つぼみたちの輝き Story.17
「純白同盟」
早坂ひかり(はやさか ひかり)
12歳 桜ヶ丘中学校1年3組
身長:136cm 体重:31kg 3サイズ:67-48-68
弓塚潤奈(ゆみづか じゅんな)
12歳 桜ヶ丘中学校1年1組
身長:156cm 体重:49kg 3サイズ:81-50-81
白宮純子(しろみや じゅんこ)
15歳 桜ヶ丘中学校3年2組
身長:155cm 体重:45kg 3サイズ:82-52-84
澄沢百合(すみさわ ゆり)
13歳 桜ヶ丘中学校2年1組
身長:145cm 体重:36kg 3サイズ:75-49-73
「うぅ…………」
今日何度目かわからないトイレに駆け込み、下着をスカートごと下ろしながらしゃがみ込む。
「んっ……!!」
ブビュルビジュッ!!
ブピュルブリュビジュルルルルッ!!
苦しげに開いたひかりのおしりの穴から、ものすごい勢いで下痢便がほとばしる。
度重なる下痢排泄のため、その腸内には固形物はほとんど残っていない。ほぼ完璧に液状化した茶色の汚物が、ひとかたまりとなって一気に吐き出された。
「ふぅ……うんっ…………」
ブジュブジュブジュブビッ!!
ブリビチビチビチッ!! ブビブピュルルルルッ!!
細い腰を便器の上で震わせているひかり。その肛門からは、下痢便とガスが代わる代わる吐き出されている。膝元まで下ろしたスカートとショーツを右手で抱え込み、左手をおなかにあてがって押し寄せる腹痛を和らげる。その苦しみをこらえながらも、腸内の便をしぼり出すべく慎重に慎重に腹圧をかける……。
快感よりも苦痛に満たされた、下痢便の排泄。
「ふっ…………ん……くぅっ…………!!」
真夏の昼前とあって、トイレの中の熱気はすさまじいものとなっている。換気扇を全力回しても、まとわりつくような湿った空気はトイレの中に滞留したまま。しかもその空気に、便器の中の下痢便から立ち上るおぞましい悪臭が強烈な不快感を付与している。
そんなトイレに、朝から何度も駆け込まねばならない。汗が額に浮かび、また上半身に下着なしでまとっているシャツの胸元をも濡らし、ふくらみのないその部分に密着させている。
膝元に下ろされたスカートは、折り曲げられた脚に挟まれて、しみ出す汗をじわじわと吸い込んでいる。ひかりは、部屋着でもズボンではなくスカートを履くことが多い。理由は見た目や好みの問題ではなく、下痢便を排泄する時に長ズボンだと裾を汚してしまう可能性があり、またおもらしの際にはスカートなら被害を下着だけで済ますことができる、という切実なものである。
「ん……んんっ…………!!」
ビチビチビチビチブブッ!! ジュブビビビッ!!
ブチュブリュリュリュビチッ!! ブビュビチブピピピピッ!!
「ただいま……」
「…………!?」
……ブリュリュリュブジュッ!! ブリュビジュブリリリリッ!!
トイレのドアの向こうから聞こえた声と音に驚き、顔を上げるひかり。だが下痢便を吐き出しつづけていたおしりの穴は、慌てて閉じようとしてもその役目を果たしてくれなかった。ドアの向こうまで響いたであろう大音響を発し、新たな下痢便が茶色に染まった便器の中に撒き散らされる。
「うぅっ…………」
(恥ずかしいよぉ…………でも…………どうしてお兄ちゃんが……?)
自分の下痢排泄の音と混じりあってではあったが、兄の声を聞き間違えるはずはない。しかし、昨日から始まった野球部の合宿は、今日の夕方まで続くはずなのに、なぜ途中で帰ってきたのだろう……?
(もしかして、さっきの電話……)
数十分前、同じようにトイレで下痢と戦っていた時に、玄関の電話が鳴った。しかし排泄真っ最中のひかりは便器から離れられず、呼び出し音が10回近く鳴ったものの、そのまま切れてしまったのだった。
(と、とにかく早く出なきゃ…………)
何にせよ、特別な理由があったのだろう。ひかりは残便感を覚えながらもトイレットペーパーを巻き取り、茶色の液体にまみれたおしりを拭っていった。
「ひかり……大丈夫か?」
ひかりがトイレを出ると、そこには隆が待っていた。予想してはいたが、トイレのドアを開けると同時に漂い出すにおいを嗅がれるのはさすがに恥ずかしい。
「うん…………お兄ちゃん……あの、合宿は……?」
「………………中止になった」
わずかな間の後、答える隆。
「え……!?」
驚きの表情を浮かべるひかり。
「…………食中毒で、練習どころじゃなくなったんだ」
「えっ……!? しょ、食中毒……!?」
ひかりの目がぱっと見開かれる。食中毒、というのはピンと来ないが、その症状である腹痛と下痢のつらさは、ついさっきまで経験していたひかりには痛いほどわかる。
「あの……お、お兄ちゃんは、大丈夫なの……?」
「ああ、俺は大丈夫…………でも……」
隆が目をそらす。
「もしかして、美典お姉ちゃんも……」
「………………」
隆は答えなかった。が、その表情を見れば答えは明らかだった。
「あの……お姉ちゃんもみんなも、きっとすぐよくなるよ……それに、お兄ちゃんだけでも無事でよかっ………」
キュルルルルルルルルッ!!
「!!」
隆を気遣う言葉を選んでいたひかり。だがその思考は、自分のおなかから響いた音によって中断させられた。
「ひかり……!?」
「あ、あの……ごめんなさい……昨日からちょっと……あっ……」
グルルルゴロロロロロロロッ!!
再び腸がうなりを上げる。不快な残便感が、切迫した便意へと変化していく。
「ご、ごめんなさいっ……!!」
耐えられなくなったひかりは、うつむいたまま今出てきたばかりのトイレに駆け込む。
バタン、ガチャッ!!
「うぅっ…………」
同じようにスカートと下着を下ろし、同じようにしゃがみ込み、そして……
ブビチビチビチビチッ!! ジュブビチャッ!!
ビビビビブリュッ!! ジュルブビブビブビィィィーーーッ!!
同じように下痢便が便器に注ぎ込まれる。未だ下痢便の臭気が消えないトイレの中に、再び同じ酸味を含んだ悪臭が飽和していった。
「………………」
隆は動けなかった。
苦しげなひかりの姿を見るだけでもやりきれないのに、今日の朝見てしまった美典の、百合の悲惨な姿が頭に浮かび、無力感が膨れ上がっていった。
食中毒が発生した合宿から帰ってきた健康な隆を、ずっと家にいたにもかかわらず下痢に苦しむひかりが迎えるという奇妙な構図。
もっとも充実した一日になるはずだったこの日は、予想もしなかった形で、早くも幕を閉じてしまったのだった――。
翌日。
学期末とあって、学校は午前のみの短縮授業だった。
この日がいつもと違ったのは、期末試験の結果が返却されたこと、そして……その結果に伴い、2人の女子生徒が生徒指導室に呼び出されたことである。
『……1年1組、弓塚潤奈。および1年3組、早坂ひかり。以上2名、至急生徒指導室に来なさい』
その放送が流れた時、早坂隆と白宮純子は教室で話をしていた。
「そっか、バレー部も今週末が大会か……」
腕組みをする隆。
野球の大会を純子にも見に来てもらおうという相談の最中であった。もちろん純子自身の意思は二つ返事でOKなのだが、問題は時間の都合である。明後日に迫った1回戦はちょうど終業式の午前中にあたり、一般の生徒は見には来られない。そこに勝てば2回戦となるが、今度はバレー部の大会の日と重なってしまうのである。
「ごめんなさい……」
「き、気にしないでいいって……3回戦まで勝ち残ればいいだけだし……」
ぽりぽりと頭をかく。純子のすまなそうな表情を直視しかねてのことであった。
「……でも…………その、昨日の……大丈夫? あの……早坂くんが元気そうなのはよかったけど、他のみんなは……」
昨日のこと……野球部の食中毒事件。
大会前とあって、その情報は基本的に伏せてある。顧問の保科先生の指導で、完全には守られないにしても、部員とその家族には簡単な緘口令を敷いた。ただ、学校全体を把握する立場の人間……先生と生徒会役員には、この一件をきちんと伝えてあった。
「……試合をする分には、問題ないと思う。レギュラーはみんな病院にも行かずに済んだし、動けるやつは今日から練習する予定。だけど……あ、美典のことは……?」
「うん……マネージャーが一人入院したって……」
「あ、それは2年の澄沢のことで……美典は治療を受けて昨日だけで帰ってきてる。今日は大事を取って休むって……」
ガラッ。
ちょうどそのタイミングで、教室のドアが開いた。
「たかちゃん……」
「美典……!?」
「淡倉さん……」
「もう、大丈夫なのか?」
「うん。練習するんだったら手伝おうって思って。……あ……百合ちゃんはまだ具合が良くなってなくて……終わったら、お見舞いに行こう?」
「ああ……わかった」
「よう、鉄の胃袋の早坂君。これだけの事件で、一人だけケロリとしているとはさすがだな」
「…………嫌味か? って、そもそもなんでおまえが知ってるんだよ、弓塚」
ぬっと現れたのは弓塚江介。噂あるところ彼あり、である。
「まあ、このおれの築き上げた情報網にかかれば、この程度の情報を得るのはたやすいことさ」
「……頼むから言いふらさないでくれよ。相手校に知られるとまずいし……」
「安心しろ。耳は広いが口は堅い、が桜ヶ丘諜報部……もとい放送部のモットーだ。今調べた限りでは、校外にはこの話は行ってないらしい。保健所とかには伝わってると思うが……まあ、そこから漏れる心配はないだろうな」
「……そっか」
少しだけ、安心できる情報である。隆は悪友への評価をわずかに改善させた。
「これでとりあえず練習に集中できるね、たかちゃん」
「ああ。よし……」
ピンポーン……。
スピーカーから流れる無機質な音。
全員の視線がその発信源に集中する。
『……あー、生徒の呼び出しを行う――』
「……ひかり、が……?」
「……潤奈も……?」
二人がそれぞれ妹の名前を口にする。
「生徒指導室…………」
一方、純子のつぶやきは違った。
「そうか……おかしいな。職員室ならわかるが、あいつが生徒指導室に呼ばれるなんて……」
はっと気付いた江介が疑問を口にする。それは純子が感じた疑問と等しかった。
純子は生徒会役員をしている手前、先生と話をする機会も多い。当然、用事で呼び出されることも多いが、その場所はほとんどが職員室である。
生徒指導室はどちらかというと、その対極にある生徒……素行不良などの生徒に注意をするために用いられる場所だった。
「なんだって!? ひかりがそんなことするわけないだろっ!!」
その説明を受けた隆が、珍しく声を荒げる。
「……お、落ち着いて早坂くん。私もそう思うし、弓塚さんも指導室に呼ばれるようなことはしない子だと思うの。きっと、何かの間違いじゃ……」
『繰り返す。弓塚潤奈、早坂ひかり……至急生徒指導室へ!!』
「……!!」
語調が強い。
何かの間違い、で済ますことができないほど、不穏な空気が漂っていた。
「…………行きましょう」
「……白宮さん?」
その視線の先にあったのは、決意を秘めた横顔。
「生徒指導室へ行って、直接先生に事の次第をうかがいます!」
その放送が流れた時、早坂ひかりはトイレの個室の中にいた。
一畳分にも満たない狭い仕切りの中にあってさえ、いかにも小さく見えるひかりの身体。
もともと小さな身体をさらに縮め、背中を丸めているのは、排泄を始めてもなお下腹部を襲いつづける激痛を少しでも和らげるためだった。
そんな小さな制服姿よりはるかに大きな存在感を誇示しているのは、彼女のおしりの穴が吐き出した、便器の中の排泄物である。
「うぅっ……く……!!」
ビシャブジュッブピピピビチビチビチビチッ!!
