信じてください・・・その言葉に促されたように、ミレニア姫は泣き笑いのような表情をして、小さな声ではあったが、大きく頷いてはっきりと答えた。そしてライオットの深く澄んだ瞳に吸い込まれるように抱きつき、血で汚れるのも構わず、ライオットの胸に縋ってすすり泣いた。ライオットは、そんなミレニア姫をしっかりと抱きしめ、その頭を優しく何度も撫でた。
(・・・ライオット少尉・・・。)
 ヘルゼリッツは胸が熱くなり、涙が溢れてくるのを感じ、そっと指で涙を拭ったのだった。

「・・・奴さんも粘りますね。」
 仕留めたのならば、海面に大量の気泡が上がってきたり、搭載していた物資や油などが浮かんでくるはずである。駆逐艦の艦長は、周辺の海面を眺めて何も変わったところがないのを確認すると、そう呟いた。
「ふむ、あれをかわしたとは、向こうもなかなかやるな。しかし、そろそろ潮の流れに潜り込まれる危険性がある。何としても次は決めるぞ。深度調定はそのままだ。」
 グラントもそれに同意し、さらなる攻撃の準備をした。

ピコォオオオオォン・・・
「・・・!・・・また、探知されました!」
 再び探信音波の音が響き、水測長が表情を厳しくする。
「・・・!・・・舵が少し重くなりました。潮の流れに入ったものと思われます。」
 その直後、操舵手がそう答えた時だった。
「よし、面舵一杯、左舷前進強速、右舷後進強速!」
 コレジオは、それを待っていたかのように指示を飛ばした。
「アイ・サー!面舵いっぱぁ〜い、左舷前進きょ〜そ〜く、右舷後進きょ〜そ〜く。」
 舵を一杯に切り、左右のスクリューを逆転させたことで、艦は大きく右に傾くと、右に急旋回していった。
ギシッ、ギギィッ・・・
 船体が軋みながら次第に傾いていき、遠心力のようなものが働くのが感じられた。
「・・・!・・・艦が急旋回してる・・・」
 掌砲長が、回りの壁を見回すようにしながら呟いた。

「良し、奴さん潮の流れに乗るはずだ、少し下流を狙って落とせ。」
 グラントは先ほど探信音波で捕捉した情報と、自らの経験に裏打ちされた戦の勘とによって、爆雷の投下ポイントを定めた。
「・・・用意・・・てえッ!!」
 対潜爆雷が投下軌条をゴロゴロと転がり、次々に暗い海面へと投下されていく。その数は今まで一番多く、グラントがこれで決めようとしている意志が明確に表れていた。

「・・・!・・・爆雷投下音!!」
 潜水艦の水測員がその音を捉え、大きな声で報告した。
「面舵一杯、宜候、両舷前進半速!」
「アイ・サー!面舵一杯よ〜そろ〜、両舷前進はんそ〜く。」
 コレジオは、向きが変わったところで両舷の出力を揃えさせた。その結果艦は潮の流れに逆らう形となり、潮の流れと釣り合って、川の中の魚のようにその場に留まったような形となったのである。
ズズン!ズズン!ズズゥン!
 先ほどとは異なり、今度は艦の後方の離れた場所で轟音がし、艦が揺れた。
「面舵一杯ッ!左舷前進強速、右舷後進強速ッ!」
 爆発音と同時に、コレジオは、鋭く指示を飛ばした。
「アイ・サー!面舵いっぱぁい!左舷前進きょおそく!右舷後進きょおそく!」
ズズン!ズズン!ズズゥン!
 艦は再び大きく傾いて向きを変え、次の爆発音は右方向から来た。
「・・・!・・・!!・・・」
 ミレニア姫は、振動が伝わる度に体を震わせ、ライオットは意識が朦朧としながらも、そんなミレニア姫をしっかりと抱きしめ、優しく頭をなで続けた。
(・・・神様・・・父様、母様・・・私たちを、お守り下さい・・・)
 ミレニア姫は、ライオットの温もりを感じながら、一心に祈り続けた。
ズズン!ズズン!ズズゥン!
 そしてその次の爆発音は、右斜め前方から伝わった。
「面舵一杯、宜候ッ!両舷前進強速ッ!!」
 三度目の爆発音と同時に、コレジオは、再び鋭く指示を飛ばした。
「アイ・サー!面舵一杯よぉそろッ!両舷前進きょおそくッ!!」
 艦は潮の流れと揃い、自らの最大出力による推進力を加えてぐんぐんと加速し、元いた場所から大きく位置を変えた。その結果その次に響いた爆発音は、何と右斜め後方から伝わったのである。
「両舷停止。」
「アイ・サー!両舷てぇし。」
 爆発音の残響が薄れていく中で、コレジオはモーターを停止させた。その結果艦の立てる音はほとんど無くなったが、それまでの加速の慣性と潮の流れとで、艦は海中を滑るように進んでいった。コレジオは、全ての行動を爆雷の爆発に合わせて行ってアクティブソナーの失探を誘い、通常とは逆方向に一旦進んだ後に方向を変えてかわすという、完全にグラントの裏を掻く行動を取ったのである。またこのような行動は、水中機動性の高い潜水艦T13と、その能力を知り尽くしたコレジオならではのものであった。

「・・・どうやらまたかわされたらしい。・・・なんて奴だ・・・次だ、次こそ仕留めてやるッ。」
 グラントは、潮の流れを使って逃げ切ろうとする潜水艦の動きを先読みし、予測位置に爆雷を投下したのだが、それを外されたことに驚きを禁じ得なかった。
「どうした、まだ捉えられんのか!?」
「爆雷の残響音と潮の流れに阻まれて、思うように探知できません!」
 駆逐艦の水測長も何とか潜水艦を捉えようとするが、海峡に響き渡る雑音(ノイズ)の嵐に、手も足も出なかった。
「このままでは海峡を抜けられてしまう・・・急げッ!」
「はッ!」
 爆雷の残弾も少なく、グラントは次第に焦り、冷静さを失っていったが、まだ闘志は失われていなかった。そして勢力圏が及ぶギリギリの所まで追撃し、逃げる潜水艦を仕留めようとしたが、そこへ思いもよらぬ通信が入った。
「何ッ!?・・・ここまで来て、攻撃中止だと?一体、どういうことだ!?」
 グラントは電文を持ってきた伝令兵に向かって、噛み付かんばかりに怒鳴った。
「・・・!!・・・し、司令、こ、これをご覧下さい!」
 伝令兵から電文を受け取った艦長が、顔色を変えてグラントに伝言板を差し出した。
「ん?よこせ・・・!!・・・戦艦を含むアズートの艦隊が、こちらに向かってきているだとォ!?・・・クソッ!アズートの奴らめ、ふざけやがってッ!!」
 グラントは、電文の挟まれた伝言板を床に叩き付け、遠くアズート共和国の方向を睨み付けた。まだ少し離れてはいたものの、その方角からは、まさに戦艦1隻、巡洋戦艦1隻、重巡洋艦3隻を中心とする20隻近い艦隊が、急速に接近してきていたのである。そう、ガルーツ海峡に向かっていたのは、コレジオやグラント達だけではなかったのである。
「っ!・・・悔しいが、戦艦相手では分が悪すぎる。・・・致し方ない、全艦攻撃を中止、体制を整えるため、いったん引き揚げるぞ!」
 グラントは僚艦を集結させ、直ちにその場から撤退した。

