つぼみたちの輝き Story.8

「冷たい静寂の中で」


舟崎史音(ふなさき ふみね)
13歳 桜ヶ丘中学校2年5組
身長:148cm 体重:39kg 3サイズ:70-44-72

 おどおどした眼鏡っ娘。
 三つ編みの髪に、飾り気のない眼鏡がその真面目さを強調する。
 体型は、やや低め程度の身長に対してかなりやせ気味。



「すぅ……はぁ……」

 昼休み。
 小柄な一人の女の子が、図書室の前で深呼吸をしていた。

 舟崎史音。
 顔にかけた大きめの眼鏡は、彼女の真面目さより内気さを強調している。
 その外見から容易に想像できるように、彼女はこの図書室の本の管理を預かる図書委員だった。

 最も慣れ親しんだ場所。
 そこに入る前に、彼女は不似合いにも仰々しい準備をしていた。心の準備、と言った方が適切かもしれない。
 深呼吸の後、史音は目をつぶって、心に念じはじめた。

(……お願いです……今日は、おなかが痛くなりませんように……)


「舟崎……さん?」
「えっ……あ、えっ!? 藤倉さん!?」

 突然頭の中に響いた声におどろいて目を開ける。
 目の前には、自分と同じように眼鏡をかけた男子……藤倉学の姿があった。

「今日も図書委員の仕事?」
「え……あ、は、はいっ……」 

 学の姿を目にして、不健康そうなほど白かった頬がほのかに染まる。
 心の奥底に秘めた、淡い気持ちの現れだった。

 ちょうど1年前、図書室で騒いでいた2年生の男子達を注意し、騒ぎを収めてくれたのが学だった。
 「何とかしろよ……」というみんなの視線にさらされながら、注意の一言が喉から出てこなかった史音を助ける形で、学が上級生の男子に向かって臆せず口を開いてくれた。

 その時は名前も聞けず、お礼も言えなかったが、感謝の気持ちだけは忘れたことがなかった。

 後に彼の名前を聞いたのは、当時クラスメートだった澄沢百合からだった。
 その時も彼の素晴らしい能力の高さに驚いたものだったが、今ではそれにさらに磨きがかかっている。

 まずもって、桜ヶ丘中学2年生、不動の学年1位である。
 公式に発表はされないので正確にはわからないが、1年の試験5回と2年1学期中間試験の計6回で、全各科目の平均得点が95点以上という話である。しかもその中には、1年2学期中間試験に始まり、現在なお継続中の英語連続100点記録も含まれている。

 さらには、現2年生にして生徒会会計長。
 1年生だった昨年12月の選挙の立会演説会において、対立候補の2年生に挑まれた暗算勝負に見事勝利し、会計長の座を勝ち取ったのだ。しかも相手は珠算1級で、暗算に絶対の自信を持っていたというからさらに驚きである。
 現在生徒会を預かる白宮純子に代わって、来年は生徒会長になるだろうと誰もが思っている。

 それでいて、まったく偉ぶったところがない。性格も温和で優しく、勉強のことで質問を受ければ丁寧に答えている。英語の先生から「代わりに授業をやらないか」と冗談めかして言われたほどだ。

 史音から見たら、どれもこれもうらやましいどころか、それを通り越して尊敬の域にまで達してしまっている。史音も勉強は得意な方だが、総得点で50点差以内に縮めたことはないし、大勢の人の前に立つだけで失神しそうになる史音の内気さでは、生徒会など夢のまた夢だ。


「最近、当番以外の時は来てないの?」
「え……あ、は、はい……すみませんっ……」
「あ……別に責めてるわけじゃなくて……どうしたのかなって……」
「き、来たいと思ってるんですけど……その……あの……」

 その学に対する気持ちが、恋であることはわかっていた。
 でも、そんな気後れもあって、言葉を交わすことすら満足にはできない。
 さらに、彼の気持ちはどうやら別の女の子に向いているらしいということが、史音の心に決定的なブレーキをかけていた。

「あ、別に無理しなくていいよ……それじゃ、また。貸し出しの時は頼むね」
「は、はいっ……また……」

 そう言葉を交わして、学は図書室の奥へと入っていく。それを見届けて、史音は図書委員の指定席であるカウンターに入る。
 史音には、いちいち図書室の奥をのぞくまでもなく、彼が向かった棚までわかっていた。
 学はいつも、図書室で科学関連の本を読んでいる。
 科学者の伝記が最も多いだろうか。アインシュタイン、キュリー夫人、湯川秀樹らのものを、何度も読んでいたのを覚えている。それから、Newtonという名の科学雑誌。史音は一度手にとってみたが、使われている用語さえろくにわからなかった。あとは、ブルーバックスという大衆向け科学書の類。
 それらをいつも、穴が開くほど真剣な視線で読み進めていた。

 そして……それを遠くから見つめるここが、史音の居場所だった。

 話し掛けることもできない、近づくこともできない……それでも、ただ見ていられるだけでいい。それだけが、史音のささやかな幸せだった。

 つい先月までは。


「っ……」
 カウンターに座る彼女の身体が、小刻みに震えていた。
 折れそうに細い両腕で身体を抱え込んで。
 白のストッキングに覆われた脚を、ぴったりと閉じて。

 6月という季節には似合わない姿で、ぶるぶると震えていた。

 原因は一つ。
 図書室全体に冷ややかな空気を送り出す、冷房の存在である。

 勉強のために快適な空間を、という理由なのか、公立学校でも図書室にだけは冷房が付いている場合が多い。旧校舎を再利用して作られたこの図書室も、木造の古い見た目には似合わない、真新しい業務用クーラーが設置されている。
 普段は図書室に無縁な生徒たちが一時の涼を求めてこの部屋にやってくるのも、好ましくはないかもしれないが、一種夏の学校の風物詩である。

