つぼみたちの輝き Story.6
「ホワイト・トライアングル」
早坂ひかり
おなかが弱く、すぐ下痢をしてしまう小柄な少女。
遠野美奈穂
ひかりのクラスメート。その姿はまるで小学生。
香月幸華
美奈穂の親友。二人のお姉さん役を自称している。
「うぅっ……」
うめき声が外にもれないよう、歯を食いしばる。
ひかりは……今日何度目かわからない便意を、必死にこらえていた。
1−3担任の朝倉先生自らが担当する、数学の授業。内容は一次方程式の初歩。朝倉先生の授業は決まって最後15分が演習になるため、みんな黙々と問題を解いている。これをちゃんと提出しないと、放課後までに倍の量の問題をこなさないといけない。
「……早坂、手が動いてねーぞ?」
教室を巡回していた先生が、ひかりの席の横で足を止める。
ひかりはノートと教科書を机上に開いたまま、前かがみでおなかを押さえて座り込んでいたのだ。
「あ……も、もう終わりましたから……っ……」
かすかに上を見上げ、先生に言葉をかける。
その言葉のとおり、ひかりのノートには方程式を解いた証……x=5, x=15/2などの行が、いくつも並んでいた。ただ、几帳面さを滲ませるその文字は、ところどころ震えるように歪んでいる。
……もちろんそれは、便意に耐えながら問題を解いていたことによるものである。
演習に入った瞬間にもよおし始めたひかりは、便意が切迫する前に必死に問題を解きまくった。
もともと数学が得意なひかりが、おもらしを避けるためのこととはいえ全力で問題を解いていく。全部の問題を解き終わるのには、わずか5分ほどしかかからなかった。
だが、だからと言って便意から解放されるわけではない。おなかの痛みは時間を追うごとに激しくなり、授業時間5分を残して、両手で抱え込まないと耐えられないほどのひどさに達していた。便意の方も、外から押さえるほどではないものの、張り詰めた力を抜けばたちまち大惨事を引き起こす程度にまで高まっている。
先生の言葉にしたがって手を離せば、おなかの痛みという刺激がどんな結果を招くかわからなかった。
「……んなら、まーいいけどな。時間余ったら、他の問題でもやっとけよ?」
「は……はい……わかりました……」
もはや声を出すのもつらいといった様子である。だが、やることさえやればあとはどうでもいいという朝倉先生の言葉が、ひかりを救った。
「くっ……ふぅっ……」
かすかなうめき声がもれる。
グギュルルルルルルルルッ……。
かすかでは済まない、おなかのうごめく音も……。
「おーいおい。腹減ったのはわかるが、あと5分くらい我慢しろや」
先生の言葉。対象が明言されたわけではなく、当然、その音の発生源がひかりだと気付くものはいない。
うつむいた頬がかすかに赤くなり、閉じられていた目がさらに強くつぶられたのを目にしない限り……。
キーンコーンカーンコーン……。
「よーし終了。後ろから集めてこーい」
その言葉とともに、各列の最も後ろの生徒が演習問題の用紙を回収していく。
「……っ……」
ひかりはそのわずかな待ち時間を、目をつぶって必死に耐えていた。
(あと少し……あと少しで……おトイレ……)
ギュルギュルギュルッ……。
容赦ない便意を生み出しつづけるおなかをさすりながら、ひかりは必死に耐えつづけた。
「よし、じゃあこれで終了。次の授業、遅れないようにしろよ」
先生の声。
2時間目の終了と同時に、クラス中がざわめきだす。
その中、一人こっそりと教室を抜け出し、トイレに駆け込む小さな姿があった。
(は、早くしないと……もれちゃう……)
迫りつつある限界を感じながら、ひかりはトイレによろよろと入っていった。
「え……うそっ……!?」
トイレの中は、先に授業が終わった他のクラスの生徒で一杯になっていた。個室も全て使用中。中では、4人の女子が順番待ちをしている。
(個室4つだから……あと3分以上……? ……もう、そんなに我慢できない……)
絶望が広がっていく。
今まで……必死に頑張って我慢してきたのに。
「うぅ……っ……」
グギュルルルルルルッ……
おなかが最後通告を出してくる。ひかりには、もう抵抗する術は残されていなかった。
「……ひかりちゃん? ひかりちゃんじゃない!?」
「え……」
(幸華……ちゃん……?)
見覚えのある顔。もはや親友といってもいい、香月幸華の顔だ。
「え……ちょっと!? 顔、真っ青よ? それに、汗びっしょり……」
「うぅ……あぁぁぁっ……」
状況を説明しようとしても、声にならない。
もう、片手をおしりに当てなければどうしようもないほどに便意が切迫していた。
「ひかりちゃん……その……とにかく……トイレ、先入って!」
幸華が、その様子を察して声をかける。他人に気が回る幸華ならずとも、ひかりの状態は一目瞭然だろう。青ざめた顔、浮かぶ冷や汗、そして押さえられたおなかから発せられるうなり。すさまじい便意に苦しんでいることは明らかだった。並んでいるほかの女子も、ひかりを見てささやきあっていた。
「ごめん、この子先に入れてあげてくれない?」
「あ……うん。いいよ」
「なんか限界って雰囲気だし……」
そう言っている間に、個室が一つ開いた。
「ほら、入って!」
「う、うん……ごめんなさ……うぅっ!!」
グルルルルルルルッ!!
ものすごい便意の波に、ひかりが両手をおしりに当てて中腰の我慢体勢をとる。
「ほ、ほら早くっ!!」
「う……うん……」
片手は離さぬまま、開かれた個室に転がり込むように飛び込む。もう一方の手で扉を閉め、スカートを上げ、ショーツに手をかける。
そのショーツが下ろされ、形や大きさはかわいらしいながらも、痛々しいまでに震えている肛門が露わになった瞬間……。
「んぅぅぅっ!!」
ビチビチビチビチビチビチッ!!
ブリュブシュシュシュシュシュッ!!
ブビビビビビブリリリブビュブビュブビュッ!!
便器の中に向かって、ものすごい勢いで茶色の濁流が叩きつけられた。水道の蛇口を全開にしたのと変わらない勢いで、完全に液状化した便が途切れることなく注がれていく。
「くぅっ…………うぅぅぅぅっ!!」
ブジュブジュブジュッ!! ブリィィィィィッ!!
ブリュルルルルルルルルッ!! ブビブビブビッ!!
ビチビチビチブビビビビッ!! ブビュルルルルルルッ!!
ジュブブブブビビビビッ!! ビチビチビチブリリリリリリッ!!