「しかし司令。統合作戦本部は、何故我々に出動を命じたのでしょうか?」
 アズート共和国の艦隊旗艦である、戦艦リッポリトの艦橋で、副官が艦隊司令に尋ねた。
「ヴェルデン王国の政情不安で、我が共和国の勢力圏にも、何らかの影響が出るおそれがある。そのための哨戒だ。・・・表向きはな。」
 アズート共和国の情報部は、ミレニア姫が国外脱出を図ったことをつかんでおり、それを承けた統合作戦本部は、陸海軍を動かして、ヴェルデン王国のミレニア姫追跡を、妨害するべく動いていた。そのため、海を行くならば一番の難所となるガルーツ海峡に、牽制のため主力艦隊の一部を差し向けていたのである。
「・・・まぁ、シグリアがヴェルデンと距離を置くようになるのは、我々にとっては喜ばしいことだ。ここでヴェルデンを牽制し、シグリアに恩を売っておくのも悪くはなかろう。」
 アズート艦隊の司令は、そういって意味ありげにニヤリと笑った。

「・・・何処の何奴かは知らんが、途中で茶々が入ったとはいえ、俺の攻撃を一発も撃たずに抜けるとはな・・・。ふふっ、世界は広い。まだまだ面白い奴がいるもんだ・・・だが、次は逃がさんぞ・・・。」
 撤退する駆逐艦の艦上で、グラントはガルーツ海峡の方を振り返り、どこかしら満足そうに笑った。

【白日】
「よし、ここらで良かろう。メインタンクブロー、浮き上がれ!」
「アイ・サー!メ〜ンタンクブロ〜。」
 ガルーツ海峡を辛うじて通過した潜水艦は、安全のためしばらく潜航した後、ようやく浮上した。ハッチを開けると青空が見え、潮の香りを含んだ新鮮な空気が艦内に流れ込むと、それまでの重苦しい空気が一掃されるように感じられた。
「・・・かぁ〜っ、外の空気だぁ〜っ!」
 見張りに上がった乗組員が表情を緩め、胸一杯に新鮮な空気を吸った。そして息を止めるとすぐに表情を引き締め、双眼鏡で辺りを見渡した。
「周囲に艦影なし!」
 見張り員は、見える範囲の水平線内に艦影を認めず、大声で司令所に伝えた。
「よぉ〜し、ここらで片付けとしよう。負傷者の手当を行い、動ける者は各室の点検および被害箇所の応急修理を行え。」
 コレジオがそう指示を出すと、各乗組員はそれぞれの持ち場に散っていき、ホッとするのもつかの間、皆せっせと働き始めた。幸いにして士官1名と兵員5名が負傷しただけで済み、死者は1人も出なかった。一番の重傷であったオットー上水は、足の骨を折ったようで、骨折から来る発熱にうなされてはいたが、命に別状はなかった。また、他の4名は打撲や擦り傷といった、軽傷で済んでいた。
「・・・つっ・・・」
「はい、少尉殿、ちょいと我慢してくださいよ・・・」
 2番目に重傷であったライオットは、強く打ち付けた左肩に膏薬を貼られ、額の傷口は応急的に5針ほど縫われて頭に包帯を巻かれた。傷の位置と包帯の巻かれ方もあって、ライオットは左目が上半分隠れるような状態であった。
「ほい、少尉殿、終わりましたよ。ちょいと傷は残りますが、頭の方には影響ないでしょう。モロにぶつけたんではなく、かするようなぶつけ方だったんで、不幸中の幸いだったかも知れませんね。・・・ま、いずれにせよ名誉の負傷ですもんね〜。」
 衛生兵を兼ねている下士官が、笑いながらライオットにそういった。
「ありがとう・・・だが、冷やかすのは勘弁してくれよ。」
 ライオットは少し苦笑いをして立ち上がると、血の付いた帽子を被りながらそういった。
 同じ頃魚雷発射管室では浸水した水をポンプでくみ出し、兵員室は荷物の積み直しと再固定が行われた。艦自体の被害も思ったより少なく、戦闘および航行に、大きな支障の無いことが判明した。
「ごめんなさい・・・本当にごめんなさい・・・。」
 士官室を出たところの廊下では、ミレニア姫の謝る声が響いていた。ライオットの怪我も幸い大したものでないことが判り、心底ホッとしたところで現実に立ち返ると、士官室は、床に汚物がぶちまけられ、壁に血の跡が付いているという、改めて見るとなかなか凄い状態となっていた。とりあえずドアを開け放って換気をし、掌砲長と数人の乗組員が綺麗にしてくれることになった。ミレニア姫は、自分の失態の後始末を他人にしてもらっているということに、恥ずかしさと申し訳なさで一杯であったので、顔を真っ赤にしながら何度も謝っていたのである。しかし後始末をしている当の掌砲長をはじめ乗組員達は、誰一人としてミレニア姫を責めようとはせず、むしろ励ましてくれたのだった。
「姫様は何も悪くないですよ。ここは俺らに任せて、御身を綺麗にしてきて下さいな。」
「そうっスよ、姫様が謝ることは何にもないっスよ。戦闘中は、俺らでもキツい時ありますし。なぁ?」
「相棒の言う通りですよ。むしろ、俺たち下っ端にまで気ィ遣っていただいてることの方が、かえって申し訳ないです。」
「俺も初めて戦闘に参加したときは、ビビリまくってちびっちまいましたよ〜。」
 不器用だが、気の良い乗組員達はみんな気を遣ってくれた。ミレニア姫は、それが嬉しくもあり、また同時に恥ずかしくもあったのである。