茶色の汚水がほとばしる。
全開にした水道につながったホースを指先で握りつぶしたようなすさまじい勢いで、一瞬ごとに太さを変える水流が便器に……便器に溜まった汚物の上に打ちつけられる。
もっともこれは例えではあるが、この噴出の原理は全く同じである。ホースの口は肛門であり、その締め付けは括約筋の力であり、水道の水圧は腸内の下痢便を送り出す腹圧に相当する。
視、聴、嗅の3つの感覚器官に圧倒的な存在感を持って飛び込んでくるのがひかりの下痢便である。
第一には見た目。まだ排泄の途中だというのに、便器の中は茶色く濁った汚水で満たされ、底の白色が見えるどころか透明感のかけらさえも残っていない。その100%水分の海の上に無数に浮かぶ未消化物、黒ずんだ繊維質のかけらが、消化不良に苦しむ彼女の腹具合をありありと物語っている。
さらに、猛烈な勢いを持って落下する液状便はその飛沫を便器の内外に跳ね上がらせる。便器の底面に飛び散るのはすでに下痢便の海となっている部分だからいいとしても、便器の側面や縁の盛り上がり、まだ真っ白な部分をも容赦なく汚してしまう。さらには便器の外にも茶色の侵食は及び、震える身体を支える両足にも汚物の滴が跳ね飛んでくる。学年色の赤に縁取られた以外は真っ白な上履きに、ぽつぽつと茶色の半球形が浮かび上がっていた。
ひかりの足元一面は、汚物の茶色に彩られていると言っていい。
そして音。
グルッ……グキュルゥゥゥゥゥゥッ!!
「あ…………ぁっ…………」
腸を絞り上げられるような苦しげな音が、ひかりの腹部から響く。
消え入りそうなかすかな息遣いが、わずかに開いた口元から漏れる。
……その、次の瞬間。
ブビビビビビビビッ!! ビチャビチビチビチッ!!
ジュブビブププププッ!! ブリュビジュブビュビュビュッ!!
腸内で生成された刺激臭を放つ気体、絶え間なくおしりの穴から吐き出されていく液体、排便時にわずかな抵抗を生む未消化物の固体とが肛門を出る瞬間にぶつかり合い、壮絶な排泄音を奏で上げた。
ビチャビチャビチャッ!! ブベチャッ!!
ビシャシャシャーーーーーッ!! ドポドポドポドポッ!!
ひかりの小さなおしりから真下に向かって放たれた排泄物は、すでに便器を埋め尽くした同じ排泄物の海の中へと注がれ、その水面を叩いて大音響の水音を生み出していく。
腹鳴り、息遣い、破裂音、水音……これらが時には繰り返し、時には混じりあい、汚くも魅力的な交響楽を作り出していた。
さらにはにおい。
腸内細菌の放つ発酵臭と、消化液そのものが持つ刺激臭。通常の固形便であればその拡散はわずかであるものの、形すら定まらない上に空気と接する面積も広い液状便とあっては、個室内どころか隣の個室、トイレ中をもそのにおいが埋め尽くしてしまうのは自明のことだった。
もちろんその密度は発生源であるひかりの股の下が最高であり、おなかを押さえるために顔を地面に近づけている状態では、立ち上る悪臭を余すところなく吸い込んでいるのと同じだった。自分が出しているものとは思えないほどの悪臭に、ひかりの嗅覚は麻痺しかけていた。
「……でさ、今日このあと…………っ!? 何このにおい!?」
トイレに新たに入ってきた女子が驚きの声を上げる。
「くっさ〜い……誰かおなか壊してんじゃない?」
「それにしたってひどいよ……」
容赦のない言葉。個室内の少女の顔が見えないから言えるセリフではあるが、個室の外までをも満たす悪臭を生み出すとはとても思えないその小さな姿を見たら、その嫌悪感は小さくなるだろうか、それとも……。
「ねえ、別のトイレ行こ? 気持ち悪くなっちゃうよ」
「そだね……もう、こんなくさいの学校のトイレでするなんて信じらんない」
「…………」
言いたい放題の発言を残して去っていった女子たちに、ひかりは何も反論できなかった。学校という、生徒たちにとって最も重要な公共の場で、自分が気持ち悪くなるほどの悪臭を撒き散らしながら排泄しているのは紛れもない事実なのだから。
「……あ、あっ…………!!」
ブシュ! ブッ!!
ブジュビチブビビビビビビビッ!!
ほとんど力の入っていないおしりの穴を震わせて、ひかりがさらなる汚物を飛び散らせる。
できるなら学校のトイレで、外に人がいるところでうんちなんてしたくない、けどおなかが下ってて我慢できなかったから仕方ないの……。
ひかりが言えなかったその内容を主張するかのように、ことさら大きい音を立てての排泄だった。ひかりの下痢便……そのにおいだけでなく、音までもがトイレ全体を圧倒していた。
「………………」
その主張が通じたかどうかはわからないが、散々文句を言っていた少女達は何も言葉を発せず、トイレから小走りで立ち去っていった。
「うぅ……くぅっ!!」
ブビジューーーーーーーーッ!!
ビチビチビチビチブビビビビッ!! ビッビビッブリリリッ!!
ビチャビチャビチャブブブブブッ!! ブビブビブビビビビブビブッ!!
全開。
人が入ってきたことで無理やりに閉じていたおしりの穴の締め付けを解放する。一秒もたたぬうちに、わずかな茶色の滴がしたたるだけの窄まりだった場所は、地面に向かって汚物の濁流を吐き出しつづける噴火口と化していた。排泄を止めていたのは1分にも満たない時間だったというのに。しかも途中で押さえきれず「漏らし」てしまったというのに。噴射の勢いは全く衰えを知らなかった。
ピンポーン……
「うっく………んぁ………はぁ…………っ!!」
ビチチチチチチチッ!! ブリリリリリリリリッ!!
ビジュブリュビチャァァァッ!! ビチャビチャビチャッ!!
自分の排泄音越しに聞こえたチャイムのかすかな音。
しかし、ひかりにはそんなチャイムに注意を払う余裕はなかった。
『生徒の呼び出しを行う…………』
「ふぅ………っ!? ぅあっ…………んーっ!!」
ブブブブブッ!!
ビチチ……ビジャビジャビジャビジャーーーーーーッ!!
ブリリリリリリリブビッ!! ビチビチビチビチィィィィーーーーッ!!
不規則とは言ってもほとんど連続した破裂音、その向こうに聞こえる放送の声。
ひかりの聴覚はかろうじてその音を拾ってはいたものの、彼女の意識は一刻も早く排泄を終わらせ、悲鳴をあげたくなるような腹痛から解放されたいということで一杯だった。
『……早坂ひかり……』
「……!?」
ひかりの意識の中心が放送の内容を捉えたのは、自分の名前が呼ばれてからだった。
その後に続く内容を聞き逃すまいと、必死の思いでおしりの穴をすぼめる。
一瞬の後……吐き出された下痢便が便器を叩く音が響いたその後、トイレの中には放送の音だけが残った。
(ど、どうしよう、早く行かなくちゃ……)
先生に放送で呼び出される、ということはひかりにとって初めての体験である。無論、呼び出しを無視するなど思いもよらない。だが、至急生徒指導室へ、という呼び出しに従おうとしても、彼女のおなかの具合がその通りにすることを許してくれなかった。
「んっ……ふぅ……ふ……あっ………」
ギュルルルルルルルルルッ!!
ブビビビビビビビィィィィッ!! ビチビチブリッ!!
ビジュジュジュビジャーーーーーッ!!
おなかが締め付けられた次の瞬間には、その圧力をそのまま腹圧に転化させて下痢便が噴出する。出そうという積極的な意思がなくても、汚物は勝手に肛門を駆け抜けてしまう。万が一今立ち上がろうものなら、一秒ともたず決壊するおしりの穴から溢れ出した下痢便が、個室の床一面を汚い色に塗りつぶしてしまうことだろう。
(と、とにかく……早くしちゃわないと……)
ビヂヂヂヂヂッ!! ブリブリブリッ!!
ドポポポポッ!! ビチャビッ!! ブブブブビチッ!!
ビシャブリュビジューーーーーーッ!! ブピピピピピッ!!
ひかりは自らの意思で肛門を開き、排泄物が流れ出る勢いを、痛むおなかにさらに力を加えることで加速することにした。
……それでも、排泄が終息を見るには数分の時間を要した。しかも、残便感を完全には拭い去れないまま、ひかりはトイレを後にすることを余儀なくされたのだった……。
その放送が流れた時、潤奈は学年掲示板の前で足を止めていた。
(同点一位――!?)
終業式も間もないこの日になって、期末試験の結果が掲示板に貼り出されていた。
1年生175人のうち、上位30名の成績が発表される。みな手探りで受けた中間試験から1ヶ月、この期末試験はそろそろ成績のランク付けが固定化されてくる時期だ。
掲示板を見る潤奈の心情は、文字通り二転三転していた。
わずかな不安を抱えながら視線を掲示板に向ける。
一番上にある自分の名前を確認して、安堵と満足の表情を浮かべようとする。
次の瞬間には、一段下に記された名前を見て背筋の寒さを覚える。
そして、その二人の名前の横に同じ数字が書いてあるのを目にして愕然とする――。
1位 1組34番 弓塚潤奈 463点
1位 3組28番 早坂ひかり 463点
「――っ……」
潤奈の心の中で、負の感情の嵐が吹き荒れる。
同点にまで追いついたひかりに対する妬みよりも、振り切れなかった自分への悔しさ、情けなさが強くなって、潤奈の心を不可解な熱さが満たす。
形式上潤奈の名前が上にあるのは、クラスが1組で番号が若いだけの理由に過ぎない。中間試験では大差で一位の成績を得ていた潤奈から見れば、同点は敗北に等しかった。
(こ……このままじゃ駄目よ、弓塚潤奈。夏期休暇中の勉強時間を増やして、学習法自体にも見直しを……)
とはいえ、ただ落ち込むだけではないのが潤奈の長所である。すぐさま対策を考えはじめる。
だが、それより早く、彼女の思考を打ち切る音が響いた。
『1年1組、弓塚潤奈……』
「……」
顔を上げる。先生からの呼び出し。それ自体は珍しいことではない。学級委員としての仕事で何度も職員室に呼ばれたことはあった。だが、その後に続いた名詞が、彼女の精神に掲示板を見たとき以上の衝撃を与える。
『至急、生徒指導室へ来なさい』
「え……!?」
思わず声が漏れる。
生徒指導室、と言うのは学校に慣れた生徒なら誰でも知っている、素行に問題のあった生徒を教師が注意するために用いられる部屋である。
潤奈にとっては誇張でなく一生縁がない部屋であったはずだ。
(な、何かの間違いに決まってるわ……)
だが、繰り返される放送がその確信を打ち砕く。
潤奈は心の中にくすぶる様々な不安の火種を消せないまま、縁がなかったはずの部屋へと足を進めることになった。
「あの……し、失礼します……」
小さな身体をさらに縮めて、恐縮の二文字を顔中に浮かべたひかりが生徒指導室の扉を開ける。
「遅い!! 至急と言っただろう!!」
高圧的な声。その主は1年生主任であり生徒指導部長でもある大迫義男。厳格を旨とする歴史の教師で、授業中も資料を指す指示棒の代わりに竹刀を用いているという、全校生徒から畏怖をもって迎えられている。授業自体はその圧迫感もあって居眠りなどする余裕はないから必死で受ける、という事情もありよく覚えられると評判だが、良い意味でも悪い意味でも有名な教師だった。
「大体な、呼び出しをかけてからもう8分だぞ!? 弓塚は1分もしないうちに来ていたというのに……いったいどこをほっつき歩いてたんだ?」
「あ……あ、あの……」
詰問口調。ひかりはその詰問に対する正当な理由を頭の中に浮かべていた。だが、即答できなかったのは、その答えを言うことがあまりにも恥ずかしかったから……そしてそれ以上に、ひかり自身はその理由を正当なものと思っていなかったからである。
「なんだ? 大急ぎでここに来てこの時間だというなら、お前の体内時計はずいぶん遅れているんだな」
いっそ体内時計を止めることができたらどれだけ楽だろうか、と思う余裕はひかりにはなかった。
「ごめんなさい、その…………お、おトイレに行ってました……」
「なに……便所だぁ? ったく……小学生じゃないんだから少しぐらい我慢できないのか……」
詰問口調が収まる。だが、それは遅参の理由に納得したわけではなく、あまりにも低レベルな返事に呆れ果てた、という口調だった。
「あのオッサンっ……!!」
隆が拳を握り締めて立ち上がる。ひかりが入って行ってすぐ、生徒指導室の窓の下で聞き耳を立てていたのだ。本来ならすぐにでも踏み込みたかったが、江介の提案で様子を見ることにしたのだった。
トイレを我慢しろと口で言うのは簡単だ。だが、猛烈に音を立てて便意を主張するおなかの痛みに耐え、冷や汗で青白くなった顔を我慢の力の入れすぎで赤くしている悲痛な姿を見てもなおその台詞が言えるか、と逆に問責してやりたい思いだった。
「まあ待て早坂。野球部のエースが大会前に教師を殴ったりしたら一発で出場辞退だぞ」
「……わかってるよ。でも……」