……ものすごい排泄だった。
個室に飛び込んで1分もしないうちに、便器の中には白い部分も透明な水もなくなっていた。ひかりが排泄した大量の下痢便は、便器の中を一面埋め尽くしていた。
これだけ大量の液状便。それをおなかの中に溜め込み、かろうじてもらさずに耐えていたひかりの苦痛、いかばかりであっただろう。腸がねじられるような激痛と、水道の蛇口を指一本で押さえるに等しい強烈な圧力。普通の女の子なら、とても我慢できるものではなかっただろう。
朝から、おなかの調子は最悪に近かった。起き上がることもままならない強烈な便意で目が覚め、部屋に備えてあるおまるの中に、軟便を浮かべた茶色い液体をほとばしらせた。便意が落ち着いたあと、おまるの中の汚物を流そうと入ったトイレの中で、今度は完全に液状の便を排泄。その後も数分周期でトイレに駆け込み、液状化した排泄物を垂れ流していた。
あまりのひどさに隆は学校を欠席することを勧めたが、それだけ出すとやや具合も落ち着いたのか、少量の水とスープにつけたパンだけをつまんで、隆に付き添ってもらって学校に向かった。期末試験前で、授業も追い込みの時期。できるなら休みたくなかった。
だが学校でも、始業前に2回、それから、1時間目の音楽の時も授業中にもよおし、休み時間になると同時にトイレに駆け込んでいた。その時にも、決して少なくない量のものを出したはずだが……。
それでまだ、これだけ大量の液状便が……。おなかの中は、どれほどひどい状態になっているのか……。梅雨入りして気温の変化が激しい日が続いている、その影響をひかりの身体はもろに受けてしまっていた。
「うぅ……」
げっそりした顔で出てくるひかり。もう、おなかの中は何も残っていない……そんな感覚。しかし腹痛はまだ治まらない。そしてさっきまでも、ほどなく新たな便意をもよおし始めてしまったのである。
「ひかりちゃん……大丈夫?」
まだ個室の外で待っていた幸華が、声をかけてくる。
「あ……うん…………間に合ったの、幸華ちゃんのおかげだから……ありがとう」
「気にしないでいいって。困った時はおたがいさま」
「ごめんなさい……わたし、迷惑かけてばっかりで……」
「だから、そんなんじゃないって言ってるでしょ?」
ポン、と肩を小突く幸華。ひかりの小柄な身体は、それだけで後ずさってしまう。
「………でもさ、ひかりちゃん……この前もおなかこわしてたでしょ? 大丈夫なの?」
「え……? う……うん……だいじょうぶ……」
ちょっと声が裏返ってしまう。
「本当に大丈夫? もう痛くない?」
「あ……ま、まだちょっとおなかは痛いけど……」
「……そっか。これから調理実習だから、できたらひかりちゃんにも食べてもらおうと思ってたんだけど……ちょっと無理かな」
「うん……ごめんなさい…………」
「謝ることないわよ。……無理しないで、具合悪くなったらちゃんと保健室に行くのよ? あたしも、いつも都合よくついてられるわけじゃないんだし」
「うん……ありがとう、幸華ちゃん……」
その声とほぼ同時に、個室が開く。
「気にしないで。じゃ、またね」
そう言って、幸華は個室の中に入っていった。
残されたひかりは、周りから舐めまわすような視線を感じた。
(さっきの音……)
おしりから爆発するように放出してしまった液状便の音。それを、外で待っていた子たちも聞いていたに違いない。
ひかりは今さらのようにやってきた恥ずかしさに顔を赤らめながら、手を洗ってトイレを後にした。
「ん……? 早坂、遠野、牛乳飲まねーのか?」
給食の時間。桜ヶ丘中学校では、給食の時はクラスに6つある班ごとに机をまとめて、先生もそのどれか一つに加わる形で食べることになる。生徒同士、および生徒と先生の親睦を深めることを目的とした決まりであった。
今日は、ひかりや美奈穂がいる、中央前側の班に、担任の朝倉先生が来ていた。
朝倉領一。一流国立大学の大学院を出たという話で、数学にかける情熱はすさまじいものがある。だがそれ以外にはとんと無頓着で、頭はボサボサだわ、ネクタイは曲がるは、ズボンはシワだらけだわ。白墨を握っていなかったら、ただのだらしない男である。
ただ、生徒指導への熱意という点では他の先生に劣っていない。自分のことより生徒のことにに気を配っているといっても過言ではなかった。
「え……」
「牛乳。開いてねーだろ?」
そう指差す。指摘の通り、ひかりと美奈穂の机に置かれた牛乳は、そのフタさえ開けられていなかった。
「えっと……みな、牛乳飲めないの……」
「その……わたし、今日はおなかが痛くて……」
それぞれ言い訳をする。
「んなこと言ったって、飲まないと身長も伸びねーぞ」
「はい……わかってるんですけど……でも……」
「みな、牛乳飲むくらいならこのままでいいよ……」
「……全部じゃなくていいから、半分でも一口でも飲んでみな。口もつけないよりはましだろ」
「う……」
「あ……」
顔を見合わせるひかりと美奈穂。
(ひかりちゃん、どうしよう……せんせー、ゆるしてくれなそう……)
(うん……やっぱり、少しだけでも飲まないといけないみたい……)
「……わかりました……」
ひかりが小さくつぶやき、牛乳のフタをポコっと開ける。美奈穂もそれに続いた。
「うぅ……」
目の前の瓶にたっぷり入った白い液体。胃腸の弱いひかりにとって、冷たい牛乳は即、下痢の原因となりうる。ましてやこのようなひどい体調の時に飲めば、その結果は火を見るより明らかだった。
だが、そのために事情を説明するのもはばかられる。仮にも男の先生に、自分が腹を下していることを事細かに報告することなどできない。結局、少量だけ飲むことでごまかそうという結論に至ったのである。
「んっ……」
ゴクッ……。
………。
………………ドクン!!
「くぅっ……!?」
嚥下した液体が胃に達すると同時に、身体中にものすごく熱い衝撃が走る。
その衝撃に身体全体が震えだす。
(……だめ……これ以上飲めない……)
「先生……すみません……わたし、もう……」
「みなも……みなももう飲めない……」
ひかりと美奈穂が同時に牛乳を机に置く。ひかりの方は本当に一口分、美奈穂はそれより多いものの、半分も減ってはいなかった。
「仕方ねーな。ま、徐々に慣らしてこうな」
「は……はい……うぅっ……」
ギュルルルルルルッ……。
おなかから、もう聞きなれてしまった不気味な音。
2時間目の休み時間にトイレに駆け込んで以来小康状態を保っていたおなかが、今の牛乳の刺激で下りだしたのだった。
ゴロゴロゴロゴロッ……。
「……!?」
ひかりは、やがておかしなことに気がついた。
おなかが鳴る時には腸が動く感覚を感じるものだが、それとは別に似たような音が鳴っている。
「んっ……」
脇を見ると、美奈穂がおなかを押さえて苦しんでいる。
あれだけおいしそうに食べていた机の上の給食も、牛乳を飲んで以来全く箸が進んでいなかった。
(……美奈穂ちゃんも……? でも、午前中は何ともなかったはずなのに……)
午前中、美奈穂はあふれだすほどに元気で、机に突っ伏しがちだったひかりのそばをくるくると駆け回っていた。
それが、おなかを押さえ、身体を震わせて、まるで、おなかをこわした時のひかりと同じような姿をさらしている……。
「美奈穂ちゃん……だ、大丈夫……?」
痛むおなかを押さえながら、ひかりは美奈穂に声をかける。自分も決して楽な状態ではないが、美奈穂のこの急変はあまりに心配だった。
「うぅ……おなか痛い……痛いよぉ……」
「美奈穂ちゃん……っ!!」
グギュルルルルゴロロロロッ……
ゴロロロロログルルルッ……
二人のおなかからは、重苦しい音が周りに聞こえるほど大きな音で響き出していた……。
グルルルルルッ……!!
「ぁっ!!」
先に限界を迎えたのは、美奈穂のほうだった。
おなかとおしりを押さえて、椅子から腰を浮かす。
「せんせー……おトイレ……みな、もうがまんできないのっ……」
「な……きゅ、給食終わるくらいまで我慢できないのか?」
朝倉先生が驚いた声を上げる。
「むりだよぉ……もう、もうもれちゃうっ……」
「わ、わかった……行ってこい」
「うぅっ……おトイレ、おトイレっ!!」
そうつぶやきながら、美奈穂は教室を駆け出していった。
「あ、あの、先生……わ、わたしも……おトイレに行っていいですか……」
「早坂もか? ったく、仕方ねーな……いいよ」
「はい……すみません…………失礼しますっ……」
ひかりもトイレに走る。
便意の切迫具合が違ったのか、ひかりは小走りをする程度の余裕はあったが、美奈穂は早歩きが限界だった。ひかりは、トイレの入口で美奈穂に追いつくことになる。
「美奈穂ちゃん……大丈夫?」
「ひ、ひかりちゃん……もうだめ、もうもれちゃうっ……」
「あ、あと少しだから頑張って……うっ……」
ゴロゴロゴロゴロッ……。
もはやどちらのものかわからないおなかの音がトイレ中に反響する。
「おトイレ……早く……早くっ!!」
そう叫びながら個室に駆け込む美奈穂。
(美奈穂ちゃん……大丈夫かな……ううっ……)
美奈穂への心配と、自らの便意の板ばさみになりながら、静かに個室に入るひかり。
二つの個室の扉が閉められた後、まもなく……すさまじい排泄音が、トイレの中全体に響き渡った。
ブジュジュジュビチビチビチビチッ!!
ジュブリュリュリュリュッ!! ブバババババババッ!!
「くっ……ふぅっ……」
ブビビビビビブリリリリリリッ!!
ビチビチブジュビィィィィッ!!
ブリュッ……ブチュッ!!
個室の中のひかり。和式便器にしゃがみこんで、必死に身体の中の汚物を吐き出している。
「うぅぅぅ………っ!!」
ブリブリブリビッ!! ブジュルッ!!
ブチュッ!! ブピッ……!!
さすがに午前中に何度も下しただけあって、程なくその排泄は収束を見せ始めた。
それでも、便器の中を茶色の汚水で染め上げ、個室内を異臭で満たすだけの量はあったが……。
「ふぅ……んっ!!」
ブビチュッ!!