 士官室を綺麗にしてもらっている間に、ミレニア姫とヘルゼリッツは、乗組員に手伝ってもらいながら、お漏らしの後始末をするために甲板へ上がった。汚物で汚れた下着のまま梯子を登ると、お尻にグチャグチャとしたものが擦り付けられるような感じがして、何とも気持ちの悪い思いがした。そして甲板に上がったミレニア姫とヘルゼリッツは、安全のため命綱をつけ、さらに念のため救命胴衣も借りて身につけた。
「では、落ちたらエラいことになりますんで、気をつけて下さいよ。」
 甲板に上がるのを手伝った乗組員は、そういってハッチから梯子を下りて席を外した。海面は穏やかで、風も緩やかになってはいるものの、時々波しぶきが甲板まで上がったり、艦が揺れることもあった。ヘルゼリッツは、波のタイミングを見計らいながらロープの付いたバケツを海に放り込み、洗うのに使う海水をくみ上げた。ヘルゼリッツが海水をくみ上げている間に、ミレニア姫はまず靴下を脱ぎ、次いでスカートを脱ぐと、最後にねっちょりとお尻に張り付いたショーツを、ゆっくりと引きはがすように脱いで、下半身裸の姿となった。
(・・・あぁ・・・あんなに凄いことに・・・思い出すだけでも、恥ずかしい・・・)
 ミレニア姫は、たった今脱いだ後ろ半分が黄土色に染まったショーツを見ると、改めて自分のしでかしてしまった粗相を思いだし、顔を真っ赤にした。そのうちにヘルゼリッツが海水をくみ上げ終わり、その海水を用いて汚した下半身を洗い清めていった。さすがに汚れが酷かったので、全て真水で行うことが難しかったのである。
「・・・きゃ・・・つ、冷たい・・・」
 季節は秋に入った時期であり、艦内は熱が籠もって熱いぐらいだったこともあって、身に浴びた海水が冷たく感じられた。しかし海水とはいえ液体で汚れを落としていくのは、拭うのとは違って順調にすすみ、ずいぶんと気持ちよく感じられた。ミレニア姫が身を清めている間、一方のヘルゼリッツは、ミレニア姫の着衣との格闘を行っていた。
(・・・やっぱり、落ちないわね・・・)
 ヘルゼリッツは海水ですすいだ洗濯物を見て、少し溜息をついた。スカートの方はショーツ越しであった分、染みは目立たなくなったが、純白のショーツの方は、黄色い染みがなかなか取れなかったのである。ヘルゼリッツは、ミレニア姫があらかた汚れを流し終わり、自分も海水での洗濯の目処が立つと、ハッチから下に声をかけて、バケツで真水を上げてもらった。
「はい、じゃあ姫様、真水をいただきましたから、仕上げと行きましょう。」
 ヘルゼリッツはそういって真水を手ですくい、ミレニア姫のお尻にかけてあげた。
「・・・んっ・・・ふぅ〜っ・・・」
 ミレニア姫はそれに合わせてお尻の穴や陰部を洗い、綺麗にしていった。ずっと汚れたままになっていたデリケートな部分が清められると、何ともスッキリした感じがし、最後に真水を少しかけて足やお尻の塩気を落とし、タオルで拭くと、ようやくホッと一息つける感じがしたのであった。ヘルゼリッツは残りの真水で洗濯物のすすぎを行い、ぎゅっと絞って良く水を切ると、パンパンとはたいて皺を伸ばし、乾いた甲板の上に広げて一応の作業を終了した。
「さて、洗濯も終わりましたし、姫様も御身を綺麗にされました。・・・後は着替えていただけばおしまいなのですが・・・その前に少し、お尻を診せていただけますか?」
 ヘルゼリッツは少し躊躇った後、済まなそうな顔をしてミレニア姫に提案をした。
「え?お尻を?」
「はい、先ほど水をかけて差し上げた時に、少し腫れているように見受けられたものですから、確認させていただいた方がよろしいかと思いまして。」
 主人の健康管理をするのも侍女のつとめの一つである。ヘルゼリッツはいつもミレニア姫の身を案じ、出来るだけ早期に手を打って、大事にならないように勤めてきていた。
「・・・は、はい。」
 ミレニア姫は、そんなヘルゼリッツを信頼していたので、恥ずかしくはあったが、お尻を診てもらうことにした。大海原を行く潜水艦の後甲板で、上質のシャツと救命胴衣をつけた下半身裸の美少女が、四つん這いになって文字通りそのお尻を白日の下に晒している。ヘルゼリッツはミレニア姫の白い尻たぶを左右に割り広げ、その排泄器官である窄まりに目を向けた。
「・・・あぁ、やはりちょっとだけ腫れていますね・・・何か気になることはございませんか?」
 ヘルゼリッツは、ミレニア姫のお尻の穴が少し赤くなり、一部盛り上がったようになっているのを見て、そう尋ねた。
「・・・い、息む時に、少し重い感じがするのと、お尻を拭く時に少し痛いことが・・・」
ミレニア姫は、顔を赤らめて恥ずかしそうにしながら、感じていたことを正直に答えた。
「・・・あぁ、出したいのに出ないと仰って、ずっと息んで苦しんでおられましたからね・・・お尻に負担がかかって、少し腫れてしまったのだと思います。でもこのくらいならば、すぐに治るとおもいますわ。」
 ヘルゼリッツは状況を思い起こしながら判断すると、ミレニア姫の着替えと一緒に持ってきていたポーチを引き寄せ、中から例の瓶と脱脂綿とを取りだした。
「では、少し失礼しますね」
 ヘルゼリッツはそう言って脱脂綿に水薬を染み込ませると、ミレニア姫の少し腫れたお尻の穴を、優しく丁寧に拭っていった。
「・・・ん・・・あ・・・あぁっ・・・ん・・・く、うぅ・・・」
 ミレニア姫は、拭かれると痛くはないものの、スースーするような清涼感を感じ、少しするとお尻の穴にじわっと熱くなるものを感じた。
「へ、ヘルゼリッツ・・・こ、これは?」
 ミレニア姫は初めて味わう感覚に戸惑いを覚え、ヘルゼリッツに尋ねた。
「あ・・・姫様は、お使いになるのは初めてでございますよね・・・お耳にしたことはあるかと思いますが、ルソワンプルペシュでございます。」
 ヘルゼリッツはミレニア姫に答えながら、新しい脱脂綿を小さな繭のような形に丸めて固め、たっぷりと水薬を染み込ませた。
「え、ルソワンプルペシュ?・・・あ!・・・あの、お尻の・・・」
 その名はミレニア姫も知っており、それがお尻の穴に用いる薬であることも耳にしたことがあった。ただそれを使うのは初めてのことであり、また自分がそれを使わねばならない状態にあることを知って、ミレニア姫は一層顔を赤らめたのであった。
「はい、では姫様、ちょっと大きい方をする時のように、息んでお尻の穴を広げていただけますか?」
 ヘルゼリッツは丸めた脱脂綿を手に、ミレニア姫にそう指示を出した。ミレニア姫が恥ずかしがりながらも少し息むと、お尻の穴がゆっくりと広がり、ヘルゼリッツはそこに手にしていた脱脂綿を、そっと詰め込んだのだった。
「・・・んあっ・・・ん・・・あ!・・・ん、んぅ〜ん・・・。」
 ミレニア姫は脱脂綿を詰め込まれたのに驚き、お尻の穴をきゅっと締めると、詰め込まれた脱脂綿から薬がじわっとしみ出した。そしてまずお尻の穴がツーンと冷たく染みるような感じがし、その後じわ〜っと熱い感じが広がっていった。
「これで少し良くなると思いますわ。・・・では姫様、こちらが着替えでございます。」
 ヘルゼリッツは、ミレニア姫のお尻の穴から垂れた水薬を脱脂綿で拭き取りながらそう言うと、頬を赤らめてお尻をもぞもぞさせているミレニア姫に、着替えの下着とスカートを差し出した。ミレニア姫は、お尻の穴に異物感と軽く炙るような熱感とを感じながら、ショーツを履き、着衣を整えたのだった。
 そうしてミレニア姫とヘルゼリッツが甲板から士官室に戻ると、もうすっかり床も壁も綺麗にされていた。ただどうしても海水を使って掃除をしたため、湿気が凄い状態になっているだけでなく、潮の香りと艦内の香りの混じったような、独特の香りがただよっていた。それ故、しばらくはドアを閉めることが出来ず、士官室に張られたひもに吊して干したスカートとショーツが廊下から見えてしまっていた。おまけになかなか乾かなかったので、ミレニア姫にしてみれば、しばらく自分の失態を曝す状態となったのである。・・・しかも着替えの数が少なかったので、ミレニア姫は、2日後にそのショーツのお世話になったのだった。ヘルゼリッツがかなりしっかりと洗ったので、履いて問題が生じる可能性は少なかったが、あの失態を思い出してしまうのは何とも恥ずかしかった。黄色い染みの残ったショーツでお尻を包んでいく時、あのねっちょりとした便の感覚を思い起こしてしまい、ミレニア姫は眉をひそめると同時に、頬を赤らめたのだった。