歯ぎしりする隆。ぴっちりと閉じられた唇の中からでも、エナメル質が擦り合わされるザラザラした音がはっきりと聞こえていた。
「まあ、うちの潤奈もいるんだ。何とか乗り切ってくれるだろう」
「…………」
「…………」
それは予測というよりは願望だった。だが今は、その願望が現実に変わることを祈るしかない。
「先生……早坂さん、あまり体調がよくないみたいですから……手短にお願いします」
「ぁ……」
潤奈からの助け舟。
ついさっきまで敵愾心を燃やしていたはずの相手を、何の疑問もなくかばっている。ひかりの小さな姿には、守ってあげたいという意欲を刺激するオーラのようなものがあるのかもしれない。
「体調が悪い……か。するとますます怪しいな」
「どうしてですか?」
攻勢に転じきれない潤奈とおびえるだけのひかりを尻目に、大迫は二組の紙片を出した。
「これ……わたしの……」
「試験の答案がどうかしたんですか?」
「よく比べてみるといい」
腕組みをして言い放つ大迫教諭。数字が並ぶ数学の答案であるから、両者を比べるのは容易だった。
…………同じ数字が、並んでいた。
回答欄はもちろん、名前の横に記された点数まで同じ。
「……これが意味することは、わかるな?」
少し落ち着いた口調。だが、その奥に秘められた刺々しさは変わらない。
「…………つまり、先生は私達が共謀してカンニングしたと、そうおっしゃりたいわけですね」
「えっ……!?」
カンニング。その言葉を聞いてひかりは絶句した。もちろんそんな不正行為をやったことはないし、考えもしなかったことである。
「証拠はあるんですか」
潤奈が問い返した、というより言い放った。潔白な身の上に何を怯えることがあろうか、という気迫が潤奈の全身を覆う。
「答案については、数学で正解が同じ数字になるのは当たり前ですし、間違えた部分も1箇所だけ、同じ計算ミスをしただけです。これだけでは証拠といえません」
小学校からずっと圧倒的な成績を収めてきた潤奈は、何度かこのような疑惑をかけられたことがある。その疑惑のすべてを彼女は、堂々と振り払ってきたのだ。
「……証拠は、ある」
「…………!!」
潤奈の眉がぴくりと動いた。
潤奈の迫力に負けぬ、確信に満ちた断言だった。
「7月8日、期末試験最終日の3限目、数学の試験中、終了15分前ごろに教室を出て行った生徒が1-1と1-3にいた」
「っ……!!」
「あっ……」
「ほぼ同時刻に、便所に行くと称して教室を抜け出して、試験に関する相談をしていた……完璧な状況証拠ではないか?」
「そ……相談などしていません……!!」
潤奈のまとっていた自信のヴェールが一枚引き剥がされる。教室を出てからの行動を証言してくれるのはひかりしかいない。それを共謀だといわれては、少なくとも冤罪を晴らす手段はないことになる。
「あ、あの……ほ、本当にそうなんです……おトイレに行っただけで……」
ひかりもそれに言葉を合わせる。
「便所の中ででも相談はできるだろう? いや、他に誰もいない空間で、不正が行われない方がおかしい」
「そ、そんなことしていません!」
水かけ問答が続く。
双方とも証拠がない以上、納得の行く結論など出るわけがなかった。
ただ、冤罪であるはずのひかりと潤奈がこのように追い詰められている理由は、試験中にトイレに立ったことに対して負い目と恥ずかしさを感じているからであった。
「あいつでもさすがにこれ以上は無理か……早坂、止めに入るぞ」
「おう!」
今にも殴り込みをかけようとしていた隆が、勢いを爆発させたように立ち上がる。
……だが、それより先に一歩前に進み出た姿があった。
思わず足を止めた隆が見送ったのは、その凛とした動きを一瞬遅れて追随する、鮮やかな黒髪の流れだった。
「……私が行きます」
「白宮さん……?」
「いま、二人で行っても騒ぎを大きくするだけです」
「でも……白宮サンもまたなんか言われるんじゃないか?」
「……私になら、大迫先生も頭ごなしには言えないんじゃないかな、って思うから」
「そうか、ミス桜ヶ丘は伊達じゃないもんな。それは使える」
うんうんとうなずく江介。
「……立場を利用するみたいで、あんまりいい気はしないけど……」
「相手の方が、職権乱用ってくらいやってることだ。気にする必要ないさ」
「ええ……」
ドアに向かう前に、純子は思いがけない一言を口にした。
「早坂くん、弓塚くん……それから淡倉さんも、教室に戻ってて」
「え……?」
「あまり大勢で聞いていたことがわかるといけないから……」
そう言って向けた視線は、美典の瞳をほんの少し斜めにとらえた。
美典は、その視線に込められた意味を正確に理解することはできなかった。
しかし、その視線に意味があること自体には、彼女はしっかりと気付くことができた。
「うん……行こうたかちゃん、江介くん」
「あ、ああ……」
「わかった……頼んだぞ、白宮サン」
「ええ……私に任せて」
「……これでもまだ否定するのか」
「やっていないものはやっていないんですっ……」
部屋の中では、相変わらず平行線の議論が続いていた。
ひかりは度々浴びせられる怒声の前に、小動物のようにおびえきってしまっている。
潤奈はまだ反論を言う気力が残っているものの、胸の中をどす黒い淀みが満たしていく不快感をはっきりと感じていた。
「失礼します」
突然開いた扉を、最初に見たのはひかりだった。
本来体を入り口に向けていたはずの大迫は、潤奈との口論に気を取られ、視線をずらすのが遅れた。
だが、最初に口を開いたのは、最後にその姿を見た潤奈だった。
「白宮先輩……?」
「早坂さんと弓塚さんに不正の疑いがかけられているとうかがいました。学年は違いますが、私は二人のことをよく知っています……決して、そんな不正行為をはたらくような生徒ではありません。どうして、頭からカンニングをしたなどと決め付けたような言い方をなさっているんですか?」
純子は毅然とした口調で大迫教諭に言葉を浴びせ掛けた。彼女の身長は潤奈のそれよりもわずかに低いが、この時はその姿が一回り大きく見えていた。
「すべての状況が、この二人が不正行為をすることが可能だったと言っているんだ」
「だからと言ってやったという証拠はないわけでしょう? 疑わしきは罰せず、現代刑法の大原則だと先日、大迫先生の授業で教わったのですが」
「罰するとは言っていない。ただ、仮に不正がなかったとしても、疑われるような行為は慎むべきだと言っているのだ、大体、試験中に便所だなどと言って教室を抜け出すのは、昔からカンニングの常套手段で……」
「でしたら、二人だけを責めるのは筋違いです」
「なに?」
「……私も、試験中にお手洗いに立たせていただいたことが何度かあります。それが不正の証拠だと言うのなら、まずは私の今までの成績をすべて、職員会議にかけて白紙に戻してください」
「な…………いや、白宮にかぎってそんなことは……」
さっきまでの強気が反転したように口を濁らせる大迫。それもそのはず、彼は常々、生徒指導の際に「模範生である白宮の足元にも及ばんだろうが、せめて影くらいは踏めるようになれ」と、たびたび彼女を引き合いに出しているのだ。それを今さら否定するわけには行かなかったし、何より白宮純子に不正の疑惑をかけて職員会議で追及する、などと言ったら、校長教頭を始めあらゆる教師から「何を馬鹿な」と白い目で見られるのは確実だった。
「でしたら、先入観だけで二人のことを決め付けていたわけですね……」
「そ、そうではなく、あらゆる可能性を考えてだな……」
「そんな理由で、女の子二人を閉じ込めて尋問していたんですか……」
「いや……」
「……そんなやり方、私は生徒指導とは認めません!」
相手に反論の機会を与えず、純子は完全に立場を逆転させた。
「むぅ……」
「先生の熱心さはわかりますけど、まずは生徒を信じることから始めるべきだと思います。今回の試験の結果がカンニングによるものかどうかは、普段の授業を見ていれば十分に確かめられることでしょう?」
「そ……そうだな」
そしてこれ以上の議論を封じるべく、純子は話を切り上げにかかる。
生徒指導室の外で考えていた通りに話は進み、彼女の精神活動にはひとつの誤りもなかった。彼女以上に議論を得意とする潤奈が口を挟めないことがそれを表している。
だが、純子の肉体活動は重大な誤り――生物としては適切な活動ではあるが、社会生活を営む人間としては致命的な誤りを犯そうとしていた。
プスッ……
「!?」
びくり。
純子の身体が硬直する。
(え……ま、まさか……)
鼻腔をくすぐる希薄な……しかし確実にそれとわかる悪臭の微粒子。
それ以上に、内側からのガス圧で開いたおしりの穴の感覚が、彼女に自分のしでかしたことを自覚させていた。
(おならが……え、あっ……それだけじゃないっ……)
ほとんど感覚のないままの放屁。
括約筋を締める神経の活動をほとんど失っている純子は、気体であるおならを肛門の内側にとどめておくことは全くと言っていいほど不可能である。
彼女に突然襲い掛かった悲劇はそれだけではない。
今まで気付いていなかった強烈な便意が、牙をむいて彼女のおしりの穴に内側から押し寄せてきたのである。
便意を我慢することができない以上、その便意を大脳に伝える感覚神経はその働く意味を失い、退化していく。その結果、純子が便意を認識した瞬間にはもう我慢できないほどに高まっていることも少なくない。この感覚神経の退化もまた、彼女のおもらしの回数を数倍に跳ね上がらせているのだ。
……「数倍」の意味が、1が3になるではなく100が300になる、というレベルの話であることは言うまでもない。
(ど、どうしよう、このままじゃ……)
待ち受ける結果は一つしかない。
いや、このままでなくてもその結果に到達する可能性はきわめて高いのだが、無駄な抵抗でもしないよりはましである。
「先生、は……話は以上です。早坂さん、弓塚さん、行きましょう」
そう言うが早いか、純子は踵を返して生徒指導室のドアを開け、早足で外に出て行く。
「あ……っ?」
「え……!?」
翻った純子の身体が脇を通り過ぎた瞬間。
その身体がまとっていたかすかな臭気がひかりと潤奈の敏感な嗅覚をかすめた。
ひかりと潤奈が後を追って飛び出したとき、純子の姿はすでに生徒指導室の前になかった。
二人が最初に視線を送ったのは1年生用のトイレの方だったが、足音はその反対側から響いていた。
振り返った二人が見たものは、わずかに近い職員用トイレの前でうずくまる純子の後ろ姿だった。
「白宮せんぱい――!?」
「せんぱ……っ!!」
「見ない……で……」
弱々しい声。
スカートの中から響くプチプチという異音。
そして、辺り一帯の空気を埋めつくした大便臭。
二人の後輩の前で、白宮純子は大便を漏らし続けていた――。
「んぅ……」
ミチュ……ニュルッ……ニチュッ……
消しようのない、ショーツの中の排泄音。
誰も動けなかった。
純子はあふれ出す大便を止められず、ひかりと潤奈はあまりの驚きに呆然とし……。
そのまま、純子のおもらしの音だけが時間の経過を伝えていた。
(もし、誰か来たら――)
そう思い当たったのは、3人ともほぼ同時だった。
「あ、あの、し、白宮せんぱい……」
「……大丈夫」
最初に声をかけたのはひかり。
以前、部活中におなかを下してしまった時に助けてもらったことを思い出し、今度は自分が少しでも役に立たないと、と思っての言葉だった。
だが、純子は目を伏せたまま、震える声を発して立ち上がっていた。
「白宮先輩……」
「ごめんなさい……大丈夫だから……」
それ以上言葉を続けることはできなかった。
純子は内股の不安定な姿勢のまま、よろめくように目の前の職員用女子トイレに駆け込んでいった。
(私……私、とうとう……取り返しのつかないことを……)
人前でのおもらし。
それも、思いを寄せる早坂隆の妹であり、部活でもこの上なく慕ってくれている早坂ひかりと、生徒会の後継者として桜ヶ丘中を任せられると思っていた弓塚潤奈の前で。
生徒指導室に踏み込むときに隆たちを帰らせたのは、こういう結果を心のどこかで予見していたせいかもしれない。だが……それでおもらしをしたという心の傷が軽減されるわけではない。
和式の便器にしゃがみ、膝丈のスカートを前にたぐり寄せる。
その下から現れるのは、ずっしりと重くなったショーツ。押し付けられた便の一部が表面に染み出し、茶色い物体が白い繊維越しに浮かび上がっている。
「っ……」
そのショーツを、脱ぐ。
べっとりとおしりに貼りついた汚物の感覚。硬すぎず軟らかすぎず、形を保ったまま肌にこびりついている大便がわずかな粘性を残してはがれる、ぞっとする感覚。
ショーツの中にたっぷり溜まった大便の色が、彼女の視界を一瞬かすませる……。
「くっ……」
ブリュ……ブチュッ!