最後の一滴をおしりから溢れさせ、ひかりの便意がとりあえず治まりきった。
紙を手に取る前に、そのままの体勢でおなかの具合を探る。
ブビブビブビブビーーーーッ!!
「…………あっ……」
隣の個室からだった。美奈穂が入ったはずの個室からは、いまだ激しい排泄の大音響が響いていたのである。
便意の高まり具合、そしておなかの内容物の量、いずれもひかりを上回っていた美奈穂。その排泄のすさまじさは、筆舌に尽くしがたかった。
「んっ……もれちゃうよっ……」
全力でおしりを押さえながら個室に飛び込んだ美奈穂。クマさんのプリントがついた厚手のパンツを下ろし……それが限界だった。しゃがみこもうとする途中で、排泄が始まってしまったのだ。
「あぁっ……だめっ!!」
ムリュリュリュリュリュッ!!
おしりの穴のすぐ近くまで達していた硬質の便が、すごい勢いで押し出されてくる。数日来排便をしてなかったため、その先頭は水分を失ったコロコロの便がさらに圧縮された状態だった。かなりの固さと太さを保ったこげ茶色の汚物が、撃ち出されるような勢いで飛び出していく。
ブボッ!! ブリリリリリリリリリリッ!! ブジュビッ!!
「うううううあああっ!!」
おしりの穴を、ものすごく熱いものが駆け抜けていく。最初の固めのうんちは、後になるにつれて水気をどんどん増していき、ついには一本としてのつながりをなくす柔らかさに達し、便器の中にどさりと横たわった。後ろ半分は崩れかけているが、便器の水の中で二重三重に曲がりくねり、その存在感をありありと示している。
この一本だけでも、美奈穂の小さな体から出たものとは信じられなかった。
だが、これは排泄の終わりではなく始まりに過ぎなかったのである。
「くぅぅぅぅっ!!」
ビチビチビチビチビチッ!! ブリリリブビビッ!!
ジュブビビビビブリィィィッ!! ブビブビブビブビブブブブッ!!
ブブビチビチビチブッ!! ブリュブビビビブビッ!!
ほとんど形を保っていない、まるでミートソースのような軟便が、便器の中の固形便の上に降りそそいでいく。色も見る間に薄くなっていき、出始めのこげ茶色から赤っぽい茶色に、そして、黄色みと白っぽさを増した黄土色へと変わっていった。
その黄色っぽいうんちが、すでに出したものの上を覆っていく。最初はその固形便の形をなぞるように、表面を覆っていっただけだが、やがて軟便自体の量が多くなり、肛門の真下に山を作り始め……ある程度の高さになった時点で、粘性のなくなりかけたそれはじわじわと崩れ、最初の固形便を完全に埋めてしまった。
「はうぅぅぅぅ……うんっ……」
ビチビチビチブリュルルルルルルルッ!!
ジュブビチビチビチビシャァァァァァッ!!
ブビビビブリリリリリビチィィィィィィィッ!!
噴き出す便がさらに水気を増し、ほとんどおしりから噴き出す水鉄砲となる。当然落着点での衝撃もひどく、軟便の山を削りつつ、同時に便器全体、果てはおしりや上履きにまで飛び散っていく。
個室を覆っていた臭いも、それまでの熟成された便臭から、酸味混じりの刺激臭に変わりつつあった。
「んっ……くぅっ!!」
ブビビビビビブリブリブリビチッ!!
「はぁ……はぁ……」
ピチャッ……ブチャッ……
「はぁ……んんんんーっ!!」
ブジュルルルルルルッ!! ビチビチビチブリッ!!
ビリュリュリュリュッ!! ブババババババッ!!
「ふぅ……うぅぅ……」
ピチョッ……プチュッ……
「うぅ……んっ!?」
ブジュッ! ブリュルルルルルッ!! ビチチッ!!
ブリブリブリビチィィィィィィィィィィ!!
ものすごい腹痛をこらえながらの、断続的な液便の排泄。
美奈穂はもう、息も絶え絶えだった。出しても出しても治まらない激痛。そして、噴出のたびに身体から水分が失われ、喉の渇きとなってさらに苦しみを増幅する。このまま死んでしまうのではないかというほどの苦痛。
原因は明らかだった。
(やっぱり……牛乳飲んじゃだめなのかなぁ……)
給食の時に、先生に強く勧められ、口をつけてしまった牛乳。半分も飲んでなかったはずだが、美奈穂の腸の内容物を駆け下らせるには十分な量だった。
乳糖不耐症。
牛乳に含まれる二糖類であるラクトースを分解する腸内酵素ラクターゼが不足または完全に欠如する消化不全症の一つ。美奈穂は、その中でも特に症状が重い、酵素完全欠乏型だという。
給食で牛乳を飲むたびに下痢を繰り返す美奈穂が病院で診察を受けた時の、医師の説明がそれだった。当然ながら、幼い美奈穂には病名も原因も理解することは不可能だった。
ただひとつ覚えたのは、牛乳を飲んだら即座に下痢を起こすという自分の体質だけ。
牛乳の味が嫌いなわけではない。夏場の冷たい牛乳はおいしく感じることもある。それ以外にも、牛乳をたっぷり使った生クリーム、アイスなどの甘い菓子は大好きだ。
だが、牛乳の成分をわずかでも摂取すると、あっという間におなかが下り、溜まっている排泄物をすべて吐き出してしまう。しかも一度では終わらず、数時間に渡って下痢を繰り返すことになるのだ。
「んっ……」
ビチュッ!! ……ブチュルッ!!
わずかな液便を垂らして、おしりの圧迫感が消えて行く。便意の一時的な終結である。
(……まだ……おなか痛い……)
一時的。それは美奈穂の心にも明らかだった。
鈍く続くおなかの痛み。身体中を覆う悪寒。それら全ての状況証拠が、まだ下痢が続くであろうことを暗示していた。
とはいえ、いつまでも便器に張り付いているわけには行かない。
下痢便の排泄に盛り上がり、今も汚らしい黄土色の雫を垂らしているおしりの穴を拭っていった。拭うというよりは押し当てるという表現に近い。その紙が肛門から離れるときには、たっぷりと汚れた水分を吸いこみ、黄土色に変色していた。
「んっ……」
おしりの穴を数度拭っただけでパンツを上げる。
おしりの肌に反射した茶色の雫も気にせず……いや、肛門にすら汚れが残っているかもしれない。だが、美奈穂はいつもの習慣以上に念入りに拭くことをしなかった。
「うぅっ……うわっ!?」
おなかをさすりながら立ち上がり、下を見て彼女は驚きの声を上げる。
便器の中には、文字通りの汚物溜まりとなっていた。
最深部のこげ茶色の固形便、その上に山をなした赤茶色の軟便、そして便器中に飛び散った液状便。排泄物三態で埋め尽くされた便器の中。その上に、小さくちぎられたトイレットペーパーが数枚。『地面』の水分を吸って、拭くのに使った部分以外すらも汚物の色に染まっている。
「お、おねがい流れてっ……」
焦った声を上げながら水洗のレバーを倒す。
ジャァ……。
水が便器内に流れ始める。だが、出始めた瞬間に排泄物とぶつかり、その茶色をさらにかき混ぜる。
ジャァァァァァァァッ……。
便器の中をぐちゃぐちゃにしながら、汚物が少しずつ、金隠しの下へと追いやられていった。やがて流れつづける水の圧力に負け、鎮座した固形便もその巨体を押し流されていった。
「ふぅ……」
臭いの発生源が消え、わずかに正常な成分を取り戻した空気を吸いながら、美奈穂は個室の扉を開けた。
「あ……美奈穂ちゃん……」
「ひかりちゃん……」
手洗い場で、ひかりが美奈穂のいた個室に視線を合わせて待っていた。
「美奈穂ちゃん……大丈夫?」
「……まだ……おなか痛い……」
「そう……」
表情を暗くするひかり。
「……ひかりちゃんは?」
「……わたしもまだ……でも、今日の朝よりは、少し楽になったかな……」
「朝からぴーぴーなの?」
「……うん……で、でも心配しないで。大丈夫だから……」
「でも……今日のひかりちゃん、全然元気ないよ?」
「…………」
その通りだった。できるだけ言葉は返すようにしていたものの、それすらもつらく、弱弱しい声になっていた。そうでなくても、人の感情については鋭いところがある美奈穂だ。中学入学以来一番かもしれない体調の悪さを、気付かれないはずはなかった。