 だが……史音にとってはそれだけでは済まなかったのである。

(寒い……先週より強めになってる……)
 冷たい空気は、彼女の身体から容赦なく体温を奪っていた。
 その寒さがもたらす不快感。それだけでも、この場にいることに苦痛を感じてもおかしくない。
 でも、それ以上に……彼女にはさらなる不幸が降りかかるのであった。

  ギュルッ……
(あっ……また……)
 おなかの奥で、小さく何かがうごめいた音。
  キュルルルルルッ……
 わずかに傾いた天秤が平衡の崩れを大きくしていくように、その違和感が急速に大きくなっていく。もはや気のせいでは済まされないほどに、彼女のおなかは低い唸りを発し始めていた。

(やっぱり……今日もまた……下っちゃってる……)
 史音は、その弱々しい細い身体からは想像できないが、めったに病気などはしない。
 ただ、彼女の唯一の身体の悩み……いや、幼児体型なのも悩んでないわけではないが、それとは別の次元の悩み……それが、この下痢であった。

 少しおなかが冷えただけで、おなかが急速に下ってしまう。
 トイレに駆け込んで、ぐちゃぐちゃのものを排泄して、出すものがなくなってもまだ続く腹痛。
 そんな苦しみが数時間に渡って続くのである。

  ゴロゴロゴロゴロッ……。
(ど、どうしよう……早くおトイレに…………)
 急速に高まってくる腹痛と便意。
 朝、家でしてこなかった分、便意の高まりが早い。
 このままだと十分もしないうちに限界を迎えてしまうかもしれない。

「あの、本の貸し出し、お願いします」
「え……あ……はい……」

(どうしたら……こんな時に……早く行かないと……)
 おしりの穴のすぐ内側まで駆け下ってきた便意をこらえながら、顔を上げ、図書の貸し出し手続きをする。
 昔ながらの貸し出し票が本の後ろについている方式で、前にこの本をいつ誰が借りたかというのがわかるようになっている。

 読んだ人の名前が残ることで本に一層の愛着が湧くということもあり、史音はこの方式が気に入っていた。藤倉学と言う名が書かれた本を探し、その後に自分の名前を刻むことがかすかな喜びでもあった。
 だが、機械で読み取るバーコード方式に比べて、手間がかかることは否めない。そしてそれは、このように一分一秒を争う時においては致命的な問題になる。

(えっと……返却予定日は……今日がえっと……16日……だから……)
 カリカリと鉛筆で貸出票に記録をつける。
 その間も、高まりゆく腹痛と便意は彼女を解放してくれない。

 ギュルゴロロロロロロッ!!
「……っ!!」
 紙をめくる音、鉛筆を走らせる音……そんなかすかな音のみが響いていた図書室に、隠しようのない大きな音が響いてしまった。
「……あ、す、すみませんっ……さ、30日返却でお願いしますっ」

 響いてしまった音を隠すように、彼女にしては大きな声で業務連絡をする。
 だがやはり雰囲気に似合わない上ずった声は、室内にいた生徒たちの注目を集めるだけだった。

  ゴロロロロロ……。
(だ、だめっ……おさまってください……)
 必死の願い。
 だが、彼女の身体は言うことを聞いてくれなかった。

  グルルルルルゴロッ!!
「っ!!」
 おしりを突き抜けようとする便意。
 もう、一刻の猶予もなかった。
 おなかをさすりながらカウンターの横にある外出中のボードに手をかけた時、思わぬところから声がかかった。

「舟崎さん……?」
「えっ……あ、ふ、藤倉さんっ!?」
 目の前に学の顔があった。
 本を読んでいる時のような真剣さはないが、何か張り詰めたものを感じる表情だった。

「顔色悪いけど……大丈夫?」
「え………あ、あ……はい……ちょっと、その……冷房が苦手で……」
 本当は冷房によっておなかが冷えて下痢をしてしまうのがつらいのだが、学の前でそんなことを口に出せるはずもない。今この瞬間にも、おなかが鳴り出さないかと心配でしょうがないのだ。
「そ、そっか……大変だね……」
「い、いえ……だ、大丈夫です……」
(せっかく藤倉さんとお話できるのに……こんな……)
 下痢の腹痛と便意に苦しみながら、カウンターの下でおなかを押さえながらなんて……。
 史音は、青白かった顔をわずかに紅潮させた。

「じゃあ僕、生徒会の方に行くから。また教室で」
「あ……は、はい……すみません……」
 そう言い残して、学は図書室を後にする。

 その足音すらはっきりと耳に聞こえる、静寂の空間。

 その空間に小さく鳴り響く、もう一つの音。

  ギュルッ……キュルルルルルルッ!!
(うぅっ……おトイレ……でも……)
 せめて、学の足音が聞こえなくなるまでは……。今すぐ外に飛び出して、おなかを押さえてトイレに駆け込む姿を見られてしまったら……。

 ………………。
(行った……みたい……ですね……)

 その音を耳で確認して、外出中の表示を出して図書室を飛び出す。

 痛むおなかを押さえながらだが、かろうじておしりの穴を押さえなくても耐えられる状態だった。
 彼女にとって唯一の幸いは、図書室の目の前にトイレがあることだろう。

 古ぼけた木の壁で仕切られた女子トイレに駆け込み、奥の個室に飛び込む。
 手前の個室を使わないのは、水の流れが異常に弱く、大便をしてしまうと流れない可能性が極めて高いからだ。
 今のおなかの具合からすると便はほとんど液状なのだが、それでも流れきらずに残ったりしたら一大事だ。そのためには、わずかの距離を気にしてはいられない。史音は、ゴロゴロとなるおなかを押さえながら、個室に入って排泄体勢を整えた。

 金隠しを抱え込み、斜め下を向くような前かがみの体勢。
 個室の中でもなお恥ずかしげに閉じられた脚。その膝頭は、ぺたんこな胸の前でぴったりと合わさっている。
 その膝元まで下ろされた真っ白のストッキング。身体……とくにおなかが冷えないようにと、彼女が唯一身に付けている「ぜいたく品」だったが……やはり今日も意味をなしてないようだった。
 その証が……今、彼女の身体の外に現れようとしている。

「んっ……」
 痛むおなかに、ほんのわずかの力を加えたその瞬間。

  ブチュルルルルルッ!!