プリリッ……ピチャッ……
わずかに腸内に残っていた便を押し出す。さすがにだいぶ軟らかくなっており、色も黄土色に近くなってきていた。
「…………はぁ……」
狂おしい便意から解放された後の純子には、後始末という次の試練が用意されている。
汚れきってしまったショーツは使い物にならないから、捨てるしかない……。ただ、それだけで済む分、スカートを履いている時のおもらしはいくぶん楽だった。おなかを下してさえいなければ、スカートにまで汚れが及ぶことはほとんどなく、わずかな時間下着なしで過ごすことさえ甘受すれば済むのである。
とはいえ、おしりにべっとりと付着してしまった大便を拭き取る作業も決して楽なものではない。何より、強烈な罪悪感を感じながらの作業である。その沈んだ気分のなかで、肉体的にも不快になる拭き取り行為を行わねばならない。
(早く……終わらせないと……)
純子は大きな音を立てないようショーツの中の糞便を便器に落とし、続いて紙をくるくると巻き取って、茶色に汚れたおしりをぬぐい始めた。
十切れ以上の紙を茶色に塗りつぶしてやっと、純子のおしりはその白い肌を取り戻した。そのほとんどは汚れの中心であり、後の方に出てしまった軟便に埋め尽くされた肛門付近の汚れを拭き取るのに用いたものだった。
(私……二人になんて言えば……)
試験中にトイレに立ったことで二人は責められていた。自分が過去に経験したことを思えば、大切な後輩である二人がそんな理由で責められるのは耐えられない。自分はかつて、試験中にトイレに立ち……いや、トイレに立とうとして教室を出る前におもらしをしてしまったことさえあるのだ。それが何の疑いもかけられず、たまたま同じ時間にトイレに立っただけの二人がこのようないわれのない追及を受けることは、純子の良心が許さなかった。
だが……二人を助けた代償として、純子はおもらしの現場を二人にさらすことになってしまったのである。彼女にとっては、不本意ながらそれこそ毎日のように繰り返されてしまう行為ではあるが、普通の女の子にとっては恥ずかしさの極みであることに間違いはない。いや、そもそも代償ということ自体が言い訳に過ぎない。助けに入ったこととおもらしは独立した事象であり、おもらしの原因は純子一人だけにあるのだから。
(……今まで隠してきたけど、もう……)
言い逃れはできない。
二人に謝ろう。本当のことを言おう。
もう、今までみたいに慕ってはもらえなくなる。それどころか、軽蔑されるようになるかもしれない。
ううん、口をきいてもらえなくなってもおかしくない。トイレの前からいなくなっているのが当たり前。
でも、それでいいの。悪いのはすべて自分なんだから――。
純子は自嘲的な覚悟を浮かべながら、個室を後にした。
「あっ、し、白宮先輩!!」
「せんぱい……」
「え……」
伏し目がちに出てきた純子を、ひかりと潤奈の穏やかな表情が迎えた。
「白宮先輩、先ほどはありがとうございました」
「その、助けてくれて……本当に、ありがとうございます……」
「……いいの。……そんなことより……」
顔のうつむきがより鋭角をなす。普段の純子からは思いもつかない姿だった。ただならぬ雰囲気が場を包んでいた。
「ごめんなさい……私……本当は……」
その重苦しい沈黙を、自ら破る純子。
「わ、私たち、何も見ていません!!」
「は、はい……せんぱいは何も……その……」
「……」
予想外の反応に、純子は言葉を詰まらせる。
潤奈とひかりは、目の前で見たはずの現実を否定した。
見なかったことにする。それが、二人が小声で相談して出した結論だった。
「……」
「ほ、本当に何も見ていませんからっ!!」
「そ、そうです……大丈夫です、その、誰にも…………」
「早坂さんっ!!」
誰にも言いませんから――。
そんな言葉が口をつきかけたひかりを、潤奈が制止する。
「あ……な、何でもないです。その……」
「…………いいのよ、無理しないで」
目を伏せて。
自分に対する厳しさと、二人に対する優しさを含めた声で。
「せんぱい……」
「白宮先輩……」
取り繕っていた表情が取り去られ、驚きの表情が二人に浮かぶ。
「…………あなた達に、話しておきたいことがあるの」
その驚愕の事実を二人が聞かされたのは、それから数時間ののち。
互いの部活動の練習も終わった、粘り強い夏の陽射しがようやく赤みを帯び始めた頃。
その夕日の差し込む、白宮家の純子の部屋の中――。
家に招かれたこと自体が、ひかりにとっても潤奈にとっても大きな驚きだった。
学校から数分坂道を登ったところにある、その家の敷地の広さにも驚かされた二人だったが、やはり一番の驚きは純子の話したその内容だった。
「あのね……今日みたいなことは、初めてじゃないの」
「……!?」
「え……」
純子は、自分の身体についてのすべてを話し始めた。
相手が同性とはいえ、それは顔から火が出るほど恥ずかしいことではあったが……純子は頬に上がってくる熱を理性の流れで冷やし、美しい顔色のまま話を続けた。
……もっとも、その話の内容は、ひかりと潤奈に言葉を失わせるに十分すぎるものではあった。
「私、小学生のころにひどい熱を出して……何日かで治ったのだけど……その時、神経が少し傷ついてしまったらしいの」
「その時からずっと、お手洗い……その、特に……大きい方が、我慢できなくなってしまって……」
「我慢しよう、って思ってるのに……身体が言うことを聞いてくれなくて……危ない、って思ったときにはもう……」
「さっき、試験中にお手洗いにって言ったけど……間に合わなかったことも何度もあって……」
「…………」
「………………」
ひかりと潤奈は、純子の悲痛な告白を、ただ黙って聞くことしかできなかった。
(白宮せんぱいが……おもらし…………?)
ひかりの頭の中では、純子とおもらしという二つの事柄がどうしても結びついてくれなかった。そもそも、目の前で目撃したはずの学校でのおもらしさえ、何かの間違いではないのかと思えるほどなのだ。
そもそも、排泄のことで悩みを抱える女子が他にいること自体想像できなかった。激しい腹痛を伴って起こる下痢と、それに伴うおもらしの危機。そんなものは身体の弱い自分だけの問題だと思っていたし、その上、白宮純子は欠けるところ一つない理想の先輩であった。ひかりの思考が混乱するのも無理はないことだった。
(白宮先輩が……そんな……)
潤奈にとっても、純子のおもらしは想定外のことであった。
ひかりのように、純粋なあこがれだけで純子のことを見ていたわけではなく、むしろいつか越えるべき壁としてみていた部分はあるが、それでも能力・性格ともに完璧に近い純子の存在には一目も二目も置いていた。
その純子が、おもらしに悩まされている……そんな想像をするのは、潤奈の高性能な思考回路をもってしても困難を極めたのである。潤奈自身、試験や体育祭の時に下痢を繰り返すという悩みに襲われたが、その時は便意と戦うのが精一杯で、実力を発揮するどこ路ではなかった。
純子はそのような悩みを恒常的に抱えながら、女子として致命的な欠点を隠しつつ、かつ桜ヶ丘中学の顔という名に恥じないだけの実績を残してきたという。これが事実なら、今の潤奈では及びもつかないほどの苦難を、純子は乗り越えてきたことになる。
潤奈は一瞬、身体に震えを覚えた。
「……今まで黙っていてごめんなさい……汚い、って……思うでしょう。本当は私なんて、みんなに嫌われて当たり前なのに……」
「そ、そんなことないですっ!!」
ひかりが珍しく大きな声を出した。
「その……あの、それが本当だとしても……それでもちゃんと学校に行って、生徒会でも部活でもみんなをまとめてくれて……す、すごいと思います…………その、わたしなんて……」
おなかをこわしてばかりでみんなに迷惑をかけ続けているのに……。
その後に続く言葉は声にならなかったが、純子にはその気持ちは十分に伝わった。表面的な事象こそ異なっているとはいえ、排泄という恥ずかしいことに関する悩みをともに抱えているのである。その悩みに対する理解度は、誰よりも高いはずだった。
「私も……まだ少し信じられませんが、それでも白宮先輩は立派だと思います。今日だって……その、そんな状態だったのに、私たちを助けようとしてくれて…………」
普通の人にはできないことだと思います……。
ひかりと同じように、潤奈はその後に続く言葉を声にできなかった。だが、その理由は異なっている。潤奈の、時に鋭敏過ぎる感覚神経が、身体の中で起こった異変を感知したからである。
キュルル……ギュルルルルルルルッ!!
「っ!?」
眼鏡のレンズの奥の瞳に、隠しようのない驚きの色が宿る。決して慣れたくはない、しかし慣れてしまいつつある感覚が、おなかの奥底からこみ上げてきた。
腹下し――。
時間に比例するどころかそれを二乗した勢いで、便意と腹痛が急激に増大する。腹具合という意味では急降下と言ってもよかった。一年生の潤奈には2次関数の放物線を描くことはできなかったが、調子を急変させたおなかの具合はそんなことを気にしてはくれない。しかも便意の放物線は無限大に発散するのではなく、一定の臨界点で破滅的な事態を引き起こすのである。
(ど、どうして……試験の後ずっと、調子よかったのに……)
潤奈が突然の便意に疑問符を浮かべるが、帰ってくる答えは腸が不気味に動く音だけだった。
グギュルルルルルルッ!!
「……っ!!」
周りに聞こえそうな音とともに、締め付けられるような腹痛が潤奈を襲う。
「弓塚さん……?」
「……?」
動きを止めた潤奈に、純子とひかりの視線が集中する。
「あ、その……なんでもないです…………あっ!!」
ゴロロロロロッ!! キュルゥゥゥゥギュルルルルルッ!!
突然の下痢という不調を認識しているにもかかわらず「なんでもない」と否定しようとした……嘘をついた報いを、潤奈は瞬時とも呼べないほどの間に思い知っていた。肛門にかかる圧力が、今までの不安なだけの状態から緊急事態にまで高まったのである。
(だめ……出ないで……!!)
必死におしりの穴を締め付ける潤奈。ひかりと純子の前で、しかもこのような話を聞いた後に、下痢による無様な姿を見せることはできなかった。おなかに手を当てて腹痛を和らげることも、おしりに手を当てて開きそうな肛門を押さえつけることも。
できるならば腹具合を悪くしたことにす気付かせずに、この場を辞去したいところだった。だが今回は相手が悪い。下痢が日常茶飯事のひかりと、おもらしが日課という純子が、排泄に関する不調に気付かないはずがないのだから。
「弓塚さん、あの……」
「大丈夫? もしかして……」
おなかの調子が悪いのか、という言葉を純子は飲み込んだ。理由は二つ、聞くまでもなくおなかの音と冷や汗と身体の震えが明確に返事をしてくれていたため、それをあえて問うことは潤奈の羞恥心を刺激するだけであるため。
「あの……」
次の言葉が出てこないひかりだったが、潤奈を心配する気持ちは誰よりも強かった。便意が高まりすぎないうちにトイレに行った方がいいと言おうとして、言葉を選んでいる。やがて言葉を選びきって小さな口を開こうとした瞬間、ひかりははっと息を飲んだ。
キュルッ……。
「ぁ…………」
「うぐ……ぅっ!!」
ギュルゴロロロロロロッ!!