 ガルーツ海峡を抜けた後は、潜水艦は再び公海に入ったため、比較的楽に航行することが出来るようになった。ただ、隠密行動であることに代わりはないので、ずっと水上を走り続けるというわけにも行かず、他国の船が見えると時折潜航することを繰り返しながらの航行であった。
「艦長、定時通信です。・・・どうやらアズートのデカい奴は、我々の近くまで来ていたようですね。」
 ライオットは、通信兵から受け取ったメモをコレジオに渡しながらそう言った。
「戦艦に巡戦、おまけに重巡もか・・・豪勢なこったな。まぁ、そのお陰で、追っ手が手薄になったんだろうから、あまり悪くも言えんか。」
 コレジオはメモを見ながら、半ば呆れたようにそう言った。
「ま、そうかもしれませんね。・・・それはそれとして、後はこのまま、無事シグリアにたどり着くことですね。」
 ウォーレンが海図から顔を上げてコレジオに答えた。そして再び視線を海図に戻すと、この作戦航海の出発点であり、到着点でもあるボセナ軍港を見つめた。
「うむ、そうだな。」
 コレジオは腕を組んで大きく頷いた。

「この艦には長いのですか?」
 その日の夜、ミレニア姫は、ちょうど非番であったライオットと、士官室前の廊下のところで話をしていた。
「自分は、士官学校卒業間近に紛争が起こったので、必要最低限の訓練の後、すぐ前線に出ましたが、T13(こいつ)とはそれ以来のつきあいになります。」
 ライオットは1年半ほど前の出来事を思い起こして、ミレニア姫に答えていった。
「・・・その後、色々な苦難がありましたが、T13と艦長以下の乗組員と共に、乗り越えてきました。・・・そう、かけがえのない仲間と言っていいでしょう。」
 ライオットが表情を少し緩め、天井を見上げながら語り続けるのを、ミレニア姫は横にそっと寄り添うようにして聞き入っていた。
「今回の航海も、非情に厳しいものですが、こうしてみんなで乗り越えつつあります。・・・その意味では姫様も、私にとっては、かけがえのない仲間です。」
(・・・私が、ライオット様の、かけがえのない仲間・・・)
 ライオットは最後の所だけ、ミレニア姫の方を向き、少し照れたような顔でそう言った。ミレニア姫はライオットに「かけがえのない仲間」といわれたことに、少し頬を赤らめ、喩えようのない喜びと、胸の高鳴りとを感じたのだった。
 そして日を重ねるうちに、ミレニア姫は、ライオットはもちろんのこと、他の乗組員とも次第にうち解けていき、出身地や何故海軍に入ったのか、前は何をしていたのかなど、色々な話を聞かせてもらった。船が好きだったからであったり、家が貧しかったからであったり、前は漁師だったり、はたまた職人であったり・・・動機も、出自も、人それぞれである中で、皆が共通して口にしていたのは、シグリアの風景がとても美しいということであった。
(・・・まだ見ぬシグリア・・・母様の国・・・一体、どんな所なのかしら・・・。)
 ミレニア姫はそんな話から、まだ見ぬシグリアへの思いを募らせていった。そして翌日にもシグリアに着こうかという時に、ミレニア姫はたまたま掌砲長からある話を聞いたのだった。
「え?母様がシグリアを出られた時の様子を、ご存じなんですか!?」
 ミレニア姫は目を丸くし、少し驚いて掌砲長に聞き返した。
「い、いや、知ってると言っても、ソフィア様っていやぁ、自分らに取っちゃ女神様みたいなもので、遠くから見てただけなんですがね。」
 掌砲長はミレニア姫の反応が予想以上に大きかったので、あわてて少し修正を加えた。そして遠い目をしながら、記憶をたどり、言葉をぽつりぽつりと紡ぎ出していった。
「・・・そう、シグリアの至宝とまで言われたソフィア様が、ヴェルデンにお輿入れするためにボセナの軍港から旅立たれたのは、自分が新兵だった時でした。・・・お輿入れに反対する者も多かったのですが、両国の架け橋になるんだと仰って、ソフィア様はヴェルデンに赴かれました。・・・巡洋艦の護衛をつけて、お召し艦が出港していった時、あの美しい、灰色がかったエメラルド色の瞳が、どことなく寂しそうだったことは、今でも良く覚えてます。」
 その母は、結局二度とシグリアの地を踏むことなく、この世を去った・・・ミレニア姫はそんな思いを廻らせながら、掌砲長をじっと見つめ、その言葉をしっかりと受け止めていた。
「その自分が、こうしてソフィア様縁(ゆかり)の姫様を、ボセナにお連れするってのも、何かの縁・・・って奴なんでしょうな、きっと。」
 そう言った後、掌砲長はミレニア姫の視線に気が付いて向き直り、その強面を崩して、目を細めながら語りかけた。
「・・・本当に、姫様の瞳は、ソフィア様そっくりだ。」