 ほんの数かけら程度の軟便が、形をなさない液状便によって押し出される。
 色は薄い黄土色。
 固形、半固形、水流、水飛沫。
 一瞬のうちに形状を変える汚物が、史音の小さな肛門から便器に向かって吐き出された。

「ふっ……うんっ……」
  ブピチュプッ!!
  ブシュビビューーーッ!! ブビビッ!!

 引き金を断続的に引く水鉄砲のように。
 それほど広がっていないおしりの穴から、出ては止まり、出ては止まりといったペースで、液状便の水流が飛び出していく。
 一番最初のまとまった放出で最後部に溜まった軟便の小山を崩すように、その上に黄土色の水流が降りかかっていく。水流の太さも小指一本より細く、不透明なその色あいと肛門が擦れるかすかな音とをのぞけば、肛門からおしっこをしているようにすら見える。

「っ…………んっ、んくっ!!」
  プス……プシュルルルルーーーーッ!!
  ブチュブッ!! ブジュビピーーーーーーーッ!!
  ビュルルルルーーーッ!! ブッ!! ブチュピーーーーーッ!!
 肛門内の汚物が少なくなったのか、同じ力の入れようでは出なくなってきた。絞り出すように、おなかにより一層の力を込める。
 奥のほうに溜まっていたであろう新たな液便の水流が、あり余るほどの勢いで噴射された。さすがに、おしっこと呼べる太さではなくなっているが、まだ「うんち」という表現には似合わないその流れ出し具合だった。
 たださっきと変わったのは、一息の排泄の長さである。息を止めて、おなかの痛みをこらえながら力を入れる。その力が途切れるまで、水流が流れつづける。そして一呼吸をおいて、また息む。
 そのたびに、下りきったおなかの中身……黄土色の下痢便が肛門から流れ出していくのだ。

「ふっ……くぅぅぅぅ………」
  ブビチュルルルルーーーーーーーーッ………
 出しても出しても、強烈に残る残便感。それを振り払おうと、限界まで腹圧をかける。
 より一層の勢いで、液状便が噴射されていく……。

  ビュルーーーーー……ブジュブジュジュジュブボボッ!!!
「ひっ!?」
 突如、肛門から響いたものすごい破裂音。
  ガタッ……!!
「!?」
 壁を隔てた向こう……男子トイレの側から、物音が聞こえた。
(もしかして……向こうまで聞こえて……!?)
 向こうからの物音が聞こえるということは、こちらからの音も筒抜けということ。それに今の音も、すごい排泄音……と言うよりおならの音に驚いてのものだっただろう……。
(どうしよう……こんな…………恥ずかしいです……)
 不可抗力とはいえ、盛大な炸裂音を男子の誰かに聞かれてしまった……。顔が見えることはないにしても、恥ずかしくないはずがない。
 
 破裂音……直腸内の液状便が空になったことによる、空気の噴出によって起こったものだった。肛門の付近でねばついていた便も飛び散り、便器中に茶色い滴を付着させている。
 もちろん跳ね返りも馬鹿にできるものではなかった。おしりを後ろに向けていたため足元はその被害を免れたが、おしりの肌一面には、冷たく冷えゆく液体の感覚が飛び散っていた。

(ど、どうしましょう……早く出ないと……でもまだおなかが……)
 ぐっ、ぐっと力を込める。
 だが、さっきのガス破裂の恥ずかしさが頭に残り、力を入れきれない。
  プッ……プススッ……ブシュ……
 おかげで、わずかな空気がもれ出す程度にしか、直腸の運動は活性化されなかった。

(もう出なきゃ……図書委員の仕事も投げ出したままですから……)
 ……そう、観念する。
 おなかの不安感は消えないどころか大きくなりつつあるが、今出ないものはどうしようもない。戻るのが遅れ、トイレで大便……それも、これほどに汚い下痢便をしていることが知られてしまったら、史音はもう恥ずかしくて学校に来られないだろう。

「…………」
 ぺた、ぺた。
 肛門に何度も紙を押し付け、その汚れの部分を内側に折り込んでまたお尻に当てる。飛び散った汚れも、同じようにして吸収していく。
 結局、史音はトイレットペーパー数巻きを3回ほど使うだけで、全ての汚れを拭き取った。

(早く戻らないと……もう5分くらい経ってるでしょうから……)
 下着を上げ、その上をストッキングで覆う。
 水洗レバーをそっと手で押し下げると、勢いのある水流が茶色の液体を一瞬かき回し、すぐに反対側へと押し流していく。
 史音はそれを見届けた後、鍵を開けてトイレを後にした。

「貸し出しお願いします。早くしてくださいー」
「す、すみません、い、今行きますっ!!」


  ギュルゴロロロロロロッ……。
 それから数十分の後。
「……うくっ……」
 史音は……再び便意に苛まれていた。
 まだ昼休みは終わっていない。図書室の空気の中で冷やされ続けた史音のおなかは、ひどい痛みと便意を再発させていた。