目の前で潤奈のおなかが苦しげな音を発している。多少の雑音は、その音の前にかき消されてしまう……だが、ひかりは自分のおなかから生まれた小さな音と、それに伴う腸の不穏な動きを、はっきりと知覚してしまった。
(また……おなかが……)
純子に助けられる前、放送が鳴った時にこもっていたトイレの中で大量に下痢便を吐き出したひかりの消化器官は、また新たな不調をきたし、新たな苦しみをひかりに押し付けようとしていた。
とはいえ、それはまだ予兆の段階でしかない。ひかりはおなかの鈍痛をかすかに感じながらも、潤奈への心配そうな視線を隠そうとはしなかった。切羽詰っているのはその視線の先にいる人物である。
「す、すみません先輩、あの、お手洗いを貸してくださいっ……!!」
潤奈の羞恥心と忍耐力は、迫り来る便意の前にあっけなく屈した。とはいえ潤奈の羞恥心が薄いわけでも忍耐力が弱いわけでもない。ただ彼女に襲いかかった下痢の便意があまりにも激しかっただけである。
「ええ。あの、場所は……」
「だ、大丈夫です、さっき見ましたから……っ!!」
潤奈の身体が硬直する。再び強烈な便意がおしりの穴に押し寄せたのだ。我慢に慣れているというわけではないが、持って生まれた強力な自制心と忍耐力がある。潤奈はおしりを締め付けるだけで、かろうじてその排泄欲求に耐えた。
バタン。
すくっと立ち上がった潤奈が、体調の悪さを感じさせないしっかりとした足取りで部屋の入口まで歩き、ドアを開けて滑るように外に出る。
「くっ、うぅっ……!!」
ギュルゴロロロロロロロッ!!
グギュルーーーーーーーッ!! ギュルギュルギュルッ!!
一人になるのを待ち構えていたかのように、腸内で渦巻いていた便意が潤奈のおしりの穴に内側から襲いかかる。
(ま、負けるもんかっ……)
おしりの穴を上から押さえ、ドアを背にしゃがみ込む。空いた左手でおなかを押さえて痛みを和らげながら、肛門を襲う猛烈な圧力に耐える。
ギュルギュルーーーーッ!! ゴロゴロゴロゴロッ!!
ギュルグギュルルルルルルルッ!!
(だめ……我慢……我慢するのよ、弓塚潤奈!!)
自分に強く強く言い聞かせる。こんなところで下痢便をおもらしなどしたら、せっかく助けてくれた純子の恩を仇で返すことになってしまう。それだけはなんとしても避けねばならない。
キュルッ……ゴポポポッ……
「あっ…………」
腸内で液状物がうごめく音が響く。だがそれは、便意を高めようとするものではなかった。肛門の頑固な抵抗に屈した下痢便の流れが、腸の奥へ一時的にではあるが戻っていったのである。
(い、今のうちにお手洗いにっ!!)
狂おしい便意から解き放たれた潤奈の行動は素早かった。おしりを押さえる手を離し、階段を一段飛ばしに駆け下りる。ただ、痛みつづけるおなかに添えられた左手が、彼女の惨めさをはっきりと表現していた。
階段を駆け下りるその音は、部屋の中にいたひかりと純子にも届いていた。
「弓塚さん……大丈夫かしら……」
明らかにおなかをこわしていた潤奈を気遣う言葉。
「…………」
ひかりはその言葉に対し、口を開くことができなかった。
ドアを閉めて階段を駆け下りるまでにかかった時間を考えると、その間強烈な便意に襲われていたに違いない、と思ってはいた。
ただそれ以上に、急激に悪化していく自分のおなかの調子に全神経を集中させていたのである。
(……うんち……でちゃいそう……)
早くも強烈な便意がひかりの神経を侵食しつつある。
さっきの潤奈と同じようにおなかが音を立て始めるのも、もはや時間の問題だった。
「はぁっ……」
ひかりより数段切迫したタイムリミットを抱える潤奈は、足をもつれさせながらも、何とか1階にあるトイレの中までたどり着いていた。
(洋式…………)
わかってはいたことだが、白宮家のトイレは洋式だった。再び圧力を増してきた便意が、早くこれに腰掛けて肛門を開けと命令してくる……が、潤奈は膝を震わせたまま動かなかった。
(腰を浮かせて……でも、あの時みたいに汚してしまったら……)
やや潔癖な部分がある潤奈は、不特定多数が使った洋式便座に自分のおしりの肌を乗せることをかたくなに拒んでいた。できるだけ和式のトイレを探すか、それができなければ腰を浮かせて便座に触れないようにするという高等技術を駆使して意に添わぬ洋式便所での排泄を済ませてきた。
しかしある時、浮かせたおしりから吐き出した便で、便座カバーごと便器をぐちゃぐちゃに汚してしまったことがあった。今と同じように激しくおなかを下していた時である。そのときはまだ親戚の家だったからよかったが、今は自分を助けてくれた先輩の家である。そこで同じ失態を繰り返してしまったら……。
キュゥゥゥゥ……グギュルルルルルルッ!!
「やっ……!!」
直腸の終端にまで達した下痢便が、潤奈に最後通告を出す。
ものすごい内側からの圧力を、細い指先で肛門を押さえることでかろうじて食い止める。
(もうだめ……もう出るっ……)
限界が寸前まで来ていることを悟った潤奈は、右手でおしりを押さえたまま、大慌てでトイレットペーパーを引き出し始めた。その長さが一定に達すると、それを乱雑に便座の上に置く。
(こうするしか……)
それを3度繰り返し、トイレットペーパー製の便座カバーを作り上げる。そしてスカートをみぞおちのあたりまでごそっと捲り上げる。そのスカートを押さえるのと同時におなかを苦しげに押さえる姿が痛々しい。
一瞬の間も置かず、激しくうなりを上げる下腹部を覆っているショーツを膝までずり下ろす。そして便意の限界の中で作りあげた、トイレットペーパーの上に腰を下ろした。ガサガサと乾いた感覚に顔をしかめるより早く……。
ブリリリリリリリィィィ……ブビブブブビビビビッ!!
「あぁぁぁぁぁっ…………」
我慢の限界を越えたおしりの穴から、かろうじて形を保っていた便がせり出してくる。軟らかく指数本分の太さを保った便、その長さが伸び、1センチ、3センチ、5センチ…………10センチをうかがおうかというところで、肛門の真下が弾けた。
排泄されるものが、下痢によって駆け下った水分の多い便へと変化したのである。腸内ガスを伴った大量の下痢便排泄は、便器の中に茶色の水飛沫を降り注がせる結果となった。
グルルルルルッ……!!
「ぐぅっ!!」
腸を雑巾絞りにかけられるような激痛が走る。猛烈な勢いで飛び出した軟便と下痢便は、これから始まる大量下痢排泄の前触れに過ぎなかったのだと、潤奈は気付いた。もっともそれは冷静な頭脳の働きによるものではなく、肛門を駆け抜ける灼熱の感覚によって気付かされたことなのだが……。
ブビブビブビブビブビィィィィィブビィィィーーーーーブリビチッ!!
ブビチュルッ!! ブリブビビビビビビビビビビビッ!!
ブブッブリリリブリィィィィィィブポッ!! ブリビチュブビュルルルッ!!
ビブッ!! ブビブビッ!! ブチャベチャブリビチブジュブボボボボボボッ!!
「はぁぁぁ……っ……あ、あっ!! あぁぁぁ……ん、くふ……んぅっ!!」
狂ったように排泄を続ける少女。そこに、模範生・弓塚潤奈の面影はなかった。
知性の光が宿るはずの瞳は焦点すら合わず、一を聴いて十を知るはずの耳に飛び込んでくるのは自分のおしりが放つ炸裂音だけ。教養と規律を他人に伝えるはずの口からは、不規則な喘ぎ声しか生み出されない。それだけ、腹痛と排泄の感覚がすさまじかったということである。
ブジュブビビビブボッ!! ブッブブブブブブッブリッ!!
ビチチチッ!! ブリブビブリリッ!! ブブブブブブッ!!
「ふぁっ…………くぅぅっ…………っあ!!」
出しても出してもおさまらない排泄欲求。便意も腹痛も全く弱まる様子すらなく、ただ便器の中の下痢便の量と臭気だけが爆発的に増えていく。
「うぐ…………っ……」
ビチャブリリリリリリッ!! ブチュルルビビビビッ!!
ビブビチブリュビィィィィッ!! ブリリリブッブリッ!!
(ど、どうして……どうして止まらないのっ……!?)
間断なく肛門を襲う便意に、潤奈のおしりの穴はわずか数秒も閉じることを許されなかった。これほど大量の下痢便を一度に、というのは、ずっと腹具合が悪かった試験前、試験中でもなかったことである。
だが、今の潤奈には無理なことだが、冷静に考えれば答えは明らかであった。試験の時にずっと下痢をしていたということは、食べたものをその都度排出していたということになり、当然一度に排泄される量は少なくなる。今はそれと逆に、昨日まで快調だったおなかが一気に下ってしまったのである。消化の途中で蓄えられていた食物のカスが一度に排泄されたのだから、その量は普段以上、また継続した下痢の時以上に多くなるのである。
キュルルルルルルルーーーーッ!!
「あぁぁぁぁぁ……」
下腹部を押しつぶされるような痛みに、反射的に潤奈はおしりの穴を全開にしてしまう。彼女の明晰な頭脳は、今はただ苦痛の源をすべて体外に出すことしか考えられなかった。
ビヂヂヂヂッ!! ブリブビビビビビィイィィィブリッ!!
ブピブピブピッ!! ブボブリリリリリボトトトトッ!!
ビチャッ!! ビチャビチャビジュゥゥゥゥブリリリリリリリッ!!
ブリビチュビジャッ!! ブビビビビッ!! ブビブボッ!!
ビチャブリブリュブジュブビビビビビビビビビビビーーーーーーーーーッ!!
潤奈の下痢排泄はとどまるところを知らなかった。排泄の勢いは、おさまるどころか増すばかり。個室の中、紙製の便座カバーの上に座り込んだ彼女の排泄劇は、まさに最高の盛り上がりを見せようとしていた。
潤奈の下痢便噴出が最高潮に達していたそのころ……ひかりの便意もまた、頂点を迎えようとしていた。
(どうしよう…………おなかが、もう……)
キュルッ、ゴロッ、クキュゥゥゥ…………。
ひかりのおなかから発せられる音は、徐々にその大きさを増し、また頻度も数倍に上がっていた。しかもその音に同調するように、激しい便意の波がひかりを襲うのである。
(も……もうちょっと、大丈夫だと思ったのに……)
数分前、少し鈍い痛みがあるだけだったはずのおなかは、今や絶えず耐えがたい便意を叩きつけてくるまでに下ってしまっていた。下り始めたらあっという間、ということが常のひかりのおなかではあるが、それにしてもこの急降下は予想をはるかに越えるものだった。
(あ……学校で、ゆっくりできなかったから……)
ひかりの思考回路は、程なくその原因を導き出した。学校のトイレで下痢便を排泄しているその真っ最中に、先生から生徒指導室に呼び出しを食らったのだった。止まらない下痢を一刻も早く吐き出そうとおなかに無理やり力を込めて排泄を終わらせたものの、結局先生には遅刻を怒られるわ、おなかの痛みは消えるどころかより強くなるわで、散々な思いをしたのだった。いや、そもそもあれから今まで便意をもよおさなかったほうが奇跡的ですらある。
便意が限界に達するにあたり、なす術もなくパニックに陥ってしまう潤奈と冷静に考えることができるひかりの姿は対照的である。が、これは決してひかりの方が下痢の程度が穏やかだということではない。下痢便を我慢することが日常茶飯事であるひかりは、便意が強くなった状態でも、いや、そういう状態だからこそ普段以上の思考の速さでトイレまでの最短距離、効率的な移動速度を考えなければならない。慣れの問題と言ってしまえばそれまでだが、これも一つの人間の適応能力であった。
だが、そのひかりの適応能力も、近くに利用可能なトイレがあってこそのものである。この家のトイレを潤奈が使っている以上、ひかりにできるのはただ彼女が出てくるまで我慢を続けることしかなかった。
グギュルルルッ!!
「んぅっ!!」
ひときわ大きな音がおなかから響き、押し殺した悲鳴が口元から漏れる。
便意と腹痛が、とうとう限界線を突破しつつあるのだ。
「ひかりちゃん、どうしたの?……もしかして……」
純子もこの異常事態に気付いた。口数の少ないひかりの姿を見れば調子が悪いことを察するのはたやすく、またひかりの身体のことを知っていれば、調子が悪いということが何を意味するのかも一目瞭然なのである。
「ひかりちゃんも、おなかが……?」
純子の正しい洞察。対するひかりはもう限界とも言えず、気休めをつぶやくしかなかった。
「あ、だ、大丈夫です……まだ、我慢できますから……っ!!」
その気休めすらも満足に発音できないほどに、ひかりの便意は切迫していた。到底潤奈が出てくるまで我慢できそうもなく、また白宮家を辞して他のトイレを探すような余裕ももちろんなかった。このままだと、待っているのは憧れの先輩の家でのおもらしという無残な結末だけ――。
そう思っていたひかりに、純子から思いがけない救いの手が差し伸べられた。
「無理しないで。2階にもお手洗いがあるの。それを使って」
「え…………」
家というよりはお屋敷と表現する方が正しいほど広い白宮家には、各階ごとにトイレがあるのだった。半ばおもらしを覚悟していたひかりに、それは奇跡とも言える事実であった。
「場所は階段と逆の方向の一番奥だけど……歩ける?」
「は、はい……大丈夫です……っ!!」
おなかに負担をかけないように、そっと立ち上がる。
キュルルルキュルギュルゴロロロロロッ!!
