つぼみたちの輝き Story.12
「last resort」
徳山御琴(とくやま みこと)
15歳 桜ヶ丘中学校3年1組
体型 身長:164cm 体重:49kg 3サイズ:86-58-87
陸上部部長を務める、県内有数のスプリンター。
同時に、目を見張るほどの美貌と中学生離れした成熟した肉体の持ち主でもある。
冷たい言動が目立つが、彼女を「お姉さま」と慕う者も多い。
三条大橋。
江戸時代に東海道の終着点であったこの場所は、平成の世となってなお人々の姿で溢れている。
地下鉄と私鉄が接続し、京都一の繁華街である河原町・新京極への出入口であるこの橋。そのたもと、正確には川端通を挟んだ南東側にある銅像は通称「土下座像」と呼ばれ、待ち合わせの名所となっている。
休日はもちろん、今日のような平日の朝でさえも、その像の周りには多くの人の姿が見える。
――いや。
違った。
普通の平日……そして休日とも違う光景がそこにあった。
普段なら、像のすぐそばには、わかりやすい場所を占めようと高密度で人が集まっているのだが……今日はその周りだけ、ぽっかりと人垣の隙間ができていた。
その中心には、少女が一人。
少女……確かに年齢としてはそうかもしれないが、彼女の外見にはその呼び方は相応しくないかもしれない。
制服……中学か高校の生徒、すなわち未成年であることを暗に主張するセーラーカラーの服を身につけてなお、彼女の身体的成熟は際立っていた。
すらりと伸びた両足。細いと言っても折れそうな弱さではなく、引き締まったと言っても筋肉質ではない。美しさと機能性を備えた魅力的な脚は、黒のストッキングでしっかりと覆い隠されていた。
その長さゆえ、スカートの丈は短く見える。膝の上10cmはあるだろうか。もちろん、異性の気を引くためにわざわざ丈を上げているわけではない、彼女にしてはごく普通の着こなしである。
そして、濃紺の襟の下には、白い生地を押し上げる二つのふくらみ。そのふくらみによって、上着の裾がスカートの上端に届かないほどになっているというのだから、はっきりとは見えないその大きさもうかがい知れるというものである。
それでいて、その上着とスカートの隙間から見え隠れするウェストは、コルセットで矯正されたかのような細さを保っている。
そして顔立ち。丸みこそないが骨ばっているわけではなく、切れ長の目つきも威圧感より先に吸い込まれるような美しさを感じさせる。そして色素の薄い銀色に近い髪が、その鮮烈な魅力を包みこみ、さらに増幅して周囲にその存在感を放っている。
何も知らない者が彼女を見たらどう思うだろうか。
おそらく、グラビアアイドル程度の言葉では足りないだろう。外国のファッションモデルと言っても十分に通用するそのスタイルである。
制服を着ていなければ、一地方都市の公立中学校の一生徒だとは誰も思わないだろう。
けやき野市立桜ヶ丘中学校3年1組出席番号28番、徳山御琴。
彼女はひとり……雑踏の中に佇んでいた。
修学旅行3日目。
昼過ぎに京都を発つまでのわずかな時間、最後の自由時間が与えられていた。
班割りも関係なく、好きな友達と修学旅行最後の思い出を作る。
……もっとも、大半の生徒は繁華街でのお土産選びに時間を費やすのだが。
そんな中、御琴は一人だった。
積極的にそうしようと望んだわけではないが、誰もいっしょに行動しようとは声をかけてこなかった。そしてもちろん御琴自身も、誰かに声をかけようとはしなかった。
それでいいと思っている。
好き好んで人と一緒にいる必要はない。
そのために気を遣うよりは、一人でいた方がはるかに居心地がいい。
そして、奇しくも御琴の行き過ぎた美貌は、同級生たちの側に遠慮をさせるのに十分であった。その結果が、一人三条大橋たもとにたたずむ修学旅行の少女の図である。
……だが、いつでもどこにでも、雰囲気を解さない者はいるものだ。
「ねぇキミ……」
へらへらと近づいてきた、二人組の男。髪を薄っぺらな色に染め、流行の服装でこれでもかと軽薄さをアピールしている。
「一人?」
彼らに、遠巻きに眺めている群衆ほどの思慮があったなら、数秒後の血も凍るような感覚を味わわずにすんだだろう。
「もし時間あったらさ、オレらと――」
彼らが口を動かせたのはそこまでだった。
「―――!!」
一瞥。
少女が一瞬、顔を彼らに向け、真正面からその目を見据えた。
同じ目の高さから放たれる、あまりにも鋭く、あまりにも冷たい視線。
その視線で両目を貫かれ、男たちはその格好のまま凍りついた。
ともすると御琴の倍近い年齢の男二人が、一人の少女の視線におびえている。
普通では考えられない……だが、御琴の周りではもはや日常茶飯事ともいえる光景だった。
「ふ……」
何事もなかったかのように、視線を戻す。
先ほど大の男二人を射すくめたその視線は、今度は待ち合わせ場所の銅像の碑文を真剣に見つめていた。
地元の人間でさえ「土下座像」としか覚えていないその像は、江戸寛政期の漢学者、高山彦九郎の像である。江戸中期においては先駆的な尊王論を唱えた人物で、当時は反逆者として自刃の憂き目に遭い、逆に戦前までは国家神道との関係からその行状が高く評価されていたが、平成の今となってはその名前は忘れられて久しい。
なぜ御琴がそんな銅像の碑文を注視しているか……その理由は、御琴がまだ物心つく前にさかのぼる。
「よくお聞きなさい御琴。徳山の血筋ははるかな昔、武士の時代まで遡るのです」
「ぶし?」
「美しき刀と鎧をもって戦った、誇りある戦士のことですわ」
「ふぅん……」
「腐敗した鎌倉幕府を倒し、京に旗を立て、正当な朝廷の下で新たな時代を築こうとした新田義貞……それが我が徳山家の祖先。偽の朝廷を立てた足利尊氏に敗れ、本家の血筋こそ途絶えたけれど……その名前は今も語り継がれているのです」
「………?」
「ふふ、御琴にはまだ難しいお話だったようですわね」
「……かあさま。じゃあごせんぞさまがせいぎで、もうひとりの人はわるい人だったんだよね?」
「いかにも、その通りですわ」
「じゃあ……なんでごせんぞさまは、せいぎなのにまけちゃったの?」
「それは順番が逆でしてよ。勝った者が正義を名乗っているだけ。我が祖先は、敗北したがゆえに逆賊の汚名を着せられているのですわ」
「……じゃあ、みことが勝って、ごせんぞさまをせいぎにしてあげればいいんだ!」
「え……? ふふ……そうですわね。もはや天下国家の支配という時代ではありませんが……足利氏の血を引く者には、決して負けるわけには行きませんわね」
「あしかがってひとのほうにも、かあさまやみことみたいなひとがいるの?」
「ええ……。この月ヶ瀬川の向こう、桜ヶ丘に居を構える白宮の家……あの家の者にもし会うことがあったら、その時は決して負けてはいけませんよ」
「はい、かあさま」
「………」
母がいつか話していた京の都。
御琴は今まさに、その京の街に立っていた。
目の前にある像は、徳山の実家がある楠原の町出身の国学者、高山彦九郎の像。
旧主新田氏の功績を称え、ひいては滅亡した南朝を擁護し、当時の江戸幕府を否定して尊王論を打ち立てた人物だ。御所に向かって土下座をするその像の姿は、京に上ったとき天皇の畏れ多さに感極まったためと言われている。
徳山……ひいては新田の系譜にゆかりあるものとして訪ねたこの像だったが、碑文に書いてあるのは尊王の志が幕末の志士たちのよりどころとなったということくらい。
御琴にとっては、南北朝の正当性や尊王論の是非などは興味がなかった。
かつて母に何度も聞かされた祖先の歴史から、彼女が学んだことはただ一つ。
勝者こそ正義。
たとえ正しいことをなそうとも、力によって敗れればその正しさは失われてしまう。
自らが正しいと思う道を歩むには、強くなければならない――。
御琴はその教えに従い、心体両面での強さを追求した。
まずは身体。
早熟な彼女の肢体は、人の目を引くだけで終わっているわけではない。