「だ、大丈夫だから……それより美奈穂ちゃん、靴、汚れてるよ?」
「え……あっ!?」
その言葉に下を向いた美奈穂。靴に飛び散った茶色の点を見て絶句する。
「……待ってて。今、紙持ってくるから……」
そう言って、ひかりが個室の一つに入っていく。
「ごめんね、ひかりちゃん……」
美奈穂は、おなかをさすりながら、わずかに視線を落とした。
結局、二人が教室に戻った時には、給食の時間はとうに終わっており……机の上の食器も片づけられていた。もっとも、残っていたところで、二人にそれを食べる余力があるとは思えなかったが……。
「早坂……遠野……済まんかったな」
「い、いえ……わたしは、朝から具合が悪かっただけですから……先生のせいじゃ……」
教室で待っていた朝倉先生が、ひかりと美奈穂に対して謝る。
数学の授業の面白さ、生徒指導への熱意を尊敬すらしているひかりは、目を閉じた先生に精一杯のフォローをした。
「そうか……遠野も、こんな苦手だとは思わなかった。すまんな」
「……いいよ、別に気にしなくて……」
美奈穂も、そう言って机の上のランチマットを片づけにかかる。こちらは少々ご立腹のようだった。
先生が職員室に帰った後、入れ替わるように幸華が1−3の教室に入ってきた。
「みな! ひかりちゃん! いる〜?」
「さっちゃん……?」
「…あ……うん……ここに……」
鼓膜に響く大声に顔をしかめながら言葉を返す美奈穂とひかり。
「ちょ、ちょっと……ひかりちゃんはともかく、なんでみなまでこんなぐったりしてるの?」
気分悪げに椅子にもたれている二人を見て、幸華が驚きの声を上げる。
「……牛乳飲んだの……せんせーにいわれて……」
「あ……そうか……そだよね……」
事情を知っている幸華は、その一言で納得した。その場にいれば止められたものを……そんな思いが頭をよぎる。
「そっかー……調理実習で特製プリン作ったから、食べてもらおうと思ったんだけど……無理だよね」
その手に持った皿の上には、美味しそうにぷるぷると震える黄色のプリンが2つ、乗っかっている。
「みな……何も食べたくない……」
「ごめんなさい……わたしもちょっと……」
「あ、いいのいいの。無理しちゃダメだって。これは姉さんにでも食べてもらうから」
「おねーちゃんに? いいなぁ……うぅ、できるならみながたべたいけど……」
「無理しないで。またひどくなったら困るでしょ」
そう美奈穂をたしなめて、ひかりに向き直る。
「ごめんねひかりちゃん……みなはね、牛乳飲むとすぐおなかこわしちゃうの。……もし余裕があったら、気を配ってあげて?」
「う、うん……わかった……でも、だったらプリンとかもいけないんじゃ……?」
「あ、うん。だからこれ、みなにも食べられるように、牛乳使わずに作ってみたんだけど……」
「うぅ……やっぱりたべたい……っ!?」
ギュルルルルルルルッ!!
再び美奈穂のおなかが重い音を立て始める。
「あ、ほら、みな、大丈夫?」
「うぅ……またおトイレ……」
「大丈夫? 歩ける? 一緒に行ってあげようか?」
「……おねがい……」
「わかったわ。ごめんね、ひかりちゃん、ちょっとこのプリン置いといてくれる?」
「う、うん……」
「あ……ひかりちゃんは大丈夫? まだおなか痛いんじゃ……」
「あ……う、うん、今は……それより、早く美奈穂ちゃんを……」
「うん、ごめんね……行くわよ、みな」
「うぅっ……」
幸華に寄りかかるように、美奈穂がもたつく脚でトイレへ歩いていく。
「………………」
(美奈穂ちゃん……大丈夫かな……)
「…………うぅ……」
(まだ……おなかが……)
ひかりはその姿を、複雑な気持ちで見送った……。
午後の授業を机に伏せたまま受けていたひかりと美奈穂。何度もトイレに駆け込んだ美奈穂は、先生の指示で保健室に行くことになった。
ひかりも6時間目の終了を待たず、トイレ経由で保健室に向かうことになった。
「……失礼します。1年の早坂さんと遠野さんが……あ」
6時間目終了後、保健室にやってきた幸華。入ると同時に、隣り合わせのベッドに横たわる二人の姿が目に入った。
「……二人のお友達?」
「あ、はい……大丈夫なんですか?」
「とりあえず、下痢止めの薬は飲んでもらったから、しばらくは大丈夫だと思うけど……今日一日は安静ね。部活は休むって伝えておいたわ」
「そうですか……」
「歩けないほどじゃないから、帰った方が楽かもしれないけど……二人とも、どうする? もうちょっと寝ててもいいけど……」
「…………みな、はやくおうちに帰りたい……」
「……わたしも……ここで寝てるよりは……」
「そう……じゃあ、えーと……」
「あ、香月です」
「ごめんなさい、香月さん。悪いけど、二人を送っていってあげられないかしら……? 私はここを空けるわけにはいかないし……」
「あ……わかりました。じゃ、荷物持ってきますね」
「……ごめんね、幸華ちゃん……」
「気にしないで。もうちょっとだけ待っててね」
そう言って、幸華は保健室を駆け出していった。
放課になってから一時間も経っていない。夏の陽射しは、ほとんど天頂から変わらぬ強さで地面に照り付けていた。
多くの生徒が部活動にいそしむ中、連れ立って下校する女子生徒が3人。
「……ごめんなさい、幸華ちゃんまでつきあわせちゃって……」
「いいのよ。家庭部は出席とか全然厳しくないしね」
「………………」
言葉少なながらも会話を交わしているひかりと幸華。しかしその横を歩く美奈穂の姿には、いつもの無邪気な元気さは全く感じられなかった。
「……みな、大丈夫……?」
「………………うんち……」
「……えっ……?」
「うんち……もれちゃうっ……」
それまでずっと下を向いて歩いていた美奈穂が突然顔を上げ、便意を訴えた。
「え……」
「美奈穂ちゃん、だいじょう……っ!?」
幸華とひかりが、いっせいに美奈穂のほうを向いた。
だが、その瞬間……。
ギュルゴロロロロロッ!!
「え……やっ……そんなっ……」
ひかりのおなかからも、はっきりとわかる音が響き渡った。
「え……も、もしかしてひかりちゃんも……?」
「………………」
顔を赤くしながら、首を縦に振るひかり。
「……と、とにかくここでじっとしてても仕方ないわ! ……家に帰るまで、我慢できそう?」
「わ、わたしは、なんとか……」
ひかりが即答する。ここから自分の家までなら10分はかからないから、もよおし始めの便意くらいなら何とかなるだろう。
「みなは?」
「…………わかんない……うぅっ、でちゃうよっ……」
「幸華ちゃん……美奈穂ちゃんの家まで、どのくらい……?」
「結構遠いのよね……20分以上はかかるかな……このままじゃ……」
「うぅっ……」
悲痛な表情を浮かべる美奈穂。
(どうしよう……家に帰ってもトイレは一つしかないし……。わたしは大丈夫でも、美奈穂ちゃんが……)
(近くに、トイレのあるところは……)
必死に記憶を手繰るひかり。
「幸華ちゃん……ちょっと歩けば、公衆トイレのある公園があって……そこなら、個室が2つあるから……」
「本当? 場所はわかる?」
「う、うん……こっち」
「だって……。みな、歩ける?」
「うん……がんばる……」
その声を合図に、三人は公園へ向かって歩きだした。
ひかりが震える脚で一歩前を歩き、その後ろを、おなかを押さえながら前かがみで歩く美奈穂、そしてその二人にあわせて、寄り添うように歩く幸華。
その歩調は、便意が切迫している美奈穂にあわせてゆっくりとしたものだったが、公園までの短い距離を着実に進んでいた。このまま何も起こらなければ、すんなりトイレに辿り着き、ひかりと美奈穂が無事排泄を済ませられるはずだった。
だが……異変は起こった。
ゴロッ……。
「え……」
それまで何の不調も感じていなかった幸華が、身体の奥に滲んだ違和感に小さな声を上げる。
グルルッ……ギュルギュルゴロゴロゴロッ!!