「ひぁぁ……っ……」
身体に負荷がかかった反動であるかのように、ひかりのおなかが猛烈なうなりを上げる。
反射的に前かがみになり、おなかとおしりを押さえたまま小さな身体を震わせる。
「――っ…………」
ひかりは動けなかった。おしりの締め付けを少しでも緩めれば、上から押さえる手の力をわずかでも弱めれば、その瞬間に完全に液状化した汚物が下着一杯に広がることだろう。
おもらしの境界線。
何度その境界線上で踏みとどまったかは数え切れず、また何度その境界線を越えてしまったかも数え切れない。
だが、今はどうしてもその境界線を越えるわけにはいかなかった。
(だめ……先輩のお部屋でおもらしなんて……ぜったい……)
憧れの先輩の前にいることが、おもらしの境界線上にあったひかりの運命をわずかに引き戻す力となった。
あふれそうな液状便を、今まで以上の力でぐっと押し戻す。か細い腕の力を指先に込めて、破裂しそうな肛門を押さえつけるのだ。
グッ……。
「うぅっ…………!!」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロッ…………。
脈動するおなかが、下痢便の勢いを加速させる。それでもひかりは、絶望的な我慢をやめようとはしなかった。
そして、ついに。
「あ……はぁぁぁ……っ…………」
キュ………キュクゥゥゥゥゥ…………
先に音を上げたのは、ひかりの理性ではなく便意の方だった。急激におしりにかかる圧力が薄らいでいく。ひかりはついに、あふれ出そうとする便意に打ち勝ったのだ。
「ご、ごめんなさい、いってきます!!」
とはいえ、便意が全面降伏したわけではない。いわば休戦状態であって、再び戦端を開く――便意がぶり返す――機会をうかがっているのだ。次の便意をしのげる保証はない、いや、次が来たらもう我慢できないとひかりにはわかっていた。
ひかりに残された手段は一つ……一目散にトイレに駆け込むこと、であった。
廊下を駆け抜ける。制服のスカートが膝下までを覆っているその格好は走るのに最適とは呼べなかったが、運動が苦手なひかりにしては十分すぎるほどのスピードで、目指すドアへとたどり着いた。
開け放った隙間から細身の身体を滑り込ませ、おしりを押さえながら鍵を閉める。
密閉された排泄のためだけの場所。
ひかりは迷わず、スカートごとショーツを足下まで脱ぎ下ろした。
そこから足を抜き取りながら身体の向きを反転、便座に背を向ける、小さなおしりを白い便座の上に下ろす……。
ビチビチビチビチビチビチビチビチッ!!
「あ……あぁぁっ……」
下痢便がおしりの穴を駆け抜ける灼熱感。
腹圧をかけることはもちろん、肛門を緩める動作さえ必要なかった。
便座に座ると同時に、ひかりはいわばおもらしをしたのである。
ブリビチビチビチビチッ!! ビチャビチャビチャッ!!
ドポポポポポッ!! ブピピピブジュルルルッ!!
ブピッ! ブビュブビュブビュビィィィィッ!!
「んっ…………はぁっ……あぁぁっ………………」
一度開いた肛門は閉じることなく、下痢便を吐き出し続ける。
茶色の汚水の中に入り混じる、黒ずんだ未消化物。胃腸の弱いひかりが毎日のように排泄している、典型的な下痢便だった。
「んくっ……!!」
ブビチィィィィィィッ!! ドボボボボボボッ!!
ビュルルルルルッ!! ブジュルルルルルルルビチビチビチッ!!
下痢便が止まらない。
朝、昼と相当の量を排泄したはずなのに、まだ大量の下痢便がひかりの身体の中から吐き出されてくる。今や便器の中も不透明な茶色の水に未消化物が浮かんだ状態となり、ひかりの腸内と同じ組成を示しつつあった。
「うぅ…………んっ…………」
ブビビビビビビチッ!! ジュブブブブブブブブピッ!!
ブリュビチビチビチッ!! ブジュッ!! ブチャビチャブジュビッ!!
排泄の勢いとは裏腹に、ひかりの心の中には開放感は全くなかった。
周期的に襲ってくる焼け付くような腹痛に耐え、下痢便がおしりの穴を通り抜けるたびに生まれる充血した肛門の痛みに耐え、自らが生み出した汚物の刺激臭、腐敗臭に耐え……。便意の解放が許されてもなお、ひかりは様々な我慢を続けなければならないのだった。
「ふぅっ!! ……うんっ……ん、んーっ……!!」
ビジャビジャビジャビジャ!! ビチャ! ブリリリリリベチャビチャブチャッ!!
ブビィィィィィィビチビチビチィィィィビチチチチチッ!!
ブジュジュジュジュッ!! ブリビチッ!! ブリュビチブバビジャァァァァァッ!!
初めてひかりは、おなかに力を入れて息んだ。下痢にあえいでいたおなかは、無理な力によって激しい痛みを生み出した。加速した排泄の勢いは、腫れあがった肛門の粘膜を刺激してヒリヒリとした痛みを増大させる。
それでも……ひかりが苦痛から解放される手段は、腸内の下痢便をすべて排泄してしまうことしかないのである。
「んっく…………ぅ……あぁぁっ……!!」
ビヂビヂビヂビヂッ!! ブジュブリリリリリリリッ!!
ドボブチャビチャビチャビチャッ!! ジュビビビビビビッ!!
ブジュルルルルルルッ!! ブリュビジュッ!! ブバババババババッ!!
ブッ!! ビチビチビチブブブッ!! ビッビブブブブブブビチュッ!!
ブリュッビジュブジュルビチビチビチブビジュバババババブジャァァァァァァーーーーッ!!
洋式便器内の水かさを数倍にするほどの下痢便を注ぎ込んで、ひかりの排泄はその頂点を越えた。それでもなお、おしりからは断続的に茶色の水滴がこぼれ出してくるのだが……。
(二人とも……大丈夫かしら……)
トイレに駆け込んだ潤奈とひかりを見送った純子は、自分の部屋で所在なげにベッドに腰を下ろしていた。
(あんなに……私よりずっと辛そうだった……)
下痢を我慢した潤奈の、ひかりの苦しげな表情。おなかを下した時の腹痛、というのは純子にも経験がないわけではなかったが、それを限界を超えて我慢する苦しさは彼女には未知の領域だった。……なぜなら、純子は下痢をしたが最後、我慢することなどできず垂れ流しになってしまうからである。
(私でも……力になれるかしら……)
ひかりとはすぐ先に迫った部活の大会で、潤奈とは秋の行事に向けた生徒会活動で顔を合わせることも増えるだろう。その時、お互いに助け合うことができれば、トイレに行けずに苦しむことも減るはずだ。
「……うん…………」
誰もいない空間に向かってうなずく。
それは純子の、小さな決心だった。
「うぅ…………」
プジュ…………
痛むおなかをさすりながら、無理をして力を入れる。しかし腸の奥に残る残便感は少しも解消されない。
下痢は我慢している最中、出している最中もすさまじい苦痛を伴うが、潤奈が一番苦手としているのがこの残便感との戦いだった。なにせ、我慢と排泄で体力精神力を使い果たした後に、もう一度徒労に近い苦しみを味わわねばならないのである。
「はぁ……」
ついには残便感の完全な解消をあきらめ、後始末を始めようとする。いつものように紙を取ろうとして、壁に備え付けられたリモコンに気付く。
「これって……」
リモコンには様々なボタンがついている。「おしり」「ビデ」「乾燥」などの文字。その文字と記号的な図を照らし合わせると、潤奈の頭の中に聞いたことのある一つの単語が浮かんだ。
(ウォッシュレット……?)
一般名称は温水洗浄便座であるが、世間的には商標であるウォッシュレットの方が通りがいいだろう。タンク内に蓄えた温水を便器内後端に格納されたノズルから噴射し、排泄後のおしりの穴を洗浄する機能を備えた便座、もしくはそれを一体化させた便器のことである。
潤奈は話に聞いたことはあったが、実際に見るのは初めてだった。
(使い方は……これ……?)
おしり洗浄のボタンに手を当て、おそるおそる押してみる。
プシュゥゥゥゥゥゥッ!!
「っ!?」
おしりの下で響いた激しい水音に思わず上体を浮かせかける。……だが、恐れていた水飛沫は飛び上がってこなかった。ノズル自体を洗浄するための水音だったのである。
ウィィィィィ……。
プシャァァァァァァァァッ…………。
「っ……!!」
おしりの真下にまでせり出してきたノズルから、温かいお湯が飛び出してくる。つい先刻まで熱く汚い下痢便をすさまじい勢いでほとばしらせていた肛門を、いま心地よい温かさとさわやかな清潔さを備えた温水が優しく洗い清めてくれている。
「あぁっ…………」
それは天にも上るような心地よさだった。下痢便排泄という苦しみの極地にいたことが嘘のように、潤奈のおしりは気持ちよい水の流れに包まれている。
もっとも、潤奈にとっては、心地よい水勢はもちろんだが、それ以上に流れ出す温水の清らかさが何よりの癒しとなっていた。他人が使った洋式便座を嫌がるのに象徴されるように、潤奈は衛生概念に関して潔癖な部分がある。ゆえに下痢の時なは排泄後に念入りに石鹸で手を洗い、入浴時に何度も排泄口を洗うという、二重三重の後始末を心がけているのであった。その汚さが、排泄の直後に、自らの手を汚す必要もなく解消されるのである。潤奈にとって、これ以上の喜びはなかった。
「ふぅっ…………」
ウィィィィィ…………。
停止スイッチを押す。わずかな名残惜しさを残して水流が止まり、ノズルが再び便器の下へ吸い込まれていく。
続いて乾燥ボタンを押す。が、洗浄水がいまだ滴っているおしりは、そう簡単には乾ききってくれない。潤奈はトイレットペーパーを少量巻き取り、おしりをそっと拭いた。
(痛くない……)
紙がおしりの穴に当たった時の感覚である。下痢便を排泄した後は、汚れたおしりを拭く時にもものすごい痛みが伴ったものだが、流水で洗い清められたおしりは、そのような不快な痛みを発しなかった。便意を感じつつ出し切れないというもどかしさも薄らいでしまったようである。潤奈はつくづく、ウォッシュレットの偉大さを思い知っていた。
「…………」
立ち上がってショーツを上げる。……便器の中を覗くと、そこは一面の茶色。排泄時に飛び散ったのか水面から飛沫が上がったのか、はたまたウォッシュレットの水で拡散されたのかもわからないが、水面より上の部分にも茶色の水滴がこれでもかと大量にばら撒かれていた。
潤奈は自らの無残な排泄の跡を隠すように、便座に敷いていたトイレットペーパーを便器内に落とし、水を流した。
潤奈のおしりも、便器の中も綺麗に洗い流され、目に見える痕跡は一つもないトイレの中。ただ一つ、消しようのない強烈な発酵臭だけが、潤奈がここで行った行為の存在を証明していた……。
一方、2階のトイレで苦闘を続けていたひかり。
「うん…………っ………」
ジュル……ブプ…………
こちらも潤奈に勝るとも劣らない渋り腹であったが、それでも便意が当面無視できるまでにおさまってくると、ウォッシュレットの存在に気付く余裕も生まれていた。
(これ……押せばいいのかな…………)
まだ腹痛も残便感もおさまらないひかりだったが、おそるおそるおしり洗浄のボタンに手を伸ばす。
ポチ。
プシャアアアアアアッ!!
「きゃあっ!?」
突如響いた盛大な水音に、ひかりの驚きは潤奈の比ではなかった。まだ下痢便が滴っているおしりを便器から離し、中腰の状態にまでなってしまう。
(あ……だ、大丈夫……?)
振り返って見ると便座の奥でノズルが洗浄されているのがわかる。そのノズルがじわじわとせり出してきていた。
(あ……も、戻らなきゃ……)
慌てておしりを便座の上に戻す。その時に感じる、わずかな湿り気。苦痛にまみれた排泄の最中におしりの肌に浮かんだ汗が、便座にもはっきり残っていた。
(えっと……このへん……っ!!)