歩幅すら同級生たちと違うその両脚は、「走る」という最も単純な運動行為を、「速く」という最も単純な目的のために最大限機能させる。
制服の下に隠されながらもその存在をアピールする両胸、その奥には、どれだけの距離どれだけの時間酷使しても音を上げない強靭な心肺機能が培われている。
そして得たのが、陸上部内で最速と同義である部長の称号と、数々の大会で塗り替えた記録、勝ち取った優勝の栄誉。短距離走の県大会記録は、ほぼ全て彼女によって塗り替えられたと言っても過言ではない。
あまりに陸上の成績が有名なために知る者は少ないが、知性においても彼女の右に出るものは少ない。知識もさることながら、判断の素早さと的確さは超一流。その知性は、学校の試験以外でも、陸上のトレーニングなどにも遺憾なく発揮される。
それだけの完璧さを備えてなお、まだ強さを求めるのか……。
それは……彼女が自らの弱さを知っているからである。
どれだけ身体を鍛え上げてもどうにもならない、彼女の身体の中の弱さ――。
「っ……!!」
美しく佇んでいた彼女の顔に、一瞬のゆがみが走った。
「…………」
彼女はすぐ、表情を戻した。
そのまま、橋の上へと歩き出す。
その身のこなしも優雅にして機敏。
鋭角に回転した身体によって、スカートの裾がふわりと翻る。
周りの人々は、その姿に見入っていた。
もちろん、彼女の歩き出す美しい姿にであり、彼女の表情のゆがみに気づいたものはいない。
ちょうど点滅を始めた信号を渡り、三条大橋の上へと足を踏み入れる。
……その時、彼女の足が止まった。
「く……っ……」
身体をこわばらせる。
顔に浮かんだのは、ひとしずくの冷や汗。
彼女の身体に、異常が起こり始めているのは間違いなかった。
(い……いけませんわ、このようなところで……)
身体の中で風船を膨らまされているような、すさまじい圧迫感。
……いや。
これは比喩ではない。
事実、彼女の身体の中では……圧縮された高圧気体が、暴発へのカウントダウンを始めていたのである。
そう……彼女が内に秘めた弱さ、それがこの気体……おならの存在だった。
御琴の恵まれた体格の活動を維持するためには、当然その細胞全てに行き渡るだけの酸素を摂取せねばならない。もちろん御琴の肺活量は、それを満たして余りあるほどだから、息切れの心配はない。
だが……余りあるほどに吸い込んだ空気は、全て肺での呼吸に用いられるわけではない。
鼻や口から食道、胃、そして腸へと、その一部は送られていく。
その出口は一つしかない。
肛門から、強烈なにおいを放つおならとなって放出されるのである。
しかも彼女の場合、飲み込む空気の量が多い。したがって生成されるおならの量も倍増する。それはおならの回数の増加、そして一度あたりの放出量の増加にもつながる。
そうして一気に大量のガスが排出されるとなると、その勢いはもう爆発と言ってもよいほど強烈なものになる。もちろんその際には、はっきりそれとわかる炸裂音を発する羽目になるのだ。
おまけに彼女のおならは……とてつもなく臭い。最初の一瞬だけ甘ったるい芳香を残し、それがすぐに急転して酸味混じりの腐臭を放つのである。普通の人でも胃腸の調子が悪い時はこのようなにおいのおならが出ることがあるが、御琴にとってはそれが常時である。
もちろん、そんな強烈なにおいの気体を、公衆の面前でぶちまけるなどできるわけがない。そんなことをしようものなら、大便そのものをもらしたのと同じくらいの恥辱になりうる。
(こ……これほどにも溜まっていたなんて……)
物思いにふけっていた間に、彼女の中の空気圧は破裂の一歩手前まで高まっていた。そう長く我慢しきれないことは、御琴にはわかっている。
それゆえ、早く安全に……誰にも気づかれずにガスを放出できる場所までたどり着かなくてはならない。
しかし、彼女の足取りは思わしくない。
今すぐ出させろと、圧力に耐えかねた腸内壁の神経が本能の命令を押し付けてくる。それをこらえるのに精一杯だからだ。
けやき野市での日常生活において、小川にかかった橋の上などは空気の流れも速やかで、立ち止まっていても怪しまれない、野外でおならを排出するのに最良のスポットである。
だがここは、100万都市京都の中心部にかかった三条大橋。当然、人通りが途切れることはない。
(こんなところでしてしまうわけには……)
御琴は、必死でおしりの穴を締め、今にも出そうなおならをこらえながら歩いていく。
おしりを押さえるなどすれば楽にもなろうものだが、そんなことをすれば我慢しているのが丸わかり。それは間接的にはおならを出すのと変わらない恥ずかしさである。
それゆえ、御琴が抱えた苦悩に気づくものはなく、行き交う人々は振り返らず、あるいはただ御琴の美しさのみに振り返り……それぞれの道を急ぐのであった。
(くっ……もう……もうこれ以上は……)
数分後。
御琴はまだ、苦しみから解放されていなかった。
京都一の繁華街、河原町近辺においては、そうそう人通りのないところなどあるはずがない。
かろうじて大通りからは離れたが、中央の小川を挟んで人通りが絶えることはない。
誰にも気づかれずにおならを処理できる場所は……見つからなかった。
もともと、新京極通を歩いていた時に見つけた公衆トイレへ向かおうとしたのだったが、とてもそこまで保ちそうにはない。トイレの個室内なら、恥ずかしさこそなくならないが、多少の音やにおいは許容範囲なのだが、それは叶いそうになかった。
街中とあってコンビニなどには事欠かないのだが、万が一トイレを借りて、店の中にまで響き渡る大音響をぶちかましてしまったら目も当てられない。
そうして我慢を重ねた末の……限界だった。
「……っ!!」
プ……スッ……
雑踏の音にまぎれて聞こえないはずの、かすかな破裂音。
だが、御琴の身体には、肛門に生まれたわずかな振動が、はっきりと伝わってきた。
プッ…………プッ…ブブブッ!!
続いて連続した音、そしてひときわ鋭く響く強烈な音。
(も、もうこのままでは……)
はっきりそれとわかる音、すでに鼻腔を満たし始めたにおい……しかし、これはまだ前触れに過ぎない。
まだ周りには足を止めるものはいないが、今おなかを圧迫しているガスが一気に放出されようものなら、こんなちっぽけな音とにおいでは済まされないだろう。そうなったら確実に放屁の事実は発覚する。
(こうなったら……「すかす」しかありませんわ……)
彼女は固く締め付けていたお尻の穴をわずかに、ほんのわずかに緩めた。
フス………シュー………ッ………フシュルルッ…………。
「は……あぁっ……」
小指の先より細く開いたわずかな隙間を通って、彼女の体内の空気が外に流れ出ていく。
あまりにも少ない流れゆえに、音はほとんど発せられない。
彼女の周りのにおいも、悪臭元の拡散と生成が平衡をなし、一定以上に濃くなる様子はない。
これが……いわゆる「すかしっ屁」である。
巨大放屁の炸裂を避けるための、御琴の最後の手段だった。
まさか、御琴のような美貌の少女が……。誰しもそう思うだろう。
それこそが、御琴にとって唯一の救いである。音とにおいの発生源さえ特定されなければ、自分の仕業だと思われることは決してない……。だからこそ、御琴はこうして、自らの苦しみを人前にもかかわらず解放することができる。
プスゥゥゥゥ…………シュゥゥゥゥッ………ププ…………
プュ……プフゥッ…………スシュゥゥゥ…………
……いや、完全な解放とはまだ言えない。音を立てずに「すかす」には、緻密な流量調節が必要となる。
完全に閉じては次の放出が特大のものになり、かといって開きが大きければその隙間から一気に相当量の空気が放出され、さらに肛門を広げる方に力が加わってしまう。
それこそ括約筋繊維一本単位での精密なコントロールをしなければならないのだ。わずかでもその調節を誤ろうものなら……。
シュル…………スゥゥゥゥ……………プブブブッ!!