(もうだめです……おトイレに行かないと……でも……)
 しかし、史音はカウンターの椅子から立ち上がることができなかった。
 すでに一度席を立っている。カウンターの近くで涼んでいる数人の女子は、史音のほうをちらちらとうかがいながらささやきあっている。その表情に、あざ笑うようなものが見え隠れするのを見て取るのはさほど難しいことではなかった。
 そんな視線の中でトイレに立つほどの図太さを、史音は持ち合わせていない。ただおなかを押さえ、時間が彼女を解放してくれるのを待つだけしかできなかった。

  ギュルギュルギュルッ!!
「ひっ……!!」
 ひときわ強烈な便意。
 駆け下る内容物が、弱々しく閉じられたおしりの穴をすり抜けようとする。
(だめっ……でちゃだめですっ……)
 目をつぶり、歯を食いしばってあふれそうな便を押さえ込む。
 ………。
 誰の目にも止まらないところで繰り広げられる、数秒間の戦い。

「っ……はぁっ……」
 一時の戦いに勝利した彼女が、再び息をつく。
  ゴロロロロロロロロッ!!
「……っ!?」
 だが、不調を極めているおなかは容赦なく、新たな便意を彼女に押し付ける。

(もうだめ……これ以上……我慢できません……)
 精一杯の決意で、カウンターから立ち上がる。
 その時、すぐ脇から笑い声が上がった。さっきから史音を見ていた女子の数人組。顔を見ると、クラスは違うが同じ学年の女子たちだった。
「…………」
 目をそむける。
 それしか、史音にできることはなかった。
 図書委員の職務を考えれば、彼女らに注意するのが義務でこそあろう。
 だが、今の史音には、そんな精神的余裕も、体力的余裕も残っていなかった。

 逃げるようにトイレに駆け込んだ史音。
 数十分前の排泄の残り香がわずかに感じられる、同じ個室。
 同じ体勢で、彼女は同じ行為を繰り返そうとしていた。

「んっ……」
  プシュッ!! ブジュルルルルッ!!
 かろうじて保ちつづけたおしりの締めつけを緩めるとともに、破裂音、そして水流の音が響く。

  ジュルピュッ……
  ブシュシュッ……
  ブシュィィィィッ……
「ふくっ……くぅぅぅっ……」
 なかなか出きらない液状の便を、絞り出すように排泄する。その水流の太さは鉛筆ほどだろうか。便器の中にも、溜まるという具合ではなく底の透明な水と混じりあっていくという程度だ。

  キーンコーン……
「えっ……!?」
 突然トイレの外から響いてくるチャイムの音。
 昼休み終了5分前を示す予鈴だった。
(は、早く出ないと……)
 授業に遅れて、先生に怒られるのは怖い。
 だが、焦る気持ちとは裏腹に、史音のおしりからは、ぽたぽたと黄土色の滴がしたたるのみだった。
 残便感の消えないおなかに力を入れても、痛みが増すだけでその元凶となる汚物は姿を表さない。肛門付近の液状便が、空しい音を立てつつ静かに落下するだけだった。
 ただ、時間のみが過ぎていく。

 数分後……史音はおなかをさすりながらトイレを後にすることになった。


 身体の中に抱えた不安。
 それが便意という形となって現れたのは、5時間目も終わろうかという時だった。

 キュルッ……
「!!」
 理科の授業中。担当の保科先生が、第2分野の生物の授業を進めていた。実験や観察ではないだけに、授業も理科室ではなく教室で行われている。
 史音にとって理科はそれほど得意な科目ではないが、実験が絡まなければ嫌いではない。だが……綺麗な文字で真面目にノートを取っていたその手が、ぴたりと止まった。
(また……おなかが……)
  ギュル……ゴロロロロロロロロッ……
 鈍く痛んでいた腹部が、危険信号を送ってくる。

 奇しくも黒板に書かれていた内容は、人体の消化器官に関するもの。
 小腸が栄養分を吸収し、大腸が水分を吸収する。

 その当たり前の機能を、史音の消化器官は放棄していた。

  ゴロロロロロロロッ!!
「ぁ……」
 あまりの痛みに、思わず声が漏れる。
 幸いなのは、授業時間があと1分を割っていることだった。
(早く、早く終わってください……)
 まだ便意が切迫してこそいないが、頭の中は早くトイレに駆け込みたい気持ちで一杯だ。

  キーンコーン……。
(終わった……これでトイレに行けます……)
「で、この消化管だが……必ず口で始まって肛門で終わるとは限らないんだなこれが。中には、入口と出口が同じという生物も存在する。そうだな……来島、わかるか?」
(は、早く終わりにしてくださいっ…………!!)
 そんな史音の祈りも届かず、授業はロスタイムに突入した。
 指名されて立ち上がったのは、史音の2つ後ろの席に座っていた沙絵。同じ班ではあるが、史音は視力が悪いために前の席に回してもらっているのだった。

「う〜……わ、わかりませ〜ん……」
 悩んだ表情で答える沙絵。
 悩んでいる、というよりは苦しんでいる、という表情に近い。
「仕方ないな。じゃあ困った時の藤倉先生に訊くか」
「うぅ……」
 そううめいて椅子に座り込んだ沙絵。そのまま机に突っ伏してしまった。
 どこか体調が悪いのだろうか……明らかな体調不良をきたしている史音から見ても、そう思いたくなる姿だった。

「えーと……確かクラゲとか珊瑚類がそうですね。海生の軟体生物にこの種のものが多くて、他には……」
 本人は自信がないのかもしれないが、他の生徒たちから見ればあまりにすらすらと答えている。もう賞賛を通り越してあきれるしかなかった。
 ただ、一人だけ違う思いを抱いていた生徒がいた。
(藤倉さん……お願い……早く終わらせてくださいっ……)