「ひぃっ!?」
そのわずかな違和感が、爆発的に膨れ上がり……激しい腹痛となって幸華を襲った。
「……ど、どうしたの、幸華ちゃん……っ……」
「あ、その…………」
「今の声……なんか、辛そうだったよ……っ!?」
ゴロロロッ……。
「うぅ……あぁぁぁ……」
幸華を気遣ったひかり。だが、高まりゆく便意に顔をしかめ、おなかを押さえ込んで立ち止まってしまう。
(ひかりちゃん……朝からずっと、こんなひどい状態なのに……それなのに、人のことまで気にして……)
ひかりの苦しげな表情を見ながら、幸華はそんな思いにかられる。
(あたしが、弱音を吐くわけにはいかないよね……)
そう、心に決める。
「……あたしなら大丈夫だから。頑張って歩こう、ひかりちゃん」
「う、うん……」
その言葉とともに、止まった足を再び前に出す。
顔に浮かんだ不安げな表情は、自らの便意より、幸華のことを心配しているように見えた。
……その心配は、ほどなく現実となってしまう。
グルルルルルルッ!!
「くっ……」
腹痛と悪寒。そこから当然のように導き出された、便意という結論。
おなかの中のものが腸内を駆け下り、肛門を開かせようと圧力をかけ始める。
(どうして……あたしが、おなかこわすはずないのに…………)
その原因を考える。思い出すことより、思い出せないほうがありがたかった。思い当たる原因さえなければ、少しは便意が楽になると思ったからだ。
(あ……)
しかし悲しいことに、一つの原因に思い当たってしまった。
調理実習で作ったプリン。美奈穂にも食べられるようにと、牛乳を入れずに作ったのだが、味を調整するために様々な調味料を叩き込んだ。
パームシュガーという、ヤシの木から取れる風味のある砂糖や、生に近いバニラの実などの香辛料も含んでいる。当然、胃腸にかかる刺激も強い。
味こそ満足できるものが出来上がったが、その柔らかな食感とは裏腹に、消化時に身体に与える刺激は想像以上に強かったかもしれない。それで、急性の消化不良を起こしたのではないか……。
グルルルゴロロロロッ!!
「っく………うぁぁぁっ……」
その推論が正しいことを証明するように、おなかが壮絶な音を立て、おしりにさらなる圧力が加わる。身体を震わせ、必死にその便意に耐えた。
「幸華ちゃん……っ……」
ひかりが声をかける。ただ、そのひかりものっぴきならない便意と戦い続けている。もはや幸華の方を正視する余裕すらなくなっている。
(こ、このくらいで……負けてたまるもんかっ……)
「あたしなら何ともないって言ってるでしょ。ほら、公園見えてきたから、あと少し頑張って」
「……う、うん……」
幸華が震える手で指差した先。そこには緑豊かな公園……いや、今の3人には、その片隅にある白い小さな建物しか目に入っていなかっただろうが……目指すその場所まで、もう一歩のところまで来ていた。
「え……っ……」
おしりを押さえながら、真っ先にトイレに駆け込んだ美奈穂が絶句する。
……個室が二つとも、埋まっていた。
男子用に、壁に溝があって水が流れている形の小便スペースがあり、その向かいに水洗の和式個室が2つある共同トイレ。その二つとも扉が閉められ、鍵が閉まっていることを示す赤い色がノブのすぐ上にのぞいていた。
「……みな、どうしたの……え?」
「あ……」
遅れて入ってきた幸華とひかりも、驚きの声をあげる。
(まだ我慢しなきゃいけないの……?)
三人の心に、同じ絶望的な思いがよぎった。
閉まっている個室。その片方からは、断続的に大便の排泄音……それもかなり水っぽい、下痢とも思えるビチビチという音が響いてくる。当然、天井と床との間に開いた隙間から、その排泄物の臭いが外に漏れてきている。もう一方の個室からは、時おり苦しげなうめき声が聞こえている。いずれも、ペーパーを巻き取る音、水を流す音など、個室が開く前兆は見受けられない。
「うぅ……みな、もうだめっ……」
おしりを押さえたまま、美奈穂が震える声をあげる。
「うぅっ…………んぅっ……!!」
ぎゅっと目をつぶり、おなかとおしりに手を当て、必死に痛みと圧力に耐えるひかり。固く閉じられた目のふちには、苦しさのあまり涙さえ浮かんでいる。
「っ……」
腹痛こそひどいものの、まだ出口を押さえるまでもなく便意をこらえている幸華。限界近い二人の鞄を預かり、足元に置いている。
(こ、このままじゃ……間に合わないかも……)
自分はともかく、ひかりと美奈穂はもう限界……。そう危機感を抱いた彼女は、意を決して個室の前に立った。まずは、排泄音のしていない方の個室からである。
コンコンッ!!
かなり強くノックする。
「ん〜………わわっ!?」
唸っていた声が驚きのそれに変わる。声の高さから考えて、女の子か子供といったところだろうか。
「あのっ……早く出てくれませんか……お願いしますっ……」
便意をこらえながら、幸華が絞り出すように声をあげる。
「わ、わかったよぉ……すぐ出るよぉ……」
その声と同時にペーパーを手繰る音が聞こえ始める。
続いてもう一方の個室をノック。
コンコンコンコンッ!!
「………………」
コン……コン……。
弱々しいノックが返ってくる。間髪入れずビチャビチャという排泄音。
こちらの個室の方は簡単にはいかなそうだ……。
ジャァァァァァァ……ッ……。
「……っ!?」
最初にノックした左側の個室から水洗の音。ひかりたち3人の視線がそのドアに集中する。
「………んにっ!?」
ドアを開けて顔を出した女の子が、集中する視線に驚きの声をあげる。
ひかりたちと同じ、桜ヶ丘中の制服。
頭の後ろにしっぽのようにまとめられた髪が、ぴんと跳ね上がった。
「……え? 来島さん……?」
反応したのは、幸華。おなかの痛みも便意も忘れて、驚きの声を発する。
「……?」
その声に、幸華を上目遣いで見るひかり。
「ぁぁっ……」
そして、反応する余裕すらない美奈穂。
「……あっ、ご、ごめん……は、早く入って! えっと……」
そう叫んで二人の顔を見渡す。
「??」
トイレから出てきたばかりの女の子は、状況が把握できないままキョロキョロしている。
「あ……み、美奈穂ちゃん、先に入って……わたし、まだ大丈夫だから……」
ひかりが、青ざめた顔でそう美奈穂に告げた。
「ひかりちゃん……」
とても大丈夫そうには見えないその表情を見て、幸華が悲痛な声を漏らす。
(早く入らせてあげたいけど……でも、みなも限界みたいだし…………)
「うん……。みな、早く入って!」
強い語調で、美奈穂を促す。それを聞いて、美奈穂が震える足を個室に向けた。
「うん…………うぅっ……でちゃうっ……」
開いたままの個室に、両手でおしりの穴を押さえながら入っていく。
「さっちゃん……し、閉めてっ……」
「あ……うんっ」
冷や汗を流して震える美奈穂が限界だということは、幸華にもわかっていた。その言葉を聞くまでもなく、外から個室のドアを閉める。
それから、数秒としないうちに……。
ビチビチビチビチビチビチッ!!
ジュルブビビビビビビビビーーーーッ!!
空気を震わせながら液状便が吐き出される音が、ひかりたちの耳に飛び込んできた。
「んんんっ……」
ブビュルッ!! ビジュジュジュブリリリッ!!
ビチビチビチビッ!! ブブブブブバッ!!
文字通り堰を切ったような勢いで、美奈穂のおしりの穴から液状の下痢便がほとばしっていた。ついさっき流されたばかりの便器が、あっという間に一面排泄物の色に染まっていく。その色は茶色っぽさはほとんどなく、白っぽい黄土色。消化できない牛乳によって、胃腸の内容物があっという間に駆け下った印だった。
「うぅぅっ……」
ブチョブチョブチョッ!! ブビビビッ!!
ブリッ!! チュルブビビビブッ!! ブポポッ!!
時おり混じるゲル状の未消化物が、おしりから出て行く瞬間の醜い音を増幅する。やや斜めに噴出したそれは便器の最後部に溜まり、小さな山を築いている。もちろん、噴出の度にはじける黄土色の雫は、便器の範囲を越えて飛び散っていた。
「くはぁ…………はぁ……はぁ…………」
差し込みと便意が一段落して、美奈穂がやっと薄く目を開く。
膝元に、紺色、白色、そして……黄土色のコントラストが浮かんだ。
「え……………ええっ!?」
驚きの声。
制服のスカートごと下ろしたパンツの中に、染みという表現でも足りないような、はっきりしたおもらしのあとが残っていた。
(ど、どうしてっ……? ちゃんと、がまんしてたはずなのにっ……まにあったはずなのに……)
スカートの上から、必死におしりを押さえていた。手を離したら出てしまうことはわかりきっていたから、手を離さずにスカートごと下ろした。その一瞬後に、我慢していたものが一気に溢れ出たのだ。
汚れがついたのは、その瞬間ではなかった。
(学校でしたときに、ちゃんとふけてなかったのかな……)
思い当たる。それは確かだった。その黄土色の染みの中心に、色が濃い茶色の汚れが見える。拭き残しの便がパンツに残した汚れである。
ただ……周りの黄土色の染みは、その後……さっきまでの我慢の間に、もれ出てしまったものである。幾度となく繰り返した排泄で、すべりが良くなっていたおしりの穴。そして、ほとんど抵抗を受けずあふれ出る液状のうんち。いくら服の上から押さえても、肛門のわずかな隙間からもれ出してしまうのは避けられなかった。
「うぅっ………ぐすっ……」
ビチビチビチビチッ!! ブジュジュジュッ!!