「!!」
たちまち響く破裂音。肛門の開きが1ミリ大きくなっただけでこの炸裂音である。
「…………」
周りの通行人が足を止め、辺りをうかがい始めた。
御琴は、そっと息を潜めている。
気づかれてはならない。気づかれては……。
何事もなかったかのように、数歩歩き出す……。
プププッ!!
(ひっ……)
たちまち、新たな空気がお尻の穴をこじ開けて吐き出される。
あれだけ出したのに、まだ圧迫感は和らがない。それだけ溜まっている量が多いのだろう。
(くっ……)
フシュ………プスス……スゥーッ…………
慎重に慎重を重ねてガスの門を開き、わずかずつの放屁を続ける。
言い知れない感覚に、彼女の美しい顔が曇っていく。
(早く……早く終わらせなければ……)
シュル……………プフ…………プスス……
……もちろん、早く終わらせたいからと言って流量を増やすわけには行かない。彼女はただ、何もできないままこの苦しみの終わりを待ちつづけた。
プシュ……シュ……………プ……ス……
…………。
(終わった……ようですわね……)
おなかの中の圧迫感が、ずいぶん薄らいでいる。放屁の余韻か、まだ違和感が消えてはいないが……差し迫った事態はしばらく起こらないだろう。
「っ……」
落ち着いた彼女がまず感じたのは、あたりに漂う悪臭。
少しずつの放屁であっても、出した総量は馬鹿にならない。わずかな甘味を含んだ刺激臭が、御琴を包み込んでいた。
(早く離れなくては……)
この悪臭の中心にいつまでも立っていれば、間違いなくその犯人は特定されてしまう。
そうなる前に離れなければいけない。だが、慌てて走り出すのも何かやましいことがあるように思える。
「…………」
……結局、御琴は無言のまま歩き出した。
「ふ……」
ため息。
十分に「犯行現場」から離れ、尾を引いていた悪臭が感じられなくなって初めて、御琴にため息をつく余裕ができた。もっとも、自分で出した物ながらあのにおいの中ではため息をつく気にすらなれなかったという事情もあるが……。
次に襲ってくるのは、恥ずかしさと罪悪感。
誰にも気づかれていない分、恥ずかしさはさほどでもないが……。逆に罪悪感は倍増する。公衆の面前ではしたない行為に及び、すました顔でその場から逃げ出した女……。まるで自分が罪を犯したような気持ちになるのである。
しかし、これは避けることのできない行為なのである。
おならを我慢しつづければいずれは大暴発を引き起こすし、もしくはさらにとんでもない事態を招く可能性すらあるのだ。
それは、御琴に課せられた運命というほかなかった。
同じ頃。
その場所から歩きで10分と離れていない、新京極商店街にて。
「たかちゃん、ほらほら扇子〜。舞妓さんみたいだよっ」
「わかった、わかったから少し静かにしろって」
「ほら、純子ちゃんも。これなんか似合いそうだよ」
「えっ……そ、そうかしら……」
「美典、おまえ一昨日も回ったんじゃないのか……って、白宮さんに勝手になにを……っ!?」
……御琴の孤独をよそに、にぎやかこの上ない光景が展開されていた。
最終日ともなるとクラス割の班行動もいい加減なものである。思い思いの面々が思い思いの場所へ。
一昨日の衰弱ぶりから反動的な回復を見せた美典が隆と純子を連れまわし、その後ろから、軒並みよりその3人を眺めるように叶絵と江介がついていく。
「おまえさんは混ざらなくていいのか、香月?」
「…………あたしは、別に……」
今も、小間物屋を楽しげに眺める3人を、人の流れの中から見守っている叶絵と江介である。
「ど、どう……?」
美典が薦めていた髪飾りを身に付けた純子が、振り向く。
ふぁさっ……
なびく黒髪。
流線を描いて綾なすその頂点に輝く髪飾り。
土産物屋で売っているそれは、作り物の銀色に過ぎない安物のはずだった。
それが、髪が真下に落ち着くまでの数秒間、一瞬ごとに色を変える。
顔を赤らめてはにかんだ表情、その瞳の黒に意識もろとも吸い込まれそうになる。
「………………」
「あ、あの…………」
「…………」
「……おーい、早坂隆君?」
「え、あ…………あっ!?」
止まっていた時間が動き出す。
目の前には不安げな純子の顔。
横にはわくわくした美典の姿。
後ろからはやれやれという江介の視線。
そして、形容しがたい……おそらくは本人も自分の胸中を理解していない、複雑な表情を浮かべた叶絵がいる。
「そ、その……」
「あ、ああ、い、いい、んじゃないかな……?」
ぎこちなく答える隆と……
「うん、ぴったりだと思うよ」
無邪気に笑う美典。
「そう……よかった……」
そして………ほっ、と目を閉じる純子。
「まったく隆のやつも白宮サンも、もうすこし素直になりゃいいものを。なぁ?」
「そう………………だね」
叶絵は相槌を打とうとして、心の中に引っ掛かりを感じた。
あの二人がお似合いだとはわかっている。自分の入る余地がないこともわかっている。
それでも……。
「どした、具合でも悪いのか?」
「そ、そうじゃないって!!」
「ムキになるなって。本当に調子悪いんじゃないだろうな?」
「だ、大丈夫だって……」
「あ、叶絵ちゃん、叶絵ちゃんもほら」
「え、ちょ、ちょっと!?」
いつのまにか近づいていた美典に引っ張られて、叶絵が店の中へ連れ込まれていく。
「はいっ」
「…………あのね淡倉さん」
「どうしたの?」
「なんであたしだけ新撰組の法被なわけ?」
いつのまにか叶絵に着せられていたのは、浅葱色の羽織。
幕末の都を血刃で震撼させた剣術集団、新撰組の制服である。
とはいえ、今の世では修学旅行生がネタとして買っていくような、おもちゃじみたアイテムに過ぎない。
「ふむ。似合うじゃないか」
「あのねぇっ!!」
羽織の裾を翻らせて詰め寄る叶絵。本物の新撰組もかくや、という気合である。
「とにかく、これはいいから」
そう言って法被をたたんで置く。
代わりに手にとったのは油取り紙。肌に浮いた油を取り、みずみずしさを保つ化粧品の一種である。
「ほう」
その行動に素早く反応したのが江介。
「やはり香月も女ということか……」
「あ……べ、別に欲しいってわけじゃ……」
何事もなかったかのように手を戻す。
「……なあ、江介」
「なんだ。そんなに驚いたか?」
「あの紙って……なんだ?」
場を和ませたのは、隆のいつも通り朴念仁な言葉。
「そうだったのか……」
「……だから意外だったわけだが……」
「どーせあたしはこんなの必要ないですよ」
「そ……」
思わず同意しかけた隆の脳裏に、一昨日の叶絵の姿が浮かび上がる。
湯上りの肌に、結んでいる髪を下ろした艶やかな姿。
純子と同じように髪飾りを身に付けても、決して違和感はない。
「………そんなこと、ないと思うけどな」
無意識に出た言葉。
「え……」
今度は、叶絵が驚く番だった。
東海道五十三次の時代には平均して15日はかかった東京-京都間。
それが21世紀も間近となった今では、漫画に描かれたようなリニアモーターカーこそ実現されていないものの、新幹線によって2時間30分にまで短縮されている。
その新幹線ひかり号東京行きの車内。
昼食後に京都を発った桜ヶ丘中学校の生徒たちが、けやき野への帰途についていた。
「……よし、8切りでクイーンの2枚で上がり! これで富豪の仲間入りだ!」
「甘いな。これでドボンだ」
「なっ!?」
「はい、三たび早坂の大貧民決定ー」
「くっ……」
席をボックス状にしてトランプにいそしんでいるのは3-2の4人。
言わずと知れた早坂隆、弓塚江介、白宮純子、香月叶絵の4人であった。
「あ、わたしも混ぜてほしいなー」
通りがかった美典が隆たちに声をかける。
しかし席は4人分しかなく、美典の座るスペースがない。
「あ……じゃああたし代わろうか。もともと席向こうだし」
「え……それじゃ悪いよ」
「いいよ。そろそろ眠くなってきたし」
そう言ったまま、返事を聞かずに席を立ってしまう。
「あ……ごめんね。なんか旅行中、ずっと叶絵ちゃんにお世話になりっぱなしだね」
「そんなことないって。それじゃ」
そう言って離れていく叶絵。
「あ……」
一瞬だけ目が合った隆の目には、険しい表情が映った。
(……もしかして、俺のせいか……?)