 結局終業の号令がかかったのは、チャイムからゆうに5分は経過した後だった。おなかの下っている史音には決して無視できない時間である。
 礼から身体を戻すと同時に、トイレに向けて小さな歩幅で駆け出す。
 

  ギュルゴロロロゴロゴロゴロッ!!
「……っ!!」
 途中おなかを押さえて立ち止まりながら、トイレに向かう。
 ともすれば便意に屈しそうになるが、周りに人がいるという羞恥心が、最後の一線を守り抜く力を与えてくれた。

 そしてたどり着いたトイレ。
「……えっ……?」
 飛び込んだ瞬間、一斉に浴びせられた視線。
 ……図書室でカウンターのそばから投げかけられていた、嘲笑のそれと同じだった。
「あ、あの図書委員ちゃん」
「……今は掃除中だよ。何の用?」
「あ…………あ……」
 一斉に投げかけられる言葉に、思わず後ずさる史音。
  ギュルゴロロロロロッ……。
(だめ……もう我慢できませんっ……)
 おしりの穴に襲いかかる水っぽい便意が、彼女を急かす。
「あの……あの……おトイレ……その……つ……使わせて……ください…………」
「はぁ?」
「我慢できないわけ? 信じらんないっ」
「小学生じゃないんだし……いくらゲリピーでもさぁ」
「!!」
 自分の恥ずかしい不調を言い当てられ、史音の顔が紅潮する。
「あ、やっぱそうだったんだ」
「図書室にいた時、ホント限界って感じだったもんねー」
「おもらしでもするんじゃないかって心配だったよ」
「あ、あの……お願いです……使わせて……ください……うぅ……」
 おなかを押さえて、必死に訴える史音。
「どーしよっかなー。掃除中だし」
「綺麗にしたそばから下痢で汚されちゃかなわないしね」
「よそでやってくんない? 臭いのやだし」
「え……」
「うわ、ひどい言い方」
「だってそうじゃない。あたし、マジで嫌だよ、下痢の臭いの中で掃除すんの」
「そうね……確かにやりたくないなー」

「うぅっ……!!」
(もう……もういやっ……)
 繰り返される容赦のない言葉。耐え切れなくなった史音は、背中を向けてその場所から逃げ出した。
「行っちゃった……いいの?」
「別にいいんじゃない? よそでもらしても、あたしらの知ったことじゃないし」
「ま、それもそーね」
 史音をさらなる苦しみに追いやった女子3人は、掃除もそこそこに談笑を始めていた。


「うぅっ…………」
(もう……もう限界ですっ……)
 旧校舎裏のゴミ捨て場。
 トイレを追い出された史音は、外に出た瞬間にクラスメートに見つかり、教室の掃除に連れ戻された。さらに、遅れた分としてゴミ捨てを押し付けられたのである。
 ゴミ捨て場まで歩く途中、おしりの穴が苦痛に緩みかけては、通りがかる人の目にはっと気を入れなおして耐える。そんな繰り返しだった。
(ここから一番近いトイレは……旧校舎の……)
 図書室の脇、一番なじみ深いあのトイレだ。 

「えっ……」
 旧校舎に上がろうとした時。
 その入口に、スリッパが置いてないことに気付いた。
(こ、この前まで置いてあったのに……)
 壁には、「持ち出しが多いためしばらくスリッパの設置を見合わせます」とある。
 本校舎の玄関まで戻らずに旧校舎に入るには必要不可欠だった、このスリッパ。それが今は使えない。床を歩くには靴下でも問題ないかもしれないが、史音の目的地はトイレである。しかも掃除が終わった瞬間。床は確かに磨かれているかもしれないが、靴下が水でびしょびしょになることは避けられまい。
 だが……。

  グギュルルルルルルルッ……。
(もう……もうだめ……限界ですっ……)
 下りつづける彼女のおなかは、それ以外の選択肢を与えてくれなかった。
 意を決して、靴を脱ぎっぱなしにして校舎内に駆け込む。
 半ば目を閉じながら、体が覚えているトイレの位置へ向かう。

 手洗い場を抜け、個室に目を向ける。予想通り床は水が残っており、足には冷たい感触が伝わってきたが、それを気にする余裕はなかった。
 この旧校舎のトイレは、図書室に生徒が集まる昼休み以外はめったに使われない。せいぜい放課後に生徒会役員が使うことがあるくらいだ。
 だから、史音は誰もいないものと思っていた。

 ほとんど閉じていた史音の目の前に飛び込んできたのは、予想だにしなかった光景だった。


「香月……さん……?」
 史音が普段使わない、手前の個室。
 そこでは、演劇部の部長、香月叶絵が便器にしゃがみこんでいた。
 苦しげにおなかを抱え、便器の中を茶色の汚物で一杯に満たして……。

(どうして香月さんがいるんですか……?)
(なんでこんなところでトイレに入ってるんですか……?)
(おなか……こわしてるんですか……?)
(どうして……ドアを開けたまま……?)
 果てしなく浮かんでくる疑問符。
 だが、それはたった一つの、単純な感嘆符によって打ち消された。

  ゴロロロロロロッ!
「あぁっ……」
 襲ってきた強烈な便意。
 今度は我慢しきれないと、身体が悲鳴を上げる。

「み、見ないでっ……わ、わけは後で話すから……お願いっ!!」
 叶絵の叫び。叫びというよりは悲鳴に近かった。
 その声に、反射的に後ずさってしまう史音。
 だが……すぐに身体の本能が、その動きを押しとどめる。