【母国】
「・・・!・・・見えた、見えました!シグリアですッ!!」
 見張り員が見慣れた形の陸を認め、大声で告げた。艦内にわぁっと歓声が上がり、一斉に皆の表情が緩んだ。それから数時間の後、ヴェルデン王国を出て11日目にして、潜水艦T13はようやく目的地であるボセナ軍港に到着した。極秘任務のため、片田舎の漁港などにつけるという意見もあったが、木を隠すには森がよいということで、潜水艦隊基地のあるボセナ軍港に、通常の哨戒任務を装って入港するのが良いということになっていたのである。潜水艦は建物に囲われたドックの方に誘導され、そこに係留された。建物の中には出迎えの士官や、作業員に身をやつした王宮からのお迎えが待ち構えていて、ミレニア姫を出迎えたのだった。
「コレジオ艦長、ウォーレン先任・・・いろいろございましたが、思い返せば短かったようにも思います。・・・本当に、お世話になりました。」
 ミレニア姫はそう言って、コレジオとウォーレンに頭を下げた。
「いえ・・・我々もこうして姫様を、無事国にお連れすることが出来て、大変嬉しく思います。・・・どうかお達者で。」
 コレジオはそう言って手を差し伸べると、まずミレニア姫と、次いでヘルゼリッツと握手をした。そしてミレニア姫とヘルゼリッツは、コレジオ以下の乗組員達一人一人にお礼を言い、お別れの挨拶をしていった。
「・・・ライオット様・・・あ・・・その・・・」
 ところがミレニア姫は、ライオットの前に立つと、言葉を失ってしまった。伝えたいことがたくさんあったはずなのに、何故か言葉にならなかった。二人の間に、暫しの沈黙が流れた。
「姫様・・・どうか、お達者で・・・。」
 沈黙を破ったのはライオットの方であった。ライオットが手を差し伸べ、ミレニア姫も少し俯いたままその手を取って、握手をした。するとミレニア姫は、急にもう片方の手も添えて、両手でライオットの手をぎゅっと握ると、顔を上げてライオットを見つめた。ミレニア姫の瞳は心なしか潤み、ライオットの瞳は何処かしら寂しそうな色を湛えていた。二人は暫し見つめ合った後、ライオットが小さく頷き、ミレニア姫がそれに答えて小さく頷き返すと、名残を惜しむかのようにゆっくりとその手を放した。そしてミレニア姫とヘルゼリッツは、潜水艦と桟橋に架けられたタラップを渡り、ボセナ軍港に降り立った。そう、16年前ソフィアが旅立った、まさにその地に降り立ったのである。
「・・・ミレニア姫様でございますね・・・よくぞ、よくぞ、ご無事で・・・このような格好で申し訳ございませんが、私は陛下より姫様をお迎えせよとの大命を承った、ドレヴィと申します。」
 ミレニア姫が艦を降りると、迎えの者が近寄ってきて挨拶をした。ドレヴィと名乗ったその初老の男性は、顔には満面の笑みを、目には涙を浮かべながら、ミレニア姫を出迎えた。変装のための作業服に身を包んではいるものの、身のこなしや顔立ちからは、その格調の高さがにじみ出ていた。
「ミレニアでございます。ドレヴィ様、お迎え、まことにありがとうございます。」
 ミレニア姫もそれに答えると、母の旅立った地に今、無事に立っている奇跡を思い、目から涙をこぼした。そしてT13の方を振り返ると、あの修羅場をくぐり抜けて所々破損してはいたが、その鍛え上げられた鋼の勇姿が、一際大きく見えた。
(・・・ありがとうT13・・・)
 潜水艦の側でも、負傷者を含めて乗組員全員が甲板に出て、立てるものは整列し、ミレニア姫の方を見ていた。ミレニア姫も、コレジオをはじめ、ウォーレン、掌砲長、乗組員達・・・そしてライオット・・・と、一人一人の顔を目に焼き付けていった。
「みんな、みんな、本当にありがとうございました!・・・このご恩は、一生忘れません!」
 ミレニア姫は、迎えの車に乗る前に今一度潜水艦の方を振り返り、泣きながら乗組員に礼を言った。
「総員、敬礼!」
 コレジオの号令の元、コレジオ以下41名の乗組員全員が敬礼をし、ミレニア姫を乗せた車が発車して、見えなくなるまで見送った。ミレニア姫も、T13の姿が見えなくなるまで、車の後ろの窓からずっと見つめていたのだった。