この旅行中……正確に言えば旅館に着いて風呂場の前で出会ってから、叶絵と以前のように気軽に話せていない。もちろん、あの時見た姿のせいで隆にとっての意識が微妙に変化してはいるが、叶絵の方も今までどおりとは言えない。
なにか気に障ることでも言っただろうか。そう疑心暗鬼になるのも不思議ではなかった。
もっとも、叶絵はそのことを気にしていたわけではない。
いや……気になっていないではなかったが、今彼女の顔を曇らせているのはまた別の事情だ。
(やっぱりもう……おなかが……)
トイレに入って排泄することができない彼女。小便の方は旅館の風呂場などで処理してごまかしていたが、大便の方はそうはいかなかった。旅行が終わるまでひたすら我慢するしかない。
最初の2日はまだ大丈夫だったが、3日目になるとおなかが張ってきて、けだるさを感じるようになっていた。普段から我慢を重ねている叶絵には決して珍しいことではないが、慣れているからといって楽になるものではない。昼頃新京極を歩いているときには食欲もなく、八つ橋などの試食をする美典たちをよそに、何も口に入れずに歩いていた。旅館で最後に出された昼食も、ほとんど箸が進まなかったほどである。
さらに追い討ちをかける事態が起こる。
本来排出すべき便を身体の中にずっと溜め込んでいるのだから、当然身体は変調をきたす。その矛先は、まずその排泄に関係する消化器官に向けられるのだった。
「うっ…………」
音こそ立てないが、叶絵のおなかは少しずつ下り腹の兆候を見せ始めていた。
鈍く感じていただけだった便意に、時折熱い鋭さが加わるようになっている。腸の奥に感じる感覚も、ずっしりした重量感から熱い流動感に変わりつつある。
新幹線が東京に着くまで1時間半、さらにそこからけやき野市まで2時間。
切迫してはいないが決して予断を許さないこの腹具合を抱えてあと4時間……果たして我慢し切れるのか。さしもの叶絵でも、まったく自信は持てなかった。
さて……同様の悩みに苦しむ少女が、別の車両にいた。
「…………」
徳山御琴。
京都の繁華街で散々おならに苦しめられた彼女だったが、今度はそんな「空砲」ではない「実弾」の便意に苦しめられていた。
(こ……こんなに急に……)
御琴の排便はあまりにも規則的である。
毎食後約1時間、計ったように便意を催すのだ。
もちろん食べたものが1時間で消化されて出てくるわけではないが、食事が腸の蠕動の引き金となるのであろう。
(く……お手洗いに行かなくては……)
御琴は席を立つと、車両前部にあるトイレに向かう。
新幹線のトイレは、2両おきにデッキ部分にまとめられている。一ブロックごとに、和式個室が1つ、洋式個室が1つ内陸側にあり、反対側には男子用小便器のある個室(鍵はない)が1つ、洗面所が2つ備えられている。
そのデッキ部分にたどり着いた御琴。個室の扉は洋式側が使用中、和式側が空きである。外で待っている利用客……この両側の車両は桜ヶ丘中の貸しきり状態だから、全て生徒ではあるが……今のところ見当たらない。
空いている和式の個室に入り、思う存分汚物を排泄すれば、この苦しみから解放されるはずであった。
だが。
「く……っ」
御琴は……洋式の個室の前に立ったまま動かない。
空いている和式を使わない……いや使えない事情が、彼女にはあった。
ギュルッ……
「ひっ……」
おなかの蠕動音が聞こえるほどの強烈な便意。
もともと胃腸が丈夫とは言えない御琴ではあるが、この旅行中は輪をかけておなかの調子が思わしくない。
初日の昼、旅館に着くなりトイレに駆け込んで形のない便を大放出したのを皮切りに、夕食後にも軟便のかけらと成り果てた排泄物を便器に叩きつけることになった。それはもうものすごい音を伴っての排泄であり、とても旅館の各部屋に備え付けられたトイレでできたものではなく、客室から離れた共同の大き目のトイレでその行為を行うことになったのだ。
そして今も、感じている便意はそれに似たゆるさである。いかに身体を研ぎ澄ませても肛門の括約筋を鍛えることは不可能に近い。そのわずかな力で、流動性の高いものを食い止めようというのは、非常な困難である。
とはいえ、御琴はそれをなさねばならない。もし万が一、その締め付けがゆるもうものなら……最悪の結末が待っている。それを御琴は、身をもって知っているのだ。
「くぅ……っ……」
(早く……早く……出てくださいまし……)
ウィィィィ……ン。
御琴が待ちかねた、静寂の打破。
だが、その音源は目の前の洋式個室のドアではなく、デッキのドアだった。
そして、その向こうから現れたのは……鮮やかな黒髪をなびかせた少女。
(白宮純子……!!)
一瞬張り詰める、凍りついた空気。
桜ヶ丘中に入学したその時から始まった、この張り詰めた関係。
あらゆることで競い合った二人。
学業では純子の記憶力がわずかに勝り、運動では御琴の身体能力が上を行く。
普通ならライバルとして、一種の友情が芽生えてもいいものではある。だが、二人の間にはそんな交流はなかった。
理由はひとえに、御琴が純子を全否定すべき存在だと見ていたからである。
幼少より聞かされた、室町時代に端を発する徳山、白宮両家の敵対関係が火種であるのは間違いない。そしてそれに油を注いだのは、純子の完璧さだった。
何不自由なく育ちながら、自分より高い能力、非の打ち所のない性格を備えている。
御琴自身はつらい思いも、苦しい思いもたくさんして、血のにじむような努力もしているのに……なぜ純子だけがこうも完璧なのか。
その理不尽さが許せなかった。
だから、いつも御琴が純子に向ける目は、射抜くような鋭い視線。
心まで貫くような、そんな冷たい視線……。
「……くっ……」
「っ……」
だが今は、そんないがみ合いをしている場合ではない。
一刻を争う状態の御琴、そして純子の方も、それに劣らぬ差し迫りようであった。
「……?」
御琴の姿に順番待ちを覚悟した純子であったが、手前に和式の空き表示が見える。
入っていいものか、と一瞬の思案。
だが……迷っている余裕はなかった。
(もうだめっ……)
駆け込む。
ドアが閉まる。使用中の表示。
御琴はその光景を、苦々しく見送るしかなかった。
(どうして……)
(どうしてわたくしだけが……)
さて、個室に駆け込んだ純子。
鍵を閉めるのも待ちきれず、スカートの中に手を入れ、真っ白なショーツに手をかける。
一段高い便器に足を踏み出すのと同時にショーツを下ろし、反対の足が上がったと同時に膝まで下ろす。
そしてしゃがむ。個室に入ってからわずか数秒後――。
ニュルルルルルッ!! ボトッ!!
「くぅ……ぅっ……」
ブリリリリッ!! ベチャッ!!
ブチュッ……ブニュルルルルッ!!