 本来なら、見なかったことにしてこの場を離れるべきだろう。
 だが……それは不可能な話だった。

「す、すみません……私もあの、我慢できなくて……すみませんっ!!」
 尊敬すらしている演劇部の部長。その人のすぐ隣で、下痢便を排泄しなければいけない。
お互いの恥ずかしさを極限まで増幅しながら。
 あまりにも過酷な運命だったが……それ以外の道は、おもらしというそれ以上の悲劇しか残っていなかった。

 奥の個室に入った史音は、弾かれるようにスカートの中に手を差し込み、下着をストッキングごとずり下ろした。その純白の部分の無事を確認する間もなく、便器にしゃがみこむ。

  ブバチュッ!!
  ブビビビビビッブビブビュルルルルッ!!
「はぁっ………うっ!!」
 猛烈な音を立てて、大量の空気と共に放出された液状便。
 肛門ではじけた茶色の液片が便器一面に降りそそぐ。

 限界近くまで我慢していただけに、その噴出の勢いもすさまじかった。

「くぅっ……はぁっ………あぁっ……」
  ビチッ……ビュジュルルッ……。
 だが……勢いよく排泄できたのは最初だけ。
 後は昼休みと同じように、おなかが渋るだけだった。便は垂れる程度にしか出て来ない。

  チョロロロロロ……。
 そうこうしているうちに、隣の個室からみじめな水音が聞こえ始めた。

 史音も一度、経験したことがある。
 昨年の夏、同じように冷房でおなかを冷やして下痢をして駆け込んだトイレ。
 便器の中に大量の下痢便を残したまま個室を出た時は、本当に生きた心地がしなかった。
 流れない旨を隣の叶絵に告げると、絶望的なため息が聞こえた。
  ギュルゴロロロロロッ!!
 おなかが激しく音を立てる。
 だが、おしりからは何も出て来ない。おそらく、腸内にはほとんど出すものが残っていないのだろう。
 それでも、腹痛からは解放されない。


 やがて、これ以上の排泄をあきらめた史音は、後始末をして個室を出た。
 外には、ややすっきりした表情の叶絵が待っていた。すっきりしたとは言っても、片手で個室の扉を開かないように押さえている。よほど、便器の中はひどい状態なんだろうなと想像できた。

「……聞いても、笑わないでね……」
 そう言いつつ話してくれた、ドアを開けたまま排泄をしていた理由。
 過去のトラウマ。
 学校での排泄の苦労。
 あまりにつらい話だった。

 だが……慰めるわけではないが、史音が自分のことを話し出すと、叶絵の表情が変わった。
 史音に対する同情のものへと。

 別に史音本人からすれば、大したことを言っているつもりではなかった。
 ただ、おなかが冷えると下痢をするだけ。
 夏場の冷房、冬場の冷え込みなどには弱いが、トイレに駆け込んでしまえば済むことだ。
 そのくらい耐えることが当然だと思っていたが、叶絵にとってはそうではなかったらしい。
 だから……それ以上のことを史音は話さなかった。

 家に帰れば安息が得られる叶絵と違って、史音は家のトイレでさえも我慢の苦しみを味わわなければいけないということを。


 まだおなかの痛みが引かない史音を気遣って、叶絵は部活を休んでいいと言ってくれた。
度重なる下痢と腹痛に疲れ果てていた史音は、その言葉に甘えることにした。

 だが……すんなりと家にたどり着くことはできなかった。

 家に帰るまでの長い道のり。
 校門を出る頃には新たな便意を感じ始めていた史音は、途中で公園のトイレに駆け込むことになる。

  ビシャーッ……ビチチチチッ……。
 短くなる排泄の周期に同調するように、便の出方が少なくなっていく。
 最初に一まとまりの下痢便……これもまた、肛門から尿が出ているような勢いだったが……。それを排泄した後は、空気と便の滴を断続的に吐き出すだけだった。

 隣の個室に人が入り、すぐに息む声が聞こえ始める。
 その声には聞き覚えがあった。同級生の来島沙絵。
 教室での不調そうな表情を思うと、おなかの具合が悪いのかと思ったが、聞こえてくるのは乾ききったおならの音だけ。
 そのうめき声の必死さに、史音は声をかけることすらできなかった。


 やがて数人の女の子が入ってくる。
 史音にとっては面識のない下級生だった。
 相当切羽詰っているらしい声に、史音は自分の排泄もそこそこに個室を譲った。


 おなかの不安を抱えてトイレから出る。今日、何度繰り返したかわからない光景だった。
 このまま家にまっすぐ帰っていれば、新たな便意に悩まされることもなかっただろう。
 だが、史音にはやらなければいけないことがあった。

「まいどありー」
 夕食の買い物。
 史音の家には、家事の担い手が彼女しかいない。
 史音が小学生の頃から、父は病気で入退院を繰り返している。母は家計を支えるため、夜遅くまでパートで働いている。家には、幼い弟と妹たちだけ。掃除や洗濯は分担しても、買い物と料理は史音の仕事だった。
 おなかの具合が悪いからと言って、休めるものではなかった。

 商店街を回る。
 新聞もとっていない舟崎家では、安売りの情報なども手に入れにくい。とはいえ、苦しい家計では1円たりとも無駄にはできない。だから、商店街を一通り回ってから、一番安い店に戻って食材を買うのが常だった。
 だが、こうして夕食の食材……ひき肉が思いのほか安かったので、肉じゃがを作ることにした……その材料を揃えるには、30分近い時間が経過していた。
 当然その頃には、史音のおなかも、その不本意な活動を再開しようとしていた。