 ミレニア姫は途中で車を乗り換え、偽装しながらドレヴィの別荘に到着した。ここではじめてミレニア姫は、ドレヴィがシグリア国王が厚い信頼を寄せている伯爵であることを知った。またミレニア姫の存在は、外交上しばらく伏せる必要があったため、ドレヴィの別荘にしばらく預けられ、ヘルゼリッツと共にそこに逗留することとなったのである。ただ、ヴェルデンにいた時と同様であったとはいえ、主従の別がつけられ、ヘルゼリッツとは別の部屋となっていたのには、一抹の寂しさがあった。
 そこであてがわれた部屋は、潜水艦の士官室とはうって変わって、非常に広く快適で開放感に満ちていた。窓の所に立つと、外は暗くなりつつあったので、辺りの様子ははっきりとは判らなかったが、ミレニア姫にあてがわれた部屋は、見晴らしも良さそうな感じであった。また、バスルームに行くと、こちらも広く清潔感に溢れており、白い陶器製の便器には便座に美しいカバーまで掛けられていた。
(・・・あ・・・やだ・・・何だか、したくなって・・・)
 快適そうなお手洗いをみて、体の緊張が解けたのか、ミレニア姫は急に便意を覚え、便器の蓋を開けるとスカートを捲ってショーツを降ろし、便器に腰掛けた。便座にカバーが掛けられているので、座ったときに冷たさや固さを感じることもなく、今までと違うと言うことを、肌でも感じ取ったのであった。
・・・ムリッ・・・ムリムリムリムリムリッ・・・
「・・・んぅっ・・・んっ、んぅ〜ん・・・」
 ミレニア姫が軽く息むと、通常便よりもやや固めの便が、さしたる抵抗もなく排泄されていった。便が通過する時に感じていたお尻の穴の痛みも、既に感じなくなっており、至極健康的で自然な排便であった。
(・・・ふうぅ・・・普通にしたくなって、普通に出せることが、こんなにもありがたいなんて・・・)
 潜水艦の中では、お手洗いに嫌悪感を感じて出したい時に出せず、かと思えば出したいのに出ないという、のたうち回るような苦しみを感じ、挙げ句の果てに失禁までするという、まともな排便の記憶がなかったのである。その結果、産まれて初めて痔の薬のお世話にまでなるという、恥ずかしく、悩ましい体験までしてしまっていた。
カラカラカラカラ・・・ピィイイィッ
 別荘のトイレに備えられたトイレットペーパーも、しなやかで柔らかく、とても質の良いものであり、拭く時の肌触りに雲泥の差があった。多少強く擦っても、ペーパーの方がそれに追従してしなり、痛みを感じることはまず無かった。そして拭き終わって、ペーパーを便器の中に投げ入れ、便器の中を見ると、バナナ状の健康的な便が何本か水の中に沈んでいた。それを見て表情を緩めると、ミレニア姫は洗浄レバーを降ろして流したが、次いで思わず排水ポンプのボタンを探してしまったのである。
(・・・あ!・・・そうでした・・・それは、もうしなくても良かったのですね・・・)
 考えてみれば、普通のトイレにそのようなものがあるはずがない。ミレニア姫は、11日間という時間の中で、潜水艦の流儀が身につきかけていた自分に、苦笑いをしてしまったのだった。
 トイレから出ると、ミレニア姫は、引き続いてシャワーを使わせてもらった。ミレニア姫は、身につけていた少し薄汚れた服を脱ぎ捨て、産まれたままの姿になり、バスタブの中に入った。そして蛇口をひねると、温かいお湯が恵みの雨のように、ミレニア姫に降り注いだ。
(・・・はぁぁ・・・気持ちいい・・・)
 シャワーでたっぷりのお湯を浴びるのは実に12日ぶりで、色々なものがお湯と一緒に流れ落ちていくような気がした。ミレニア姫がそうして体の隅々まで洗い清めているうちに、ドレヴィ家の侍女達は、ミレニア姫の着替えを用意した。そしてシャワーから上がって用意された服に着替えると、ミレニア姫は、ようやく人心地が付いたような気がしたのだった。そしてお日様の臭いのする、柔らかく暖かいベッドに身を埋めると、程なく深い微睡みの中に沈んでいったのであった。

 一夜明けて目を覚ますと、まだ覚醒しきらぬ曖昧模糊としたミレニア姫の意識の中で、様々なものが去来していた。ヴェルデン王国のこと、亡き両親のこと、内紛に巻き込まれたこと、城から脱出してここまで命からがら逃げてきたことなど・・・そしてその全てが、ついこの間の出来事のように思い起こされた。
「姫様、お目覚めでございますか?」
 ミレニア姫が両手で顔を覆って思い詰めていると、突然声がして部屋のカーテンが開けられ、まばゆいばかりの光が射し込んで来た。ミレニア姫がその目映さに目をしばたたかせているうちに、窓が開け放たれ、まるで誘うように一陣の風が部屋の中に吹き込んだ。ミレニア姫は、目が光に慣れてくると、窓からこぼれる日の光に誘われるようにベッドを降り、窓の方へと向かった。
(・・・!・・・あぁ・・・なんて美しい・・・)
 別荘の窓からは、まるで一枚の絵画のような、とても美しい風景と町並みが見渡せた。T13の乗組員達が口々に言っていたことが実感され、しばらくその光景を眺めているうちに、ミレニア姫は、どこかで見たようなデジャブに襲われた。そして目を閉じて思い起こすと、それが幼い頃に母から聞かされた、光景そのものであることに気が付いたのだった。
「・・・あぁ・・・ここが、シグリア・・・母様の国・・・。」
 視界がぼやけたと思うと、ミレニア姫は、涙が溢れてきているのに気が付いた。風景に亡き母の面影が重なり、それが消えていった後に、今度はT13の乗組員達の顔が、次々と浮かんでは消えていった。そして最後に、微笑みを浮かべる品のある整った顔が浮かび上がる。その人物の瞳は、吸い込まれそうなほど深く、優しい。
「・・・ライオット様。」
 ミレニア姫は、灼けるように胸が熱くなるのを感じたのだった。