段上でしゃがみこんだ姿、膝元までスカートがたくし上げられ、露になった真っ白なお尻の肌。
その最奥にある不浄の門から、名前の通りの汚物が吐き出された。
前よりにしゃがみこんだ純子のおしりの穴から排出された大便は、和式便器の中に落ち……後ろ側のくぼんだ部分に吸い込まれていき……その姿を現したまま止まった。
一般のトイレの進歩に付随して、垂れ流し型から汚物層蓄積型、洗浄水循環型と進歩を重ねた鉄道のトイレであるが、最近の車両では循環式の洗浄水と真空吸引をあわせたものにほぼ一本化されていた。用を足した後スイッチを押すと、高圧の洗浄水が吹き出して便器側面を洗浄すると同時に汚物を便器の中心部の穴に集め、そこをふさいであった弁を開くと真空の圧力差により汚物が蓄積槽の中に吸い込まれる仕組みである。
この方式は最後に真空吸引を含む分、汚物の流れ残りや詰まりが起こりにくく、次に使う人が快適に使えるという利点はある。また、通常時は水を溜めておかず、洗浄水の量も少なくて済むので、限られた車内の水資源の節約という点でも長時間の運行に向いている。
ただ、今まさに排泄をしている人にとっては、排泄した汚物がそのまま残り、しかも通常のトイレならあるはずの水溜りがなく、排泄物の臭気がもろに立ち上ってくるという欠点もあるのだ。
「う……んっ……」
ブニュルルルルルルッ……ブチュッ!!
ブピチッ!! ニュチチチチッ!!
そして今、純子は自らが出した汚物の悪臭の中で、さらに排泄を重ねていた。
すでに便器の中に溜まっている汚物の上に、さらに新たな汚物が重なっていく。
その境界は含む水分のためか徐々にあいまいになっていき、いくつかの便塊の積み重なりは、やがて巨大な軟便の山と化しつつあった。
我慢するための括約筋に不具合があるとはいえ、健康そのものの彼女にしては、いささか柔らかすぎるその形状である。
(ど、どうして……こんなに急に……)
美典がやってきて、叶絵が席を立った瞬間には、便意のかけらさえも感じていなかったのだ。それが、トランプのわずか一勝負、10分もしないうちにものすごい高まりを見せ、たまらず純子は席を立ったのである。
(早坂くん……もしかして気づいてるかも……)
トイレに行くこと、ましてや大便をしに行くことなど、とても想う男子の前で口にすることはできない。かといって、他に席を立つ口実などなかった。
ごめんなさい、ちょっと……とだけ口にして席を立ったが、その後に続く言葉を想像するのは決して難しくないだろう。
ましてや、2日前にも、バスの中で同様の姿をさらしている。しかもあの時は、席を立つと同時に大便を漏らしながら駆け出すという無様な姿。
(私……早坂くんの近くにいる資格なんてないのかもしれない……)
たった3日でこの有様である。
仮に想い通じて彼と今以上の関係になったとして、いつ最悪の事態……目の前でのおもらしという致命的な事態に陥るかわからないのである。
「く……う……」
ニュルブリリリリリッ!!
(と、とにかく少しでも早く戻らないと……)
小用であれば理解も得られるだろう。だが、大便をしに行ったと知られたら、彼は幻滅するに違いないと純子は思っていた。そしてあまり時間がかかれば、大便だということが確定的になってしまう。トイレが混んでいた等の言い訳は可能かもしれないが、それでもできる限り早く済ませたかった。
「ふっ……んぁっ……」
プリュルルルッ!! ブチュッ!!
ニチビチュッ!! ブビリリッ!! ブジュルッ!!
だが……彼女の思惑とは逆に、排泄は長期戦の様相を見せ始めていた。
一気に飛び出していく切れの良い固形便……という理想的な排泄は一瞬しか持続せず、水気の多い軟便の小さな塊が三々五々と飛び出す……いや、さほどの勢いも持たず流れ出る、という、下痢のときの渋り腹に近い排泄状態になっているのである。
「く……ふぁぁぁっ……」
ブピピピピッ!! ブリュ……ブリュリュリュッ!!
ジュルルッ……ブピッ!! ブリリリリッ!!
ニュチュッ……ジュブブッ!! ブリュビジュルッ!!
(と、とにかく早く……)
おなかに力を入れても出きらない、焦りだけが高まっていく……そんな悲惨な精神状態で、純子は必死に腸内の汚物を掃討しようと戦いつづけるのであった。
さて……めまぐるしく場面は変わる。
洋式が空くまでと我慢を続けていた御琴だったが、その耐久力も底をつこうとしていた。
目の前の個室の表示は、10分近くに渡って「使用中」のまま。
列車の走行音にかき消されたせいもあるが、中からは特定できる物音は聞こえてこない。
(い、いくらわたくしでも、これ以上は……)
震えるおしりの穴の締め付けは、もう限界に達しつつある。もういつ、ゆるい排泄物が下着の中に吐き出されてもおかしくない状態だった。
プシュー……!!
「!!」
目の前の扉に集中された全神経……いや、便意の我慢への集中力を除いた全神経が、個室の中で響いた音を捉える。水の流れる音……中に入っている人の排泄が終わり、個室が空く前触れである。
(早く……早く出てくださいませ……)
もう祈るような気持ちである。
個室が空くのが早いか、御琴の肛門が決壊するのが早いか……もうその結末は御琴の力でどうこうできる物ではなくなりつつあった。
ガチャ――。
個室が空いた。
中から出てきたのは小柄な少女。
2組の真中織恵……叶絵と比較的仲のいい3人組の一員である。3人とも桜ヶ丘の北西にある茜小学校の出身で、入学以来の仲。みな身長は低めで、文化部所属などの共通点もあり、2組の中ではいちばん有名な仲良しグループである。
織恵は身長こそ3人の中では最も高いが、体型的にはやせ型であり、胸やおしりの肉付きなども二人を見た目でわかるほどに下回っている。
そんな彼女だが……表情影を落としたまま、ため息をつきながら、左手で下腹をさすりながらトイレから出てきた。
「はぁ…………うぅっ……」
苦しげな声。
これとトイレから出てきた姿を総合すれば……彼女がおなかの調子を崩し、トイレの中で苦しみながら排泄を続けていたと想像することはきわめて容易であろう。
「え――――」
顔を上げた織恵。
その目の前にあったのは、厳しい視線で睨みつける御琴の顔。
「あ、あ、あの……」
「……早く、どいてくださらない?」
「あ、ご、ご、ごめんなさいっ!!」
もともと気が弱い彼女に、御琴の表情と言葉は苛烈すぎた。
織恵は逃げるように……いや、自分の座席に向かって一目散に逃げ出していった。
「……くっ……!」
個室に飛び込んだ御琴。
目の前にあるのは、夢にまで見た洋式の便器。
ギュルルルルルッ!!
それを目にして、排泄欲求がさらに加速する。
(まだ……まだ負けるわけには行きませんわ……!!)
御琴は必死にその便意を押さえ、便器に歩み寄った。
後ろを向き、ストッキングに覆われた青色のショーツを下ろす。大人っぽい彼女の外見をよそに、その下着に飾り気はさほどなかった。
すらりと伸びた脚を折り曲げて便座に腰掛け、肉付きのいいおしりの中心の位置を確認する――。
そこまでだった。
ブバッ!!
「……!!」
噴出。
もともとゆるゆるだった軟便が、肛門から出るときの勢いで四散し、便器の一面に飛沫となって降り注ぐ。
ブバババババババババッ!! ビチチッ!!
ブブブビビビッ!! ビブブブブブブブブブブーーーーーッ!!
「――――っ!!」
(お……音が……このような……)
轟音……さもなくば爆音と言おうか。
御琴の排泄口から、ものすごい大音響が響いていた。
腸内ガスは、なにも独立におならとして排出されるだけではない。
常時蓄積されたそれは、排便の時には便の噴出に勢いをつけ、分裂飛散させる元凶となるのである。
さらに排便となれば肛門は全開にせねばならず、そうなってはもはやガス流量のコントロールなど不可能。腸内から便が噴き出すまま、肛門で爆音が炸裂するまま、便器内に汚物が飛び散るままの、すさまじい汚物噴射となるのである。
その惨状は、すでに便器の中で完成していた。
便器内に水がなく、排泄物が流れ落ちず、においも撒き散らした排泄物も残ったままという真空吸引式の便器は、ひとつ排泄中の少女の羞恥心という点ではまことにありがたくない性質を兼ね備えている。
便器の中には、一面……前後左右360度に飛び散った軟便の塊、欠片、雫。
形状からも明らかに消化不良とわかるそれは、当然のごとくすさまじい悪臭を発していた。御琴の屁が腐臭を放つのは先に述べたが、その臭いを数倍に濃縮したような悪臭が便器の中から立ち上り、密室に立ち込めている。
御琴が入った瞬間には先客の織恵の残り香に満たされていたこの個室だが、あっという間に新たな悪臭によって置き換えられてしまったのである。
「くぅ……っ!!」
ビブババババババーーーーーーーーーッ!!!