ブリリリリリブビッ!! ジュブブブビチチチチッ!!
ブリブリブピピピピッ!! ブバババブビィィィィッ!!
明らかになったおもらしという結末に涙を浮かべながら、排泄を続ける。
スカートが下ろされ、丸出しになったかわいいおしり。その中央から、黄土色に濁った汚水が流れ落ちる。
……その勢いは、まだ弱まることはなかった。
「……うぅぅっ……」
美奈穂の激しい排泄音を聞きながら、ひかりは必死に便意と戦っていた。
「だ、大丈夫、ひかりちゃん……?」
声をかける幸華。もっとも、彼女の便意も相当に切迫していた。時おり、波をこらえるために中腰になり、おしりに手を当てねばならなくなっている。
さっき出てきた女子……来島沙絵は、もうトイレからいなくなっていた。
幸華にとっては家庭部の先輩であり、なぜこんなところにいるのかと問い詰めたが、とぼて逃げるように出て行ってしまったのだ。
それ以来、個室の外では、ひかりと幸華二人だけがたたずんで……いや、苦しみに顔を歪ませながら立っていた。
「……ひかりちゃん!? 大丈夫なの!?」
返事がないことに不安を感じ、幸華が再び声をかける。
「う、うん……うぅぅぅ……」
グギュルルルルルルッ……。
重苦しい音。液状の便が出口の瀬戸際で押し返され、直腸内を行ったり来たりしている。まさに、水際でかろうじて我慢している状態なのだ。
(このままじゃ、ひかりちゃんが……)
これ以上、ひかりが苦しむ姿を見たくない。幸華は再び、右側の個室をノックした。
ドンドンドンッ!!
もはや、ノックとは言えない。乱暴に扉を叩き、出てくるのを促す。
「早くっ! 早く出てくださいっ!」
………。
一瞬の沈黙。
いや、隣の個室からはまだ、美奈穂が出す下痢便の音が響きつづけているのだが。
………。
「わ……わかりました……」
弱々しい声が、個室の中から聞こえてくる。
トイレに駆け込んだ直後のような下痢の排泄音は、美奈穂が入ったのと入れ替わりくらいの時期からしなくなっていた。おなかの中の残便感と相談していたのだろうか。
ペーパーを巻き取り、拭く音。それが2度、3度と繰り返される。下痢に汚れたおしりを綺麗にするには、何度も紙を替えて拭かねばならない。自らの経験からそれは嫌というほどわかっている。それでも、早く切り上げて個室を開けてほしいという気持ちを押さえることは、絶望的な便意と戦うひかりにはできなかった。
「ご、ごめんなさい……すみません……」
出てきた少女も、ひかりたちと同じセーラー服を着ていた。眼鏡をかけた小柄な姿には、ひかりも幸華も見覚えはなかったが。
「すみません……」
「ひかりちゃん、早く!!」
謝りつづける女子に目もくれず、幸華が叫ぶ。
「で、でも、幸華ちゃんも……」
ひかりのつぶやき。その通り、幸華もいつ出てしまうかわからない便意に苦しんでいた。
(ひかりちゃんに、これ以上無理させるなんてできない……!)
「いいから、早く入りなさ……っ!?」
ゴロロロロロロロッ!!
激しい腹痛。あまりの痛みに目をつぶり、言葉が途切れてしまう。
「幸華……ちゃん……」
「だ、大丈夫だからっ!! 早くっ!!」
与えてしまったかもしれない不安を打ち消すように、幸華が一層大きな声で叫ぶ。
「で、でも……っ!!」
おしりを押さえるひかり。また、大きな便意の波に襲われていた。
「いいから早くっ!!」
「………ごめん……ごめんなさい……」
幸華の迫力に押し切られる形で、ひかりは個室に向かう。
開きかけているおしりの穴を必死に押さえながら、歩幅を広げられないながらも小走りに駆け込む……。
「んっ……」
スカートの中に手を差し込み、下着を下ろす。
しゃがみこんで、痛むおなかに力をこめる。
固く固く閉じられていた肛門が緩んだその瞬間……。
……茶色の滝が、便器の中へ注ぎ込まれていった。
ビチビチビチビチビチビチッ!!
ブリリリリリリリーッ!!
ビジュルルルルッ!!
「………………あはは……」
個室の、外。
途切れることのないひかりの排泄音を聞きながら、幸華は……自嘲的な笑みを浮かべていた。
ギュルギュルギュルゴロロロロロロロッ!!
痛むおなかが、猛烈な音を立てる。
ひかりの前で再三叫んだ「大丈夫」という言葉。その言葉とは似ても似つかない幸華の姿が、そこにあった。
(……もう…………限界…………)
身体全体が、それを訴えていた。顔、腕、脚……全身に浮かぶ汗。いつ気を失っても不思議ではない、青ざめた表情。震えながらおしりの穴を押さえつける手。その指先には、柔らかい肛門の中心に、固い手触りを感じつつあった。
ひかりも美奈穂も、激しい下痢をしているのはわかっている。事を済ませて出てくるまでには、10分以上の時間がかかるだろう。その時間が経過する間には、指先に当たる物体が下着の中に飛び出してしまっているはずだ。そして、その後に控えているであろう液状の汚物も……。
(悔しいな……このパンツ、使えなくなっちゃう……)
オレンジの格子模様が入ったショーツ。覆う部分がやや少なく、少し大人びた雰囲気のある下着で、中学に入って買った一番のお気に入りだった。
(みな……ひかりちゃん……あたしがおもらししても、許してくれるよね…………)
3人がおなかをこわしていて、個室は2つ。
初めから、誰か一人が間に合わないことは決まっていたようなものなのだ。
たまたま、それが自分だったということ。
素直な美奈穂、思いやりのあるひかりの二人だったら、きっとわかってくれるだろう。
(あ……もう……もうだめ…………)
指先に当たる固い感触が、より強い圧力で外に押し出されてくる。
感覚がなくなりかけている指先。破れそうな圧力のかかるおしりの穴。ちぎれそうなほどに痛むおなか。
幸華は、その苦しみから自らを解き放とうと、押さえていた指から力を抜き始めた……。
ジャァァァァァァァァ……ッ……!!
「えっ!?」
水が流れる音で、真っ白になりかけていた幸華の意識が現実に戻る。反射的に、おしりを押さえる手に力が入り、頭をのぞかせていた大便が肛門の中に押し戻される。
排泄する便が水状だからこんな音になるわけじゃない。正真正銘、トイレの水洗の水が、便器を洗い流す音なのだ。
(ど、どうして……まだ、何分も経ってないはずなのに……)
ひかりも美奈穂も、何度出しても治まらない下痢と戦っているはずなのに。
こんな短い時間で、全部出し切るはずがないのに。
……その幸華の考えを否定するように、個室のドアが開き……。
まだ荒い息のおさまらないひかりが、そのあどけない顔をのぞかせた。
「……ひかりちゃん……どうして……」
驚きの声を上げる幸華。
「あ……っ……その……学校で、何度もしちゃってるから……」
恥ずかしそうに、うつむきながら話すひかり。
「おなかの中……もう……っ……何にも残ってないみたい……」
「…………ほ、本当なの……?」
「……うん。幸華ちゃん、早く、入って……」
「……本当に? 嘘ついてない?」
「幸華ちゃんこそ……全然大丈夫に見えないよ……だから、早く……」
ひかりの指摘。
……その通りだった。
あの水音がなければ、今ごろはパンツの中におもらしの真っ最中だったことだろう。
「ね、早く……」
さらに、促すひかり。
「………………ごめん……嘘ついてごめんっ……」
そう言葉を発しながら、個室に向けて一歩を踏み出す。
「ひかりちゃん……ありがとっ………」
そう、言い残して……扉を閉めた。
「っ……」
グルルルルルル……。
個室に入った瞬間、狙い済ましたように便意がぶり返す。押し戻したはずのうんちが、また肛門から飛び出そうとする。
「だいじょう……ぶっ……」
いまだ消えきらない、ひかりの……その前に入っていた少女の分もかもしれない、その下痢便臭の中……。
おなかの底から絞り出すような声で、幸華は自分に言い聞かせた。
(………ひかりちゃんが……ここまでしてくれたのに……もらしてたまるもんかっ……)
……絶望的な便意に屈しようとしていた、数分前の幸華ではなかった。
鬼のような形相。
押さえつける手を離しても、その表情から見て取れる強い意志で閉じられた肛門は、決して開くことはなかった。
下痢の激しい便意など感じていないかのように、ゆっくりとスカートの中に手を入れ、下着を下ろしていく。
(絶対…………絶対……おもらしなんかしないんだからっ!!)