「逃した・・・か。」
「は、残念ながら、そのようです。」
 高級将校の報告を受け、ヴェルデン王国の宰相は、表情を変えずにポツリと呟いた。命令を出して二週間、ヴェルデン王国の王宮には、未だミレニア姫の身柄を確保したとの情報は入っていなかった。その一方で、駆逐艦隊がガルーツ海峡で、潜水艦と交戦したという情報が上がって来ており、シグリアに損傷した潜水艦が入港したという情報も、つい先ほど王宮に伝えられていた。
「・・・おそらくシグリアも、わが国の領海を侵犯し、要人を連れ出したのだから、しばらく表沙汰にすることはあるまい。」
 シグリアに、まんまとしてやられた・・・そう確信した宰相は、そう言った後に、ふぅ、と小さく息をついた。そして片方の眉を少し吊り上げて、皮肉っぽい口ぶりで話を続けた。
「しかし、ある程度の介入は予想しておったが、アズートがここまで露骨に関わってくるとはな・・・まぁ、今の内はせいぜい、人の不幸を喜んでおればよい。」
 事実アズート共和国は、艦隊だけではなく、陸上部隊や飛行隊まで出して、徹底した妨害工作を行ったのであった。その気の入れ用は、ガルーツ海峡に方面艦隊旗艦の大型戦艦まで回したことからも、普通ではないことがよく判った。
「閣下、厳戒態勢の件と、ミレニア姫の件とは、今後如何いたしましょう。」
 先に出された命令は、未だ解かれておらず、各方面軍は厳戒態勢をとり続けている。高級将校は、当面の目標を失った今、その継続の是非について宰相に尋ねた。
「厳戒態勢については、アズートの動きが気になる今、解くことは出来ん。ミレニア姫の件については、手を離れてしまったものを、嘆いていても仕方あるまい。・・・なに、今度はシグリアと再び手を結ぶ時の、手札として使わせてもらおう。・・・兄上であるシィルナス王太子殿下を、懸命に守ろうとされたように、メラニア女王陛下はああ見えて、身内への情に脆いところがおありになる。今後シグリアと手を結ぶ必要が出た時には、陛下の情を揺さぶり、場合によっては王太子殿下も担ぎ出せば良かろう。ミレニア姫とて、陛下と王太子殿下から声をかけてきたとあれば、無下には出来まい。」
 宰相は、まるでその結果をも想定していたかのように、淡々と語っていった。
「なるほど・・・しかし、それはそれといたしまして、あのグラント大佐が取り逃がしたという獲物・・・気になりますね。」
 高級将校は、今後シグリアと対応する上で、その海軍力が脅威になりうると感じ、懸念を口にした。
「んむ、思いの外・・・侮れん、ということだな。」
 宰相は少し渋い顔をした後、シグリア海軍の力を率直に認め、これから起こりうる状況についての、戦略の練り直しに思いを馳せたのだった。

 それから1月ほどして、艦の乗組員達はコレジオ以下、任務を成功させた功績で、階級が特別昇進した。公には出来ぬ作戦であったため、その授与自体は通常の昇進の時とさして変わらぬものであった。ただ特に難しい国際情勢の中、ヴェルデン王国精鋭を相手に上手く凌いだコレジオとウォーレンの手腕は、王宮から高く評価され、コレジオは潜水艦隊司令部の幕僚に、ウォーレンは間もなく就役する新型潜水艦ネプチューン級1番艦の艦長に抜擢されることとなった。しかし現場主義を貫かんとするコレジオは、幕僚となることを辞退し、再び一潜水艦の艦長として現場に戻っていった。
 ライオットは中尉に昇進したが、負傷したことを理由に潜水艦乗り組みから外され、艦隊司令部付きの士官となっていた。品のある整った顔に、額から左眉の上辺りにかけて大きめの傷痕が残り、顔見知りの同僚達からは、面構えが良くなったといってからかわれていた。
(・・・姫様は、今頃どうしておられるだろうか・・・。)
 ライオットは、秋の高い空を眺めながら、ミレニア姫に思いを馳せた。日常の中にも、心のどこかにぽっかりと穴が開いたような気がしていた。ライオットも、ミレニア姫の存在が、短い間にとても大きくなっていたことに気がついていたのだが、公的に伏せられた存在のために何処にいるのかさえ判らず、歯がゆい思いをしていたのである。
(・・・しかし、あれは任務だったのだから・・・忘れるしかあるまい・・・。)
 任務である以上、あれも仕事のうち・・・そんな風に、無理矢理想いを振り切ろうと頭を左右に振っていたライオットに、声をかけるものがいた。
「あぁ、ライオット中尉。」
 それは艦隊司令部の奥の方から姿を現した、参謀将校であった。
「え?あ・・・し、失礼いたしました、大佐殿。」
 ライオットはあわてて姿勢を正し、上官に敬礼をした。
「君にこれからすぐに、ここへ行ってもらいたい。」
「はっ!了解いたしました。」
 大佐はライオットに行き先を記した書類を渡し、ライオットは敬礼してその書類を受け取ると、直ちにその場へと向かった。

 ライオットが向かった先は、名のある者の館らしい所であった。ライオットはその館の、光溢れる客間に通され、待っている間に窓から外を眺めると、一枚の絵画のような、とても美しい風景と町並みが見渡せた。
(・・・美しい眺めだな・・・任務で来ていることを忘れてしまいそうだ・・・。)
「・・・もう、お加減はよろしいんですの?」
 ライオットが目を細めて風景を眺めていると、突然後ろから声をかける者があった。ライオットがその聞き覚えのある声にハッとして振り向くと、一人の少女が立っていた。淡く明るい茶色をしたセミロングの髪に、白く透き通る肌、そしてやや灰色がかったエメラルド色の瞳・・・それは間違いなくその人のものであった。そう、そこには目を潤ませながら、にっこりと笑ったミレニア姫が立っていたのである。
「ひ、姫様!・・・ど、どうして、こちらへ?」
 ライオットは現れるとは思っていなかった人物の出現に、目を丸くし大いに狼狽えながら、小さな声でそう答えた。しかし、その表情は喜びに満ち溢れていた。
「お久しぶりでございます、ライオット様。」
 ミレニア姫がそう言うと、二人はそれを合図に、まるで磁石が引き合うように近より、互いの手を取って見つめ合った。
「・・・姫様、息災でいらっしゃいましたか?」
「えぇ、おかげさまで・・・ヘルゼリッツは、その後入院してしまったのですが・・・。」
 ヘルゼリッツは疲れが一気に出たためか、しばらく寝込んでしまったのだった。おまけに無理が祟って痔が悪化してしまい、体力が回復したところで手術を受けたために、入院が長引いていたのだった。
「そうでしたか・・・連絡を取りたくても、姫様のことは何から何まで伏せられていて、歯がゆく感じていたのです。でも、こうして息災でいらして・・・何よりです。・・・しかし、私は命じられてここに来たのですが、これは一体・・・。」
 ライオットは、心に空いた穴が埋められ、満たされていく気持ちを感じたが、一方で自分がここに行くよう命じられた理由が判らず、ミレニア姫に尋ねた。
「・・・私がお願いをして、お呼びしたのです。」
「え?」
 ミレニア姫は、少し申し訳なさそうな、それでいて照れたような表情をして、ライオットに答えた。ライオットは驚いて、言葉こそ詰まらせたが、同時に胸がどうしようもなく高鳴るのを覚えた。
 ・・・ミレニア姫にとってドレヴィの別荘は、快適さでは潜水艦と比べるべくもなかった。しかし、かしずいてくれる者はいても、どことなく孤独な感じがして、とても寂しい思いをしていたのである。その中でミレニア姫は、想いを寄せているのみならず、自分のことを「かけがえのない仲間」とまで言ってくれたライオットに無性に会いたくなり、ドレヴィ伯爵にお願いをして、ライオットを呼び寄せてもらったのだった。
「お会いしたかった・・・とても・・・。」
 ミレニア姫はライオットにそっと身を預け、その胸に顔を埋めた。潜水艦で苦しかった時も、死の恐怖に怯えた時も、ライオットが側にいてくれると耐えられた。それが何故なのか、それが何なのかは判らなかったが、ミレニア姫は、その不思議な力の存在を確信していた。
「姫様・・・私もです・・・。」
 ライオットもそれに応えるように、ミレニア姫の小さな体をぎゅっと抱きしめた。ライオットもまた、ミレニア姫と共にあり、その温もりを確かめることで、自分がより強く、より優しくなれるような気がしていたのである。
 国際情勢は予断を許さず、今後どうなるかは判らない。ミレニア姫の存在も、公的には未だ伏せられたままである。しかしミレニア姫とライオットは、この「母国」シグリアで、共に死線を越えたかけがえのない人と、新たなスタートを切ることを心に決めたのだった。・・・この先どんな苦難が待ち受けていたとしても、二人でならば、きっとまた乗り越えることが出来る・・・と。