ピシャァァァァァァッ!!
すわったばかりのひかりのおしりに、ノズルの先からの水流が直撃する。当然それは排泄の中心をとらえておらず、やや前……おしっこの穴に近いやわらかい肌にあたっていた。
(く……くすぐったい……前に出なきゃ……)
ずっ、とおしりを前に出す。
「あ……!!」
排泄に継ぐ排泄で外に開いたまま敏感な粘膜をさらしているおしりの穴を、人肌よりやや温かい水流が包む。
「ふあぁ……あぁぁっ……!!」
ひかりの背すじを何かが駆け抜けた。間断なく刺激性の下痢便に侵されていた肛門粘膜が、穏やかで清らかな温もりに包まれている。果てしない不快感から一気にすっきりとした清潔感に覆われる、それは至上の気持ちよさだった。
(あったかい…………)
ひかりはウォッシュレットの心地よさにひたっていた。無意識のうちに、汚れきっている肛門の内側まで洗おうと、普段閉じるのに一生懸命な括約筋を目一杯に開放していた。
……そんな時、ひかりの身体の中に変化が起こった。
グキュルゥーーーーーー……
「あっ……!?」
腸の奥で下痢便が渦巻く音。遠くに感じていた腹痛と便意が目の前まで迫ってくる。しかも今、全開の肛門には外から水が噴射されつつある……。
(だ、だめっ、いま出ちゃったら…………)
ひかりの思考回路が悲惨な情景を描き出す。だが、今の今まで意識して開放していた括約筋は、180度反対の命令をすぐに受け付けてはくれなかった。ひかりの身体は、頭で描いた光景をそのまま実現するべく動いてしまったのである。
直腸を下ってきた下痢便が全開の肛門を抵抗なく通過する――。
「んぅっ!!」
ビヂヂヂヂヂッ!! ブジュジュジュジュジュッ!!
ビチャビチャビチャビチャビチャッ!!!
抵抗を受けずに排泄された下痢便がウォッシュレットの水流と衝突し、普段の排泄とは一回り違う爆音を立てる。水流によって斜め前方への運動量を与えられた希釈下痢便は便器の前方の水のない部分へ、さらには便座の上にまで飛び散ってしまった。……もっとも、便器の内側はすでに下痢便の飛沫で一面の茶色になっていたので、かえって綺麗になったほどだが。
これが排泄当初のような勢いでの噴出であれば、ウォッシュレットの水圧に押されずに便器の底へ一直線だったのかもしれない。排泄が終息に向かっていることがこの結果を招いたわけだが、どちらがひかりにとって幸せだったのかはわからない。
(やっちゃった……床は……なんとか大丈夫だけど……)
ひかりは肩を落とし、ウォッシュレットを止めてトイレットペーパーを手にとった。
ギュル……。
「あぅ……っ……」
何度取ったかわからない前かがみでおなかを押さえた体勢。もはや何度目と数えるのも無意味な便意が、ひかりを体の内側から襲っていた。
「…………うん……」
急に訪れた苦痛にゆがんでいた顔が、一瞬緩みを見せる。
(またうんちするの……つらいけど…………また、おしり洗えるから……)
ウォッシュレットの温もりへの期待を胸に、ひかりはトイレットペーパーを握ったままおなかに力を込めた。
「んっく…………ふぅっ!!」
ブビビビビビッ!! ビチッ!! ビチビチビチッ!!
ブジュルルルルルルビチッ!! ブビィッ!! ブリリリリリッ!!
……その後、ひかりはもう一度ウォッシュレットで――今度は途中で排泄に至る事なく――おしりを洗い、少し名残惜しげにトイレを後にしたのだった。
ひかりがどこか上の空で純子の部屋に戻ってきた時には、潤奈もすでにベッドから少し離れたところで呼吸を整えなおしていた。なお、二人が戻ってきた時間の差は、二人が出て行った時間の差より当然大きい。
「あ、あの……遅くなってごめんなさい……」
反射的に出てくる「ごめんなさい」。ひかりが、自分の下痢体質のせいで人に迷惑をかけていると自覚するがゆえの口癖だった。
「あ……気にしなくていいのよ」
「でも……ごめんなさい……」
「大丈夫だから。それより……」
純子はすっと一呼吸をおき、言葉を続けた。
「……ひかりちゃんと潤奈ちゃんに大切なお話があるの」
(あれ……)
ひかりがわずかに感じた違和感。
(弓塚さんのこと、「潤奈ちゃん」って…………?)
ついさっきまでは「弓塚さん」と呼んでいた純子の言葉遣いが変わっていた。だが、潤奈はその変化に驚いた様子はない。
ひかりが純子の部屋に戻ってくる前に、時間は遡る。
「弓塚さんも……ずっと調子悪いの?」
「え……?」
「試験の時も、その……おなかの調子が悪かったんでしょう」
「あっ……! こ、これはその……そう、た、たまたまです。あの時も今日も……」
たまたま、と答えた潤奈だったが、潤奈自身、自分のおなかの不調の原因に心当たりが生まれていたのだった。
(試験前はいい成績を残さなければという重圧……今日は、濡れ衣を着せられそうになった緊張……)
共通しているのは、精神に大きな負荷がかけられていたこと。そのせいで消化器系を管轄する自律神経に余計な刺激が加わり、下痢という体調不良を誘発した……。
(そ、そんなわけが……私の精神が、そんな弱々しいもののはずない!!)
潤奈は断固、浮かんだ考えを否定した。
(そうよ。その程度の精神的苦痛、私の意思力をもってすれば耐え切れるはず……)
……実は、精神的ストレスを押さえつけようとすることそのものが腸の過敏反応の原因であった。人に相談したり、弱音を吐いたりということをしない以上、蓄積されたストレスは自分の体内で消化するしかない。そのストレスが胃腸に作用してしまう、というのが潤奈の下痢症の原因であった。
だが、それに潤奈が気づくまでには、まだしばらくの時間といくつもの試練を経なければならない。今の潤奈は、自分が下痢に悩まされていることそのものさえ否定しようとしているかたくなな少女であった。
「潤奈ちゃん」
「え……」
突然名前で、しかもちゃん付けで呼ばれたことに潤奈は驚いたが、自分の不調の原因を考えていた時だけに、呼ばれ方について異を唱える余裕はなかった。
「つらい時は無理しないでいいのよ。私も……ひかりちゃんも、そういうつらさはよくわかるから……」
「先輩……」
潤奈は何か言い返したいと思っていた。自分は大丈夫ですから、と。しかしそうさせない何かがその場の雰囲気に、そして潤奈の心の中にあった。
純子にとってその呼び方は、親愛の情を表す以外に、肩肘を張っている潤奈の姿がつらそうだったから、それを和らげてやりたいという思いから出たものである。
潤奈がその思いを理解したかどうかはこのときの純子にはわからなかったが、その目的は達せられたように見えた。
「……ひかりちゃんと潤奈ちゃんに大切なお話があるの」
その言葉の前に、ひかりも潤奈もただうなずくだけであった。
「今日、私がその……間に合わなくて……その、しちゃった時、見なかったふりをしてくれたの、とても嬉しかったわ」
「いえ……」
「でも、やっぱりこれは本当のことだから……無理に隠さないでいいの」
「せんぱい……」
「その代わり……ひかりちゃんも潤奈ちゃんも、今日みたいに無理して我慢しないで」
「あ……」
「………」
「気にしないでお手洗いに行ってくれていいし……学校とかでも、私に言ってくれればすぐ行けるようにするから」
「…………せんぱい……でも」
「……わかりました」
潤奈が、強い意志を秘めた目でうなずく。
「ですが……白宮先輩も、今日のようなことになりそうだったら私達に言ってください」
「え……」
「そ、そうです……今日のせんぱい、すごくつらそうでしたし……」
「……」
「一方的に助けてもらうわけにはいきませんから……いわば相互援助……同盟みたいなものですね」
それは潤奈にしてみれば精一杯の強がりだったのかもしれない。
自分だけは大丈夫、と言い切れない不安を、相互援助という形をとることで紛らわせようとしていた。さらに言うなら、同盟などという堅苦しい言い回しを用いたのは、排泄に関することで助け合うということに対する恥ずかしさを隠すためでもあった。
……ともあれ、この一言で3人の間に協力関係が成立することが確定的となったのである。
規約その1、同盟参加者は、自分自身がおもらしをしないよう最大限の努力をする。
規約その2、他の参加者がトイレを我慢しているのに気付いたら、それを他人に気付かれないよう、また無事にトイレに行けるように支援する。
規約その3、自分の力だけではトイレに行けず、おもらしをしてしまいそうな時は、ためらわずに他の参加者に助けを求める。
規約その4、万が一誰かがおもらしをしてしまったら、そのことが他の人に知られないよう、トイレに連れて行く、後始末をするなどの手助けをする。
「……遵守すべき内容としては、以上でしょうか」
わずかに紅潮した顔で潤奈が言ってのける。意図して事務的な言葉遣いにしているとはいっても、内容が内容だけに12歳の少女が口にするには恥ずかしいものである。
「は、はい……」
その毅然とした姿に、ひかりはただ感服するのみだった。
「……一つだけ、付け加えてもいいかしら」
「はい、かまいませんが……実際の協力規定としてはこれ以上は……」
規約その5、たとえ誰かのおもらしが他の人に知られ、どんなにひどい噂が立ったとしても、この同盟は決して破棄されない。
「…………」
「…………」
「……これで、大丈夫かしら?」
「は……はい」
「はいっ」
ひかりと潤奈は反射的に答えていた。
最後の一つ……純子が最後に付け加えた一つの項目こそ、この日3人が分かち合った気持ちを象徴するものだとわかったから。
――私はひとりじゃない。
その思いは、いつ果てるともなく続く我慢を何度も繰り返す定めを背負った少女たちにとって、どれほどの助けとなることだろう。
やや余談になるが、ほぼ同時刻のこと。
桜ヶ丘中学校から、丘のちょうど反対側に位置する桜ヶ丘医院。
病床数15の小規模医院で、内科を中心として地域のホームドクターという役割が強くなっている診療施設である。院長は桜ヶ丘中学校の校医も務めており、食中毒性の下痢による脱水症状で倒れた澄沢百合は、この医院に入院していた。
(どうして……こんなことになっちゃったんだろう……)
あてがわれた個室のベッドの上に横になったまま、百合は何度目かわからない嘆きの問いかけを虚空に投げかけていた。
とはいえ、答えはわかりきっている。すべて自分のせいなのだ。材料を選んだのも調理したのも百合自身である以上、食中毒を起こして部員全員に迷惑をかけ、彼女自身トイレに駆け込むこともできず合宿所脇の側溝で下痢便を垂れ流し、それを憧れの早坂隆に見られ、下着をおもらしで失ったまま丸裸となっていた下半身をさらしながら気絶してしまった……その責任はすべて自分自身にあるのだった。
(私……もう、早坂先輩に顔を見せられない……)
女の子として最低以下の行為だった。おなかを下すというだけでも耐えられない恥ずかしさなのに、想像することも困難なほど大量の軟便と水便を野外でぶちまけ、結局後始末すらすることもできずに倒れてしまった……。
そんな大失態を演じてしまった百合を、もう隆は女の子としては見てくれないだろう。百合は、胸の奥に秘めてきた淡い想いを、自らぐちゃぐちゃに塗りつぶしてしまったのだった。
(部活もやめて……ううん、もう桜ヶ丘中にいちゃいけないんだ……)
百合の考えはどんどん暗い方向へ向かっていた。以前、水泳の授業でトイレに駆け込み、結局脱ぐのが間に合わずにおもらしという事態になったときも、同じように思い詰めてしまっていた。隆への想いが一途で純粋であるがゆえに、その反動が極度に大きいのだろう。まして今回は事件の重大さが前回の比ではない。百合がもうおしまいだと思うのも無理はなかった。
(私……もう…………)
キュルピィッ………キュルルルルルルルッ!!