汚れていないそれを膝まで下ろすと、その脚を曲げ、便器の上にしゃがみ始める。
同時に、スカートをたくし上げ、前のほうに寄せる。
便器の上にしゃがみ切った姿で……幸華の身体が一瞬、静止した。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
叫ぶように、止めていた息を解き放つ。
同時に……閉じられていた肛門が、全開にされた。
(ひかりちゃん…………間に合った……よ…………)
ブリリリリリリリリリリリリリッ!!
ニュルニュルブリリリリッ!!
ムリュリュリュリュリュブブブブブチュッ!!
黒々とした健康的な固さの便が、途切れることなくおしりの穴から生み出されていく。ある程度の水分を含み柔らかくなっていたそれは、便器の中で曲がりくねり、幾層にも折り重なって積みあがっていき……やがて水分が増し、肛門を出た瞬間に弾けたことでつながりが途切れた。
「んんんんんーーーっ!!」
ブビビビビビブビビッ!! ジュブブブブビビビッ!!
ブリブリリリブビブブブブブブブッ!! ビチュルブリリリリッ!!
ビチビチビチブブブブブッ!! ブリュブリュブリュビビビビビビュッ!!
ブビュブビビビビビブジュルビィィィィィィィィッ!!
完全に水状とは言わないものの、その形を保つには水分が多すぎる軟便が、次々と硬質便の山の上に降りそそいでいく。ドロドロとその山の表面を覆うようにゆっくりと流れ落ち、便器の中をこげ茶色が侵食していく。
「うぅぅぅぅぅ、くぅぅぅっ……!!」
ブビビビビビブリュルルッ!! ビブブブブブブッ!!
ビチャビチチチブリッ!! ブブブブリュッ!!
ジュルビビビビッ!! ブジュブジュッ!! ジュブブブッ!!
ビチビチビチビチビチビチブブブブブッ!!
長々とつながった固形便に加え、山のような量の軟便を出してなお、幸華の苦しみは終わらなかった。まだ、おなかの中には大量のものが残っている気がするし、腹痛の方は出し始める前よりもひどくなっている。
放っておくと断続的になる噴出に、おなかの中から力を加えて加速をつける。そのたびに、空気と交じり合う汚らしい音を立てて、おしりの穴から茶黒い軟便が飛び出していく。どれだけ便の形状がゆるくなっても、その黒に近い茶色という色あいが変わることはなかった。
「ふぅっ……はぁっ……くぅぅぅっ……」
ブジュルッ!! ビチビチビチッ!!
ビジュッ!! ブビッ!! ブリリリリリリリリリッ!!
ブビュルルルルビッ!! ブピッ!! プジュゥゥゥッ!!
ビリュリュッ!! ジュパッ!! ブリビジュジュジュッ!!
ジュルピピッ!! ブチョチョッ!! ビリュブバババババッ!!
おなかの奥に巣食う残便感との戦い。
出しても出しても、消えることはない。
激しい痛みに耐えながらおなかに力をこめるのをあざ笑うように、汚い内容物は少しずつ、わずかずつしかその姿を外に出してはくれない。
(ひかりちゃん……みな……あんたたち、こんなのを何回も……)
その苦しみが、今やっとわかった気がした。
「ふぅぅぅぅっ!!」
ブリュブリュブリュッ!!
ジュルビチチチチッ!! ブビビビビッ!!
ビチビチビチビィィィッ!! ブジュルルルルルルッ!!
ブリビチチチブビィィィィィッ!! ブチョチョチョッ!!
ブボブボブバァァァッ!! ブリュルビチビチビチッ!!
ビチャビチャブリリリリリビチィィィィィィィッ!!
……幸華は、いつ果てるともなく続く、苦しみに満ちた排泄に、真っ向から立ち向かっていった……。
「はぁ……はぁはぁ……っ……」
こげ茶色の山と海。
そう形容するしかない壮絶な排泄の跡が、便器の中を埋め尽くしていた。
最初に出した固形のうんち。その隙間を埋めるように降りそそいだ、同じ色の軟便。やがて山の中に行き場をなくした汚物は、重力に従ってその斜面を滑り落ち、まだ汚れていなかった便器の底へ、果ては金隠しの下の水溜りにまでその色を広げていった。
(もう……おなかの中……からっぽ……)
味わった苦痛が、そのまま便器の中の汚物の量として表れていた。
平均的な体格とはいえ、12歳の女の子である。その身体の中に、便器一面を染め上げるほどの排泄物が詰まっていたなどと、誰が信じるだろう。
(とにかく、流さなきゃ……)
このままでは、拭いた紙を放り込む場所すらない。
ジャァァァァァァァァッ……。
「………………え゙っ?」
水流の前に、形を失っていた軟便が少しずつ押しやられていく。
だが、便器の後方中央部に鎮座した固形物は、微動だにしていなかった。
(な、流れてーーーーっ!!)
必死の願い。
しかし、その願いが叶わないまま、水はその流れを止めてしまう。
「う、うそっ……」
もう一度レバーを倒し、流す。
チョロロロロロロッ……。
「なっ……」
申し訳程度の水が……流れるという勢いでもなく、便器の中に滲み出してくる。固形物のふちを溶かし、こげ茶色を拡散させただけだった。タンクに水が溜まるまで、まともな水流は期待できない。
「そんな……なんであたしだけ……」
思わず、恨みの声を上げる。
……別に、他の誰かが同じ苦しみを味わってほしいわけではなかった。
ましてや、自分以上の苦しみを味わってほしいなどとは、微塵も思っていなかった。
しかし……幸華が考えていなかった悲劇が、このときすでに起こっていたのである。
「やっ、ひ、ひかりちゃんっ!!」
「……え…………っ!?」
個室の外から、美奈穂の叫び声が聞こえた。
個室の外から。
ひかりの名前を呼ぶ。
元気のないはずの美奈穂の。
悲痛な叫び声が。
「………まさ……か……」
最悪の想像が頭をよぎる。
幸華は慌てて紙でおしりを2度だけ拭い、下着を上げた。
跳ねるように立ち上がる。
便器の中に残る排泄物が目に入り一瞬躊躇するが、この期に及んで自分のことなど気にしていられない。
鍵を開けると同時に、内開きの扉を全開にする。
「ひか…り……ちゃん…………………ああああああっ………!?」
個室の外の光景が飛び込んできた。
美奈穂の声を聴いた瞬間頭をよぎった、最悪の光景が……。
「ぐすっ………っ……」
ひかりが……男子用の排泄溝を背にして、しゃがみこんでいた。
その口から漏れる嗚咽と、閉じた目からこぼれ落ちる涙。
閉じられた両足の間に、わずかにのぞく下着。
薄暗い明かりの中……そこには、はっきりと……茶色の染みが浮かんでいた……。
個室に駆け込んだひかりは、最初にまとまった量の下痢便を出したあと、残便感を感じながらもおしりの穴を閉じた。
無理に止めた排泄欲求が落ち着いた後、急いでおしりを拭いて、同じように切迫していた幸華に個室を譲ったのである。
だが、すべてを出し切らないうちに排泄を止めた代償は大きかった。
今しがたその締めつけを解放し、緩みきっていた肛門に、出し切らなかった腸の奥の内容物が、一気に襲いかかったのである。
完全に液状化していたそれを押しとどめることは、たとえ上から手で押さえたとしても不可能であった。
幸華がおなかに残った便を必死に排泄している頃……ひかりは残っていた汚物を、真っ白なショーツの中に放出してしまっていたのである……。
「うぅっ……うっ……」
ビュルッ……ブボボボッ……。
ビチ……ブビ……ブボブボブボッ……。
ひかりのおもらしは、まだ続いていた。
液状化した茶色の汚物は、薄手のショーツの生地をあっという間にすり抜けてしまう。
トイレの床には、茶色の雫がぽつぽつと落ちていた。
その雫が、今ひかりがいる場所……男子用の排泄溝に向けて続いている。
『これ以上床を汚さないように……』。
ひかりの、最後の抵抗だった。
そして、側溝の上で……ひかりはおもらしを続けていた。
下流には、はっきりと茶色い流れが見えている。
そんな状態になっても声一つ上げず、わずかな嗚咽のみを漏らしながら……。
断続的に襲いくる強烈な便意に……完全に耐え切ることはできないながらも、必死に溢れ出すものをこらえ続けていた……。
「……ごめん…なさい……」
おもらしを続けながら、ひかりがかすかな声でつぶやく。
「な……謝る必要なんかないわよっ……あたしの方こそ……あたしのせいで……」
ひかりと同じように、切羽詰った排泄だけを済ませて個室を出ていれば。
自分がおなかをこわして、便意をもよおさなければ。
いや……そもそも、ひかりは家までなら間に合うと言っていたのだ。それを美奈穂のために付き合わせて……その結果が……。
「ごめん……ひかりちゃん………あたし………ごめんなさいっ……」
謝っても謝りきれなかった。
いくらでも、この悲劇を回避する機会があったというのに。
(……保護者気分で、いい人気取りで……何もひかりちゃんのためになってなかったじゃないっ……!!)