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あとがき

 皆様はじめまして。LSLと申します〜。長々とした拙作をお読みいただき、まことにありがとうございますm(_ _)m。
 日頃お世話になっておりますメルティ様に、何か吐き下し・・・もとい書き下ろしをお送りしなくてはと思い、ネタを探しておりましたところ、「第二次世界大戦勃発前の潜水艦は、深深度潜航中にトイレが使えないものが多かった」という話にでっくわしたのです。そのネタで行こうと決めたのはよいのですが、それがまさかここまで膨らむとは・・・私自身、思ってもみなかったことでございます〜。
 ご都合主義な所も多いですし、ツッコミどころは満載かと思いますが、もしも皆様が、お読みになって楽しんでいただけたならば幸甚です。最後になりましたが、拙作を為すに当たって貴重なご意見を賜ったばかりか、ご掲載までして下さったメルティ様に、心から感謝いたしますです〜。
 ではでは〜。

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解説

 LSLさんからいただいた通称「潜水艦もの」の大作です。ミリタリーを扱ったスカトロ小説は数少ないですが、その中でも初と思われる潜水艦の中での排泄を扱った意欲作になります。初めての試みにもかかわらず世界観やメカニックなどの設定も奥深く、完成度の点でも追随を許さない一品です。

 男社会の軍隊に女性をどう絡めて行くかが問題ですが、今回は政情不安による国外脱出という状況を作り、訓練を受けていないお姫様が潜水艦で移送されるというものになっています。軍人の女の子にしてしまうとどうしても任務優先で羞恥心が軽視されがちですが、キャラクターの魅力を失わずに特殊シチュエーションを実現した巧妙な設定ですね。
 メインヒロインであるミレニア姫の排泄シーン6回は便質もシチュエーションも多岐にわたっており、いずれも見逃せないシーンに仕上がっています。サブヒロインのヘルゼリッツはLSLさん得意の痔描写が全開で、好みの方にはたまらない内容になっていると思われます。

 背景設定の方は国家情勢、メカニックともにかなりの広がりを持っているようで、脱出行の背景となった紛争の設定や潜水艦の世代別の性能など、かなり細かい設定もあるようです。さらには世界観を生かした別作品の構想もあるそうで、今後の展開にも一層期待しております。

 最後になりましたが、独創性・完成度ともに優れた大作をご寄贈くださったLSLさんに改めて御礼を申し上げます。

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設定集

男性キャラとメカニックの設定を冒頭に載せられなかったので、こちらに記載いたします。

【男性キャラ】

コレジオ
 35歳(男)、シグリア王国海軍少佐。身長181cm。
 潜水艦T13の艦長。平民出身で体格が良く、物事に動じないおおらかさを持つ。それ故、乗組員達からは厚い信頼を寄せられている。アズート共和国との紛争時には、敵艦の撃沈実績が無かったため、他国にはあまり知られていない。しかしその実態は、極秘連絡・偵察任務をこなすなど、隠密行動を得意とする隠れたエースである。

ウォーレン
 31歳(男)、シグリア王国海軍大尉。身長185cm。
 潜水艦T13の先任士官(副長)兼航海長。下級貴族出身で、さわやかな感じのする好青年。貴族出身の将校の割に高飛車なところがなく、細かいことにこだわらないが、怒ると結構怖いタイプ。コレジオ艦長とのコンビは2年あまりにおよび、その優秀な右腕として、紛争時より活躍。

ライオット
 22歳(男)、シグリア王国海軍少尉。身長171cm。
 潜水艦T13の通信長兼航海士。下級貴族出身で、品のある整った顔立ちをしており、武人にしては華奢な印象を持たれやすい。本人は少しそれを気にしている。紛争が勃発したため、士官学校を出てすぐに士官候補生となり、半年後少尉に昇進。そしてT13に乗り組み、1年あまりの実戦を経験している。

【その他の設定】

潜水艦T13
 シグリア王国海軍の潜水艦部隊であるシュタールガイスト(鋼鉄の幽霊)部隊に所属する、トリトン級潜水艦の13番艦。国際的に見れば旧式になりつつある潜水艦だが、水中運動性が高く、シグリア海軍の主力潜水艦となっている。

トリトン級潜水艦
 全長60m、基準排水量(水上)700t
 兵装:魚雷発射管5門(艦首4門、艦尾1門 搭載魚雷10本)、
    8cm砲×1、機銃×1
 速力:水上15ノット/水中7ノット
 航続距離:水上10ノットで6,500海里/水中4ノットで60海里
 安全潜航深度:100m(最大150m)
 乗員:40〜44名(うち士官4名)
 連続潜水時間:約18時間
 作戦行動日数:20〜25日


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