ブビッ!! ビチッ!! ブッブッブブブブブッ!!!
肛門から出ると同時に四方八方に飛び散る軟便……いや、この柔らかさはもはや下痢便と言っていいかもしれない。
おならの空気圧によって便器に叩きつけられた汚物は、さらにその形状を崩して壁面を汚物色に塗りたくる。
それだけではない。
便器との衝突の衝撃で再び砕け散った排泄物は、そのままの角度で反射して御琴のおしりの高さまで達していた。もちろん割合としては微々たるものだが、なにせ排出される汚物の量が少なくない。
その結果……御琴のおしりの肌、ふっくらと丸みを帯びた白い肌に、便器の壁面と同じ醜い茶色のまだら模様が浮かび上がるのは必然であった。
そう、下半球を便器に、上面を自らのおしりと太股に覆われた洋式便器で、この有様である。
もし……おしりの穴の周囲に少なからぬ解放面が残されている和式便器で御琴が排泄を試みたら……想像するだに恐ろしい光景となるだろう。だから……御琴は空いている和式個室を使えなかったのである。ここまで来ると和洋式の好みなどという問題では済まされない。御琴は……和式便器での排泄が不可能なのである。
「く……うぅっ……」
ブリブビブビビビビーーーーーーッ!! ブチビチチチチッ!!
ブブブブブッブジュブボボボボボボッ!! ビピーッ!!
ブバブバババババブバーーーーーーーッ!!
排泄……いや、表現が生ぬるい。
猛烈な臭いを放つ気体と液体の混合物の爆発的な噴射は、いまだ続いていた。
すでに便器の中は一面液便まみれである。
おしりの高さに近い上部でさえも、便液の侵食からは逃れられていない。
汚れが集中する最奧部に至っては、もはや薄茶色のスプレーを噴射したごとく、隙間一つなくその色に塗りつぶされている。
ビブブブブブブーーーーーーッ!! ブリリリリリッ!!
ジュブブブブバーーーーーーーーーーッ!!
その茶色の下地の上に、さらに上塗り……。
万が一この便器の中、そしてこのおしりの惨状を誰かに見られたら、生きていけないほどの恥ずかしさを味わってもおかしくない。
いや……事実彼女は味わった。
小学5年の秋、給食の後に催した便意を我慢しきれず、下校中の雑木林の中で野糞をしてしまったのである。今より身体が小さかったとはいえ、その腹圧と空気圧は決して弱くはなく、地面に吹き付けられた軟便は四散し、御琴の靴、おしりを容赦なく汚した。
……その姿を、同級生の男子グループに見られたのである。
噂はたちまち広まり、慕ってくれていた女子も離れていった。
本来なら徳山家の地元である隣県の楠原市で、名門の女子校である白樺女子学園に通うことが規定路線であった御琴が、その家を離れて桜ヶ丘中に通っているのはこのことが原因だった。
桜ヶ丘では持ち前の美貌と脚力を生かして女子生徒の「お姉さま」として君臨してはいるが、万が一こんな排泄姿が知れたとしたらその状況は一変するだろう。
(誰も……誰も気づきませんように……)
御琴の心中は不安で一杯なのだった。
高飛車な言葉遣い、突き放した態度は、その心の不安をかき消すための仮面なのだ。
それは、誰よりも強く誰よりも厳しく……そして誰よりも優しかった母の姿。
母と同じ言葉を使い、同じ振る舞いをする限り、御琴は強くあることができる。
「く……っ……」
ブジュルルルルルルッ!! ブバビチィィィィッ!!
ブジュビブババババーーーッ!!
いつ何時、こんな壮絶な醜態を人前にさらすかもしれない彼女の、それは唯一と言っていい心の支えだった。
10分後。
「な……」
(どうして流れきらないんですのっ……!?)
まず彼女がやったのはおしりの汚れをふき取ること。便座の楕円形に綺麗に……もとい、汚く塗りたくられた軟便の跳ね返り。整備の行き届いた新幹線ということで、紙が潤沢に備えられていたのが幸いだった。茶色の汚れをぬぐった紙を便座近くの高さまで積み上げて、やっと彼女のおしりの後始末は完了した。
だが……水を流した後彼女は驚愕した。便器の底で渦巻く軟便と液状汚物の海と、これでもかと使い放り込んだ紙が流れきったまでは良かったが、便器内の離散各所から噴射される洗浄水は、便器一面に降り注いだ排泄物を全て洗い流してはくれなかった。
「…………」
便器の中には、点々と残る軟便のかけら。
その残りかすは、残り香というにはあまりにも強烈なにおいを発し続けていた。
これをこのままにして個室を出て、直後に誰かに入られたとしたら……。
(き……綺麗にしておきませんと……)
言いようのない嫌悪感を押さえつつ、ペーパーホルダーから紙を手に巻き取る。
そしてそれで……便器の中を拭く。
もともと触れるものではない便器に撒き散らされた、触れるのもおぞましい汚物を、自らの手で……感触をはっきりと感じながら拭い取る。
(わたくしは……なんと汚い女なのでしょう……)
御琴だけにしかわからない苦悩が、そこにあった。
「普通」の排泄行為でこれほどに便器を汚し、悪臭の中自ら後始末をする……御琴が理想とする姿とはかけ離れた現実。
どれほどの賞賛を得ようとも決して彼女の心が満たされない理由……それがこの排泄行為であった。
(こんな汚らしさで、白宮純子と張り合うなどと……できるはずもないのに……)
強烈な劣等感。
彼女はむろん……純子が隣の個室で、同じくらいゆるい排泄物を一生懸命吐き出していたことや……あるいは、彼女が何十回何百回とおもらしの悲劇を繰り返していることを知らない。
(それでも……それでもわたくしは……)
強くあること。
負けないこと。
それが、強がりという名の存在意義。
ガチャ――。
扉を開ける。
……無人のデッキ。
純子もすでに排泄を終え、座席に戻った後だった。
「…………」
すぐ戻る気にもなれず、御琴は向かい側にある洗面台の鏡をぼうっと眺めていた。
そこに映るのは……他の全ての人から見れば、美しいといわれるであろう顔立ち。
だが、自分にとっては――。
「っ……」
その表情が少しずつこわばっていくのが見え、御琴は耐え切れなくなってその場を離れた。
新幹線の旅が終わる。
御琴は、傷ついた心を胸の奥底にしまいこみながら。
純子は、ゆるい便意の再発におびえながら。
叶絵は、限界まで後わずかの攻防を繰り広げながら。
東京駅、上野駅、小山駅……そこから、列車は彼らの慣れ親しんだ水里線に入る。
北関東を横断するこのローカル線、ノンストップでも40分の時間をかけて……彼らは桜ヶ丘にたどり着いた。
「ただいまー」「おかえり」
「あのね、向こうではね……」「そう……」
JR桜ヶ丘駅。
桜ヶ丘中学校から南、商店街を抜けた先にあるその駅への到着をもって、修学旅行の一団は解散となる。出迎えに来た保護者とともに、それぞれの家へ戻っていく。
「じゃあ早坂くん……お先に」
「あ、ああ……また学校で」
迎えの車に乗り込み、純子は丘の上の家へと帰っていった。
他の生徒たちと違うのは、迎えに来た父親が運転しているのではなく、別に運転手がいることだった……。
ただ車の中で父と交わす言葉より、無事に旅行を終えることができた安堵の方が大きかったのは、純子だけの秘密だった。
……もしもう一度便意に襲われていたら、もらさずにいられた自信はまったくなかったから。
さて……その姿を見送った隆。
叶絵、江介らとまた明日の挨拶を交わし、迎えに来ていた百合とひとしきり旅行中の話や部活の様子を話した後……。
「………………」
その足はまだ、家路へと踏み出してはいなかった。
だいぶ少なくなった生徒と保護者の混合状態の中で、必死に人影を探している。
「……ひかりちゃん?」
横から声をかけてきたのは、幼なじみの美典。隆が探していた小さな姿……その名前を一瞬で言い当てるあたりは、さすが付き合いの長さである。
「ああ……迎えに来るって言ってたんだけど……」
「……あの、たかちゃん……たぶん……」
「そう……だな」
そうして二人は歩き出した。
桜ヶ丘駅駅舎の横にぽつりと建つトイレ。
汲み取り式で男女共同、木製の柱の塗装が所々はげ、ささくれ立っているなどボロさにも程があるというその姿だが、それでもトイレとしての機能が整っている限り、それを必要とする者にとってはなくてはならない施設である。
「うぅ……っ…………」
ビチビチビチビチビチッ!!