「うぅぅ……」
  ギュルゴロロロロログルルッ……。
 彼女のおなかの中身を象徴するような、水っぽい音。
 不運にも、商店街を出てしばらくして、用水路の橋を渡ったところで急激に便意が強くなったのだった。
 この橋を越えると、町の様相ががらりと変わる。
 商店街の活気とは一転し、どの家もにぎやかさが感じられない。建物も平屋建ての貸家などが多くなる。
 史音の家庭ほど極端ではないにしろ、それほど裕福でない世帯が多く集まっているのがこの地域だった。

 当然、公園なども整備されておらず、商店もほとんどない。
 家に帰るまでは、トイレを借りることすらできないのだ。


  グギュルギュルルルルルルッ!!
「うぁぁ……」
(だめ……だめっ……)
 一層ひどくなる腹痛。
 普段ならもう我慢をあきらめてもらしてしまっているかもしれない。
 ただ……今日、ここまで必死に我慢してきて、最後の最後であきらめるわけにはいかない。
 そのかすかな意地だけが、史音を支えていた。

「はぁ……はぁ……」
 おなかを押さえながら、前かがみになりながらもたどり着いた我が家。
 そのみすぼらしい玄関の前に鞄と買い物袋を置き、トイレに向かう。

 平屋建ての貸家。部屋は六畳が二間と台所で家賃が二万円。6人の家族向けとは思えないその家で、史音の一家は暮らしていた。
 苦しい毎日を続けながらも、史音はその暮らしに不満を漏らしたことはない。
 ただ、一つだけ……このトイレだけはどうにかしてほしかった。
 隣家と共同利用の、汲み取り式の和式トイレが一つだけ。隣に男性用の小便器が併設されてはいるのだが、女性4人を抱える舟崎家にはとても十分とは言えない。

 決して、安息の場所とは言えない。
 それでも……今この苦しみからは解放される。そのはずだった。
 だが……トイレの前では、史音の期待を裏切る光景が待っていた。

「おにーちゃん、はやく、はやくでてっ!!」
 おなかを押さえて、必死な顔でトイレのドアを叩いている小学1年の妹……鞠奈の姿。
 その言葉からするに、トイレの中にいるのは4年生の弟、真悟だろうか。

「ちょ、ちょっと……どうしたの?」
 きょうだいたちに接する時だけ、敬語を使わなくなる。普段はいつも自信なさげにしている史音だったが、きょうだいたちにはせめて、お姉さんとして頼れる存在でありたいと思っている。
 だから、自分のおなかの不調を隠して、妹を気遣った。

「おねーちゃん……あのね、おなかいたいの……うんち、もれちゃいそう………」
「え……もしかして真悟も?」
「わかんない……あっ、でちゃうっ!!」
 びくびくと小さな身体を震わせる鞠奈。何とかおもらしは免れたようだが、今にももらしそうな状況に変わりはない。

「あ……お姉ちゃん……」
 玄関の引き戸が開き、すぐ下の妹、明乃が顔を出す。その表情は、暗い。
「明乃……何があったの?」
「うん……わたしもさっき帰ってきたんだけど……冷蔵庫に、この前もらってきたおまんじゅう入れておいたんだけど……あれ、二人で食べちゃったみたいなの……」
「え……!? 一週間前の……?」
「うん……わたしも忘れてて、昨日見つけて……今日帰ってきたら、火を通して食べようって思って……でも、真悟たち、おなかへってがまんできなかったみたいで……」
「そう……うぅっ……」
「お姉ちゃん、大丈夫? もしかして、またおなか……」
「だ、大丈夫、大丈夫だから……っ……」
「う……うう……うわああぁぁぁぁん!!」
「!!」
「鞠奈!?」
 泣き声が上がった方を見る。

 しゃがみこんだ鞠奈のおしり。
 くすんだピンク色のスカートの端からのぞいたパンツに、はっきりと茶色の染みが浮かんでいた。
「わあああぁぁぁぁっ……!! すっ……えぇぇぇぇん……!!」
 泣きじゃくる小さな姿。
 その間にも、パンツの染みは広がっていく。
 地面にも、その滴が垂れ始めた。決して容易ならぬ下痢のようだった。
「鞠奈……ちょっと真悟、早く出なさいっ!! 早くっ!!」
 明乃がトイレの中へ向かって叫ぶ。
「鞠奈……ほら、もう泣かないで……だいじょうぶ、もうすぐおトイレ空くからね、もうちょっとだけがまんして」
「うあああんっ……がまんできないよぉ!」
  ビチビチビチビチビチッ!!
 史音の耳にもはっきり届くおもらしの音。
「もうすぐだからね……もうすぐ……」
 自分でも気休めとしか思えない言葉を続けながら、史音は妹の頭をなで、背中をさすりつづけた。


「鞠奈……うんち全部出たら言ってね……おしり……きれいにしてあげるから」
 げっそりとしてトイレから出てきた真悟を明乃が家の中に連れて行き、水を飲ませていた。史音はおもらしした鞠奈の手を引いてトイレに連れて行き、下着を完全に脱がせて便器にしゃがませてやった。
 先におしりを拭いてあげようとも思ったが、そうする前に鞠奈がうんちを出し始めてしまった。小さい身体なりに、必死に我慢していたらしい。
  ビチチチチチブリュッ!! ジュルビビビッ!!
  ブビビビビビブビブビッ!! ブリュブリュリュリュッ!!
 小さなパンツをぐちゃぐちゃの茶色で一杯にして、なお出し切らない下痢便。小さな身体には、痛んだ饅頭1個でも十分、おなかをこわすだけの毒素が含まれていたらしい。

「おねーちゃん……おなかいたい……いたいよ……」
「大丈夫、すぐ治るから……ね?」
「行っちゃやだぁ!! うぅ……」
 外に出ようとした史音のスカートを、鞠奈の小さな手が引っぱる。
 振り返った表情は、痛いほどに不安げだった。
「……わかった……一緒にいるから……お姉ちゃんどこにもいかないから……」