絶望に沈みかけていた意識が、引き戻される。
だがそれはさらなる苦痛の始まりでもあった。食中毒細菌に冒された百合のおなかが、激しい便意をよみがえらせたのだった……。
(うぅ…………もういやっ……)
百合の苦しみは、学校での恥辱の野外排泄だけにとどまらなかった。救急車で運ばれる途中に意識を取り戻したものの、直後に下半身にあてがわれたバスタオルに水便を垂れ流してしまった。この医院に着いてからも下痢はおさまらないどころかますます勢いを増し、検便のためにと看護婦さんに付き添ってもらってトイレに向かう途中で耐えきれずおもらし。病室で横になる際にはおむつを当ててもらい、それでさえ、一度「使用」したおむつを替えてもらう前に2度目のおもらしをしてしまったこともあった。夜中にも、水便おもらしのぬるま湯の感触で目覚めることが3度。朝になってからはいくぶん落ち着いておむつも外せるようになったものの、それでも1時間とおかずにベッドの脇にあるおまるに座り込むことを繰り返していた。今もよおしたのも、流動食の昼食を食べてから早くも5回目の便意である。
「う……うぅっ…………」
ギュルゴロゴロゴロゴロッ!!
ゴポゴポと内容物をうごめかせているおなかをいたわるようにさすりながら、百合はすぐ横のおまるにしゃがみ込むべく、上体を起こそうとした。蓋をされたおまるの中には、数十分前に出した、度重なる排泄にもかかわらずいくばくかの色とにおいを保った液状便が、底を埋め尽くすように残っているが、そんなことを気にしてはいられなかった。
……だが、ここで予期せぬ出来事が起こった。
コン、コン。
「……え……?」
ドアがノックされる音。百合は45度まで起こした上体を一瞬止める、が、不安定な状態であることに気づき慌てて90度まで起こす。しかし今度は急激な身体の動きに悲鳴をあげたおなかが猛烈な痛みを発し、それを抱え込むように前かがみになってしまった。
「……澄沢、いるか?」
ドア越しにもわかる声。
その声の主は、彼女がまる1日、絶望的な思いとともに考えつづけた相手だった。
「…………早坂先輩……?」
予想外の訪問だった。もう二度と顔を見せられないと思っていた隆が、自らこの病室を訪れている。百合はもう心の準備どころではなくなっていた。
「入ってもいいか?」
「え……あ、は、はいっ!!」
反射的に答えてしまう。激しい便意をもよおしている状況で部屋に隆を招き入れることがどのような結果を生むか、今の百合にはそこまで考えが及ばなかった。
「……あ、あの……先輩……その……本当にすみません……あの……」
隆が病室に入るなり、百合はうつむいたまま詫びの言葉を何度も繰り返し述べた。
「いいんだ」
隆はその連鎖を一言で断ち切る。
「一生懸命やって、それでちょっと失敗しただけだろ。そんなの野球のエラーと同じじゃないか。誰だってあることだよ」
「でも……私……みんなに迷惑を…………」
「だからもう気にするなって。みんなも、澄沢のことを責めたりなんかしないさ」
「それより、身体はもう大丈夫か? 美典から、まだ調子が戻ってないらしいって聞いたんだけど」
体調。それはこの場合、おなかの具合ということに他ならない。百合は、今まさに激しい便意を生み出しているおなかを黙らせ、自分の身体に嘘をついた。
「あ……だ、大丈夫です、もうすっかり治って……」
ギュルギュル……
(いや、だめ……聞こえちゃう……)
おなかから小さく響いた音に、百合は祈るようなの思いで目を閉じた。下痢がまだ治らないというだけでも恥ずかしいのに、今また便意をもよおしていると知られたら、どれほど恥ずかしいだろうか。百合の羞恥心は限界をはるかに越えた領域で揺れ動いていた。
「そっか。あ……無理しないで寝てていいぞ」
「あ……はい……すみません」
身体を起こしておくのが辛そうに見えたため、隆はいたわりの言葉をかけた。辛そうに見えるのは別の原因があるのだが、百合はその言葉に甘えて毛布をかけて横になった。身体に負担がかからない以上に、毛布の下でおなかをさすり、おしりを押さえることができるのが、便意に苦しむ百合には何よりの助けであった。
「……その、体調さえよければ、明日の試合……見にだけでも来られるかな、って思ってさ」
「あ……」
そうだった。あまりの出来事に失念しかけていたが、百合は野球部のマネージャーで、明日はその市内大会の1回戦当日だったのだ。
「だ、大丈夫です! ちゃ、ちゃんとマネージャーとしてのお仕事もできますからっ……」
語尾が弱々しくなるのは、便意の波が頂点に近づいているためであった。半日前の腹具合なら、今ごろは百合のおしりの下に茶色の世界地図が浮かび上がっていたことであろう。
「そっか。澄沢がいないと、ちゃんとスコアつけられるやつもいないし……来られるなら安心だ」
「は、はい……がんばります……っ!!」
ギュルゴログギュルルッ!!
下りきったおなかが不協和音を奏でる。おしりを押さえる指先にさらに力が入った。
(だめ……ぜったい……おもらしなんてっ……)
この2日間で何度トイレ以外の場所で排泄に及んでしまったかわからない百合だったが、隆の目の前というのは命に代えてもおもらしをしてはいけない場所であった。その思いがある限り、どんな苦痛にでも耐えるという強い意志がまだ百合には残っていた。
「あ……それと……その……昨日のこと、な……」
「…………?」
突然口調に勢いがなくなった隆を見て、百合は横になったまま、心の中で首をかしげる。
「合宿所の外のこと……」
「!!」
その瞬間、百合の顔色が変わった。頭の中が真っ白になり、一瞬遅れて羞恥と絶望が心の中を満たす。隆の話そうとしている内容は、自分が犯した女の子として最低以下の過ちのことだったのだ。
ジュルッ……
「……ぁっ!?」
すぐに百合は現実に引き戻された。その原因は、あまりの衝撃におしりの穴を押さえる指の力が抜け、赤く充血したそこから液状便が流れ出してしまったからであった。肛門の周りの肌が、生暖かい水気に包まれる。せめて隆の前だけではおもらしをしない……その誓いは、わずか1分も持たず自分の手で破られてしまったのだった。
「その……俺は全然気にしてないし、他には誰も見てないから……今はもう跡も残ってないし、だから……澄沢も、気にしなくていいんだ」
隆はこれを言うためにここにきたのだった。誰にも言わない、ということを示すために、一緒に来ようと言った美典の同行を断ってもいる。
「あ…………」
百合は言葉を発しようとしたが声にならなかった。精神的な衝撃が大きすぎるのもあり、また、おしりから継続的に液状便が漏れ出しているのも原因の一つだった。液状性が高すぎるのが幸いして毛布の外に音は漏れていないが、彼女のおしりの下には言い様のない嫌な感覚が広まっていた。
ジュル、ビュル、ビジュジュジュ……
(やだ、止まって……先輩に、先輩がせっかく……え……でも私、あそこでしちゃったままで……残ってないって……)
「す、すみません……あの……もしかして、先輩がぜんぶ……」
後始末などと言う単語は申し訳なくて出せなかった。どこの世界に、憧れの先輩に野外排泄の後始末をしてもらって平気でいられる女の子がいるだろうか。
「あ、ああ……ほんと、誰にも言わないし、俺もその、気にしてないって言うか……汚いとか思わないし、その、嫌いになったりとかしないから……」
隆の言葉、これも完全に真実というわけではない。肉親である妹の排泄への興味をいけないと思いつつぬぐいきれない隆が、同じくらい魅力的な女の子である百合の排泄を気にしないわけがなかった。事実、隆の脳裏からは、あの時に見た側溝の中の信じられない量の下痢便と、倒れた百合の小さな身体が離れなくなっているのだった。
「…………先輩……うぅっ…………」
百合の目に涙が浮かぶ。嬉しかった。気にしないわけがない。汚いと思わないわけがない。それでも、嫌いにならないと言ってくれる。最悪の過ちを犯した百合にとって、これは嘘のようなありがたい言葉だったのである。
ジュビッ……ビジュル、ピブジュジュ…………
だが、同時にそんな言葉を聞きながら、毛布の下で液状便を垂れ流している、そんな自分が限りなく情けなかった。
それから、1分弱ほどの沈黙。
二人とも、それ以上の言葉が出てこなかったのである。
「……じゃあ、あまり長居しても悪いし、俺もう行くよ」
「……すみません、あの……本当にありがとうございます……」
「いいから。……じゃあ明日、頼りにしてるからな」
「…………はい……先輩……すみません……」
「返事ははいだけでいいって」
「…………はい……はいっ……!!」
最後、百合の声はほとんど嗚咽だった。
もちろん、隆の優しさに対する感謝の気持ちは表現できないほどに大きい。だが、それ以上に大きかったのは、隆の目の前でやってしまったおもらしに対する悲しみだった。
「……ぐすっ……」
隆が出ていってすぐ、上体を起こして毛布を退ける。
水玉模様のパジャマのおしりにはくっきりと黄土色の染みが浮かび、その下の毛布にもそれ以上の大きさの染みが広がっていた。
どうしようもないほどのおもらしだった。
ギュルルルルルッ……!!
「うぅっ……」
それでも、おなかの痛みは治まらない。百合は涙を流しながら汚してしまったベッドを降り、蓋を取ったおまるをまたいでしゃがみこんだ。汚れた下着とパジャマを目の前にしながら、赤ちゃんのようにおまるの取っ手をつかんでおなかに力を入れる自分が、何よりも情けない。
もともとおまるの中にあった下痢便のにおいが立ち上ってくるよりも早く……。
ブジュピッ!! ビブリュビジュウゥゥゥウッ!!
ビジュビジュビジュブジュルルルルルルーーーーーッ!!
ビチャビチャビチャッ!! ブピピピッ!! ビィィィッ!!
ブリビチィィィィィィッ!! ビシャビシャビシャビシャーーーーーッ!!
「うぅ……ぐすっ……っく…………」
こぼれる涙より何十倍もすさまじい勢いで、おまるの中に液状便が注ぎ込まれていった……。
翌日の野球大会。
百合はもう、失うものは何もないほどに落ち込んでいた。
マネージャーとして責務を果たす。
それだけが、百合に残された希望の灯火だった。
西暦2000年7月17日。
この日……白宮純子、弓塚潤奈、早坂ひかりの間に、のちに言う……もちろん、当事者以外は誰も知らないが、当事者にとっては大きな心の支えとなる……「純白同盟」が成立した。
時を同じくして、彼女ら以上の苦しみを味わっていた澄沢百合は、より深い恥辱に包まれるとともに、前途へのかすかな希望を隆によって与えられていた。
夜が来て、そして……日はまた昇る。
あとがき
大変長らくお待たせいたしました。17話「純白同盟」です。タイトルは一瞬で決まったのですが、同盟を組ませるまでにどのような事件を起こせばいいかということで悩みまくって書くのが遅くなってしまいました。
今回はアニメなどの1話分の構成を参考にしています。最初の家でのひかりがプロローグ、学校での純子のおもらしまでがAパート、純子の家での話がBパート、最後の病室の百合がエピローグという構成ですね。そのそれぞれに排泄シーンを盛り込むということで、自分らしさが出せたかなと思っています。
今回はひかり、百合、純子に潤奈を加えた4大ヒロインの排泄シーン揃い踏みとなったわけですが、もともと予定していたのはウォッシュレットの2つだけだったので、後付けで考えた純子のおもらしに関しては、内容はともかく心情的描写がやや薄かったかなとも反省しています。また、最後の百合の場面も、同盟成立で切るのがいいか悩んだのですが、せっかく食中毒で入院中ということなので1シーンだけ描かせていただきました。
ウォッシュレットに関しては二人の気持ちよさを始めとして、ひかりの方で水流と下痢便の激突というネタもできたので比較的満足しています。ただいかんせん女の子の排泄においては和式の方が魅力的ということもあるので、このようにたまに登場する程度がいいのかもしれませんね。
純白同盟の3人にはこれからも活躍してもらう予定ですが、三角形の3辺のうちひかりと潤奈の間だけがまだ弱いつながりなので、今後のイベントを通じてそこを強化できればいいなと思っています。
さて、それでは次回予告。
栃木県中学校野球大会けやき野地区予選、第1回戦。
けやき野北中学校との戦いに臨んだ桜ヶ丘中野球部は、食中毒の後遺症と練習不足で、十分な力を出し切れずにいた。
孤軍奮闘のマウンドに上った隆も、エラーの連発で序盤から失点を重ねてしまう。
早くも訪れた絶体絶命の危機に、観客席から、放送席から、そしてベンチから、彼を思う少女達の声が上がる。
時にぶつかり合うそれぞれの思いを背に、隆は起死回生の打席に立つ。
つぼみたちの輝き Story.18「Battle:Outfield」。
あこがれと、願いを乗せて……飛び立て、白き虹よ――。