未消化物が次々と便漕内に注ぎ込まれていく。
その発生源はなんとも小柄な制服姿の少女。
隆が駅前で必死に探していた小さな姿……早坂ひかりだった。
ビチビチッ!! ブリュブビビビビッ!!
ジュルブビブビビビビィィィッ!!
(は、早く出てかないと……お兄ちゃんたち、いなくなっちゃう……)
学校、部活が終わってすぐ迎えに駅へとやってきたものの、その途中で便意をもよおしてしまい、着くと同時にトイレに駆け込む羽目になってしまった。個室に入ってしゃがんだらすぐ、下痢便の大噴射である。
自分の排泄音の合間に聞こえた電車の音で、3年生が帰ってきたのがわかる。だが、下痢の便意がおさまらないひかりには、個室から出ることなどかなわなかった。
コン、コン……
「え……」
(ど、どうして……隣、空いてるのに……)
個室のドアをノックされたひかりは、かすかな驚きを覚えた。
自分がトイレに駆け込んだときには個室は両方空で、その後誰も入った音はしなかったから、隣は空いたままのはずなのに……。
コン、コン……
ノックは繰り返される。
「は、入ってます……ぁっ!!」
ブビビビビビビビッ!!
返事をした瞬間、腹筋に力が入ったのか排泄が再開される。
汲み取りが行き届いていないのか、かなりの高さまで汚物で満たされている便漕からは、ひかりが出したもののおつりが跳ね返ってきて、ひかりの可愛らしい足とおしりを汚している。
「ご、ごめんなさい……まだ……」
「……ゆっくり、してていいから」
「…………えっ……?」
個室の外からかけられた言葉は早く出ろとの催促ではなく、気遣いの言葉。
いや。
重要なのは言葉の内容ではない。
その言葉の主は……。
「おにい……ちゃん……!?」
「ああ……外で待ってるから。美典もいるから、なんかあったら言えよ」
「あ…………」
(お兄ちゃん……)
気のあせりとおなかの苦しみで一杯だった心が、あたたかい気持ちで満たされる。
(待っててくれた……探しに来てくれた……)
それだけで嬉しい。
今すぐにでも個室を飛び出して、その顔を間近で見たい――。
ブビビビビビビビビチッ!!
ブビッ!! ビチチチッ!! ビビビィィィィィーーーッ!!
「あ……ぅっ……」
とはいえ、おなかの具合はなかなか言うことを聞いてくれない。
ひかりが隆と2日ぶりに顔を合わせたのは、それから約10分の後だった。
「お兄ちゃん……おかえり……」
――だが、それも一筋縄では行かなかった。
「どいて、どいてーーーっ!!」
時間は少し遡る。
新幹線の中での排泄の後、孤独と自己嫌悪を感じながら時を過ごしていた御琴。
桜ヶ丘駅に降り立った彼女を迎えたのは、陸上部の後輩たち……自称、御琴ファンクラブの3人。
「御琴さま……お帰りなさいませ」
「御琴せんぱいっ!! お会いしたかったですっ!!」
「お姉……さま…………お帰りなさい……」
だが……いつもと様子が違う者が一人。
いつも元気と活気にあふれているはずの2年生エース、紀野里瑞奈。
彼女は今……月経による度重なる出血と下痢に苦しんでいるのであった。
今は出迎えということでスカートを履いているからいいが、これがブルマだったらいつ生理用品の吸収限界を超えて経血があふれてくるか……もしくは、我慢の感覚すらなくなりつつある液状便があふれ出るかわからないのである。
「紀野里さん!? あなた……」
「せんぱい……瑞奈せんぱい、昨日からその……具合が悪くて……あの……その日で……」
「ご、ごめんなさいお姉さま……ボク……練習も出られなくて……任せるって言ってもらったのに……あ――」
おなかを押さえてうずくまる瑞奈。
「き、紀野里さん……大丈夫ですの!?」
「ごめんなさい、ボク、ちょっと、その、あの……おなかが……うぁっ!!」
びくびくと身体を震わせる。
今日何度目かわからない便意をもよおしてしまった瑞奈が、その噴出を必死に押さえようとする、その身体の震えである。
「うぅ……だ、だめ……ごめんなさい、ボク、トイレに……ひぁっ!!」
プジュッ!!
水っぽい破裂音。おならか便の噴出か、瑞奈にはそれもわからなくなっている。
「すみません、お、お姉さまの前でこんな……」
「わたくしなら気にしませんわ。それより、早く行っていらっしゃい。苦しいのでしょう?」
「は、はい……ごめんなさい……あの、あんまり長く戻らなかったら、先に帰っててくれていいですからっ……」
そう言って駆け出した瑞奈、本来のトップスピードの数分の一程度だが、それでも勢いよく駆け込んできた姿が、ひかりたちとのニアミスであった。
バタン!
ガササッ……
「あっ……」
下ろした下着、その内側にあるナプキンの中央に、手のひらほどのこげ茶色のしみが出来上がっていた。
(ボク……お姉さまの前で……おもらし……)
「!!」
ブシュルーーーーーーーーーーーッ!!
ブビビビビジュゥゥゥーーーーーーーーッ!!
瑞奈の暗い考えを打ち切る壮絶な噴射が開始された。
おしりの穴のわずかな開きの直径のまま、ほとんど拡散しないで便漕に注がれるそれは、まるで漆黒のレーザーのようであった。
もちろん、これだけの勢い……先ほどのひかりの排泄を上回る勢いで噴射されたのだから、その反射もただではすまない。
「ひ……っ!?」
ピチャピチャピチャッ!!
おしりに言い知れない感覚を覚えて、瑞奈は声にならない悲鳴を上げた……。
「あの、御琴さま……瑞奈、ちょっと時間がかかってるみたいで……先にお帰りになってくださってもかまわないと言ってましたけど……」
「……いえ、あれだけ具合が悪くても迎えに来てくれたのでしょう? 帰る方向は逆ですけど、せめて出てくるまでくらい待っていようと思いますわ」
「御琴せんぱい……おやさしいです……」
御琴自身が、その痛みを、苦しみを知っているから。
冷たい雰囲気は、無理をしてまとった壁。
本当の御琴に気づく者が少ないのは、果たして彼女にとって幸せなのか、不幸なのか……。
さて。
小中学生がよく聞かされる言葉……無論、桜ヶ丘中の先生もついさっき口にした言葉がある。
『家に帰るまでが修学旅行です』――。
その意味を実感した少女の話をしよう。
「姉さん……」
「……ごめん、幸華……あたし、もう……もう限界……」
「大丈夫、あたし見張ってるから……ほら、あの辺で、ね?」
「うん……ごめん……ごめんね……」
迎えに来た幸華と一緒に帰った叶絵……その帰り道。
「くぅっ……」
ギュルルルルルルルルルッ!!