 トイレの中を埋めつくす、溜まった汚物のにおいと鞠奈が新しく生み出す下痢のにおい。
 そこに……新たな悪臭が加わろうとしていた。

(……もう……もう限界です……)
 目の前で排泄を続ける鞠奈。
 史音はその後ろで、横を向いて、反対側の壁に手をついて便意をこらえ続けていた。
 だが……目の前で繰り広げられる排泄姿に、史音の便意も刺激を受ける。
 その刺激が……ついに、閾値を越えようとしていた。

(苦しい…………助け……て…………)
 腹痛と便意の苦しみ。
 史音がそれから逃れるために取った手段は一つ。
 ……わずかな理性を捨て、生理的欲求に従うだけだった。

  ブピュルッ!!
「!!」
 無意識のうちにゆるんだ肛門。
 そこから、全く形を保っていない液状便があふれ出していた。

 すぐに下着……これも、おなかを冷やさないようにと厚手の……子供っぽいおなか全体を覆うものを身に付けているが……その下着に液状便が吸収され、ゆがんだ円形の染みを作る。

「くぅっ……」
  ブリュブリュブブブブブッ!!
  ビシューーーーーーーッ!!
 さらに出つづける下痢便。
 猛烈な破裂音を伴って、パンツの中に炸裂する。
 それが終わると、音もなく連続して出続ける下痢便。
 トイレで下着を脱いで出したのなら、まるで小便のように見えたことだろう。
 だが、そのあふれる先はすでに下痢便を一杯に吸収した下着の中。
 吸収し切れなかった茶色の液体が、外のストッキングにまであふれ出す。

 それだけでは止まらない。今までの下痢で出し切れなかった分を解放するかのように、おなかの中の液状便が後から後からあふれ出していった。

  ブジュビチチチチチッ!! ブリュルルッ!!
  ビジュルルルルルッ!! ビジュブリュリュッ!!
  ビブピュルルルルルッ!! ジュルルルビシャーーーッ!!

「うぅっ……うっ……」
 泣いていた。
 ……泣いて当たり前だった。
 あまりにもみじめな格好だったから。
 おもらしをして泣いていたはずの幼い鞠奈が、心配そうな表情で見上げていたほどだったから。

 足元まで届く、ストッキングに染み込んだ茶色い筋。
 遠目にでもはっきり見えるであろうその筋が右足に3本、左足に2本。さらにスカートの中には、表に現れない筋が数本はっきりと存在している。
 そしてさらに上。その源流となった部分は、茶色の下着に覆われていた。
 あまりにも液体性が高いため、出した量の割にはパンツの前後にはさほど及ばず、おしりの穴を中心に扇状に広がる染みを作り上げていた。
 軽く開かれた両足の間には、直接おしりから落ちたであろう茶色の水滴がいくつか散らばっていた。

 せっかく我慢したのに。
 学校で、帰り道で、あれだけの苦しみに耐えてきたのに。
 待っていた結果は……最悪のおもらしだった。


「…………ふふ……」
 涙を浮かべたまま、彼女は口元を緩めた。

 報われない人生には慣れている。
 苦しい家庭事情。
 思い通りにならない人間関係。
 そして、情けないと思っている自分自身。

「ふふ……っ……」
 みじめな人生だとは思いたくなかった。
 笑うことで、自分は不幸じゃないんだと思おうとした。

 でも……どれだけ頭を真っ白にしても。
 どれだけ視界がかすんでも。

 おしりに張り付く気持ち悪い感触だけは……かき消すことはできなかった。

 そのみじめさが、彼女の笑顔に……自分を護るための笑顔に……消えない涙を浮かばせているのだった。


あとがき

 史音に同情していただけましたでしょうか。
 排泄シーン5回、妹のも加えれば6回を費やして、言いたかったことはそれだけです。

 基本的に、このシリーズでは「排泄シーンを省略しない」ということにこだわっています。
 下痢の描写とかでも、トイレに駆け込んで終わり、とか、画面が暗転して音だけ、とかいうのが結構あって、そのたびに残念な思いを抱いています。ですから、せめて自分の書くものくらいは、たとえ似たような繰り返しでも手抜きせずにちゃんと描こうというわけです。その割には、今回はそこそこの長さに収まって、なんとか安心しています。

 今回気にいった表現は「肛門からおしっこ」ですね。
 ふみふみの下痢がもっとも良く想像できる表現だと思っています。これからも使うかと思いますが、ワンパターンと言わないでくださるとありがたいです。

 いじめっ子3人衆については「下痢をあたたかく見守る」というこれまでの雰囲気に反するので出すかどうか迷ったのですが、やはり史音の不幸さを強調するために出すことにしました。
 まあ、もちろん人をいじめたらその報いがあるわけです。そしてこの小説の趣旨からして、どういう報いを受けるかは想像に難くないでしょう(笑) その時を楽しみにしてくださいませ。
 あ、妹さん二人にも一応ご期待のシーンを用意しますよ。「ろりすか」の名は伊達ではありませんので。

 さて、そろそろ次回予告を。

 ひかり、幸華、美奈穂、叶絵、史音……彼女たちにとっての悲劇の一日。
 その翌日に、悲劇の一日を過ごす少女がいる。
 普段から天真爛漫で、悩みなど何もないように振舞う来島沙絵。
 彼女にも、誰にも言えない秘密があった。
 誰もが羽を伸ばす休日に……沙絵は一人、孤独な戦いを続ける。

 つぼみたちの輝き Story.9「Fairy's Day Off」。
 今日は……なかったことにする日。


戻る