「ひかりちゃん……立てる?」
「………………」
「いつまでもしゃがんでたって、楽にならないから……こっち、入ろう?」
「………………」
「綺麗にするの、手伝うから……」
……許してもらおうなんて思ってない。
心優しいひかりのこと、もしかしたら、非難の言葉一つ口にしないかもしれないけど……自分で自分を許す気はなかった。
「……一人で……だいじょうぶだから…………それに、汚いし……」
「汚くなんかっ………あたしのせいなのに……」
「幸華ちゃんのせいじゃ……ないよ……」
「だって……あたしが……」
涙声になる幸華。その声を耳にして、ひかりは下を向いていた顔を上げた。
「……いいの……。わたし…………いつも、こんなだから……」
「え……?」
「ひかりちゃん……?」
幸華、そして美奈穂が驚きの声を上げる。
いつも……。
その意味を図りかねてのことだった。
「おなかが…弱くて……すぐ……おもらししちゃうの……だから……幸華ちゃんのせいじゃないから………」
「そんな……」
すぐ……というのが、どれくらいのことを意味するのか、幸華にはわからない。
だが、こんな苦しみと悲しみを、ひかりが何度も味わってきたことだけははっきりとわかる。
「だから……慣れてるから……ひとりで、大丈夫だから……」
「……なにか、手伝えることない?」
「え……」
ひかりの言葉を遮るような、強い語調。
「そうだ……下着の替え、買ってくるから……」
「う、ううん……着替え……かばんの中にあるから……」
「え……」
その言葉に、さらなる衝撃を受ける。
下着の替えを持ち歩くなど、普通の女子中学生ならしないことだ。
……そのことが、おなかが弱いというひかりの言葉を裏付けている。
「じゃ、じゃあ……えーと……」
「……本当に、大丈夫だから…………その……できたら、外で待っててくれると、嬉しいな……」
「え……?」
「あ、べ、別に……先に帰ってくれてもいいんだけど……」
「そ、そんなことするわけないでしょっ!!」
「…………ありがとう……。一緒に帰るの、初めてだったから……。ちゃんと家の前まで一緒に帰って、また明日って言いたくて…………」
ひかりがつぶやく。
偽りない気持ちだった。小学校時代は仲のいい友達もいなくて、中学に入って初めてできた二人の友達と、初めての帰り道。そこにどんな思いがあったか、言葉にしなくても伝わってくる。
そこまでの事情を知らない幸華でも、その言葉に込められた気持ちは理解できた。
「うん…………わかったわ……」
「……ごめんなさい……」
何度目かわからない言葉とともに、ひかりが立ち上がる。
「あ……っ! スカート、汚れちゃうからっ!!」
おもらしした下着に密着しそうになるスカートを、寸前で止める。
その瞬間……スカートの端から、ショーツの下半分がのぞいた。
……もとの色がわからないほど、茶色一色に埋め尽くされていた。
本来ここに見えるのは、真っ白な三角形だったはずなのに。
いや……綺麗な白色のまま、無事排泄を済ませて、個室を出てきたはずなのに……。
それを……。
「………………」
もう、ごめんなさいの言葉も出てこなかった。
ただ、目を固く閉じて……唇を噛み締めた。
「……ありがとう……幸華ちゃん……」
スカートが汚れるのを防いでくれたことか、おもらしをしても汚いと言わなかったことか、最後まで気遣いを続けてくれたことか……。何に対するものかわからない感謝の言葉を残して、ひかりは個室に入っていった。
「………………っ……」
個室に入り、茶色に染め上げてしまった下着を下ろした瞬間。
断続的に出ていた液状の汚物より先に……幸華と美奈穂の前でこらえていた感情……悔しさ、悲しさが……目のふちから、涙となってあふれ出た。
「…………ぐすっ……ひくっ………あぁぁぁぁっ……」
ひかりは一人、泣きながら……今日何度目かわからない便意を……解放しつづけた。
「………あ……わたしの家……ここだから……」
「…………」
家に着くまで、3人は無言だった。
みじめな姿をさらしてしまったひかりは、何を言っても言い訳になる気がして、口を開けなかった。
自責の念にかられる幸華は、ずっとあることを考えつづけていた。
美奈穂は、その空気に押されて、言葉を出すことすらできなくなっていた。
「美奈穂ちゃん……幸華ちゃん……今日は、ありがとう……」
「………………」
「その……待っててくれて、嬉しかった……」
「………………当たり前だよ……」
「……また明日……学校でね」
「うん……明日……またね」
「………………ひかり」
「……っ?」
ずっと黙っていた幸華が、口を開く。
「ひかり……明日……待ってるからね?」
「え……う、うん……」
ひかりの、驚いた声。
ずっとちゃん付けで呼んでいたひかりのことを、名前だけで呼んだからだ。
呼び捨てには、親しみを込めたものと、憎しみを込めたものの二種類がある。
幸華のこの呼び方が、前者であることは間違いない。
ただ、この呼び捨てに込められた思いは、それだけではなかった。
ひかりはもう、他人じゃない――。
どんなことがあっても、守ってみせると……。
こんな悲しい出来事を、二度と繰り返すものかと……。
幸華はその思いを、深く深く心に刻み込んだ……。
あとがき
3人がおなかをこわしていて、排泄の回数は7回。
初めから、今までの文章量で収まらないことは決まっていたようなものなのだ……。
と、まずは言い訳をしなければならない、当社比1.4倍のテキスト量でお送りしました第6話です。
トライアングルの意味が複数に取れるのですが……。単純に三人の排泄という意味くらいに取っておいていただけると嬉しいです。最初は下着の白い三角形をメインにするつもりだったのですが、結局幸華のは無傷だったしもともとオレンジだし、美奈穂も汚れが三角にならないしで、またひかりに頼ってしまいました。いつもこんな役を押し付けてごめんなさい。
今回は主人公が幸華、ヒロインがひかり、というところでしょうか。各キャラ1つずつは強烈な排泄シーンを用意したつもりなので、そこで楽しんでいただければ。
後半の展開については、序盤のうちに幸華と美奈穂にひかりの身体のことを教えておかないとと思って、おもらしをやってもらうことになりました。なんか前話と同じような雰囲気になってしまいましたね。
おかしい……最初はお気楽に3人おもらし大スペクタクル一直線、の予定だったのに。
と、まあ文章として完結してなければいけない小説をグダグダ語るのはこれくらいにして、次回予告に。
幸華特製へんてこプリンを食べてしまった彼女の姉、香月叶絵。
もちろん、彼女にも幸華と同じ運命が襲いかかる。
凶悪な腹痛。猛烈な便意……彼女は耐え切れずトイレに駆け込んだ。
個室に入り、扉を閉める。
それだけで、苦痛からの解放、完全な安息が得られるはずだった。
……それだけのことが……叶絵にはどうしてもできなかった。
次回、つぼみたちの輝き Story.7「叶わなかった願い」
安息の時は、遠い夢のかなたに……。