もはや言い逃れのしようもないほどの下痢に苦しんでいた叶絵は、何度も何度も限界の波を越えていたが……安息の家まで我慢しつづけることはできなかった。
責めることはできまい。
便意をもよおしてから6時間近く……下痢だと認識してからもゆうに3時間……その中で広い東京駅構内を歩き、揺れる電車の中で2時間近くも耐えてきたのだ。
(せめて隆君と別れるまでは……)
それだけの思いで必死に耐えたのである。
普段の叶絵なら、ここで隆の名前が浮かぶことを否定したがるだろうが……そこまで精神力に余裕はなかった。
そして、叶絵が選んだ排泄場所……田畑が並んだ一角にある廃材置き場。
田んぼからは丸見えだが、道路からはかろうじて死角になる部分に身を隠し、あとは幸華が見張ってくれるのに頼るしかない。
「くぅ……っ……」
下着を下ろす。
修学旅行には、可愛らしい模様のものも持っていっていたが……飾り気のないものをあえて選んでいた。隆とのすれ違いが影響しているのは間違いなかったが……。
スカートを捲り上げ、排泄体制を整える……より一瞬だけ早く。
ミチチチチチチチッ!!
プチ、ブチュルッ!! ピチチチチッ!!
「うぅっ……」
太い……というより、便塊がいくつも圧縮されたかたまりが、肛門を圧倒的な力で押し広げて出て行く。その隙間に入り込んだ液状の便がはじけて、時折音を立てて飛び散っていくのだ。
「あぁ……っ……」
ブリュルルルルルルルッ!!
ニュルルルッ!! ブピピピッ!! ジュルビビッ!!
硬質の便から一転、やわらかめの大便が休む間もなく一本、二本と吐き出される。
「くふ……うぐっ……」
ブジュ……ビビビビッ!!
ブジュジュジュジュッ!! ブピュルッ!!
ブブブブブピッ!! ブリリリリリッ!! ビチチチチチチッ!!
そして液状便である。
水分をほとんど吸われていないそれは、固形便の上に降り注ぎ、あたりに池を作っていった。
ビチビチビチッ!! ブリッ!!
ブビブバババババッ!! ジュルブビビビブッ!!
ブジュルルルルルルビチィィィィィッ!!
ブビビッ!! ビッビチビチビチブリッ!!
ブリブバブビビビビビビビブジュビチィィィィーーーーーッ!!
「………………」
叶絵の一回あたりの排泄量は、さほど多いというわけではない。
とはいえ3日分の排泄物、それが下痢によって一気呵成に吐き出されたのである。
叶絵の足元には、たっぷりと茶色の汚物の山が作り上げられていた。もちろん立ち上る悪臭も、その量に劣らぬほど強烈である。
「……終わった?」
「うん……」
弱々しい返事。不安げに辺りを見渡す姿は、誰がどう見ても可憐な女の子のそれであった。
「ごめん……行こう……」
そう言って踏み出した叶絵。
最後に、自らが吐き出した汚物の山を一度だけ振り返る。
かろうじてティッシュで覆いはしたが、水分の多い下痢便はティッシュでは吸いきれなくて、結局茶色の姿をさらすだけだった。
(そうだね……あたしは……こんな姿がお似合いなんだ……)
女の子にあるまじき行為を日常的に繰り返している……女の子のできそこない。
男子に淡い気持ちを抱くなどできるはずもない。
だから……また決意する。
(以前のままでいればいいんだ……隆君とも、ずっと今のまま……)
(隆君が白宮さんとくっついても……)
そこまでだった。
「う……っ……」
「ね、姉さん!?」
「な、なんでもない……ちょっと、ちょっと……ね」
「姉さん……き、気にしないでいいから……」
気にしていたのは排泄のことよりむしろ別のことだったが……これ以上話すことはできない。
叶絵と幸華は無言のまま静かに……家路を急いだ。
もう一人……帰り道の悪夢を味わった少女……いや女性というべきか。
徳山御琴である。
瑞奈の回復を待ったまではいいが、それによって彼女自身が危機に陥るとは思ってもいなかった。
(く……また……おならが……)
直腸に充填された圧縮空気。
その暴発の時が、間近に迫っていた。
(だ、だいじょうぶ、この場所なら……)
橋の上。
と言っても京都の三条大橋ではない。
桜ヶ丘付近の用水路にかかった名もなき木の橋である。
当然、人通りもそうそうあるものではない。
(ここなら、出しても大丈夫ですわ……)
そう思って、御琴は肛門の締め付けを緩めた。
ブフォブフォフォフォッ!! ブゥゥ〜〜〜〜〜〜ッ!!
大音響。
そして強烈な臭い。
だが、周りに人がいない今なら――。
ドサッ。
「!!」
後方で物音。
(え………………)
心拍が急上昇する。
身体が一瞬で熱を帯びる。
額に汗が浮かぶ。
(わたくし……わたくし……まさか……)
怖くて振り返ることができない。
もし同級生だったら……男子だったりしたら……。
「あ、兄さん……やっと追いついたわ」
「…………」
さらに後方から声。
「もう……迎えに行くから待っててって言ったでしょ……っ!?」
言葉が止まる。
気づいたに違いない。
あたりに立ち込めるにおいに。
御琴のおならが放つ悪臭に。
「…………っ」
意を決して振り向く。
御琴の目に映ったのは、御琴自身と同じくらいの背丈の男子生徒。ぼさぼさの頭に、大きな眼鏡。いつも問題を起こすので有名なため、御琴も名前は知っていた。
その男子……弓塚江介の目に映ったのは……。
あまりにも美しい顔に浮かんだ、あまりにも深い絶望の色――。
数十分後。
脚力を全開にしてその場を逃げ出した御琴がたどり着いたのは、市営住宅の一室。
「とうさま……わ、わたくしは……わたくしはっ…………!!」
すがる相手は、実の父。
前の小学校で、野糞事件の「後遺症」に苦しんでいた御琴を、叔父たちの反対を押し切って実家から連れ出してくれた、御琴にとって今唯一頼れる、唯一心を許せる人物。
そしてこの小さな共同住宅が、御琴にとって最後に残された安息の場所。
再び繰り返してしまった、取り返しのつかない失敗に……御琴はただ、人知れず涙を流すしかなかった。
余談だが、修学旅行中、特にその帰り道……下痢の症状を訴えた……もとい、下痢の症状を起こした生徒は16人に上る。調子を崩したのは女子が多く、症状もトイレに駆け込めば済む程度のものだったから、恥ずかしさのゆえに訴えなかったのである。
もしその症状が的確に把握され、その原因が究明されたなら、もしかすると数年後の悲劇は回避できたのかもしれない……だが、それはまた別の話である。
いくつもの思い出……そしていくつかの傷跡を残して、2泊3日の修学旅行は幕を閉じた。
戻ってきた3年生と下級生たちによる日常生活が、再び始まる。
心と身体、それぞれに満たされぬ何かを抱えた、いまだ完全ならぬつぼみたち。
彼女たちの激動の一年間は、まだ幕を開けたばかりである――。
あとがき
やっとこさ上がりました。
今回焦点がボケすぎです。御琴の排泄を中心にするはずだったのに、屁と実弾の両立すらも危うい状況になってしまいました。溜まっているのがおならか実便かわからずに不安になりながら肛門を緩める、という予定だったのに、次回に持越しです。
それにしても前2話からの伏線が多すぎでした。とても消化し切れませんでした。消化不良なのは女の子のおなかの具合だけで十分なのに(笑)
とりあえずこれで全キャラです。
御琴の設定は重度のおなら連発体質ということで。さりげなく軟便気味とか細かい強化もなされています。豊満な肉体の描写については……ロリに特化した私の語彙ではこれが限界でした(笑) これからいろいろと精進します。
さて、次回から本編……の前に、1話だけ総集編を挟ませていただきます。
今まで語れなかった学校内の設定を説明しつつ、つぼみガールズたちの日常を描いていく予定です。
それでは予告。
桜ヶ丘中学校……。
かつて高等女学校だったこの中学校には、はるか昔から生徒たちを見守る桜の木がある。
その桜は入学の時から生徒たちのすべてを見守り、卒業の時には満開の花びらで彼ら彼女らを見送ってきた。
その桜ヶ丘で学校生活を送る少女たち。
そのつぼみを、校庭の桜はいつも見守っている――。
つぼみたちの輝き Story.13「Another Eye」。
彼女たちを見つめる瞳、その名は――。